087
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私の名前はキエノ・リョーマイケル。
王都教会にてセドゥルス枢機卿、ブマタンゴの魂を宿した教皇、教皇の魂を宿したミニ豚と相対した私たちは、一刻も早くマンティスアロー男爵領に応援に向かうべく、敵の無力化を急がなければならないと考えていた。
「スリーズさん、ヨシノ様、カルミア=パキラさん、なるべく相手を殺さないように速やかに無力化しましょう」
「セドゥルス枢機卿はすでに魔族になってしまったとはいえ、元は人間ですし、裁判にかける必要がありそうです。他の2体も、教皇様の肉体と魂が操られているのだとすると、なんとか生かしたまま取り押さえたいところですね」
「聖女キエノォ、ォ前を殺ス!出デヨ、聖ナル火球!」
魔族になってしまったセドゥルス枢機卿は私たちに向けてファイアーボールを放ってきた。
この状況であれば十分に正当防衛が成立するとは思うが、セドゥルス枢機卿を殺してしまうと私はきっと悪夢にうなされることだろうから、生かしたまま無力化したいと思う。
「固有魔法【聖天】雨撃」
私は固有魔法【聖天】により、雨撃を放ってファイアーボールを相殺することにした。
ファイアーボール同士をぶつけて相殺することもできるが、そうすると爆発して視覚を乱されることがある。
そのため、小さな水滴の集団である雨撃をぶつけることで、安全に相殺することが可能だ。
「ブヒブヒ、我が名はブマタンゴ、偉大なるオークロードにして、第六位階魔法の使い手である!固有魔法【黴魔法】腐敗の吐息!」
ブマタンゴといえば、かつてモンテ・アジュガを襲ったオークロードの名前だ。
ブマタンゴはゼルお兄様の活躍によって討伐されたと聞いたが、魔族アルミラリアによって魂が回収されたのだろうか。
「固有魔法【聖天】風壁」
【黴魔法】腐敗の吐息に対して私が使った【聖天】風壁は、文字通り風の壁を作り出す魔法だ。
ブマタンゴが放った腐敗の吐息は風壁に阻まれてしまい、こちらに到達することはない。
「ゲホッ、ゲホッ、教皇猊下、オヤメクダサイ」
「ブヒー!お前を攻撃したつもりではなかったブヒ!」
「ブヒブヒ」
ブマタンゴが使った【黴魔法】腐敗の吐息は、こちらには全く影響を及ぼすことはなかったが、味方であるセドゥルス枢機卿に被害を与えたようだ。
教皇の魂を宿したというミニ豚はそもそも戦う術を持っていないのか、マスコットキャラクターとしてブヒブヒと鳴くばかりだ。
こちらには私以外にも近接戦闘が得意なスリーズさんもいるし、ヨシノ様だってかなり強い。
カルミア=パキラさんの固有魔法は戦闘に向いているとは言えないが、私の身を守ってくれている。
正直言って、負ける要素が全く無い。
「えっと、無力化ってどのようにしたら良いのでしょうか?」
「スリーズ、セドゥルス枢機卿とブマタンゴを私の本体である世界樹の方に向かって追いやってくれないでしょうか。敵の身動きを封じるのは私が担当します」
「承知しました、脳魔法発動!」
スリーズさんはすでに脳魔法を完璧に使いこなしており、元々の身体能力の高さもあり、とんでもない速度で突進してその勢いのままセドゥルス枢機卿とブマタンゴを投げ飛ばした。
落下予想地点はゼルお兄様が設置した結界のすぐ近くである。
「ムムッ、ナニヲスル、ウワー!」
「ブ、ブヒー!」
「ブヒブヒ」
「ありがとうスリーズ。私の根っこよ、あの2体に絡み付け!」
ヨシノ様が自らの本体である世界樹に指示を出すと、教会の床を突き破って無数の根っこが出現して敵の手足に絡みついた。
セドゥルス枢機卿とブマタンゴは手足が完全に地面に縫い止められているため、一歩たりともこの場から動くことはできないだろう。
ちなみにミニ豚はそもそも戦意がないため、ヨシノ様に抱き抱えられている。
これで敵の身動きは封じられたと言えるだろう。
「これでいいでしょう。この者たちを拘束するのは私1人で十分なので、キエノたちはマンティスアロー男爵領に向かってもらっても大丈夫ですよ」
「それではこの場はヨシノ様にお願いして、我々はマンティスアロー男爵領に向かいましょうか」
「そうですね……あっ、鏡がまだ残っていますが、アレの扱いはどうしますか?」
急いでマンティスアロー男爵領に向かうべきだと考えていた私だったが、セドゥルス枢機卿が大事そうに持っていた真実の鏡とやらが気になった。
魔族アルミラリアがセドゥルス枢機卿に与えたものだとすると、危険な魔道具の可能性もある。
真実の鏡という名前に反して、出鱈目な現実を写し出す鏡なので、何らかの魔法がかけられていることは間違いない。
「あの鏡とは、セドゥルス枢機卿が大事そうに持っているアレのことでしょうか。それなら私の剣で破壊してしまいましょうか?」
「スリーズさん、よろしくお願いします」
「わかりました、……静剣」
「ヒィッ!」
キィン!
