第1話「会議室、桃の木に落ちる」
中継セクターの御前会議室が、時空の狭間を真っ逆さまに突き落とされ、どこかへ激突した。
がたん!!
強烈な衝撃に、円卓の上のコーヒーカップがいくつか宙を舞って床に転がる。
「……たたた。皆さん、大丈夫ですかー!?」
雇い主が、頭を押さえながら声を張り上げた。
「こっちは問題ない。長老、しっかり掴まっててください!」
隊長が長老の椅子の背もたれをがっしりと掴む。
長老は乱れた白髭を気にも留めず、窓の外を見つめた。
「ここは何処だ。見慣れぬ、ずいぶんと緑豊かな景色だな……」
雇い主は慌てて手元の端末を叩く。
「それが……時空座標が特定できないんです! でも、GPSがなぜか『おばあさんが川で洗濯をしていた上流300メートル』っていう、わけのわからない位置情報を指し示していて……!」
「未来? 過去? 過去はちょっと勘弁っす」
青年が髪を掻きながら周囲を見渡す。
「読者には繋がるのかね」
博士がメガネを押し上げ、冷ややかに呟いた。
カレシが即座に端末を操作する。
「中継セクターとの通信は生きています。記録の継続は可能なようです」
「まずはコーヒーでも淹れて落ち着きましょう。混乱した時は、それに限りますわ」
女将が割れなかったカップを愛おしそうに拾い上げ、おっとりと微笑んだ。
そんな大人たちの困惑をよそに、外を偵察していたカノジョとスターが、勢いよくドアを開けて戻ってきた。
「外、お散歩してきたよー! なんか不思議な景色!」
カノジョが両手を広げてはしゃぐ。
「あー。ちょっと気になったのは、観客の歓声……いや、人の気配がまったく無いのが気掛かりだな」
スターがロングジャケットの襟をスマートに正しながら、不満げに首を傾げた。
その時、窓の外から、ドスンドスンと、巨大な何かが動くような地響きが響いてきた。
「長老、後ろに! ここは私が食い止めます!」
隊長がファイティングポーズを取って最前線へ躍り出る。
会議室に緊迫した空気が走った。
だが、カノジョは隊長の脇をすり抜け、無邪気に窓を開けた。
一瞬の沈黙。
「ねえ、君だーれ? ……あれ? どこかで会ったことある?」
全員の視線が窓の外へと注がれる。
そこに立っていたのは、桃の刺繍が入った陣羽織を羽織り、腰に日本刀を差した十代半ばの少年だった。
しかし、その少年――誰もが知る『桃太郎』は、死んだような目をしていた。
「……はあ」
桃太郎は盛大に溜め息をつき、巨大な桃の木が突き刺さった会議室に近づいてきた。
「なんだお前ら。俺は今から鬼ヶ島に行かなきゃいけないのに、進路妨害すんなよ……。っていうか、何そのヘンテコな部屋。新手の鬼の罠?」
カノジョは窓から身を乗り出し、ポッキーを差し出した。
「はい! ポッキー!」
桃太郎は一瞬だけ目を輝かせた。
「……くれるの?」
「うん!」
一本。ポリ。二本。ポリポリ。
そして三本目をくわえたまま、ぽつりと言った。
「……俺さ。鬼ヶ島、行きたくない」
「「え?」」
桃太郎は肩を落とした。
「だってさぁ……完全歩合制。しかも出張手当もなければ交通費も自腹」
「……は?」
「倒した鬼の数が評価基準だよ」
隊長が思わず聞き返す。
「評価?」
「しかも装備、自前。命がけ。タイパなんてもんじゃない。ライパ極悪」
「え?」
「労災なし。死亡保険なし」
「えぇぇぇぇぇ!? ブラック企業じゃないか!」
雇い主が頭を抱えた。
桃太郎は、ようやく理解者を見つけたような顔になった。
「でしょ!?」
勢いがつく。
「おじいさんもおばあさんもさぁ。
『村の英雄になれ』、『みんな期待してる』
とか、ほんとうざいんだよ!」
長老が机を叩く。
「英雄とはそういうものだ!」
