083
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私の名はセドゥルス、主神フォレスティナ様信仰の中心となる聖都カンパニュラにて枢機卿を務め、今は王都に派遣されている。
私が王都に派遣されたのは聖女キエノの指導をするためであり、王都教会の司教達の業務改善も重要な使命だ。
聖女キエノは、聖都カンパニュラから馬車で1日ほどの距離にある悪霊都市エリゲロンを解放した功績を認められ、教皇猊下より直々に聖女に認定された正式にして神聖なる存在だ。
現教皇であるブマタンゴ猊下は2年前に前教皇が天界へと旅立たれたために選出されたが、教皇の座に着いた時点ですでにかなりの高齢で、常に介助が必要なほどである。
そのためブマタンゴ猊下の側には常に身の回りの世話をする修道女がついており、我々枢機卿や司教と言葉を交わす際には、必ず修道女筆頭のアルミラリア様を通す必要がある。
少し話が逸れたが、私が何を言いたいかというと、聖女キエノの指導係であるこの私が神聖なる使命を素晴らしく成し遂げた暁には、他の枢機卿を追い落とし、私が次の教皇に最も近い存在となるということだ。
また、ブマタンゴ教皇猊下は高齢のため、次の教皇選挙もそう遠くない未来に行われることであろう。
そのため、私はブマタンゴ教皇猊下から真実の鏡を授かり、不正を暴き正しき信仰を世に広めるという使命を果たすべく、王都を訪れたのであった。
正しき信仰を世に広めるためには、王都教会の改善が急務である。
なんと王都教会の司教は愚かにも魔物にたぶらかされており、教会前の広場でパンの無料配布を騙った握手会なるイベントを許可していた。
その魔物は醜悪な姿を偽って、いたいけな少女に変身しており、多くの信徒達を悪の道に引き摺り込もうとしていたのだ。
これは幸いにも私が持つ真実の鏡によって明らかとなり、魔物に騙されかけた信徒達を正しい方向に導くことができただろう。
このことからも王都教会は腐敗の温床となっていることがわかり、より一層厳しく改善指導をしていくことが必要だと確信している。
そういえば、勇者という存在と先日遭遇したが、あの少年は嘘をついているに違いない。
ヨシノ様の本体である世界樹の根元には偽勇者が設置したという謎の物体があり、世界樹を護るようにして淡い光を放つ壁が展開されている。
一見すると美しく幻想的な光の壁によって、世界樹は保護されているようにも見えるが、それは誤りである。
試しに私がその光の壁に触れてみると、何の手応えもなくそのまま素通りしてしまった。
このことから、偽勇者が使った魔法は見せかけの演出で、石壁よりも強固な護りであるという話は虚偽であることがわかる。
王都教会の司教達はすっかり偽勇者の口車に乗せられており、あの者を真の勇者であると信じて疑わない。
全く嘆かわしい限りである。
聖女キエノも素行に問題があり、私を悩ませている。
聖女とは身も心も清浄な乙女であるべきで、聖女キエノは神聖で貞淑な女性であるべきだ。
しかし3日前に行われた雨乞いの儀式とやらは一体いかなる理由によるものか、キエノが魔法で雨を降らせ、王都中の人々が歓喜の声援をあげて雨に打たれるというイベントであった。
王命によって通達されたこのイベントは多くの人々が参加し、直接雨に打たれるか、それができない者は雨乞いにより降った雨水を桶に溜めて飲むようにとのことであったが、そんな意味不明な指示を出した国王は認知機能が低下しているのではという懸念すらある。
私はもちろんそのように無意味な催しには参加しなかったが、自室の窓から魔法で飛行するキエノの姿を見た時、激しい怒りによって私の身体は熱くなった。
キエノは不思議な民族衣装を纏っていたのだが、なんとキエノは雨に濡れたため、服が透けてうっすらと肌が見えるようになっていたのだ。
このような破廉恥な行いは私が考える理想の聖女像とはかけ離れたものであり、キエノの露出癖を改善しなければ、早晩キエノは聖女の称号を剥奪されることになるだろう。
