092
ドラゴンアローの作成によりバリスタでも海賊船ウミボウズに損害を与えることができるようになったため、戦況は好転しつつあった。
私はひたすらドラゴンアロー作りを続け、ツキ様はみかんを食べて魔力の回復を続けている。
「もぐもぐ、このまま行けば海賊船ウミボウズが接近する前に沈められるかも知れないのじゃ」
「そうだと良いのですが……」
ドラゴンアローを放つバリスタ100基による波状攻撃により、海賊船ウミボウズの船体には多くの穴が空いていた。
海賊船ウミボウズはボロボロになりつつも、一直線にこちらに向かってくる。
このままいけば護岸に到達する前に沈没させることができそうだが、アルミラリアがさらなる魔法を使って来ないかどうかが気がかりだ。
「エマ爺、アルミラリアが魔法を使ってくるような気配はありますか?」
「はっ、アルミラリアですが、先ほどからマストの上に立ったまま動いておりません」
アルミラリアは強力な魔族ではあるが、今のところ本気で戦ってはいないようだ。
アルミラリアが私たちを見下しており、ただ遊んでいるだけという可能性はある。
なぜかアルミラリアは滑稽なことにこだわりがあるようで、ウミボウズによる襲撃は、奴にしてみればゲームに過ぎないようだ。
エマ爺は第四位階魔法【鑑定】による遠見に長けており、敵の状況を監視してくれている。
「海賊船ウミボウズに動きがありました」
「新たな魔法を使ってくる気配はありますか!?」
「いえ、海賊どもが仲間割れしているようです」
「仲間割れ?」
『このままじゃ沈没するぞ!』
『また負ける』
『お前らのせいだろ』
『ふざけんなぁ!』
『お頭の責任だろうがぁ!』
『なんだと!』
戦場には怨霊の放つ怒声が響き渡っている。
エマ爺に確認するまでもなく、海賊達が仲間割れしているのは事実のようだ。
海賊船ウミボウズには、バリスタのように遠距離攻撃できる兵器は搭載されていない。
海賊船ウミボウズは喫水が浅く細長くしなやかな船体で、マストに帆を張れば風を受けて進むこともできるが、乗組員の海賊達はオールを漕ぐことで船を進めている。
船首と船尾が前後対称の形状となっており、船を旋回させずとも前後の移動が可能な形状となっている。
海賊達の乗る船は速力を活かした奇襲攻撃を得意としており、そもそも海上戦は想定していないようであった。
「アルミラリアに動きがありました!仲間割れしている海賊達の仲裁に入ったようです」
「アルミラリアが動きましたか」
魔族アルミラリアが海賊達の仲間割れを見て、マストの上から甲板に降りたようである。
アルミラリアが何をしてくるのか、注意しなければならない。
ーーー
「お前達、困っているようだな?」
『あんたは誰だ?』
「我の名はアルミラリア、この世に再びお前達を蘇らせた者だ」
『それはありがてぇことだ。しかしこの船はじきに沈没するだろう』
「我の言うとおりにすれば沈没しないかも知れないぞ」
『何か策があるっていうのか?』
「我が協力すればお前達の無念をはらすことができるだろう」
『本当か!?』
『ならば力を貸してくれ!』
『『『『『アルミラリア様、お願いします!』』』』』
「いいだろう、固有魔法【死霊魔法】怨霊強化」
『『『『『うぉぉ!力が、みなぎる!』』』』』
「さらに【死霊魔法】怨霊操作、死霊砲設置」
『なんだこの大きな筒はぁ?』
「これは魔王様がお作りになられた大砲という兵器を模したものだ。この筒に爆弾などの弾を込めて発射することで、敵を攻撃することができるのだ」
『す、すごい』
『兵器……ってなんだ?』
『よくわからんが、とにかく敵を攻撃できるらしいぞ』
「もっとも、我の場合には大砲に込めるのは弾ではなく、魂なのだがなぁ!そこのお前、大砲の筒の中に入れ」
『あ、あっしでやんすか?』
「そうだ。お頭であるお前が下の者の模範となるのは当たり前のことだろうが!」
『はっ、はい!入ります!』
「ちゃんと奥まで入れよ、準備はいいな?それでは死霊砲、発射!」
ーーー
ドンッ!
