079
魂とは一体どんな形をしているのか、僕はそれを知っている。
第七位階魔法【精霊魔法・奥伝】に含まれる精霊眼は、発動すると対象の本質を見抜くことができるようになるからだ。
その副作用としてうっかり服が透けて裸が見えてしまうが、これはあくまでも副次的な効果であり、精霊眼の本質ではない。
精霊眼を使うと、まず世界の景色が一変する。
魔力の流れが色彩をもって視ることができるようになるため、落ち着いた色調のクラス代表室はカラフルなパラレルワールドに変化した。
この状態で人間を視ると、服はおろか肉体すらも透過して視ることができるようになるため、筋肉の繊維や内臓ですらも見透かすことができる。
この話をするとさらにドン引きされるので、みんなには単に服が透けて見えるとしか伝えていない。
なので、たとえツバキの裸を見たとしても、全くいやらしい気分になることはない。
魂は大精霊カグヤの解説によると、大きく分けて外殻と中身の2つによって構成されている。
ツバキの魂は心臓に近い場所に存在しており、球形であった。
魂という臓器が実体としてあるわけではないのだが、存在としては確かにそこに在る。
魂は以前に大精霊カグヤを召喚する際に飲み込んだ精玉に良く似た形状をしており、カグヤによると精玉とはカグヤの魂の一部分を切り離したものだから、まさに魂そのものであると言える。
魂の外殻は透明なガラスのような膜によって構成されており、精霊眼でも読み取りにくいが、層状に重なっていると言う。
この薄い層を積み重ねていくことこそが魂の器を大きくするということであり、僕が挑戦中の大精霊の試練達成に関係しているらしい。
魂の器に万が一にもヒビや亀裂が入ってしまうと、中身が漏れ出してしまい、魂は原型を留めることができなくなる。
原型を留めることが出来なくなった魂は霧散し、やがて中身が失われた抜け殻となってしまうらしく、そうなれば廃人となり、やがて死んでしまうだろう。
しかし魂というものはとても頑丈に出来ているので、滅多なことで壊れることはない。
謀反者のアーコレードのように、魂の器に見合わない過分な魔法を行使すればその限りではないが、肉体が激しくダメージを受けても基本的に魂が壊れてしまうことはないと言う。
しかしこれには落とし穴があり、あまりにも頑丈な魂は死後もその場に留まり、やがて悪霊となって人に害をなすことがある。
アセビの妹カルミアが殺害された後も遺骨と共にその場に留まり悪霊となったのは、こういった原理が働いたためであろう。
ツバキの魂の外殻は傷ひとつない綺麗な球形で、中身には青色の星々が煌めいていた。
青色の星々は緩やかに旋回しており、魔力もそれに伴って身体中を循環しているようだ。
まるで巨大な星団の集合体である銀河のような煌めきの美しさに僕は見惚れていたが、ふと気になったことがあった。
ツバキは裏魔法を使う際に魔族モードとなり背中から羽根が生えてくるが、その瞬間に魂はどのように変化するのだろうか。
「ツバキ、ちょっといいかな?」
「ひゃ、ひゃい!なんでしょう?」
ツバキは俯いて赤面しているようだったが、目に映るもの全てがカラフルになっている僕は、細かい表情までは読み取ることができない。
「ツバキの魂が魔族モードになったときにどのように変化するのか確認したいんだ。裏魔法を発動して欲しいんだけど、おねがいできないかな?」
「えっと、じゃあくすぐってください……」
「わ、わかった」
ツバキは裏魔法を使う時、誰かにくすぐってもらう必要がある。
大笑いした拍子に魂がなんらかの変化をして、魔族モードに変化するのだろうと思う。
僕はその瞬間の変化をどうしても見ておきたいと考えていた。
「それじゃあ、こちょこちょこちょこちょ」
「ひっ、ひゃあああ!」
僕がツバキの脇の下をくすぐったところ、ツバキはさらに赤面して悲鳴を上げた。
するとツバキの額には角が1本生え、肩甲骨のあたりから羽根が生えてきた。
ツバキの制服はジャカランダに改造してもらったもので、背中から羽根が生えた時にも対応できるように、肩甲骨のあたりにスリットが入っている。
しかしスリットを入れたことでツバキの背中が見えてしまうのを隠すため、違和感のないようにクロップドカーディガンを改造したものを羽織っている。
ツバキが魔族モードに変身した瞬間、魂の中身はこれまで緩やかに旋回していたのを一回止め、逆回転し始めた。
それに伴い、身体中を流れる魔力も逆流している。
この状態の変化こそが裏魔法発動のためのきっかけとなっていることは間違いない。
おそらく、魔力の流れが通常の逆になっているため裏魔法使用中は通常の魔法は使えなくなってしまうことだろうが、ポドカルパスは怪盗モードに変身した状態で通常の魔法も使えるようであった。
たぶん、訓練によって魂の中身の正転と逆転を切り替えているのだろう。
しかしツバキの場合には魔族モードに変身している時は裏魔法しか使えないだろうと予想される。
