095
魔王を影の世界に引き摺り込んだ俺は、影に潜んだまま精霊殿の内部を移動していた。
潜影で移動できるのは影のある場所だけなので、必然的に構造物が作る影が多い本殿周辺に潜むことになる。
ここから精霊殿の出入口である朱塗りの鳥居に辿り着くためには荒廃した地帯を越える必要があり、アルミラリア達に発見される危険性が高くなる。
しかも荒廃した地帯は影が全くないエリアがあるため、影の世界から出て移動する必要がある。
俺はとにかくゼルコバが到着するまでの時間を稼ぐため、無理に外に出ようとせずに本殿周辺の影に潜み逃げ回ることにした。
「放してください!この変態オヤジ!」
「まだ騒ぐか。闇の精霊シャドー、影縛り」
「ギャン!」
魔王は闇の精霊シャドーが作り出した影の世界に閉じ込めており、今は影縛りによって簀巻きにして地面に転がしてある。
アルミラリアから十分に距離を取ることが出来たと判断した俺は、敵の動きを探るためさらなる魔法を発動することにした。
「闇の精霊シャドー、影を伝って音を拾うぞ、影聴」
闇の精霊シャドーのチカラにより影伝いに周囲の音を拾う魔法、影聴を発動した俺は、アルミラリア達がいる方向に意識を向け、敵の動きを探ることにした。
ベルは狂気のマンティスと戦い続けているようで、激しい戦闘音が聞こえている。
探りたいのはアルミラリアの行動であるため、特に意識を集中して耳をすませることにする。
ーーー
「アルミラリア様、魔王様が連れ去られてしまいました」
「なんだと?」
『生意気な小娘が!我を魔導書にしようなどと企んだ報いを受けたのだ!』
「勝手に喋るんじゃない」
『グエ!』
「……ふむ、流石にこの事態は想定していなかったな」
「はい」
「【冥霊魔法】念話、【冥霊魔法】魔王様召喚、……ダメだ、繋がらない。妨害されているか、もしくは魔王様がすでに亡くなられているかだな」
「はい」
「……よし、決めた。これより魔王様は死んだものとして作戦を進めることとする」
「はい」
「今頃魔王様は何らかの残虐な方法ですでに殺されてしまっているに違いない」
「はい」
「生きているかもしれないとなると捜索しなければならないからな。そんなことに時間を割いてはいられないのだ」
「はい」
「まぁ当代の魔王様は以前から微妙だなと思っていたので、今回の勇魔大戦は諦めることとしよう。それよりも我は勇者の強さをどうしても確認しておきたい。地上に向かうぞ」
「はい」
ーーー
闇の精霊シャドーのチカラにより作り出された影の世界に潜んでいる時は、【精霊魔法】念話や召喚を使用することができなくなる。
そのため、俺自身が念話を使いたい時には体の一部を外に出す必要がある。
デメリット能力だと思っていた念話の妨害効果が、この場面では大いに役に立った。
念話や召喚が妨害されていると知って、アルミラリアは魔王を見捨てるという決断を下したようだ。
てっきりアルミラリアは魔王を何がなんでも奪い返しに来るだろうと思っていた俺は、少し安堵した。
しかし部下から「微妙」と評価されて見捨てられた魔王には、少し同情する。
時間的に猶予ができたため、簀巻きにして転がっている魔王に話を聞いてみることにする。
「闇の精霊シャドー、影縛り部分解除。おい魔王、しゃべっていいぞ」
「【冥霊魔法】念話……、ぐっ!」
「どうした?念話なら妨害しているぞ」
「わ、私のことをどうするつもりですか?」
「さぁてどうするか、何か役に立つ情報でも教えてくれたら助かるんだがな」
「お断りします」
「じゃあちょっと痛い思いでもしてもらうとするかな」
「い、痛い思い!?そんな非人道的なこと……」
「非人道的?何言ってんだ?」
「ぐ、野蛮人め。ど、どんなことをするつもりですか?」
「それを聞いてどうする」
「た、耐えられそうかどうか検討します」
「俺はその手の魔法は得意じゃないんだが……とりあえず爪でも剥がすか」
