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俺の名はサイプレス、魔法が使えるおっさんだ。
たまたま弟子にした坊主が勇者ゼルコバだったことから俺の人生は一変し、今は魔族の企みを阻止するためにツバキとツキと共にマンティスアロー男爵領を訪れている。
「ベルセルク・ライカンスロープロード、ベル召喚」
「ワン!」
ベルセルク・ライカンスロープロードのベルは坊主がテイムしている魔物で、元々は冥界に生息していたという。
今はすっかり人間の言うことを理解できるようになっており、さらにこの2年間で第七位階に到達して【精霊魔法・中伝】に到達している。
ベルは元々は冥界にあるというナラク谷で暴れ回っていた魔物だったのだが、【精霊魔法】を授かることができたのは坊主にテイムされた影響だろう。
そして俺とベルは結魂しているので、お互いを召喚することが可能なのだ。
【精霊魔法】には初伝、中伝、奥伝、皆伝、秘伝の5段階に分割されており、俺も【精霊魔法・中伝】を授かっている。
【精霊魔法・奥伝】を授かるためには大精霊に認められるほどの功績をあげる必要があるが、第七位階といえば魔法士の最上位的存在なので、俺からすれば現状の【精霊魔法・中伝】でも十分に若い頃から夢に見ていた存在になれたと言える。
しかしさらなる高みを目指すのは、魔法の道を志す者なら当然のことなので、俺もチャンスがあれば功績をあげて【精霊魔法・奥伝】に到達することが現在の目標だ。
王都チェリートピアにいるキエノ達から念話により連絡を受けた俺たちは、大魔王の怨霊と魔族アルミラリアがマンティスアロー男爵領に接近していることを知った。
そのため、マンティスアロー男爵領領主、タロウカジャ・マンティスアローの陣幕に招かれ、大魔王襲来の前に作戦会議をしていた。
「タロウカジャ様、ゼルコバの坊主、様、がこっちに来られるようになるまでに4時間ほどかかるらしいぜ、です。それまでの間なんとか俺たちで魔族を食い止める必要がありそうだ、です」
「サイプレス殿、そのようによそよそしい言葉使いはやめてくれ、我々はかつて共に依頼を受けた仲ではないか」
「フジ山の樹海でレッドドラゴンに殺されかけた仲だからな。お言葉に甘えて敬語は使わないことにするぜ」
「それはありがたい!」
「お父様とサイプレス様はお知り合いだったのですか?」
「あぁ、ツバキ。サイプレス殿は私の命の恩人なのだよ」
「まぁ!」
タロウカジャは俺と同年代の中年男で、わずかに右脚を引きずっている。
これはかつて、俺とタロウカジャがギルドの依頼でフジ山の樹海の調査に行った時に魔木の根に串刺しにされて負傷したからで、日常生活には支障ないそうだが、その時の負傷がきっかけで冒険者を引退して領主を継いだのだそうだ。
タロウカジャは当時、身分を伏せて冒険者として活動しており、ここマンティスアロー男爵領で再会することになるとは夢にも思わなかった。
「ところでタロウカジャ、マンティスアロー男爵領で手に入る1番強い酒があったら、このボトルに満たしてくれないか?」
「おお、サイプレス殿は豪快だな!しかし酒といえばドブロクくらいしかないが……」
「ドブロクは前に飲んだことがあるが、さらに強い酒がいい、喉が焼けるほど酒精の強い酒だ」
「ん?酒の話をしとるのか?酒ならわしが用意してやるのじゃ」
「ツキ様はお酒を作り出すことができるのですか?」
「ふっふっふ、わしの【精霊魔法】は戦闘には全く向かないのじゃが、酒を造るのは得意技なのじゃ」
ツキは世界樹の化身と呼ばれる存在で、人間の少女のような姿をしているが、その本体はモンテ・アジュガにある巨木だ。
ツキは以前は杖をつかなければ歩くことができなかったが、現在は坊主の治療により杖なしで歩くことができるまでに回復している。
なんでも世界樹の根っこをシロアリという昆虫が齧っていたため、勇者の特殊な魔法により駆除しているのだという。
つくづく勇者というのは想像を超えた魔法を行使する存在だ。
「それでは、【精霊魔法】発酵の精霊バッカス召喚」
「「「発酵の精霊バッカス!?」」」
「そうじゃ、なんでも良いから酒になりそうな穀物か果実をわけてくれ。甘味を感じるものならなんでもよいのじゃ」
「ならこちらのみかんはいかがでしょうか?戦闘に備えて大量に用意してありますので」
魔木から採れる果物は魔力を含んでおり、体力回復、ケガや火傷の治癒、魔力の回復などに優れた効果を持っている。
そのためみかんは高級品だが、マンティスアロー男爵領の特産品らしいので、在庫は大量にあるのだろう。
今は魔族の襲撃が予想されるため、木箱に入れられた大量のみかんがリョーマ湾を取り囲む護岸に積み上げられている。
護岸には多数のバリスタがいつでも発射可能な状態で設置されており、さらにマンティスアロー男爵領領民のほとんどが戦士として参加している。
俺たちは木箱に入れられたみかんの皮を剥き、桶に一杯になる程度取り分けた。
「これは良いみかんじゃな、酒造りには最適じゃ。それでは発酵の精霊バッカスよ、このみかんを発酵させて酒とするのじゃ」
『ガッハッハ、酒が出来たら少し飲ませてくれよな!』
ツキが使役する発酵の精霊バッカスがチカラを解放すると、桶一杯の皮剥きみかんはあっという間に発酵し、芳醇な香りを放つ醸造酒となった。
