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その後は特に問題なく、ヨシノの根元に魔導書コクーンのコピーを設置することが出来た。
「【精霊魔法】魔導書コクーン・ガンマ召喚」
魔導書コクーンは僕が持つオリジナルをアルファとし、王都リョーマイケル伯爵邸にベータを設置している。
今度、モンテアジュガにあるツキの本体にも設置しようと思っており、これは魔導書コクーン・デルタとなる予定だ。
「魔導書コクーン・ガンマ、魔法障壁を展開だ」
僕が指示を出すと、魔導書コクーン・ガンマが魔法を発動し、ロープ柵の付近に高さ3メートル程度の魔法障壁が出現した。
通常は無色透明な状態の魔法障壁ではあるが、少しそれっぽい演出をした方がいいかなと思って、うっすらと肉眼でも見えるように光を放つように調整している。
「おぉ、なんと神々しい輝きか」
「この御技を見ればゼルコバ様が勇者であることは疑いようもない」
「フォレスティナ様のご加護があらんことを」
「坊主、ゼルコバと言ったか?お前さん、すげぇ魔法士だったんだな」
「ロトゥンダ親方、初めまして。先ほどはヨシノの根を痛めないように守ってくれてありがとうございました」
「なに、それは当然だ。ヨシノ様の偉大なお姿は俺たちの魂だからな」
「ロトゥンダ親方、これからもよろしく頼みます」
「まかせてくだせぇ、ヨシノ様!俺の目が黒いうちは杜撰な工事は一切認めないぜ!」
その後、僕はヨシノの健康診断を行い、内部腐朽の進行状況を確認した。
ヨシノの本体であるヤマザクラの世界樹の幹および根元の内部には大きな空洞があり、これは外観からはわかりにくい。
しかし内部の腐朽は僕の魔法による治療でほとんど進行しておらず、むしろ肥大成長が旺盛で回復傾向にあるようだ。
すでに失われてしまった部分が元に戻ることはないが、樹木は自らの身体を太らせることによって、強度を回復させることができる。
今後は腐朽の進行を経過観察しつつ、定期的に活力を回復させる魔法を与えておけば良いだろう。
「おめでとう、ヨシノ。世界樹は徐々に回復していっているようだ」
「ゼルコバ様に最大の感謝を申し上げます。私の治療をしてくださいまして、本当にありがとうございます」
「あぁ、ありがとうございます、ゼルコバ様」
「疑うべくもなく、あなた様が勇者でございます」
「フォレスティナ様のご加護と勇者ゼルコバ様の偉業に、万歳!」
僕の診察を固唾を飲んで見守っていた司教たちが、ヨシノの回復を知って集まってきた。
みんな口々に感謝の言葉を述べ、心の底から喜んでいる。
世界樹ヨシノは、王都で暮らす人々の魂なのだ。
この立派な樹木に会いにここにまた来よう。
僕の心の中は、清々しい気持ちで満たされていた。
と、その時であった。
「ま、魔物が出たぞ!」
「キャー!」
「魔物?」
教会の入り口近くで、魔物が出たという叫び声が聞こえた。
まさか魔族が襲撃してきたのか、僕らは急いで確認に向かうことにした。
しかしそこには魔物の姿はなく、皆あたりをキョロキョロと探し回っている。
「ゼルコバお兄ちゃん……」
「えっ?」
たまたま僕の近くにあった長椅子の下から、知っている声がした。
パン屋の看板娘、パキラの声だ。
パキラは教会前の広場でパンの無料配布を謳った握手会をしていたはずだが、どうしてこんなところにいるというのか。
「お願い、助けてください……」
「っ!?」
僕が長椅子の下を覗き込むと、そこにはゼリー状の軟体生物を思わせる魔物がいた。
これはたぶん、スライムという魔物だろう。
しかし不可解なのはそのスライムの体の一部に、少し焦げたパキラの頭がくっついていることだ。
まさかパキラは可哀想なことに、スライムに捕食されてしまったのだろうか。
いや、違う。
「【精霊魔法】精霊眼」
僕は直感に従って精霊眼を発動して、スライムの魂を視た。
すると、球体の外殻に包まれたスライムの魂には、異なる二つの青い中身が混ざり合ったような見た目をしており、外殻には接ぎ目があった。
まるで、異なる2つの魂をがむしゃらに繋ぎ止めて合体させたような印象を受けた僕は、魂の中身として混ざり合う2つの魂をより詳細に観察するため、脳魔法を発動した。
時間の流れが緩やかになり、視力が強化されて、魂の中身として旋回する星々の一粒一粒がよく見える。
星々をよく観察すると、そこには2人分の記憶が込められていた。
このスライムがこれまで何をして生きてきたのか、そして、スライムの魂と混ざり合っている人物が一体誰なのか、精霊眼を使った詳細な【鑑定】により、僕は魂の本質を見抜いた。
「ゼルコバお兄ちゃん……どうか……」
「わかった、もう心配いらないよ、パキラ。いや、カルミアさん」