「「「「弾かれた!?」」」」
『衝撃を感知しました、これよりマスターを叩き起こします』
「アワワワワ」
スリーズさんの静剣という魔法は、かつてヤエ公爵邸にて魔族モニリニアと戦った際に、メカ・レッドドラゴンを両断したという凄まじい威力の斬撃のはずだ。
驚くべきことに、その凄まじい威力が込められているはずの斬撃が、セドゥルス枢機卿が持っている真実の鏡に弾かれてしまったのだ。
そして、真実の鏡は謎の音声と共に禍々しい光を放ち始めた。
「なんだかよくないことが起こる気がします。みんなで攻撃しましょう!【精霊魔法】太陽の精霊アポロン召喚、太陽球!」
「くっ、【聖炎】静炎!」
「【雷魔法】放雷!」
「ヒィェェェェ!」
ドガガガ!
私たち3人の魔法により、王都教会内には轟音が響き渡り土煙が立ち込める。
セドゥルス枢機卿は激しい攻撃に晒されたため、服がところどころ焦げているが無事のようだ。
もうもうと立ち込める土煙が収まると、そこには先ほどまではいなかったはずの1人の少女の姿があった。
「ふぁ〜、よく寝たし」
「だ、誰!?」
「ん?ここは……どこだし?」
「ヒ、ヒェェェェ」
その少女の額からは2本の角が生えており、肌は雪のように白い。
その瞳は紅く染まっており、真っ白なまつ毛は長く整えられている。
そして真実の鏡はいつの間にかどこかに消えてしまったようだ。
「魔族か!?」
「そこのおぢさん。ここはどこだし?」
「ヒ、ヒェェェ、ココハ王都教会デス」
「そっか、ありがと。ところで次の勇魔大戦て、もう始まった?」
「ユ、勇魔大戦??」
「勇魔大戦を知らないの?使えないおぢさんだし。アルミラリアに念話してみるか」
魔族の少女はそのまましばらく沈黙すると、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。
おそらく、マンティスアロー男爵領に向かったアルミラリアと念話しているのだろう。
『あ、もしもしアルミラリア?なんであーしのこと置き去りにしてるわけ?マジムカつくんですけど。え?この人たちを足止めしろって?大魔王様の復活のために協力しろって?え〜、マジだるいんですけど〜』
魔族の少女はアルミラリアと念話していたことから、間違いなく第七位階に到達していると予想される。
本人の戦意が高くないのであれば、話し合いで解決するのが最も好ましいだろう。
「あの、魔族の方、私たちは別に貴女と戦いたいわけではありません。お帰りになられるのであればどうぞご自由になさってください」
「え〜、でもそうするとあんた達が向こうに応援に駆けつけちゃうんでしょ?あーしとしてはそれは困るんだし」
「私達もなるべく急いで応援に向かいたいところです。お互いの利益が相反するのであれば、戦闘もやむを得ません」
「そっか、なら戦うしかなさそうだし」
「キエノ嬢、お待ちください。敵は1人、こちらは4人。悪党であれば4人がかりで成敗することも構わないでしょうが、彼女は現時点では犯罪者ではありません。この場は出来れば一対一で戦わせてもらえないでしょうか?」
「……それもそうですね。スリーズさん、よろしくお願いします」
スリーズさんは騎士らしく、正々堂々と戦いたいようだ。
リーダーとしては4人がかりで敵を倒すべきなのかもしれないが、貴族の娘である私としても、例え相手が魔族であるとは言え、なるべく卑怯な手は使いたくは無い。
「ひゅう!騎士のおねーさん、かっこいいね。あーしはデサルミラリア、おねーさんの名前も教えてよ」
「私の名はスリーズ・チェリーブロッサム、いざ参る!」
「よろしくね、スリーズっち。スリーズっちは剣が得意なんだね。ならあーしも、【物体魔法】刀製生!」
「刀製生!?」
「そう、これ刀っていうんだって。大魔王様の故郷の武器らしいよ?」
魔族デサルミラリアが固有魔法【物体魔法】を使うと、魔族アルミラリアの持つ魔導書モルティスを思わせる武器が出現した。
その武器は反りの強い片刄の刃物で、刀という種類の剣なのだという。
それに対してスリーズさんは愛用しているミスリル剣を構えて、デサルミラリアに向かって突進する。
スリーズさんの振るった剣はデサルミラリアの刀と激突し、火花が飛び散った。
「へぇ、あーしの刀と打ち合えるなんて、スリーズっち強いじゃん?」
「くっ!」
私は剣は習ったことがなくどちらの方が優勢なのかはわからないが、そのまましばらく2人は剣と刀を打ちあっていた。
スリーズさんの表情は険しく、デサルミラリアの表情は余裕があるように見えるが、実力はややデサルミラリアが勝るものの互角に近いのではないかと思う。
「へぇ、これだけ動けるなら、スリーズっちが本気を出したらもっと強いんだろうね?スリーズっちって呼びにくいからズッチーって呼んでもいい?」
「くっ!何とでも呼ぶがいい!」
「ワ、ワタシモ援護イタシマス!聖ナル火球、イケ!アアアッ!?」
ボワッ!