「うっ!わ、私は絶対に耐えてみせる!」
「お、耐えられそうか?じゃあ頑張れよ」
俺は魔王の細い指を軽く持ち上げ、爪と指の隙間に自分の親指の爪を差し込んだ。
そして魔王の爪を剥がすために少し力を入れていく。
「あっ、ああー!鬼、悪魔ー!」
「まだ爪剥がれてないんだけど」
「ぐっ、ぐううぅ!耐えられるもん」
「そうか?じゃあこれならどうだ?チクリ」
俺は魔王の爪と肉の隙間に、針のように【形状変化】させた魔力針を差し込んで、敏感な部分をチクリと刺した。
「あっ、あああ!……ぐすっ、ぐすっ」
「なに泣きべそかいてんだ?」
「……死ねっ、死ねっ!うぅ……」
「ん?この臭いは……」
どうやら魔王は粗相をしてしまったようだ。
なんだか悪いことをしてしまったような気分になったが、まだ俺は魔王の爪の1枚も剥がしていない。
元はと言えば攻め込んできたのは魔族の方なのだから、痛い思いをする覚悟くらい持って欲しいものだ。
「ちっ、仕方ねぇなぁ。生活魔法、クリーン」
「!?」
「ほら、綺麗にしてやったぜ」
「下着が乾いてる」
「クッキーだ。食うか?」
「食べる」
影縛りによる拘束は最低限にして、俺は魔王に携帯用のクッキーを食べさせてやった。
もぐもぐとクッキーを頬張る姿はとても幼く見え、魔王などという凶悪な肩書きとは全く一致しない。
「そういえばお前、歳はいくつなんだ?魔族は長生きなんだろう?」
「私は12歳です」
「なんだよ、本当にまだ子供じゃねぇか」
「うるさいですね。でも精神的には50歳近いから、私は大人です」
「精神的には?何のことだ?」
「私は異世界から転生してきたから、前の人生の記憶を引き継いでいるってことです。そちらの勇者もそうなんでしょう?」
「そうなのか」
確かにゼルコバは歳の割には大人のような考え方や話し方をする時がある。
単に勇者だから天才的な知能を持っているのかと漠然と思っていたが、なるほど、ゼルコバは異世界の記憶を引き継いでいるため、精神的にはすでに大人だったというわけだ。
「しかしお前、本当に魔王なのか?」
「そうなります。悪いですか?」
「いや、悪くはないんだが、なぜ人間を滅ぼそうとするんだ?」
「別に滅ぼそうとしてないです。勇者を屈服させたいだけです」
「はぁ、屈服ねぇ?」
「はい、そして私は勇者を屈服させた後、【冥霊魔法】でテイムします」
「は?」
「勇魔大戦の決着条件は、魔王か勇者が相手をテイムすることです。当然、テイムするためには相手を生かしたまま屈服させなければなりません」
「ほう、それなら魔王か勇者が死んでしまったらどうなるんだ?」
「その場合は勇魔大戦は不成立なので、クリア報酬が貰えなくなってしまいます」
とんでもない情報がどんどん出てくるため内心では大いに驚きつつも、魔王からできる限りの情報を引き出すために平静を装って質問を続けることにする。
「ちなみにそのクリア報酬ってのは何なんだ?」
「それは完全には明かされていません。神への挑戦権が得られることは確定していますが、他にも報酬がきっとあるはずです」
「神への挑戦権?神様に挑戦してどうするんだ?」
「かつてフォレスティナが神ではなかった時、当時神だったスファエロテカ様に挑戦したフォレスティナが勝利して神になったとされています。そして新しく神となったフォレスティナの寵愛を受ける人間達は、この世界で豊かに暮らしているというわけです。神の座を奪われたスファエロテカ様は劣悪な環境の魔界に追いやられ、魔族と共に悲しい暮らしをしています。だから勇魔大戦に勝利して神への挑戦権を得ることは、魔族にとって悲願であるとも言えるでしょう」
「なるほど、そういうことだったのか」
魔王の話を信じるとすると、勇者か魔王が死ねば勇魔大戦は不成立となるため、クリア報酬とやらを受け取ることができなくなってしまうらしい。