なんとこのスライムはパキラ本人であると同時に、森で殺害されて悪霊となったはずのカルミアの魂を併せ持っていたのだ。
これがどのような理由によるものか、詳しく事情を聞く必要があるだろう。
「【樹木魔法】魔木騎士もりんちゅ2号、パキラを包み込め」
僕は木製の長椅子の下に隠れたパキラを匿うため、【樹木魔法】を発動して魔木騎士を生成した。
木製の長椅子を素体として魔木騎士に変形させた物だが、これの中にパキラを匿ってしまえば中に何が入っているのかなどわかりはしない。
「ゼルコバ様……」
「ヨシノ、僕を信じてくれ、確信がある」
「はい」
僕の行いを見ていた者は、なぜ突然僕が魔木騎士を作り出したのか気になっていることだろう。
しかしここは僕の決断を信用してもらうしかない。
パキラはスライムではあるが、悪性の存在ではないことが、先ほど精霊眼によって魂を【鑑定】したことによって確認できている。
ならば、この場は魔物出現の騒ぎをやり過ごし、落ち着いた場所にてパキラから事情を説明してもらう必要がある。
「魔物はどこぞ、パン屋の娘は魔族の手先なり!」
大声で教会に突撃してきた者がいた。
もちろん厄介な枢機卿、セドゥルスである。
「セドゥルス、何事ですか?」
「ヨシノ様、ご無事で何よりにございます。実は先ほどパン屋の娘を問い詰めたところ、魔族の手先であったことが判明しました!」
「まぁ、なぜ魔族の手先だと判明したのですか?」
「それはこちら、真実の鏡を持ってすれば造作もないこと」
セドゥルスは懐に収まる程度の大きさの手鏡を掲げており、自信満々の様子だ。
「パン屋の娘を不審に思ったところ、真実の鏡によって敵の悪事が白日の下に明らかになりました。かの娘は醜悪なる軟体生物の魔物で、人間に変身して哀れな信徒達をたぶらかしていたというわけです」
どうやらセドゥルスは握手会を行っていたパキラの姿を、真実の鏡とやらに写したらしい。
するとパキラの正体が露見し、スライムであることがバレてしまったようだ。
「しかしご安心召され。かの魔物は我が神聖なる魔法によって致命傷を受けたはず。共犯者のパン屋もこの通り、重症でございます!」
セドゥルスが示した方向をみると、パン職人三兄弟の三男マロンコが、焼けこげた状態でコブスに引き摺られているのが見えた。
マロンコは炎系の魔法を食らってしまったのか、顔面から血を流し、その上半身は焼けこげていた。
放置すれば命に関わる重症である。
「(っ!)」
もりんちゅ2号に収納されたパキラが震えているのを感じる。
パキラはマロンコが酷い火傷を負っているのを見て、悲しんでいるのだ。
「ん?その緑の巨人はどうしました?まさか新たな魔物では?」
「これは僕の使役する魔木騎士です。【精霊魔法】花の精霊エフェメラル召喚」
ユリネと合体したエフェメラルには、周囲にいる人々の怪我を癒す効果がある。
マロンコの潔白をこの場で証明することは難しいが、せめて死んでしまわないように応急処置をする必要があるだろう。
「すごい、重度の火傷がたちまち治っていく!」
「これが噂に聞く勇者の魔法……」
「さすがはキングだ……」
こんなところで手札の1枚を晒したくはなかったが、マロンコの命には換えられない。
「む、少年、ゼルコバと言いましたね?その魔法は確かに清らかなるものです。キエノ様には及ばないとは思いますが、魔を打ち払う適性があることは認めましょう」
「それはありがとうございます」
「……」
引き合いに出されたキエノの顔は真っ赤に染まっており、憎々しげに床を睨んでいる。
セドゥルスに上から目線で評価されたのが苦痛なのだろうが、この場は耐えてくれるようなのでありがたいことだ。
「こちらでも探しましたが、魔物とやらは見当たりませんでした。残念ながら僕たちはこれから大切な用事があるため、これで失礼させていただきたいと思います」
「ふぅむ、おかしいですね、魔物は確かに教会の中に侵入したと思ったのですが、ヨシノ様?」
「邪悪なる者は教会に侵入していません」
「そこの、、、司教は?」
「私達も見ておりません」
部下の名前くらい覚えておいてやれよ。
「そこの下賎なる者は?」
「俺は意味不明な工事の後片付けで忙しかったから知らねえなぁ」
「ぐっ、馬鹿にしおってからに、ナンセンス!それでは教会の中は司教達が責任を持って捜索せよ!私は外を見てくるぞ!」
「どうぞご勝手に」
「それと、このパン屋の男は投獄する!国王に直接文句を言ってやりましょう、かっかっか!」
セドゥルスは高笑いしながら教会を後にした。
国王陛下にご迷惑をおかけしてしまうかもしれないなと思ったが、僕にはどうすることも出来ない。
まずは状況を整理するために、向かうべき場所がある。
王都ギルドに向かい、アセビとパキラを引き合わせるのだ。