「……熱っ!ちょっとおぢさん?」
スリーズさんとデサルミラリアが互角に打ち合っているところに、手足を世界樹の根に絡みつかれたセドゥルス枢機卿がファイアーボールを放ってきた。
すると間が悪いことにセドゥルス枢機卿の放ったファイアーボールは、仲間であるはずのデサルミラリアの後頭部に直撃してしまったのだった。
怒ったデサルミラリアが戦いを止め、セドゥルス枢機卿に詰め寄っていく。
「おぢさんは、使えないばかりか、あーしの足を引っ張る、悪い子でちゅねぇ!」
「ア、アアア!オ、オヤメクダサイィィ!」
セドゥルス枢機卿は怒ったデサルミラリアから、刀の峰でビシビシとお仕置きを受けている。
セドゥルス枢機卿は痛がる素振りを見せつつも頬を紅潮させて喜んでいるようで、非常に気持ちが悪い。
スリーズさんもあまりの出来事に迫撃を止め、呆れているようだ。
「悪いおぢさんにはお仕置きが必要だし。【物体魔法】三角木馬製生!」
「ギャイイイイ!」
「お股が裂けるほどの痛みで反省しなちゃい」
両手両足を世界樹の根で固定されたセドゥルス枢機卿の股下に突如として三角形の物体が出現し、セドゥルス枢機卿は強制的に跨らされた。
大事な部分が鋭角な三角形の角に食い込んでおり、とても痛そうだ。
「あーあ、せっかくズッチーと楽しく遊んでたのに、おぢさんのせいですっかり白けちゃったよ」
「もう戦うのは止めにするのか?」
「うーん……ところでズッチーて第七位階には到達してるんだよね?【精霊魔法】はどのくらい使えるの?」
「なぜそれを貴様に教えなければならないんだ?」
「言いたくないなら視ればいいだけだから別にいいし。【冥霊魔法】冥霊眼」
冥霊眼が精霊眼と対を成す魔法だとすると、デサルミラリアは【冥霊魔法・奥伝】以上に到達していることになる。
敵が明らかに同格以上であることがわかり、私は警戒レベルを1段階引き上げた。
「あー、ズッチーは【中伝】かー。そっちの女の子は【奥伝】みたいだけど、まぁ、ちょっと現状では参戦は無理だね〜」
「何が無理だというのだ?」
「ズッチー、悪いことは言わないから勇魔大戦には参加しない方がいいよ。勇魔大戦は本気の殺し合いになっちゃうからね」
「本気の殺し合いなど、魔族と戦うならば当然ではないか!」
「いや〜、ズッチーは理解してないみたいだね、ならあーしが教えてあげるしかないし」
「教えてあげる、だと?」
「うん、今からあーしが使う魔法を打ち破れないようなら、ズッチーは勇魔大戦には参加しないこと。あーしと約束、ね?」
デサルミラリアはなぜかスリーズさんの身を案じており、本人としてはアドバイスしているつもりらしい。
しかしもし仮に勇魔大戦なる戦いが起こるとすれば、それは人間と魔族の存亡をかけた戦いとなるに違いなく、参戦しないという選択肢はあり得ない。
「【冥霊魔法】魔導書アリス召喚だし」
「魔導書アリス?それは真実の鏡では?」
「まーまー、見てなって」
デサルミラリアが召喚した魔導書は、真実の鏡その物であった。
あの虚構を写し出す鏡はデサルミラリアの魔導書だったのだ。
そしてデサルミラリアは続けて、驚くべき魔法を発動させた。
「【冥霊魔法】魔導書アリス開巻、ワンダーランドだし!」
「なっ!?」
「空間が歪んでいく!?」
「もう卑怯とかどーでもいいから全員でかかってきなよ。そっちの女の子、【奥伝】なんでしょ?最低でもコレに対抗出来なきゃ戦力外通告だし」
デサルミラリアが魔導書アリス開巻という魔法を発動すると、王都教会内の空間がいびつに歪み始めた。
長椅子は巨大化して見上げるほどの大きさになり、私たちは縮んでネズミほどの大きさになる。
長椅子が急に巨大化したのか、それとも私たちが小人になってしまったのか。