大気を引き裂くような轟音が、マンティスアロー湾に響き渡った。
その轟音はアルミラリアが作り出した謎の兵器から発せられたもので、筒から何かが撃ち出されたようだ。
筒から撃ち出された何かは、弧を描きながらこちらに向かって飛来している。
アルミラリアが甲板に降りて魔法を使うと、海賊船ウミボウズは巨大化して装甲は重厚になり、防御力が上がっているようだ。
さらにアルミラリアが魔法を使うと、甲板には謎の兵器が出現した。
大きな筒のような形状をしており、筒の先端はこちらに向けられており、その筒からは何かが発射された。
「あれは、怨霊!?」
「海賊船ウミボウズから怨霊が発射されました!」
「ドラゴンアローで撃ち落とせ!」
『ヒャッハー!そんなのろまな矢に当たるかよぉ!』
突如として飛来した怨霊に向かって複数のドラゴンアローが放たれるが、怨霊は空中を泳ぐようにしてドラゴンアローをかわしてしまう。
『よぉ、憎きあの女の子孫め!俺様の名はキャプテン・ターメリック!海賊どもからはお頭と呼ばれているぜぇ!さぁ、皆殺しの時間だ、裏固有魔法【裏狂乱の毒煙】!』
「うっ!」
「ゲホッ!ゴホッ!」
「うう、死にたい……」
怨霊キャプテン・ターメリックの裏固有魔法【裏狂乱の毒煙】を受けた戦士達が、次々に膝をつく。
それだけならまだしも、膝をついた戦士達が手にした矢で自らの体をぐさぐさと刺し始めた。
明らかに、キャプテン・ターメリックの使った魔法による影響だ。
毒といえば、初めて悪霊の除霊依頼を受けた時に、ゼルコバ君が警戒していた攻撃だ。
敵が使う毒の種類が不明なため、解毒する方法があるかどうかわからない。
最悪の場合、そのまま死にいたる危険性すらあり、非常に厄介な攻撃といえる。
「第一位階魔法【性質変化】風よ、毒煙を押し返せ!」
『ヒャーハッハッハ!おいぼれジジイめ、邪魔するんじゃねぇ!裏第五位階魔法【裏強化】!』
「くっ、力が抜ける……」
エマ爺が咄嗟に魔法で風を起こして毒煙を追い払ってくれた。
しかし裏魔法に耐性のないエマ爺は、敵の【裏強化】を受けて膝をついてしまった。
「敵の毒攻撃は私が防ぎます、隙を見て毒を受けた者を救助してください。裏第一位階魔法【裏性質変化】風よ、毒煙を押し返せ!」
『なんだぁ?小娘ぇ?お前もくたばれ、【裏強化】』
「なんの、私は裏魔法に耐性があります!」
『なにぃ!?』
私はエマ爺を退がらせて、キャプテン・ターメリックの使う毒煙を押し返すために裏魔法で風を起こした。
熟練の魔法士であるエマ爺が【裏強化】に対抗できなかったことから、裏魔法に耐性のない者は怨霊キャプテン・ターメリックと対峙することは難しいだろう。
「【裏龍星】!キャプテン・ターメリックを穿て!」
『そんなノロマな攻撃が当たるかよぉ!』
「【裏龍星】はお前を仕留めるまで何度でも戻ってきます!」
『んな!?魔法矢が戻ってきただとぉ!?』
空中でひらりひらりと【裏龍星】をかわすキャプテン・ターメリックだったが、【裏流星】の執拗な追跡により、青白い顔面が苦々しく歪んでいる。
ドンッ!
ドンッ!
『お頭〜、おで達も援護に来たど〜』
『おらおらぁ!邪魔な魔法矢はどっかいけ!第三位階魔法【裏念動】』
「くっ、【裏龍星】の軌道が保てない!」
『お前たちぃ、助けに来てくれたのかぁ!』
『いや、おで達はアルミラリア様に無理やり吹っ飛ばされて……』
『バカ、ここはお頭のピンチに駆けつけた勇敢な子分てことにしとけ!』
なんとアルミラリアはさらに大砲を追加で生み出し、2体の怨霊を砲撃により飛ばしてきた。
このままどんどん怨霊が増え続けてしまうと、戦況はかなり厳しいものとなるだろう。
そうなる前になんとかして3体の怨霊を除霊しなければならない。
「こうなれば奥の手、【裏龍星】2連!さらに脳魔法発動!」
【裏龍星】2連により、私が操作する【裏龍星】は合計3本となった。
通常の状態では3本もの【裏龍星】を同時に操作することはできないが、脳魔法の発動によりそれが可能となる。
私は元々魔力容量が【極めて少ない】ことと、第四位階魔法【鑑定】の精度が高かったため、ゼルコバ君と一緒にフジ山の精霊殿で修行することにより、1日で脳魔法を習得することができた。
あっさり脳魔法を習得した私を見てスリーズさんがショックを受けていたが、スリーズさんは素晴らしい魔法を使うことができるため、得手不得手だとしてご理解いただきたい。
