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【物語紀行】――Season 2公開:赤ずきん編「真実は、観測された瞬間に嘘になる。」  作者: Taku
1章 Season2【赤ずきん編】「真実は、観測された瞬間に嘘になる。」

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第4話 「博士の分析不能」

 ―――赤ずきんセクター・会議室(仮設)―――


証言は集まった。

集まれば集まるほど、世界は壊れていった。


会議室に戻った博士は、集めた全てのデータを端末に表示させていた。森の木々の声。道端の花の囁き。狼の告白。赤ずきん自身の言葉。そして、館に残された「監視カメラ」の痕跡。


それらを全て、論理的に統合しようとしている。


「まず赤ずきんを被害者と仮定する」


カタカタカタ……


「次に加害者と仮定する」


カタカタ……


画面停止。


……


「……?」


博士の眉が動いた。


「――どちらかが『嘘』であるか、あるいは『誤認』であると仮定し、優先度を設定する」


博士の指が、高速でキーボードを叩く。画面には無数の数式とデータが流れていく。


しかし、その作業はすぐに壁にぶつかった。


「……確率が、収束しない」


博士の視線が止まった。


画面には二つの結果だけが残っている。


観測結果A 100%


観測結果B 100%


「……違う。」


彼は再計算した。同じ結果だった。


A――赤ずきんは被害者


B――赤ずきんは加害者


「……そんなことが、あるはずがない。」


博士の声が、初めて震えた。


彼は何度も計算をやり直した。

パラメータを変え、優先度を変え、前提条件を変えても、同じ結果が繰り返される。


冷却ファンが悲鳴のような音を立てる。


警告。

――推論処理、停止推奨。

――メモリ不足。

――CPU温度上昇。


監査役からの監視制限により、彼の端末は通常の半分以下の処理能力しか出せない。

だが、博士だけは、止まらなかった。


隊長が大盾を壁に立てかけながら、博士の背後から覗き込む。

「博士、端末が熱を吹いてるぞ。この盾で風を送ろうか」


女将が、そっとコーヒーを博士の机に置く。

「疲れたときは、温かいものがいいわよ」


スターは遠くから博士の様子を見ていた。そして博士から背を向けて、スターはギターを爪弾く。


ジャラン。


「……レリッ・ビー、……レリッ・ビーー」



「……レリッ・ビー、……レリッ・ビーー」


ジャラン。



その時、中継セクターから冷徹な声が入った。


『博士。データの捏造や改ざんは許されません。ありのままを報告してください』


監査役の事務的な声だった。


「捏造だと……? 私はただ、観測されたデータを――」


『そのままの結果でいいんです。それがあなたの役割です』


博士は、唇を噛みしめた。彼の手元では、端末がさらに大きな唸りを上げている。


監査役は通信を切ると声を荒げた。

「くっ、このままではセクターが……」


同じ頃、カレシは自分の端末を見つめていた。博士の分析が行き詰まる様子を、彼は静かに観測している。


(……博士も、苦しんでいる。僕と同じように)


彼は、自分の端末に残した「未送信ログ」を見た。それは、表の報告書には書けない、彼自身の「記録」だった。赤ずきんの言葉、狼の哀しみ、花たちの優しさ。それらは、どれも「事実」ではないのかもしれない。

でも――確かに、そこに「あった」。


そして端末に「レノン、一応確認。」と備忘メモを記した。



会議室の片隅で、カノジョが静かにラムネを口にしている。普段は無邪気に騒ぐ彼女も、さすがに博士の異変を感じ取っているようだった。


カノジョが、博士の隣に座ってラムネを差し出す。

「博士、ラムネ食べる? うんとね、五個までだよ」


博士は一瞬、目を丸くした後、苦笑しながら一つ受け取った。

「……ああ、十分だ

……苦戦しているよ。システムが、答えを求めている。報告書を、完成させなければ」


博士はラムネを握り締めた。

白い粒が少しだけ欠ける。


沈黙。


そして、「やらなきゃならないんだ!」

博士の声が、初めて荒れた。


「私は、論理でこの世界を理解できると思っていた。必ず『一つの真実』に辿り着けると。……だが、この世界は、それを許さない。観測するたびに、現実が書き換わる。データを集めれば集めるほど、真実から遠ざかる。これでは――」


彼は、自分の手を見つめた。端末を叩き続けた指先が、微かに震えている。


「論理は……」


沈黙。


「間違っていない」


さらに沈黙。


「だが、この世界が論理ではなかった」


その言葉は、博士自身への呪いのように響いた。


その時、雇い主が静かに口を開いた。


「博士。……『一つの事実』に執着しすぎではないかな」


「……何!、当然のことだろ」


「でも、この世界は『一つの真実』を拒絶している。ならば――」


雇い主は、端末を一度閉じた。


「『真実がない』ということも、一つの真実じゃないか」


博士は、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと端末の電源を切った。画面が暗くなり、冷却ファンの音が止む。


「……そういうのを事実から目を背けるというんだよ」


その口調は、嘲りではなかった。むしろ、どこか羨むような響きがあった。


「違う。逃げではないんだ」

雇い主は、静かに言った。

「『わからない』と書く勇気も、報告書には必要なんだ」


その言葉は、かつて桃太郎セクターで誰かが言った言葉と同じだった。


博士は何も言わなかった。しかし、彼の指先の震えが、少しだけ収まった。



―――中継セクター・観測記録―――



学生は、博士の分析ログを確認していた。


「……博士、完全にフリーズしちゃったね」


ヘッドセットの向こうから、青年の声が聞こえる。

「いや、フリーズしたんじゃない。『受け入れた』んだ。論理では処理できないものを、認めたんだよ」


「それって、博士の敗北?」


「さあな。でも――」


青年は、少しだけ笑った。


「それで、博士も変わっていくんだと思う。うん、博士なら大丈夫だ」



博士は机の上のコーヒーカップを両手で包んだ。まだ温かい。


「……まだ、コーヒーは飲める。」


その温もりだけが、今は唯一、確かな事実だった。



【システムログ:赤ずきんセクター・観測エラー】


現実確率:12.3%(安定化傾向?)

歪みレベル:大(観測不能)


――博士、初めて「論理的収束」を放棄。

代替案として「矛盾の並立」を記録として保持することを選択。

――警告:端末の物理的限界に達しました。冷却ファン、再起動中。

――しかし、博士はコーヒーを飲んでいます。女将が淹れたそれは、まだ温かい。大丈夫そうです。


観測を継続します。



──次回予告──


「カノジョと赤ずきんの散歩」


博士が倒れて、大変なことになってる!

……と思いきや、カノジョと赤ずきんは森の奥でお菓子を食べてる。


次回、世界のルールを無視する、最強の天然カノジョが動き出す。

カノジョを、止められるのか……? いや、止めるな。


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