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【物語紀行】――Season 2公開:赤ずきん編「真実は、観測された瞬間に嘘になる。」  作者: Taku
1章 Season2【赤ずきん編】「真実は、観測された瞬間に嘘になる。」

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第6話 「報告書の二重構造」

―――赤ずきんセクター・会議室(仮設)―――


カノジョと赤ずきんが戻ってきてから、会議室の空気は確かに変わった。張り詰めていた緊張は霧のように消え、代わりに「何かが始まる」という静かな予感が漂っている。


しかし――システムは待ってくれない。


雇い主の端末に、冷徹な文字が浮かび上がる。


【警告:報告書提出期限まで残り24時間。未完のままの提出は認められません】


雇い主は深く息を吐き、キーボードに向かった。


「……やるしかない。表の報告書を書くぞ」


「表の、ですか」

カレシが尋ねる。


「ああ。システムが望む『ハッピーエンド』の顛末だ。赤ずきんは狼に襲われたが、猟師に助けられた。そして、めでたしめでたし――それでいいんだ」


「……それで、いいんですか」


カレシの声は、わずかに震えていた。


雇い主は、一瞬だけ手を止めた。

「よくない。ただ、それがこの世界のルールだ。私たちが書かなければ、システムが代わりに書く。だったら――私たちが書く方が、まだマシだ」


―――表の報告書、作成開始―――


雇い主とカレシは、黙々とキーボードを叩き始めた。


『被害者:赤ずきん。狼に襲われたが、猟師に救出される。現在は平穏に暮らしている。犯人は狼。既に猟師によって退治された』


『動機:狼の犯行は、衝動的かつ非計画的。特に深い理由は存在しない』


『結論:事件は解決した。社会秩序は回復した』


カレシは、文字を打つたびに、違和感が積み重なっていくのを感じていた。


(……狼は、赤ずきんに頼まれただけだと言った。花は、狼は優しかったと言った。木々は、赤ずきんが狼の首を絞める練習をしていたと言った。どの証言も――嘘ではない)


(でも、この報告書は、それら全てを「なかったこと」にしている)


カレシの指が、止まった。


―――夜、一人の時間―――


会議室の照明が落とされ、ほとんどのメンバーが休息を取っていた。スターは長椅子で目を閉じている。女将はコーヒーカップを片付けている。隊長は入口の近くで座って気を張っている。


カレシだけが、端末の前で動かなかった。表の報告書は、ほぼ完成している。あとは、最終チェックをしてシステムに送信するだけだ。


でも――彼は、それを送信できずにいた。


代わりに、彼は新しいファイルを開いた。タイトルはまだない。でも、書くべきことは決まっていた。


『狼は、赤ずきんに頼まれた。おばあちゃんを連れ出してほしいと。彼は、その頼みを聞いただけだった』


『森の木々は、赤ずきんが毎日、狼の首を絞める練習をしていたと言った。でも、それは――彼女が本当に狼を殺したかったからではなく、自分を閉じ込める「役割」を殺したかったからかもしれない』


『花たちは、狼を褒めた。彼が毎日、花に水をやっていたから。優しい声で話しかけていたから。悪役として生まれながら、それでも誰かに愛されることを諦めなかったから』


カレシの指は、止まらなかった。


『彼女は、狼を殺したのだろう。でも――狼も、彼女を愛していたのだろう。その二つが矛盾しているなら、私は、その矛盾を記録する。それが、私の「真実」だ』


その時――スターの声が聞こえてきた。


声は遠く、微かだった。でも、確かに聞こえた。


「♪……あ〜あ〜、……」


彼は目を閉じたまま、ゆっくりと口ずさんでいる。まるで、何かを祈るように。


「♪……、み~お、まか〜せて〜いた~い〜……」


カレシは、その歌声を聞きながら、もう一度端末の画面を見た。そして、自分が書いた「裏の報告書」に、最後の一行を追加した。


『これは、表の報告書には書けない。でも――きっと、どこかに届くといい。この声が』


その時、机の上に置かれたたんぽぽの綿毛が、風もないのに、ふわりと揺れた。カノジョが赤ずきんと別れる時に持って帰ってきた、あの一本。それが、一瞬だけ光を反射して、また沈んだ。