魔族であるアルミラリアにとってみれば勇魔大戦の不成立はできれば避けたいだろうが、今回が駄目だったら次の勇魔大戦の機会を待てばいいという程度の話なのかもしれない。
前回、大勇者リョーマと大魔王トオルシファーが争った際にも、大魔王トオルシファーの討伐により決着していることから、勇魔大戦は不成立となっているはずだ。
もしかすると、さらにその前の勇魔大戦も不成立だったのかもしれない。
なぜなら主神フォレスティナ様が神になったのは、遥か昔の出来事なのだから。
アルミラリアが一体どれだけの年月を生きているのかわからないが、【死霊魔法】で他人の身体を乗っ取ることにより、遥か昔から勇魔大戦に参加し続けているのは間違いない。
そしてアルミラリアは数多くの魔王達を見てきたのだろう。
これは完全に俺の推測だが、アルミラリアは何回も勇魔大戦をこなしていくうちに、良い結果を残せそうな魔王と「微妙」な結果しか残せない魔王の見分けがつくようになったのではないだろうか。
そんなアルミラリアにとって今回の魔王はどのような存在なのか。
敵である俺に拉致され、念話が使えないとなるとすぐに魔王は死んだものとして扱っていることから、あまり大切に思っているとは考えにくい。
俺は憐憫の気持ちで魔王を眺めた。
「な、なんですかその気持ち悪い視線は」
「いや、ちょっとお前さんのことを不憫に思ってな。アルミラリアはどうやらお前さんを見捨ててゼルコバを探しに行っちまったようだぜ」
「助けは来ないというわけですね。自力で脱出しろということでしょうか」
「まぁお前さんの話を聞いて魔王を殺すわけに行かなくなったから、しばらくはこの影の世界で大人しくしているんだな」
「イヤです。と言ったらどうしますか?」
「こうする。闇の精霊シャドー、影縛り」
「ギャン!しかしその魔法の解析はすでに完了しています!固有魔法【科学魔法】魔法分解のブレイクダウン!」
「なっ!影縛りが消滅しただと?」
「ふっふっふ、お喋りしている間に貴方の魔法の解析を進めていたのですよ。この私、魔王リリアスタロトを甘く見ないでいただきたい!」
闇の精霊シャドーの影縛りが魔王リリアスタロトに破られてしまったため、魔王は自由に行動できるようになってしまった。
魔王の使う固有魔法【科学魔法】は、ゼルコバの使う【樹木魔法】のように、普通の魔法では考えられないような効果を秘めているということだろう。
「なるほど、戦うつもりのようだな。闇の精霊シャドー、影の世界を無限に拡張しろ」
「そんなことも出来るのですか」
「戦いやすくしただけだ。俺が意識を失えば影の世界は消滅してお前さんは外に出られるだろうぜ」
「さらに時間をかければ影の世界そのものを解析して消滅させることも出来ますが、貴方を倒してしまった方が話が早い。【冥霊魔法】魔導機士の冥霊、インペリアス召喚合体!」
魔王リリアスタロトが魔導機士の冥霊インペリアス召喚合体を発動すると、角ばった形状の巨大な甲冑が出現し、魔王の体は魔導機士インペリアスと合体してしまった。
身長5mほどの巨人となった魔王は、ゼルコバが使う魔木騎士に搭乗した時の姿を彷彿とさせる。
「はーっはっは!私がインペリアスと合体してしまったら、もう貴方には勝ち目はありませんよ!インペリアス、魔導ビーム発射」
ブォォォン!
インペリアスは右手の掌を俺に向けると、魔導ビームという攻撃を放った。
直線的な魔法攻撃なので避けるのは可能だが、影の世界が抉り取られるほどの威力のため、直撃は絶対に避けなければならない。
「避けますか。ならば、魔導ミサイル10連発射!」
さらに魔王リリアスタロトは魔導ミサイルという追尾型の攻撃魔法を左手の手のひらから放った。
一つ一つの速度は先ほどの魔導ビームよりも遅いが、躱しても俺を追尾してくるため、鬱陶しい。
「ファイアーボール10連」
ドドドドド!
