073
『オンギャァァァ!』
トリカブトに取り憑いていたところをポドカルパスに無理やり引っこ抜かれた悪霊は、激怒して僕たちに襲いかかってきた。
悪霊は半透明だが人型をしており、その頭には紫色の綺麗な花を咲かせている。
僕が【鑑定】で調べたところ、この花はトリカブトという猛毒を含む宿根草だ。
アルカノイドは吐き気、嘔吐、下痢、腹痛、めまい、呼吸困難などを引き起こす猛毒で、トリカブトを食べたりすると最悪の場合は死に至ることもある。
しかし問題はこの悪霊が毒成分を含んだ攻撃をしてくるのかどうかだ。
「ツバキ、悪霊は毒を使ってくるかもしれない、注意して!」
「はい!」
『オンギャァァァ!裏魔法、鬼火』
さっそく悪霊が裏魔法を使ってきた。
裏魔法、鬼火は通常のファイアーボールと違って熱を発することはないが、むしろ熱を奪う性質がある。
裏魔法の法則として、本来の効果と逆の効果を発すると言うことだろう。
悪霊は鬼火を放って来たが、その速度は通常のファイアーボールと同じくらいなので、避けるのは容易い。
しかし僕らが鬼火を避けると、間が悪いことにその鬼火は近くにあった魔木の幹に直撃した。
鬼火が当たった部分は焦げるどころか凍りついており、魔法の威力で樹皮が損傷している。
鬼火の直撃を受けた魔木は怒り狂い、ぶんぶんと枝を振り回し始める。
「まずい!僕は魔木の怒りを鎮めてくる!ツバキは悪霊の相手をしてくれ!」
「はい!」
悪霊は浮遊しているし、魔木の枝が当たっても霊体なので物理攻撃は効かないようだ。
やたらめったら鬼火を撃ちまくられると、悪霊に殺される前に魔木にやられてしまう。
「【樹木魔法】痛いの痛いの飛んでけ〜!」
僕が【樹木魔法】により怒り狂う魔木を宥めると、ようやく魔木からの攻撃は止まった。
しかし僕以外の魔法士であれば魔木の怒りを鎮めることはできないので、悪霊を見かけたらすぐに逃げた方がいいレベルだ。
悪霊恐るべし。
こんな凶悪な存在が森に蔓延っていたのでは、新米冒険者はあっという間に命を落としてしまうぞ。
『オンギャァァァ!』
「くっ!ファイアーアロー、連射!」
なおも悪霊は鬼火を撃ちまくって来たが、ツバキの魔法矢が鬼火を撃ち落としたため、魔木の怒りを買うことはなかったようだ。
「ツバキ、僕が悪霊の鬼火を食い止めるから、ツバキは本体を狙ってくれ!」
「はい、ゼルコバ君!」
「魔法障壁、さらに【念動】で魔法障壁を操作して鬼火を防ぐ!」
僕は空中に多数の魔法障壁を発生させ、鬼火を防ぐことにした。
僕の魔法障壁は世界樹をイメージして作り出した強固なもので、並の魔法障壁とは比べ物にならないほどの強度がある。
しかし裏魔法、鬼火と衝突した魔法障壁は、なんと一撃で消滅してしまったのだ。
「っ!!?魔法障壁が消滅した!?あの鬼火はそんなに強力な魔法なのか!?もう一度、魔法障壁!」
僕は先ほどよりも魔力を多めに込めて魔法障壁を作り出すが、いずれも鬼火一発で消滅してしまう。
魔法の威力を防ぎ切れずに破壊されてしまったというよりも、魔力を失って消えてしまったような印象を受けた。
「ゼルコバ少年よ、これこそが裏魔法の真髄だ!裏魔法は魔力を吸収する性質があるので、魔法と裏魔法が激突すると対消滅してしまうのだ!」
なんと僕の魔法障壁が鬼火一発で消滅してしまう現象は、対消滅と言うらしい。
裏魔法と魔法が激突すると、裏魔法により魔力が吸収されてしまうのだ。
「この隙に、撃ち落とします!【龍星】!」
ツバキは弓を引き絞ると、固有魔法【龍星】を発動させて魔法矢を放った。
ツバキの放った【龍星】は蛇行しながら悪霊に迫るが、悪霊は身軽に空中を飛び回り、魔法矢を避けてしまう。
「まだです!戻ってこい、【龍星】!」
『オンギャァァァ!!』
ツバキの【龍星】は悪霊にかわされつつも、空中でUターンして悪霊の腹を貫いた。
「やった!」
「いや、やってないぞ!」
『オンギャァァァ!!!』
悪霊は腹を貫かれて激怒しているが、全くダメージを受けている様子はない。
腹に空いた大穴はすぐに塞がってしまった。
「ツバキ姫、悪霊にダメージを与えるためには裏魔法を使う必要があるぞ!」