「風さんの声を聞いて……か」


カレシはそう呟いた。でも――その瞬間、端末の警告音が、ほんの少しだけ弱まった気がした。

端末を閉じる直前、備忘メモにそっと一言付け加えた。「昭和の歌姫、要確認」


その時、後ろから声がした。


「そっちの『裏』の方が、いい顔してるぜ、記録者くん」


青年が立っていた。彼は、いつものように飄々とした口調だったが、その目は真剣だった。


「……見てたのか」


「いや。顔に出てたよ。表の報告書を書いている時の顔と、今の顔は、違う」


カレシは、何も答えなかった。


「それ、システムに送るのか?」

青年が尋ねる。


「……わからない。でも――」


カレシは、自分の書いた文字を見つめた。


「――記録を書いているときだけ、自分が自分でいられる気がする」


青年は、何も言わなかった。代わりに、自分の端末の画面をカレシに向けた。


「……見てくれ」


そこには、二つの未来予測が表示されていた。


未来A:表の報告書だけを送信した場合 → システムは整合性を確認。セクター閉鎖。住人たちの記憶は初期化される。


未来B:裏報告書も送信した場合 → 霧が晴れる。しかし――別の“影”が現れる。


「未来は収束しない」


青年は静かに言った。


「でも……この『影』が現れる未来だけは、どの分岐でも消えないんだ」


「影……?」


「ああ。次に会うべき相手の気配だ。……多分、この世界の最後のピースは、まだ誰も会っていない」


青年は端末をしまった。


「君が今、何を選ぶか。それで、未来は変わるんだよ」



―――中継セクター・医療室―――



カレシは、一人で通信回線を開いた。中継セクターの医療室。そこには、まだ完全には回復していない長老がいた。そばに学生が見守ってくれていた。


「……長老。お休みのところ、すみません」


『……構わん。どうした』


長老の声は、弱々しかったが、言葉に力強さを保っていた。


「僕は――」


カレシは、手短にこれまでの経緯を話した。表の報告書のこと。裏の報告書のこと。住人たちの声と、システムの要求の間で、自分が引き裂かれそうになっていること。


長老は、静かに聞いていた。そして、静かに言った。


『真実は一つではない。

だが……“誰かが見た真実”を消すのは、罪じゃ。』


「……はい」


『お前が信じたものを、そのままを、記録せよ。それが、お前の熱量だ』


「……熱量、ですか」


『ああ。お前の中にある“何か”を信じること——その"何か"が、熱量というものだ』


カレシは、しばらく黙っていた。


「……ありがとうございます」


『うむ。……しっかりやれよ』


通信が切れた。


カレシは、自分の端末を見つめた。そこには、「裏の報告書」が開かれたままになっている。


――お前が信じたものを、そのまま記録せよ。


彼の指が、キーボードに触れた。


―――報告書、二重送信―――


翌朝。会議室に全員が集まった。


雇い主が、表の報告書を確認する。


「……これで、完成だ。後はシステムに送信するだけ――」


「待ってください」


カレシが立ち上がった。


全員の視線が、カレシに集まる。


「……もう一つ、報告書があります」


彼は、自分の端末の画面を、会議室の中央に映した。そこには、彼が昨夜書いた「裏の報告書」が表示されている。


「これは――表の報告書には書けなかった、住人たちの『声』です。狼の言葉。花の囁き。木々の記憶。赤ずきん自身の――言葉。それらは、システムが『真実』として認めないかもしれません。でも――私は、それを記録したかった」


沈黙が、会議室を包んだ。


博士が、メガネの奥の目を細めて言った。

「……論理的には、非効率だ。二つの報告書を提出すれば、システムは混乱する」


「しかし――」


カレシが言いかけると、博士はそれを遮った。

「しかし――その非効率こそが、この世界に必要な『歪み』かもしれないな」


女将が、静かにうなずいた。

「人の声って、いろいろな届き方をするものよ」


隊長が、深く頷く。

「現場の生の声ってのは、えてして、報告書から漏れやがるんだ。そっちに『真実』ってのが語られているかもな」


スターは、口笛を吹きながら語りかけた。

「カレシくんさ、いい歌ってのはさ、上手い歌じゃないんだよ。……よしっ、一緒に、歌おうか」


「結構です……」


スターはギターをジャランと鳴らしその場を閉じた。


雇い主は、しばらくカレシを見つめていた。そして、小さく笑った。


「……お前、変わってきたな」


「……そんなつもりは――」


「いいんだ。旅の醍醐味だよ」


カレシは、何も言わなかった。



―――二つの報告書、そして――――


システムに送信する直前、カレシは、自分の「裏の報告書」を、表の報告書に添付した。二重送信のバグを起こす――二つの「真実」を、同時に放り込む。


雇い主が、静かに言った。

「これで、どうなる?」


「わかりません」

カレシは答えた。

「でも――これが、僕たちの『真実』です」


送信ボタンが押された。


【警告:提出内容が複数存在します】


【どちらを真実として登録しますか】


カレシは静かに首を振った。


「……両方です」


システムが、二つの報告書を受け取る。警告音が鳴り響く――整合性を問う、冷たい警報。


でも――それ以上に、何かが変わった気がした。森の霧が、少しだけ晴れたように。


その時、机の上に置かれたたんぽぽの綿毛が、風もないのに、ふわりと揺れた。


カノジョが赤ずきんと別れる時に持って帰ってきた、綿毛のいくつか。それが、一瞬だけ光を反射して、また沈んだ。


その光の残像は──ぼんやりと「0612」の形をしていた。誰も気づかなかった。

気づいたのは、たんぽぽの綿毛を見つめていたカノジョだけだった。


カノジョは、会議室の片隅で黙々と紙飛行機を折っていた。誰にも気づかれないように、そっと。


彼女が折り終えた紙飛行機は、どちらが上か下か分からない、不思議な形をしている。


出来上がると窓辺へ歩き、

「飛んでいけー!」


紙飛行機は風もないのにふわりと浮き上がった。窓の外へ吸い込まれるように飛んでいった。


【システムログ:赤ずきんセクター・観測エラー】


現実確率:18.2%(微増)

歪みレベル:大(観測不能)


――表・裏の二重報告書を確認。システム、対応に窮する。

――警告:プロットの整合性が崩れています。

――しかし……霧が晴れ始めています。

――また、机上のたんぽぽの綿毛に、微弱な残光(コード:0612の可能性)を検知。カノジョのみが視認。

――なお、観測者の端末に記録された「心地よい歪み」というコード、マークしておきます。


観測を継続します。


──次回予告──


「忘れられた猟師の妻」


二重報告書を送ったものの、まだ何かが足りない。


次回、会議室が訪ねたのは、物語に名前すらない一人の女性。

彼女は何を知っているのか?


「私は、存在しない夫を待っています」

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