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2026/7/1 085話にて、ベルがベルセルク・ライカンスロープエンペラーに昇格したことを追記および文章の修正をしました。
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私の名前はツバキ・マンティスアロー、マンティスアロー男爵家の一人娘だ。
マンティスアロー男爵領の保有する戦力は戦士1000人で、その内訳は子供から老人を含む、領民のほとんど全てだ。
当然、成人男性が最も強く、戦士達の中核を担っており、約400名に達している。加えて、成人女性300名、子供で戦えるもの200名、老人で戦えるもの200名。
これが戦士1000人の内訳である。
通常の騎士団が成人男性やスリーズ様のような特別に強い成人女性で構成されていることを考えると、女子供や老人では頼りないのではないかと思うかも知れないが、マンティスアロー男爵領の領民達は私も含めて全員魔法矢を放つことができるので、非力だからといって侮ることはできないだろう。
他の男爵領が保有する戦力は10人の騎士団程度で良いそうなので、1000人の戦士を動員可能なマンティスアロー男爵領は貴族社会の中でも異例なことがよくわかる。
これはマンティスアロー男爵領の成り立ちに由来し、大魔王トオルシファーの復活を見越して、初代様が考案された領民皆兵政策を尊守しているためだ。
マンティスアロー男爵領の戦士1000人は皆、幼少期から弓の使い方を教わる。
私たちマンティスアローの戦士は日常的に狩りをして弓の技術を学び、他には茶やみかんの生産をして収入を得ている。
リョーマ湾では漁も盛んで、クジラという海獣をバリスタと特殊な矢で仕留めるのは、伝統的な狩猟方法でもある。
領民達は家族のように団結しており、今回の魔族襲来の危機に直面して士気は高まっている。
「エマルギナタ、巨大な赤子の怪物が出現したそうだな」
「エマ爺、久しぶりです」
「これはタロウカジャ様。お久しぶりです、ツバキ様。しばらく見ないうちにすっかり大人の女性になられましたな。お仲間の皆様もこんにちは、戦士頭のエマルギナタと申します」
「サイプレスだ、よろしく頼むぜ」
「わしは世界樹の化身ツキ、こっちは狼のベルじゃ」
「わん!」
エマ爺、エマルギナタは凄腕の弓使いで、私の弓の師匠でもある。
高齢にも関わらず現役を続けており、体はそれほど大きくないが、こんがり日焼けした全身に筋骨隆々で、頼もしい存在だ。
エマ爺は戦士頭として、1000人の戦士達の筆頭に任命されている。
「それで、得体の知れない怪物がリョーマ湾の地平線に現れたと聞きました。状況はどうなっていますか」
「はい、その姿は禍々しい赤子を巨大にしたようなもので、魚達が怯えて護岸近くまで逃げて来ています。船で偵察を出しましょうか」
「いえ、船で偵察に向かうと逃げ場がないので、危険ではないでしょうか」
「ならば鳥を使って斥候を出しましょう。クレイエラ、ミサゴを飛ばせ」
「おっけー、親父!」
「クレイエラ、大きくなりましたね!」
「へへへ、ツバキねーちゃん久しぶり。あたいの成長を見てくれよな!」
クレイエラはエマ爺の末娘で、私よりも1つ歳下の女の子だ。
しばらく会わないうちにクレイエラは身長もぐんぐんと伸びて、立派な戦士へと成長中のようだ。
「ルゴサ、行け!」
「キョッ!」
クレイエラがミサゴのルゴサに指示を出すと、ルゴサは大きな翼を広げて飛び立った。
クレイエラの指示に従っていることから、おそらくルゴサはクレイエラがテイムしている鳥なのだろう。
ルゴサは真っ直ぐに赤子の怪物に向かって飛ぶと、海を進む赤子の怪物の上空を旋回し始めた。
「どうだ?」
「うーん、でっかい赤ちゃんがこっちに向かって泳いでるみたいだ」
「それはわかっとるんだ、何か他にないのか?」
「あっ、でっかい赤ちゃんの頭の上に女の人が立ってるな。修道女様、かな?げっ、首だけでこっちむいた!ん?何か手招きしているようだけど、ルゴサを向かわせてもいいかな?」
「お願いします」
「おっけー」
ルゴサの偵察によると、巨大な赤子の怪物の頭の上には女性が立っているらしい。
修道女の格好をしていることから、王都教会に現れた魔族アルミラリアの可能性が高い。
「ひぇ〜、この女の人、背中の肉が裂けて血が出てるよ。かなり痛そうだけど、なんかニコニコしてる、怖っ……」