「裏魔法、むむむむ、咄嗟には出来ません!」
「よし、ツバキ、攻守交代だ!鬼火の処理を任せる!」
「はい!」
僕は悪霊が放ってくる鬼火の処理をツバキに任せると、神魔融合によって作り出したファイアーボールを操り、悪霊に向かって撃ち放った。
しかし悪霊は空中を自在に動きまわっているため、一工夫する必要があるだろう。
「【念動】でファイアーボールの軌道を操作するんだ!」
かつてサイプレスは自身の周囲にファイアーボールをいくつも生み出して、【念動】で巧みに操っていた。
きっと僕にだって同じことができるはずだ。
「思ったより難しいぞ!」
一つのファイアーボールを操作するだけでもかなりの集中力が必要となり、同時に複数個を操ることは今の僕には出来なかった。
しかも、ファイアーボールはツバキの【龍星】ほど速度が出ないから、単発で悪霊に当てることは難しい。
「ゼルコバ少年、ツバキ姫、苦戦しているようだな!助力が必要かな?」
「ぐぬぬ、とても悔しいですが……」
「ゼルコバ君、私をくすぐってください!?」
「ええ!?ツバキ!?」
「くすぐって貰えれば、裏魔法が使えると思います。あなたにしかお願い出来ないんです!!」
ツバキは僕に自らの体をくすぐるように言って来た。
ツバキはジャカランダの裏【念動】によるくすぐり攻撃により、魂を解放して裏魔法を使うことが出来た。
その感覚を思い出そうと言うのだろうが、何やらとても恥ずかしい行為のような気がするぞ。
「ええい、ままよ!ツバキごめん!こちょこちょこちょこちょ」
「あっ、ああ!何か出そう、キャァァァ!」
僕が恥を忍んでツバキの脇の下をくすぐると、ツバキは叫び声を上げた。
事情を知らない人がこの状況を発見したら、変態が女子を襲っているようにしか見えない。
しかしツバキの背中からは羽が一対生えており、頭からは角が一本生えている。
「やった!成功だ!」
「うふふふぅ、とっても良かったですわ、あなた」
魔族モードになったツバキは、なぜか獲物を狙う肉食獣のような目つきで僕を見つめた。
「食べちゃいたいくらい可愛いです、あなた」
「ツ、ツバキ!?」
なんとツバキは僕の頭をがしっとホールドすると、そのまま顔を近づけて来た。
「いただきまーす♡」
「(く、喰われる!)」
『オンギャァァァ!!鬼火!』
僕がなぜか生命の危機を感じていると、無視された悪霊が怒って鬼火を放って攻撃して来た。
なぜか悪霊からの攻撃により窮地を救われたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「悪霊めぇ、邪魔をするなぁ!裏【龍星】!」
ツバキは邪魔をされたことに激怒し、裏魔法を発動させて裏【龍星】を放った。
その裏【龍星】は凄まじい速度で悪霊に迫り、悪霊の腹を貫通してからUターンして、脳天をぶち抜いた。
『オンギャァァァ!!!』
裏【龍星】による強力な一撃を受けた悪霊は、力を失ってよろよろと墜落していく。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、続きをしましょう、あなた」
「げげげ!」
ツバキは一体何の続きをするつもりなのか。
魂解放状態のツバキは、いつもの貴族令嬢らしい貞淑な振る舞いはどこへ行ってしまったのか、怪しい目つきでねっとりと僕の全身を凝視している。
「あ、悪霊にトドメを刺さないと!行くぞツバキ!」
「ちぇ、はーい」
『オンギャァァァ……』
僕たちが悪霊墜落現場に到達すると、悪霊は瀕死の状態でほぼ成仏寸前のように見えた。
「ゼルコバ少年、神気によってこの悪霊を成仏させてあげるのだ!不幸な冒険者の魂を鎮めたまえ!」
「はい!」
僕は神魔融合によってファイアーボールを生み出すと、悪霊を火葬し始めた。
ちゃんと成仏して、安らかに眠って欲しいと思う。
「わぁ、きれい」
「本当だね」
成仏した悪霊の魂は、きらきらと輝きながら天に昇って行った。
こうして僕たちの除霊依頼は課題が多くあったものの、無事に達成することが出来たのであった。
「さぁ、向こうで続きをしましょう、あなた」
「ツバキ、正気に戻るんだ!」
魔族モードのツバキには要注意だ。