桃太郎は即答した。
「昭和なの? まあ、こっちはもっと昔だけど」
「ぐっ……!」
長老、絶句。
その隣で青年が吹き出す。
「長老、完全論破されてる……」
桃太郎はまだ止まらない。
「しかも、犬。猿。雉。きびだんご一個だよ」
カレシが端末を叩く。
「……最低賃金法違反の可能性があります」
博士もうなずいた。
「労務管理にも問題があるな」
桃太郎は両手を広げた。
「でしょ!? コンプラどうなってんの、この世界!」
その時、会議室のホワイトボードに、バチバチと火花を散らしながら文字が浮かび上がった。
『ミッション:桃太郎の【真実のドキュメンタリー】を完成させよ。さもなくば、この世界からログアウト不可』
「な、なんだってー!?」
雇い主が頭を抱える。
カレシが即座に端末を叩く。
「この世界は、彼が鬼を退治して英雄にならないと話が先に進まず、私たちも次の世界へ行けないようです」
「『真実』とは何か。単なる記録か、それとも……彼の『本当の声』か」
博士が腕を組んで眉をひそめる。
その時、キラーンと眩しい効果音を背負うようにして、スターが円卓から立ち上がった。
「主役。いいじゃなーい」
スターはドレッシーなジャケットを翻し、窓からひらりと外へ飛び降りると、桃太郎の前に着地した。
「やあ、君が噂の主役かい? いやぁ、衣装の桃のエンブレム、じつにポップだ!」
桃太郎の手を引き寄せ、両手で力強く握りしめる。
「えっ、何この人……芸能人?」
スターの放つ圧倒的なオーラに、桃太郎は完全に気圧されている。
「君の気持ちはよく分かるよ。僕だって若い頃は、他人のバイクで走りだし、この支配からの逃避を夢みたものだよ。僕たちと一緒に、『真実のドキュメンタリー』を撮って、仕組まれた物語から解放しようや!」
スターがニカッと輝く笑みを向け、桃太郎の肩をポンと叩いた。
「尾崎、入り込んでます……監査役に著作権とコンプラの確認が必要です」
カレシは中継セクターへの通信を始めた。
「ド、ドキュメンタリー……? 俺が主役?」
桃太郎の死んでいた目に、ほんの少しだけミーハーな光が灯る。
「おもしろそー! 鬼ヶ島いこー! 鬼さんにもポッキーあげる!」
カノジョも窓から飛び降りて、桃太郎の腕を引っ張った。
「おい、待ちなさい二人とも! まだプロットの構成が――!」
慌てる雇い主の声を置き去りに、やる気ゼロの英雄を巻き込んだ、会議室メンバーの理不尽なハッキング旅が幕を開けた。
【システムログ:桃太郎セクター・観測エラー】
現実確率:98.4%
歪みレベル:小
――物語の外側より、未確認オブジェクト(会議室)の不法占拠を確認。
――なお、周辺の村境にて、名前を持たない村人Aが、本来存在しないはずの『0612』の文字を地面に刻んでいるのを検知。
村人A「……まだ、早いか」
観測を継続します。
──次回予告──
「鬼ヶ島取材班、結成!」
鬼さんにもポッキーあげるんだ!
…………え、怒られる?
―――作品関連情報―――
・Season1『桃太郎編』は全8話。その後も物語紀行の旅、そして登場人物の物語は続きます。
・登場人物は本作品のあらすじと下記画像の掲載をしています。
画像イメージはこちら↓※スター誕生前
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3034788/blogkey/3665957/
・また、本作品が生まれたきっかけや登場人物のキャラクター像は下記作品で確認できます。
作品名:短編A-①『御前会議 ―物語創生記録―』~「彼女の時空」が繋がるまで~
第一話
https://ncode.syosetu.com/n4662ml/1/