「なんと恐ろしい、おそらくその修道女が魔族アルミラリアに違いありません」
ルゴサは巨大な赤子の頭の上に着地し、恐ろしい修道女と向かい合っている。
こちらから見ると、体は正面を向いているのに頭だけ後ろ向きだ。
修道女の姿をしたアルミラリアの首が、関節の可動範囲を超えてぐるりと回転しているようだ。
「あ、なんか言ってる、なになに。うっ!」
「クレイエラ!」
突然、クレイエラが気絶して地面に倒れ伏した。
エマルギナタが心配して駆け寄るが、クレイエラは完全に意識を失っているようだ。
目を凝らしてよく見ると、心臓に近い部分に向かって黒い糸のようなものがアルミラリアのいる方から伸びているようだ。
「クレイエラ、しっかりしろ!」
『リモート魂トロール』
「「「「「!?」」」」」
背筋が凍るような女性の声が聞こえた瞬間、気を失ったはずのクレイエラが立ち上がり、いつもと違う口調で話し始めた。
まるで魔族アルミラリアに操られているかのようだ。
「……裏切り者の末裔よ、我の名はアルミラリア、偉大なる魔王様の大幹部である」
「アルミラリア!お前が魂を斬るという魔族ですね!」
「そう慌てふためくな、穢らわしい混血の乙女よ。我と滑稽なゲームをしようではないか」
「ゲーム!?何を言っているの?」
「この巨大な赤子、ウミボウズは、初代マンティスアロー男爵マリフローラに殺された海賊達の悪霊を我がこねくり回して作り出した集合体である。ウミボウズが護岸に達すれば我の勝ちだ。領民達は皆殺しにして魂を回収し、肉体は死の供物として我が魔力の糧にしよう」
「そんな悪事は絶対に許さない!」
「別にお前に許してもらう必要など全くないのだ。我は滑稽なゲームがしたいだけなのだからな!」
「のう、アルミラリア。ところで大魔王の怨霊とやらはどこにおるんじゃ?」
「ぬ、貴様、世界樹の化身か。大魔王様の怨霊は海底に沈む大精霊マンティスの精霊殿に魂の本体を取り戻すべく向かわれたので、決して邪魔をしないように。もっとも、貴様ら人間が海底に向かう手段などないだろうがな、わっはっは!」
マンティスとは、初代マンティスアロー男爵様が共に戦ったと言われる伝説の獅子の名前だ。
そのマンティスが大精霊であったことは初めて知ったが、大精霊マンティス様は今も大魔王の魂の本体を封じ込めるべく戦い続けていらっしゃったのだ。
私の胸の中に大きな感動と不安が押し寄せた。
なんとかして海底で行われているであろう戦いに加勢したいが、生身の人間ではリョーマ湾の海底に沈む精霊殿に辿り着くことは出来ないだろう。
「ふぅん、海底のう。ならばこれでどうじゃ。【土魔法】測量杭」
「むっ!?」
ツキ様が固有魔法【土魔法】を発動すると、リョーマ湾の海底に向かって無数の石杭が打ち込まれた。
ツキ様の言葉に従うと、魔法で作り出された測量杭なのだという。
「ふむふむ、海底に朱色の鳥居があるな。たぶんこの先に大精霊マンティス様がいらっしゃるのじゃろう、【土魔法】大石管」
「なっ!」
ツキ様がさらに魔法を使うと、今度は海底から迫り出すようにして、巨大な石管が出現した。
大石管の直径は30mほどあり、押しのけられた海水が大波となり、リョーマ湾の護岸に打ち寄せる。
大石管の内部には海水が無く、そこから飛び降りれば海底にある精霊殿に辿り着くことが出来るだろう。
「これで大精霊マンティス様の精霊殿への道は整ったのじゃ」
「なにぃ!?反則ではないか!」
「反則もなにもあるかい。ツバキ、大精霊マンティス様の加勢に向かうのは誰にするのじゃ?」
「ツキ様、素晴らしい魔法をありがとうございます!それではサイプレス様、ベル、頼みます!」
「おう、任せろ!」
「わん!グルルルル、イッテキマス!」
私の指示を聞いた瞬間、ベルが狼モードから人狼モードに変身し、海に向かって駆け出した。
ツキ様が作り出した大石管まで辿り着くためには海を渡る必要があるが、泳いで行くつもりだろうか。
「グルルルル、固有魔法【熱血】海渡り」
「あっ、こら待て!」
クレイエラを操作するアルミラリアの制止を振り切って、ベルが海の上を疾走していく。
ベルは足の裏に高熱の魔法を展開し、水蒸気爆発の反動を利用して、海上を駆けているのだ。
「俺も行くぜ。【精霊魔法】時空の精霊クロノス召喚、精霊合体、縮地!」
サイプレス様は第七位階魔法【精霊魔法】により時空の精霊クロノスと合体し、リョーマ湾の護岸から大石管の縁まで瞬間移動した。
第七位階魔法士の優れた魔法に、私も戦士達も唖然としている。