脳魔法の発動により体感時間が引き延ばされ、全ての時間がゆっくりになる。
さらに脳魔法の精度を上げることもできるが、あまり脳を酷使してしまうとそのまま気絶してしまうこともあるから、注意が必要だ。
「穿て【裏龍星】!」
『ギャア!』
『痛てぇ!』
『お前たち!?』
後から飛んできた怨霊2体は、【裏龍星】により胴体を貫くことができた。
人間であれば間違いなく致命傷であるが、怨霊はこのくらいでは成仏してくれない。
誰か除霊に長けたものが怨霊を成仏してくれると良いが、残念ながらこの場にはゼルコバ君のように神気を扱えるものや、キエノさんのように高威力の聖属性魔法を使える者はいない。
「天におられる我らが主神フォレスティナ様、この悪しき海賊の怨霊に永遠の休息を与えたまえ、聖書 開巻、鎮魂!」
「ステノコマ司教!?」
マンティスアロー男爵領教会の司教であるステノコマ司教が魔法を使うと、怨霊2体は煙となって天に昇って行った。
ゼルコバ君が神気により悪霊を成仏させたように、ステノコマ司教は聖書を開巻することによって怨霊を成仏させることができるのだ。
「私は戦闘ではお役に立てませんが、弱らせた怨霊であれば成仏させることができるでしょう」
「素晴らしい魔法です!」
「フォレスティナ様のご加護があらんことを」
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
ステノコマ司教の鎮魂により2体の怨霊が成仏したが、アルミラリアが追加で大砲を生み出して怨霊を撃ち込んでくるため、戦況は徐々に悪化しつつある。
しかもバリスタによるドラゴンアロー発射でも、強化された海賊船ウミボウズの装甲を貫くことは出来なくなってしまっている。
しかし今は迫り来る怨霊達に対処するしかない。
「【裏龍星】3連!脳魔法発動!」
先ほどからキャプテン・ターメリックを狙い続けている【裏龍星】に加えて、追加で3本の【裏龍星】を用いて怨霊の撃墜を試みる。
『ヒャーハッハッハ!当たらねぇなぁ、何!?矢が戻ってきた!ぐえっ!』
『避けられないならば正面から受け止めるのみ』
『俺はこいつの後ろに隠れていようかな』
『2本は無理だろ!ぐえっ!』
『おっと、生き延びたぜ、ラッキー!』
追加で飛んできた3体の怨霊のうち2体は撃墜することができたが、姑息にも味方の後ろに隠れた怨霊を1体を撃ち逃してしまった。
「天におられる我らが主神フォレスティナ様、この悪しき海賊の怨霊に永遠の休息を与えたまえ、聖書 開巻、鎮魂!」
『邪魔な司教だぜぇ、死ねぇ!裏第一位階魔法【裏性質変化】鬼火!』
「ひぃ!」
「いけない、【裏龍星】!脳魔法発動、うっ!」
その瞬間、私の意識が一瞬暗転した。
脳魔法の連続使用により、私の脳が悲鳴を上げているのだ。
また、軽度の魔力枯渇の症状も見られ、倦怠感と疲労感が私を苦しめていた。
【裏龍星】の連発とドラゴンアローの作成により、私の魔力は残りわずかとなっていたらしい。
私はそのままへたり込んでしまい、体中から冷や汗が吹き出てくる。
操作していた2本の【裏龍星】は制御を失い、キャプテン・ターメリックの鬼火を巻き込んでどこかへ飛んでいってしまった。
『ヒャーハッハッハ!なんだ、もう力尽きたのかぁ?回復を待ってやるほど俺は優しくないぜぇ』
「に、逃げなければ……」
私の魔力はほとんど残っておらず、脳魔法の酷使により思考能力が低下している。
精一杯逃げようとしているつもりなのだが、私の足は全く動いてくれない。
「ツバキ様、お助けいたします」
「エ、エマ爺……」
『邪魔なジジイがまた出てきたか、お前から殺してやるぜぇ。裏第五位階魔法【裏強化】』
「なんのこれしき、第五位階魔法【強化】!」
『ぬ、俺様の【裏強化】を受けてなお立ち上がるとは!これでも喰らえ、鬼火!』
「ぐっ、なんのこれしきぃ!」
『おらおら、鬼火鬼火鬼火ぃ!ヒャーハッハッハ、ジジイが氷漬けになっちまったなぁ!』
エマ爺は私を抱えたまま、敵に背を向けて退却している。
逃げるエマ爺の背中には、キャプテン・ターメリックの鬼火が次々に突き刺さる。
第一位階魔法【性質変化】により生み出される鬼火は周囲の熱を奪う効果があり、エマ爺の背中はすでに重度の凍傷を受けているようだった。