「すげぇ魔法ですね、ツキ様。しかしできればもっと酒精が強い方がいいんだが……」
「酒精を高めるのじゃな!ならば【精霊魔法】発酵の精霊バッカスよ、合体じゃ!」
『ガッハッハ、喉が焼けるくらい強い酒を造ってやろう!俺にも少し飲ませてくれよな!』
「はいはいなのじゃ。ゆくぞ、【土魔法】蒸留器作成、【精霊魔法】蒸留じゃ!」
蒸留とは醸造酒を加熱して酒精を取り出す技術で、この工程を経ることで酒の酒精は格段に強くなる。
醸造酒とは比べ物にならない、喉が焼ける強い酒だ。
「サイプレスよ、まもなく蒸留器から酒精の強い酒が出てくるから、好きなだけボトルに入れるのじゃ」
しばらくすると、蒸留機の取り出し口からポタポタと透明な液体が流れ落ちてきたので、指ですくって味見をする。
「まさにこれだ!ツキ様感謝するぜ」
「これは素晴らしい魔法ですね」
「我が領の新たな名産品となるかもしれないな。ツキ様、もしよければこの酒の作り方をご指導いただけないでしょうか?」
「んお?もちろんええよ。【精霊魔法】を使わずとも同じものを再現することは可能じゃからの、設備は必要になるじゃろうが」
「それはもう、必要なものがあればなんでもおっしゃってください。領民が豊かになるかもしれない事業に投資するのが領主の使命ですので」
「ならばこの危機を乗り越え、共に楽しい酒造りをするのじゃ」
「「「おお!」」」
『ガッハッハ、俺にも少し飲ませてくれよな!』
「はいはいなのじゃ」
作り出した蒸留酒をツキが【土魔法】で作った湯呑みに注いでやると、発酵の精霊バッカスは酒精の強いみかん酒を美味しそうに飲み始めた。
俺はみかんの蒸留酒をボトルに一杯になるまで詰めると、しっかりと栓をして懐にしまった。
「さてと、これで準備は整ったな」
「あれ、せっかく作ったお酒は飲まないのですか?」
「これから戦闘だってのに酔っ払ってどうすんだよ?これは奥の手だ」
「「「奥の手!?」」」
「あぁ、実は俺も裏魔法を使うことができるんだが、その条件が特殊でな。今回は大魔王の怨霊が迫っているし、アルミラリアという魔族も悪霊怨霊を使役しているらしい。普段は悪霊怨霊に遭遇したら間違いなく逃げるんだが、今回ばかりはそうもいかない。そこでこの蒸留酒、ってわけだ」
「差し支えなければサイプレス様が裏魔法を使うための条件を教えていただけないでしょうか?」
「あぁ、その条件とはな、二日酔いになるほど酔っ払うことだ」
「「「二日酔いになるほど酔っ払うこと!?」」」
「そうだ。俺は酒好きだが、自分の酒量は把握できるタイプだ。そんな俺が二日酔いになるほど酔っ払ったのは人生で2回しかない。そしてその2回とも、俺は盛大に裏魔法を使いまくってやらかしている。記念すべき3回目が今日、というわけだ」
「そ、それは、その、酔っ払った状態でちゃんと戦えるのですか?」
「それは問題ないらしい。ツバキの担任のポドカルパスが言うには、酩酊状態の俺は的確に裏魔法を使いこなし、Aランク霊媒師に匹敵する実力があるとのことだ。しかし俺は裏魔法を使っている時の記憶が吹っ飛んじまうから、どんな状態なのか自分自身でもわかんねぇんだ」
「それは……まさに奥の手ですね」
「そうだ。しかし敵が裏魔法でこちらの戦力を低下させてきた場合には、裏魔法で対抗しないと間違いなく全滅する。今この場にいる仲間で裏魔法が使えるのは、ツバキだけだろう。それでは敵の裏魔法に対象できない可能性が高い」
「私が魔族モードに変身できればよかったのだが……」
「お父様、私の場合は隔世遺伝だと聞いたことがあります。お父様のせいではありません」
「ツバキ、負担をかける」
「任せてください!」
「それでは作戦としては、勇者ゼルコバが到着するまでの時間をなんとかして稼ぐ、ということになるじゃろうか」
「ツバキ、2班のリーダーであるお前の意見に従うぜ」
「そんな、ツキ様やサイプレス様の方が魔法の実力も経験も上なのに……」
「ここはマンティスアロー男爵領で、勇者ゼルコバが指名したリーダーはツバキ、お前だ。俺とツキ様は敵の魔族と相対しなければならねぇから、マンティスアロー男爵領の戦士達に指示を出すタロウカジャの側で待機して、戦局を判断するのはツバキの役目だと思うぜ」
「敵は今のところ二体じゃが、こちらの戦力は約1000人の戦士で、全員射撃に長けている。わしもツバキがリーダーに適任じゃろうと思うよ」
「わん!」
「皆さん、私、頑張ります!ゼルコバ君の婚約者に相応しい働きを、必ずやしてみせます!」
「おう、頼んだぜ、リーダー」
「任せたのじゃ」
「わん!」
「えっ?婚約?その話、詳しく聞かせてくれないだろうか」
「で、伝令!敵襲!敵襲っ!得体の知れない巨大な化け物がリョーマ湾の地平線上に出現しました!」
「「「「得体の知れない巨大な化け物!?」」」」
「はっ!なんと言うか、その、赤子を巨大にしたような化け物です!どのように対処したものか、現場が混乱しておりまして……」
「すぐに向かいます!」
「おう!」
「かけ足で向かうのじゃ!」
「わん!」
こうして得体の知れない化け物の接近により、魔族との戦いの幕が切って落とされたのであった。
「あの、婚約って、なに?」