「ええい、ルール変更だ!ウミボウズ、大石管を破壊しろ!そしてこの娘は人質として使わせてもらおう」
アルミラリアが操るクレイエラは心臓に伸びる黒い糸に操られてふわりと浮かび上がると、そのままウミボウズの頭の上に乗るアルミラリアに向かって引きずられていく。
「クレイエラ、許せ」
エマ爺はいつの間にか弓を取り出すと、弦を引き絞って魔力矢を放った。
魔力矢はクレイエラの心臓を的確に狙っており、クレイエラを即死させるほどの威力が込められているようだ。
しかしエマ爺の狙撃は、アルミラリアがクレイエラの体を動かしたことによって幸いにも命中しなかった。
「おっと危ない。お前、実の娘に向かってなんてことをするんだ」
「魔族の盾にされるくらいならば速やかに命を絶つのが戦士の役目。タロウカジャ様、ツバキ様、クレイエラは死んだものとしてお考えくだされ」
「エマルギナタ、お前……」
「エマ爺、そんな……」
「ツバキ、勇者ゼルコバならばこんな時、クレイエラを救うために行動するはずじゃ。もしよければわしがクレイエラを救出してくるのじゃ」
「ツキ様!よろしくお願いします!」
「任せろなのじゃ。久しぶりに韋駄天ツキちゃんの脚力を見せてやるのじゃ」
ツキ様は準備体操のつもりか、軽く伸脚すると、海に向かって風のように駆け出し、そのまま海上に飛び出した。
ツキ様は以前は足を患って杖をついていたため、これほどまで素早く動く姿を目にするのは初めてのことだ。
世界樹を治療するというゼルコバ君の魔法は、まさしく勇者の称号に相応しいものだと思う。
「【土魔法】軽石生成」
「「「軽石生成!?」」」
軽石とは、小さな気泡を含んだ岩石のことで、スポンジのように内部に空洞があるために水に浮かぶことが出来る。
私も以前、火山地帯を歩いている時に軽石を見たことがある。
ツキ様は魔法により作り出した軽石を足場とし、海上を韋駄天のように軽々と進んで行く。
そして海上の空中に浮かぶクレイエラを追い越して、そのままウミボウズの頭の上に乗るアルミラリアに迫った。
「わしって実は近接戦闘けっこう得意なのじゃ」
「ぬぉ!世界樹の化身か!」
「ツキちゃんパンチ」
ドゴォ!
ツキ様はウミボウズの頭の上に乗るアルミラリアを、岩石を纏わせた拳で殴りつけた。
岩石の拳は巨大化し、圧倒的な重量でアルミラリアを押し潰す。
この凄まじい攻撃には流石のアルミラリアも意識を集中して対処しなければならなかったのか、空中を引きずられていたクレイエラは落下して海に落ちた。
「それではさらばなのじゃ、こちらのミサゴもついでにもらって行くぞい」
「おのれぇぇぇ!」
ツキ様は一撃離脱すると、ミサゴのルゴサとクレイエラを回収して護岸まで戻ってきた。
鮮やかな救出劇に、事態を見守っていた戦士達から拍手喝采が送られる。
クレイエラの意識は戻っていないが、顔色は良く、呼吸も正常だ。
エマ爺もツキ様に深く感謝し、涙を流して喜んでいる。
親であるエマ爺が娘であるクレイエラを愛していないわけがないのだから。
「ツキ様、ありがとうございます、ありがとうございます!」
「上手くいってよかったのじゃ。しかしずいぶん魔力を消費してしまったので、少し休憩させてくれなのじゃ」
「ツキ様、クレイエラを救ってくださいましてありがとうございます!こちら、みかんでございます。魔力が回復しますのでどうぞお食べください!」
「ありがたくいただくことにするのじゃ」
「みんな、巨大な赤子の怪物ウミボウズは、初代マンティスアロー男爵マリフローラ様によって討伐された海賊達の悪霊の集合体です。大切なリョーマ湾を守るため、再び海賊を討伐しましょう!」
「「「「「うぉぉぉぉ!」」」」」
「バリスタ用意……発射!」
バシュシュシュゥゥゥ!
父タロウカジャの合図により、リョーマ湾の護岸に設置された100基のバリスタから、特大の矢が次々と放たれていく。
このバリスタはマンティスアロー男爵領の少ない予算を捻出して揃えた材木から独自に作り出したもので、女子供でも扱えるように工夫されている。
バリスタの有効射程は通常500メートルほどだが、魔力矢の扱いに慣れた戦士達は魔法でバリスタの矢を操り、飛距離と精度を格段に向上させることが出来る。
『オンギャァァァ!』
海を泳いで大石管に迫り来るウミボウズに向かって特大の矢が降り注ぎ、ウミボウズの泣き声がマンティスアロー男爵領に轟いた。
魔族アルミラリアと海賊の悪霊の集合体ウミボウズの襲来による激しい戦闘が、今まさに始まったのである。