さらにもう一つ大きな違いとして、中身の色が変化した。
ツバキの魂の中身は先ほどまでは青い星々が煌めいていたが、今はそれが赤色に変化している。
このことから、人間の魂の中身は青色で、魔族の魂の中身は赤色だということがわかった。
しかしツバキのように何らかのきっかけにより魂の中身の性質が変化する場合もあるようなので、注意が必要だろう。
「ありがとうツバキ、とても貴重な情報が得られたよ」
「うふふふ、わたしの魂はどうでしたか?」
「あぁ、星々が煌めいているようで、とても綺麗だったよ」
「あぁん!体の奥底まで何もかも視られてしまいました!私の身も心も全てあなたのモノですよ」
「ツ、ツバキの身体と心はツバキのモノだから、大切にしてね」
「えへへ」
ツバキは魔族モードになるとかなり大胆になる。
さっきなんか制服を脱ぎ始めていたから、何とかして止めさせたところだ。
これで人間と魔族の魂の違いは大体わかったので、あとはパキラの魂を確認すれば魔族なのかどうかの判別ができる。
僕は外で待機しているみんなに声をかけると、皆何故か気まずそうにしていた。
「ずいぶんとお楽しみのようで……」
「スリーズ、違うから!」
ーーー
教会に到着すると、すでに行列ができていた。
パン職人三兄弟の三男マロンコがおり、パキラとともにパンの無料配布をしている。
無料でパンが食べられるとあって多くの人々が殺到すると予想されるが、これでは材料費と人件費が赤字になってしまうことだろう。
「美味しいパンを無料で配布しています!生活に余裕がある方はこちらの壺に寄付金をお願いします」
「寄付させてください!」
「俺も俺も」
なんとパンの無料配布に集まった人々の多くはパキラのファン達で、パキラのファン達はパンには手をつけず、寄付金を入れる壺を置いたテーブルの前に立つパキラに殺到していた。
パンは時折子供や老人が持っていくのみで、パキラのファン達は皆寄付金を手にして嬉々として壺に入れていく。
「お兄ちゃん達ありがとう!ありがとう!」
寄付をもらったパキラはファン達と次々と握手をしていく。
パキラと握手したファン達は、みんなとても嬉しそうだ。
これはもはや、パンの無料配布の皮を被ったアイドルの握手会だ。
「はーい、一列に並んでねー。次の人どうぞー」
パンは勝手に持って行ってくれとばかりに、パン職人三兄弟の三男マロンコは握手会の誘導員に専念しているようだ。
「神聖な教会の前でこのように破廉恥な催しが行われているとは、全くナンセンス!」
パキラの握手会を眺める僕たちに、するりと近づいてきた中年男性がいた。
「キエノ様、探しましたぞ!」
「セドゥルス枢機卿!」
その人物はセドゥルス枢機卿という人らしく、キエノに声をかけてきたのだが、キエノはなぜか渋い顔をしている。
流石に声には出していないが、明らかに嫌そうな表情だ。
「セドゥルス、今日は私の本体である世界樹に用があったため参りました」
「これはヨシノ様、ご機嫌麗しゅう。ちょうど世界樹の周囲に神聖なる防壁を設置しておりましたので、ぜひご確認ください」
「すでに柵があるでは無いですか?古くなったから交換しているのですか?」
ヨシノの本体であるヤマザクラの世界樹は、王都チェリートピアの教会の最奥に鎮座している。
世界樹の根元から十分に離角をとって木製の杭が打ち込んであり、ロープ柵で囲われているので無闇に立ち入るものはいない。
「いえ、今までの柵があまりにもみすぼらしく、また信心の無い者や悪意ある者の接近を許してしまいます。ですので、教皇猊下より直々のご指示に従って、神聖なる防壁を建設することになったのです」
「いえ、全く必要ないと思いますが、ちなみにその高さはどのくらいになりますか?」
「およそ3メートルを予定しています。これから基礎工事を進めるところですので、ヨシノ様にもご相談させていただきたいと考えておりましたところ」
「その基礎工事とやらで私の根が切断される可能性はないのですか?」
「十分に配慮して工事を進めておりますが、最小限の処置はご寛恕いただければと」
「ちょっと現場を確認させてください」
「もちろんですとも!」
このセドゥルス枢機卿というおじさん、かなり厄介な人物のようだ。
頼んでもいない壁の建設を勝手に進めようとしているし、やむを得ないとか言いながらヨシノの本体である世界樹の根を切断しようとしている。
僕らの到着が少しでも遅れていたらヨシノの根が切断されていたかもしれないし、切断による痛みで世界樹が防衛反応を示して、職人が串刺しになっていた危険性すらある。
セドゥルス枢機卿に従って教会に入ると、かつてヨシノと結魂式を挙げた時に面倒を見てくれた司教達が絶望的な表情で僕らを出迎えた。
ある日突然、本部から重役が現場に出てきてトンチンカンな指示を出されて困っているようだ。
しかもこれから世界樹の根を切断しようとしているとあれば、事態はなおさら深刻なものとなる。
「おい、下賤なる者よ、作業の進捗はいかがか?」