雨乞いの儀式の後に司教達が雨水を飲むようにと勧めてきたが、そんな得体の知れない水を飲んだらお腹を壊してしまうかも知れないので、私は一切口をつけなかった。
さらにキエノは偽勇者であるゼルコバの妹であるというから、兄の悪影響を強く受けている恐れがあると言える。
私は偽勇者が魔族の手先である可能性を考慮しており、キエノが歩むべき道を正すことが急がれる。
また、世界樹の化身、ヨシノにも問題がある。
なんとヨシノは偽勇者に心酔しており、私の進言を全く聞き入れようとしなかった。
偽勇者が魔族に操られているかもしれないと考えると、ヨシノはすでに敵の支配下に置かれている可能性がある。
これは大変由々しき事態であり、フォレスティナ様への信仰と王都の安全を根底から揺るがす危険性すらある。
ブマタンゴ教皇猊下にこのような王都の危機的状況を訴え、速やかに王都教会を本部直轄とする必要があると申し上げよう。
そして王都教会が本部直轄となれば当然、枢機卿である私が陣頭指揮を取り、改革を断行することが望ましい。
私はその功績を持って教皇選挙に立候補し、次期教皇の地位を確固たるものにするのである。
「教皇猊下、ご機嫌麗しゅう」
「……」
「セドゥルス、この度は王都教会の改善という使命によく励んでいるようですね。教皇もたいそうお喜びのようです」
今日はブマタンゴ教皇猊下が王都に到着した日で、教皇猊下は長旅でお疲れのはずなのに私に謁見の機会を与えてくださった。
教皇猊下の背後には、いつものように修道女筆頭のアルミラリア様が控えており、体力の衰えた教皇猊下に代わって私とやり取りをしている。
「はは!お褒めいただきありがたき幸せでございます。しかしこの度は緊急の事態が発生しており、ブマタンゴ教皇猊下にご報告申し上げたいと思います!」
「……」
「ほう、聞かせてみるが良い、と教皇が言っています」
「はっ、勇者を僭称するゼルコバなる少年がおり、魔族の手先である可能性があります」
「……ブヒッ!?」
ブヒッ?
「こらっ。……それで、勇者ゼルコバと言いましたか、魔族の手先であるという証拠はあるのですか?」
「はっ、ゼルコバめはヨシノ様の本体である世界樹の根元に得体の知れない物体を設置し、まやかしの光の壁にて護りを施したと嘯いております」
「なるほど、それは確認しないといけませんね。案内しなさい」
「はっ!」
気のせいだろうか、先ほど教皇猊下は豚のような鳴き声をあげ、アルミラリア様が教皇猊下の頭をペシっと叩いたように見えた。
まさか教皇猊下が豚の魔物である訳はないし、修道女筆頭であるアルミラリア様がそのような不敬な行動をとるとは考えにくい。
きっと私の聞き間違い、見間違いだろう。
私が教皇猊下を世界樹に案内すると、そこには王都教会の司教達が整列していた。
「教皇猊下、この度は王都にお越しいただきまして恭悦至極に存じます。フォレスティナ様のご加護があらんことを」
「……」
「出迎えご苦労、と教皇は言っています」
「あの、失礼ですが貴女様はどなたでしょうか?」
「こら司教、修道女筆頭のアルミラリア様に失礼だぞ。身の程をわきまえるように」
「はっ、これは失礼いたしました。しかし修道女筆頭なる役職は初めて知りました……」
「それはお前が不勉強なだけだろうが!アルミラリア様は、いつだったか、そう、かなり長いこと修道女筆頭として指導的立場を担っておられるのだ!」
そういえば、修道女筆頭というのは経典においてどのような位置付けなのだろうか。
教皇の下に枢機卿が配置されているのは間違いないが、アルミラリア様が私より上位の存在であることは疑いようもない。
おそらく修道女筆頭とは、教皇に匹敵する地位なのだろう。
「それで、アレが勇者が設置したという光の壁ですね?」