『おら、ジジイ、そろそろくたばりやがれ!【裏狂乱の毒煙】!』
「う、うぐぅ!ツバキ様だけでもなんとかお逃げください。第五位階魔法【強化】最大出力!」
「エマ爺!」
エマ爺はありったけの魔力で【強化】を発動すると、私を【裏狂乱の毒煙】から逃すように投げ飛ばした。
しかしエマ爺は【裏狂乱の毒煙】に巻き込まれてしまい、その姿は完全に毒煙に包まれて見えなくなってしまった。
「エマ爺!」
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
さらに追加で4体の怨霊が迫ってくる。
エマ爺を助けなければならないし、怨霊達に対処しなければならないのだが、私の体は地面に突っ伏したまま起き上がることがどうしてもできない。
「ここで私の運命は終わりだ……」
私は死を覚悟した。
私の人生はあまり長くはなかったが、しかし悪い人生ではなかったように思う。
親からは厳しいながらも深い愛情を受けて育ったし、魔法学院にも入学させてもらった。
魔法学院では友達も出来て、なによりゼルコバ君と出会うことができた。
ゼルコバ君から婚約の申し込みをしてもらったことは、人生最大の幸福と言ってもよい。
悔いがあるとすれば、ゼルコバ君と結婚して幸せな家庭を築くことが出来なかったことだ。
「……そんなの、絶対にイヤだ!」
その時、左手の薬指にはめた婚約指輪から、神気を浴びた温もりが流れ込んでくるのを感じた。
「……こんなところで死ねない!死にたくない!」
『ヒャーハッハッハ!憎きあの女の血をひく小娘め、その諦めの悪い面構えがそっくりで虫唾がはしる。しかしこれで終わりだぜぇ!【裏狂乱の毒煙】!』
「私は絶対に死なない!生き延びて、ゼルコバ君と幸せな家庭を築くんだ!【裏龍星】小龍」
『そんなチビ龍で何ができるっていうんだぁ?』
「小龍、風を纏い竜巻を起こせ!」
『なっ、なんだってぇ!?』
「【裏龍星】小龍、風纏!」
私は残りわずかな魔力を捻り出し、【裏龍星】小龍に風を纏わせた状態で旋回させ、竜巻を発生させた。
先ほど【裏龍星】を連発している時に気がついたことだが、【裏龍星】もしくは【龍星】は一度作り出してしまえば、高速移動させても魔力消費は無いようだ。
そのため、【裏龍星】小龍であっても、風を纏わせた状態で高速旋回させることにより強力な竜巻を発生させ、毒煙を吹き飛ばすことが出来る。
「そう、ツバキ姫、決してこんなところで死んではならないぞ!とうっ!」
「え?」
『なにぃ?』
聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、私の体は何者かに抱えられてふわりと宙に浮かんだ。
黒のマントにシルクハットを纏い仮面をかぶったその姿は、紛うことなく怪盗モードのポドカルパス先生であった。
「あ、あなたは、ポドカルパス先生!どうしてここに!?」
「ふふふ、大魔王の怨霊が復活したとの一報を受けたイタコ組合から緊急招集がかかりまして、ジャカランダさんに渡り鳥の衣装を作ってもらったのですよ。それに、我が宿敵アルミラリアも出現したとなれば、じっとしていられません!文字通り、飛んできたのですよ、とうっ!」
ポドカルパス先生は私を抱えたまま上空を旋回飛行し、背中に取り付けた渡り鳥の衣装を格納して軽やかに着地した。
ポドカルパス先生はアルミラリアのことを宿敵と言ったが、何か因縁でもあるのだろうか。
「ツバキ!無事じゃったか!」
「ツキ様、ポドカルパス先生が助けてくれました!」
「そちらのレディーは世界樹の化身とお見受けいたしました。怨霊の相手は私が引き受けますので、どうかこちらでツバキ姫の回復をはかってください、とうっ!」
「わ、わかったのじゃ!ツバキ、ほらみかんをお食べ」
「ありがとうございます」
『珍妙な格好の変人が来たところで調子にのるなよぉ!ヒャーハッハッハ!』
「海賊の怨霊め、愛と正義の怪盗ポドカルパスが成敗してくれる、とうっ!」
ポドカルパス先生はAランク霊媒師だというが、本気で戦う姿を見るのは初めてのことだ。
生徒である私の身を案じて、大急ぎで駆けつけてくれたに違いなく、ポドカルパス先生には一生かけても返しきれない大恩を賜った。
身動きの取れない私は、今はみかんを食べて魔力と体力を回復させるしかない。