「来たか、生臭坊主。お前さんの指示通りに基礎石を据える範囲を試掘してみたが、ヨシノ様の根っこが多すぎて工事不可能だ。悪いことは言わないからこれ以上は止めた方がいいぜ」
セドゥルス枢機卿を生臭坊主と呼んだ職人は熊のような大男で、こんがり日焼けした厳つい中年男性だった。
「ロトゥンダ親方、お久しぶりです、いつもお世話になっています」
「ヨシノ様、今日もお綺麗でヤス。すみません、不慣れな者がいて、少しヨシノ様の御根っこを痛めてしまったかもしれないでヤス」
「私は大丈夫です、今のところ痛みは感じていませんよ」
ロトゥンダ親方が連れてきた職人達が試掘作業をしているのは、既存のロープ柵が設置してある範囲のすぐ近くだ。
ロープ柵の範囲までは土壌が露出しており、それよりも外側には縁石が設置されていて、その先には教会の床が続いている。
職人達は根を痛めないように、バールや鉄棒、移植ごてなどを使って丁寧に掘削しているようである。
スコップを地面に突き立てると根を痛めてしまう可能性があるから、気を使って慎重に作業しているようだ。
「神聖なる私を生臭坊主呼ばわりとはナンセンス!お前はクビだ!」
「なんだと!」
「セドゥルス、ロトゥンダ親方が工事に参加しないのであれば一切の現状変更は許可できません」
「なんと、これはヨシノ様!この下賤なる者は自らの技術不足を隠すためにわざと脅しのようなことを言っているに違いありません」
「それはあり得ません。ロトゥンダ親方は王都で最も技術の高い職人です。今あるロープ柵を交換する時、他の職人が皆出来ないと言った難しい工事を成し遂げたのは、このロトゥンダ親方でしたから」
「その節は色々とご迷惑をおかけしやした」
「私は土木工事に関して、ロトゥンダ親方の技術を信頼していますよ」
「へへへ、職人としては最高の褒め言葉でヤス」
ロトゥンダは以前、世界樹を囲うロープ柵を再設置する時に、ずいぶんと苦労したようだ。
ロープ柵は木製の杭を打って、杭の上部にあけた穴にロープを通しただけの簡単なものだったが、世界樹の根を避けながら作業するのは容易なことではなかったのだろう。
「そういうことですのでセドゥルス、防壁なるものは全く必要ありませんし、施工することは不可能です。諦めてください」
「うむむむむ、であれば、ロープ柵の外側である教会の床に基礎を設置し、神聖なる防壁を設ければ良いのではないでしょうか?」
「それだと床の上にただ壁を置いただけになっちまうから、下手をすると倒壊の危険性があるぜ。強度も出ないからやらねぇ方がマシだ」
「ええい、つべこべ言わずにとっととやるのだ!」
「あのー、お取り込み中すみませんが、世界樹を護る壁を作りたいということであれば僕に考えがあります」
「ん?少年、大人の会話に口を挟んではいけないと親に教わらなかったか?口を慎みたまえ」
「セドゥルス、こちらは勇者ゼルコバ様です、あなたこそ配慮に欠いた発言ですよ」
「ほう、勇者ですか。それは教皇猊下がお認めになられた正式な勇者であるということですか?」
「いえ、そういうわけではありませんが」
「それならば少年は勇者を僭称しているに過ぎませんが、ヨシノ様のお知り合いということで話だけは聞きましょう」
セドゥルスは口を開けば他人を貶める。
他の枢機卿がどんな人間なのかわからないが、少なくともキエノが嫌そうな表情をしていたのはとても納得できる。
「ええと、ヨシノの根元近くに僕の魔導書コクーンを設置すれば、魔法障壁を常時展開できるようになるので、壁で囲うよりもはるかに強力な護りとなりますよ」
魔導書コクーンは僕が持つオリジナルの他に、コピーを王都リョーマイケル伯爵邸に1つ設置している。
それを今回、ヨシノとツキの本体である世界樹の根元に設置しようというわけだ。
本来の目的は魔法のタブレットのサーバーとして情報の送受信をさせようと思っていたが、世界樹の護りとして魔法障壁を展開しておくことももちろん可能だ。
昼間は太陽光により魔力を蓄えつつ魔法障壁を展開し、夜は昼間に蓄えた魔力を使って魔法障壁を維持することができる。
「魔導書?そんな得体の知れない物をヨシノ様の根元に設置すると?教皇猊下の許可は取られたのですか?」
「セドゥルス、教皇の許可は必要ありません。私の身体に関わることなので、私が決めるべきことのはずです」
「ぐぬぬぬ、それでは自由になさるといい。近いうちに教皇猊下が王都にお越しくださるとのことですので、この件については改めて協議するとしましょう」
「……疲れたのでそれで結構です。ゼルコバ様、煩わしい思いをさせてしまいましたが、予定通り魔導書の設置をよろしくお願いいたします」
「わ、わかった」
世界樹のヨシノを疲れさせる男、それがセドゥルス枢機卿である。
セドゥルスはぶつぶつ文句を言っていたが、その後は僕らに口を挟んでくることはなかった。
こうして、ただ世界樹の根元に魔導書を設置するだけのことなのに、大変疲労困憊した僕たちであった。