とにかく、物体の大きさがてんでバラバラに変化してしまったのだ。
そしてデサルミラリアも一緒に小人サイズに縮小されている。
「お互いに小さくなったのであれば条件は同じだ!脳魔法発動、静剣!」
「ちっちっち、ズッチー、それは無謀な考えだし。ズッチーの剣はあーしにはもう届かないし」
「むっ!?と、遠い!なぜだ!」
スリーズさんが必殺の間合いに飛び込んで剣を振るったと同時に、ものすごい勢いで空間が引き伸ばされてデサルミラリアが遠ざかっていく。
敵が遠ざかっているのか、スリーズさんが下がっているのか、とにかく、スリーズさんの剣は空振りしてしまったのだ。
「これが魔導書アリス開巻の効果だし。はい、ズッチー死亡〜」
「「「「っ!?」」」」
デサルミラリアはスリーズさんの首筋を、刀の峰でペシっと叩いた。
先ほどまで地平線の彼方まで遠ざかっていたはずのデサルミラリアが、いつのまにかスリーズさんの目の前にいて刀を振るっているのだ。
もしデサルミラリアが本気で殺すつもりだったなら、スリーズさんの首は切り落とされていたに違いない。
「ばっ、馬鹿な!」
「馬鹿じゃないし。魔導書開巻てゆーのはお互いのエゴの押し付け合いなの。エゴにはエゴで、魔導書開巻には魔導書開巻で対抗しないといけないんだし。大精霊召喚でもいいけど。だから【中伝】止まりのズッチーは絶対にあーしには勝てませーん」
「な、なんてことだ……」
ドシャ!
スリーズさんはその場に膝から崩れ落ちた。
絶望的なまでの格の違いを見せつけられてしまったからなのか、それとも相手の手加減で命が助けられた自分が許せなかったのか、もしかすると両方かもしれない。
「ズッチーが勇魔大戦には参加しないって約束するなら、魔導書アリス開巻を解いてあげてもいいんだよ?それが嫌なら自力であーしのエゴを押し返すしかないし」
「スリーズさん、代わります!【精霊魔法】大精霊カグヤ様召喚!」
「む、大精霊?【奥伝】止まりなら呼ぶだけ無駄だし」
私はカグヤ様から授かった精玉を飲み込むと、大精霊召喚を発動してカグヤ様を召喚した。
精玉は一度に1つしか作り出すことは出来ないが、1つ消費すると新たに精玉を1つ作り出すことができるらしい。
大精霊召喚を使うと魂に負荷がかかると言われているが、【精霊魔法・奥伝】に到達していれば十分に耐えられることはゼルお兄様が証明済みだ。
「これは……キエノ、あの魔族の魔導書開巻に巻き込まれてしまったのですね」
「そうなのです、カグヤ様!どうかお力をお貸しください!」
「いいでしょう、と言いたいところですが、それは出来ません」
「な、何故ですか!?」
「【精霊魔法・奥伝】に到達したキエノならば大精霊召喚は魂に負荷をそれほどかけずに使うことができたでしょう。しかし召喚した私を使役するためには【精霊魔法・皆伝】に到達しなければなりません。【精霊魔法・奥伝】のまま私を使役すれば、私が魔法を1つ使うごとにキエノの魂に亀裂が走り、いずれ魂が壊れてしまうことでしょう」
「そ、そんな……」
「これでわかったでしょ?【奥伝】止まりじゃ戦力外なんだし。召喚した大精霊に魔法を使わせたければ、【皆伝】にならないと魂が壊れちゃうんだし」
「ですがキエノ、あなたに助言することは可能です。キエノ、この場で魔導書を作り出しなさい」
「わ、私が魔導書を!?」
「そう、そして新たに作り出した魔導書を開巻させることにより、魔族の作り出した空間を打ち破らなければなりません」
「は、はい!やってみます!」
こうして私は、この土壇場で新たな魔導書を作成することになってしまったのだった。
しかし魔導書とは一体、どのようにして作れば良いのだろうか……。