魔導ミサイルは俺が放ったファイアーボールと激突すると、瘴気を撒き散らしながら激しく爆発した。
ファイアーボールで対処可能なことがわかったのはいいが、撒き散らされる瘴気が厄介だ。
瘴気を吸い込んでしまうと体調不良になり、最悪の場合には気絶してしまうかもしれない。
「ほらほらぁ!私の魔力容量は【無限】ですから、逃げ回っていても勝ち目はありませんよ!魔導ビーム、魔導ミサイル!」
魔王リリアスタロトの魔力容量は【無限】だという。
勇者ゼルコバの魔力容量は【極めて少ない】代わりに、陽の光を浴びている間は魔力回復速度が【ぶっ壊れレベルで極めて早い】ことを考えると、勇者と対を成す魔王の能力としては妥当なものなのだろう。
しかし魔王はせっかくの体格差を活かした接近戦を仕掛けてこないことから、近づかれることを嫌がっているのかもしれない。
俺は接近戦を得意としているわけではないが、長年の戦闘経験から全くできないというわけではない。
ここは危険を承知で相手の懐に飛び込んでみることにしよう。
「【精霊魔法】闇の精霊シャドー、影人形作成」
俺は影人形を作成すると、魔導機士インペリアスと合体した魔王の右側と左側から同時に回り込んだ。
魔導ミサイルが追尾してくるが、無視して本体に突進する。
「甘い!そんなこともあろうかと、魔導バリア全方位展開!これで貴方は近づくことすら出来ません!」
後ろからは魔導ミサイルが5個追尾してくる。
そして右側から回り込んだ影人形は、魔王の魔導ビームを喰らって消滅してしまった。
「こちらが本体ですね!これで終わりです、魔導ビーム!」
魔王の右手のひらから極太の魔導ビームが発せられ、魔導ミサイルを巻き込んで派手な爆発を起こした。
「ふぅ、全く、三流魔法士かと思っていたら意外にも強敵でしたね。しかし一向に影の世界が消滅する気配がないのは一体なぜでしょうか」
「それは俺がまだ生きているからだぜ」
「んなっ!?」
影の世界のさらに深層に潜んだ俺は、魔王が搭乗する魔導機士インペリアスの足元の影から姿を現した。
魔王が展開した魔導バリアの内側となるので、魔導バリアの影響を受けることはない。
ここは無限に広がる影の世界だ。
魔王が地面だと思っているのは、俺が作り出した影の世界のほんの表層でしかない。
「【精霊魔法】時空の精霊クロノス部分召喚合体、断空」
ザンッ!
「なっ!超超硬度を誇るインペリアスの両足が切断されたっ!?」
時空の精霊クロノスのチカラによる断空は、空間そのものを切り裂く斬撃だ。
そのため、切断対象がいかに超超硬度を誇る物体だったとしても、空間ごと切り裂くため全く関係がない。
通常、召喚した精霊と合体している時に別の精霊と合体することはできない。
本当は魔王に接近する時も時空の精霊クロノスと合体して縮地を使えば簡単だったのだが、それをすると闇の精霊シャドーとの合体を解除する必要がある。
その為、俺は人差し指の先端のみ時空の精霊クロノスと部分召喚合体し、断空を放ったのだ。
ズゥン!
両足を失った魔導機士インペリアスはそのまま地面に倒れ伏した。
しかし俺の追撃はさらに続く。
「闇の精霊シャドー、影縛り」
「あ、甘い!その魔法はすでに解析済みです、【科学魔法】魔法分解のブレイクダウン」
「断空」
「ああ!今度は右腕が切断された!」
「さらに影縛り、断空」
「左腕がっ!ぐっ、ブレイクダウンが追いつかないっ!」
「確かにお前さんの魔法はどれも規格外だが、魔法の発動速度が致命的に遅いし、魔法の並列使用も出来ねぇみたいだな。さてはお前、実戦経験がほとんどねぇな?」
「ぐっ、アーコレードとは毎日欠かさず訓練していますし、他の魔族もインペリアスと合体した私には近づくことすら出来ないのに」
「訓練と実戦は全くの別物だぜ。どうする、まだやるか?なんならお前さんの胴体ごと真っ二つにしてしまっても構わないんだぜ?」
「ぐっ、ま、負けを認めます……」
「ならしばらく俺の指示に従うように。あと、【科学魔法】による解析も禁ずる。破ったら今度こそ本当に殺すからな」
「わ、わかりましたよ。その代わり、非人道的な扱いはやめてください!私の人としての尊厳を最大限損なわないように!」
「人ってなぁ、お前魔族だろうが……」
「どっちだって、ほとんど差はありませんよ」
魔王は、人間と魔族の差はほとんど無いと言う。
この妙に人間くさい魔王を見ていると、俺もそうかも知れないなと思いつつあったのであった。
それではベルと合流して外の世界に向かうことにしよう。