「はい、偽勇者めは信徒の目を欺くためまやかしの結界を張りました。こんな光の壁には何の意味もないのに、皆これを見て勇者の偉業を讃えております。全くもってナンセンス。ほら、この通り、何の意味もないでしょう?あれ?おかしいな」
私はそう言って光の壁に触れると、先日はなんの手応えもなく透過したはずの光の壁が、全くびくともしない強固なものに変化していた。
「あれ、先日触れた時は確かに何の意味もないまやかしの壁だったはずなのですが、今は手応えがありますな。おい、ちょっとそこの、司教、この光の壁に手を触れてみろ」
「……はっ!」
名もなき司教が光の壁に触れると、その者の腕は何の抵抗もなく光の壁を透過した。
「ほら、この通り、このように偽勇者が作ったまやかしの結界では、迫り来る脅威に対処することができないのです」
「……」
「……セドゥルス枢機卿、この壁を今すぐ破壊しなさい」
「おおせのままに。お前達、世界樹の根元に設置されているアレを、急ぎ撤去するのだ。これは教皇猊下直々のご指示である」
「えっ、教皇猊下は何もおっしゃっていませんでしたが……。しかしあの魔導書コクーンはヨシノ様の本体とくっついておりますので、撤去するのは容易ではないかと」
「職人を呼べばよかろう!誰だったか、下賤なる職人がいただろうが、その者をすぐに呼べ!」
「はっ!土木職人のロトゥンダをすぐに読んで参ります」
下賤なる職人の名はロトゥンダというらしい。
興味がないのですぐに忘れてしまうことだろうが、今だけは覚えておいてやってもいい。
「セドゥルス枢機卿、ロトゥンダが来ました!」
「おう、生臭坊主、急ぎの用件だと言うから来てやったぜ」
「下賤なる者よ、こちらにおわすのは教皇猊下であるぞ、不遜な振る舞いは慎むべきだ」
「へいへい、これはすみませんね」
「ぐっ、反省しろよ。ところでロトゥンダ、世界樹の根元に置いてある巨大な繭を急ぎ撤去せよ。これは教皇猊下直々のご指示である」
「ああん?あれは勇者様が設置した魔導書で、ヨシノ様の護りになっているはずだぜ。取り外す必要はないし、俺の技術では撤去できないな」
「貴様それでも職人か!?撤去できないなら燃やしてしまえば良いだろう!誰か火を持って来い」
「ひ、火でございますか!?」
「そうだ、火であの得体の知れない物体を炙り、燃やし尽くしてしまえば良いのだ」
「ヨシノ様に火を近づけるなど、畏れ多いことです」
「いいからやれ、やらなければ破門だ」
「うっ、承知しました」
なぜか私は光の壁を通過できなくなってしまったため、司教達に松明を持って来させて、偽勇者が設置した得体の知れない物体を火で炙るように指示を出した。
さすがに魔法で燃やそうとすると、世界樹を傷つける恐れがあるため、私なりに配慮した結果だ。
「うぅ、ヨシノ様、勇者様、どうかお許しください!」
「フォレスティナ様、どうかご慈悲を!」
「申し訳ありません!」
司教達はなぜか謝罪しながら、得体の知れない物体を松明で炙り始めた。
得体の知れない物体は紙のような材質で作られているので、すぐに燃え始めることだろう。
しかしその後、数十分炙り続けても、得体の知れない物体は一向に燃える気配がない。
「すごい、なんて頑丈な魔導書なんだ」
「これが勇者様のお力か」
「表面が少し煤で汚れている以外は全く変化なしだ」
「こいつは見た目以上に頑丈に作られているようだな。職人として感心するぜ」
「ええい、何を呑気に感心しているのか。こうなれば私の魔法で燃やし尽くしてくれる、出でよ、聖なる火球!」
「うわぁ、おやめください!」
「生臭坊主、気でも狂ったか!?ヨシノ様に魔法を放つんじゃねぇ」
怒りが頂点に達した私は、聖なる火球を生み出して得体の知れない物体を攻撃することにした。
松明の火では燃えずとも、我が神聖なる火球であれば焼却することができるだろう。
「なにぃ!?」
しかし私が放った聖なる火球が光の壁の上部を越えようとした瞬間、光の壁が突如として上に広がり、私の聖なる火球は光の壁に阻まれてしまった。
「馬鹿やろう!」
ゴツン!
