第二章 ターゲットは二つある〜創作者が考えるターゲット〜
ターゲットというと「作品を売るときに考えるものではないの?」とか「それは編集部が考えることで作家には関係がない」いう声が出る。それは正しい。正しいが片手落ちだ。
こうした声が指摘しているターゲットはマーケティングターゲットまたはセールスターゲットと呼ばれるターゲットであり、私が語りたいターゲットではない。
ターゲットには、二種類ある。
▶二つのターゲット
マーケティングターゲットは仰る通り、完成した作品を売る際のターゲットであり、作家は考える必要はない。では、作家が考えるべきターゲットとは何だろうか。
それは「メイキングターゲット」である。
メイキングターゲットとは、「誰に読ませたいのか?」という部分だ。これは「ラノベ層」というような曖昧な解像度ではない。もっと具体的な「甥っ子の〇〇くん」や「Twitterでいつも読んでくれる▲▲さん」というような人物像があった方がいい。何故か?
それは、曖昧な想定だと、語られる言葉や使うニュアンスの基準が曖昧になり、結局のところ自分基準になってしまうからだ。ところが、具体的な相手は自分が認識する相手の理解力が基準になるからだ。この二つは明らかに別物である。
演説会に言ったことがある人はどれぐらい居るだろうか。あの何百人も拝聴する演説会の原稿は「想定されたたった一人に向けて書かれた」と言ったら信じてもらえるだろうか?
信じられないかも知れないが、正真正銘の事実なのだ。
たった一人を飽きさせずに最後まで聞かせられる演説は数百人、数千人といった民衆に共感の輪を広げることができるが、「多くの人に」と書いた原稿は当たり障りのない文章になり、誰からも聞いてもらえない演説になってしまう。
例えば、「雁首揃えて」という表現は、江戸時代の煙管の雁首が語源であり、煙管を見たこともない現代人――特に若者には馴染みがない。時代劇や歴史小説が好きな人たちなら解る古風な表現なのだ。よって、ラノベしか読まないような若者たちに通じるとは思えない。故に「大勢集まって何やってるんだ」ぐらいのニュアンスの似た表現に切り替えた方が良いとなる。
構造は小説も同じである。
具体的な一人の人を惹きつけて止まない作品は、少しづつでも読み広がっていく。少しばかり立ち上がりが遅くても、必ず読まれる作品に育つのだ。「読まれない!」と言っている人の八割は此処を考えずに書き始め、文体も表現も「自分の好きなようにだけ書いている」ことが多い。
しかし、ターゲットの解像度が上がると「ターゲットはこの表現は解る」「ターゲットはこのレベルの漢字は読める」「この指示代名詞はターゲットには分かりにくい」ということが見えてくるので、「書きたいだけの文章」から「読ませるための文章」に変わっていく。
これが、私が大プロットの中で最もターゲットを重視する理由である。
この解像度がどの程度できたかによって、年齢層の設定も合わせてする必要が出てくることもある。
また、ターゲットトピックという物があり、このターゲットが読んでいそうな作品を最低限三作品。出来れば五作品は挙げてほしい。その使い方は後述する。