「っ!下賤なる者め、何をする!」
「うるせぇ!ヨシノ様を害するやつは許しておけねぇ!ほら、見てないでお前らも手伝え!」
「し、しかし……」
私は下賤なる者ロトゥンダに拳骨で殴られ、そのまま教会の床に組み伏せられてしまった。
枢機卿である私に対する暴行、万死に値する。
「調子に乗るなよ貴様、出でよ聖なる火球」
ドンッ!
「うぎゃあ!」
下賤なる者ロトゥンダは、私の聖なる火球の直撃を食らって吹き飛んでいった。
どいつもこいつも私を馬鹿にして、私は怒りで頭が真っ白になった。
しかしロトゥンダを吹き飛ばした時、私の心には清浄なる風が吹き、胸のつかえが取れるような感覚があった。
「セドゥルス枢機卿、おやめください!ぎゃあ!」
「セドゥルス枢機卿ご乱心、ご乱心!ぐわぁ!」
逃げ惑う司祭達に向けて魔法を放つと、爽快感があった。
楽しい、という感覚はいつ以来であろうか。
私は童心に返った気持ちで聖なる火球を放ち、逃げ惑う司教や信徒達を追い散らしていく。
こんなに楽しいことなら、もっと早くこうしておけばよかった。
「セドゥルス、今こそ真なる神に祈りを捧げる時です」
「真なる神?祈りを捧げるべきは主神フォレスティナ様ではないのですか?」
「フォレスティナは真の神ではありません。ご覧なさい、フォレスティナを信仰する司教達の敵意に満ちた眼差しを。お前を阻む全ての困難は、フォレスティナが真なる神スファエロテカ様の正しき教えを歪めたために生じているのです」
「なんと!フォレスティナはまやかしの神であったと!?それは真なのですか?」
「そうだブヒ、本当の女神様はスファエロテカ様、ただお一人なのだ、ブヒ」
教皇猊下直々のお言葉を頂戴した私は確信を持った。
この世の全ての理不尽は、邪神フォレスティナが仕組んだ罠だったのである。
私はこの驚愕なる真理を世に伝え、新たなる信仰の礎となることを決意した。
「おおお!そうだったのですね!なんと私はこれまで大きな誤りを犯しておりました。真なる神スファエロテカ様、どうかお赦しを」
「大丈夫ですよ、スファエロテカ様は慈悲の心でお前を赦してくださることでしょう。さぁ、この神聖なるスファエロテカ様の木像に祈りを捧げなさい」
「はっ!真なる神スファエロテカ様、私はこれまでの過ちを悔い、あなた様に全ての信仰を捧げます!」
『セドゥルス、可愛い我が子よ、お前の罪を赦しましょう』
「スファエロテカ様!?」
『そう、私が真なる神、スファエロテカ。さぁ、第七位階の新たなる魔法をあなたに授けますので、迷える仔羊達を正しき道へと導くのです』
「おおお!なんという慈悲深さ!真なる神スファエロテカ様、万歳!」
スファエロテカ様から新たなる魔法を授かった私の魂には心地よい冷気が流れ込み、私の頭脳はかつてなく冴え渡っている。
「逃げろ、魔族だ!」
「セドゥルス枢機卿の頭から角が生えている!」
司教達が生まれ変わった私の姿を見て逃げ惑っている。
私のことを魔族などと呼び、恐れているようだ。
ヒトのことを侮辱するなど、万死に値する。
気に食わない、殺してしまおう。
私は無造作に聖なる火球を生み出し、生意気な司教に向けて放った。
それほど魔力を込めていないにも関わらず、素晴らしい威力だ。
「やめなさい!!」
尻餅をついた司教の目の前に、羽衣を纏った少女が舞い降りてきて、私の聖なる火球を遮った。
それは聖女キエノの美しい姿であった。
「堕ちタ聖女キエノ、オマエは真ナル神スファエロテカ様の元デ、正しキ聖女とナルべきだ」
「何を言っているの、セドゥルス枢機卿!あなたはすでに魔族に変身していますわ!」
「バカなコトを言うナ、ワタシはいつだって正しキ道を進んデいるのだ」
そう、この神聖なるセドゥルス枢機卿が、悪の道に堕ちることなど、決してありえないのだ。




