062
王都の外に向かった僕たちは見晴らしのいい場所まで移動し、仮設のベースキャンプを作ることにした。
と言っても、今日は日帰りの予定だから、ベースキャンプは必要最小限で十分だ。
「【精霊魔法】花の精霊エフェメラル召喚。さらに【精霊魔法】魔導書コクーン召喚」
僕はユリネを解放して、花の精霊エフェメラルを召喚した。
エフェメラルはユリネと合体して5m程度の高さに成長して百合の花を咲かせ、周囲に癒しの祝福を与える。
魔導書コクーンは極薄の魔木を重ねて創られた生きた魔導書で、魔法化した生物や道具類、資材などを出し入れすることができる。
僕は魔導書コクーンからキャンプセット一式を取り出すと、手際よく設置してあっという間にベースキャンプが完成した。
「わぁ!凄い!これはもう凄いとしか言い表せないです」
「この百合の花の近くにいれば軽い怪我ならすぐに治るよ。魔導書コクーンには大抵の物資は収納してあるから、何か必要なものがあったら遠慮なく言ってね」
「お世話になりっぱなしで申し訳ないです。あっ、私、野点セットを持っています。抹茶でもいかがですか?」
「それは嬉しいな。是非ともご馳走になりたい」
「任せてください!」
するとツバキは地面に穴を掘ってその中に魔法で炎を発生させ、金属製の水筒の蓋を外して温め始めた。
さらに蓋はコップとして使用することができ、抹茶の粉末を適量入れるとお湯を注ぎ入れ、茶筅でシャカシャカと混ぜ始めた。
あっという間に美味しい抹茶の出来上がりだ。
「うわぁ、抹茶なんて久しぶりに飲むよ、いただきまーす!」
「ゼルコバ君は抹茶を飲んだことがあるんですね。マンティスアロー男爵領以外ではほとんど知られていない飲み方ですが」
「そ、そうなんだ。たまたまね」
うっかり前世の記憶について喋りかけてしまったが、うまく誤魔化すことができただろうか。
しかし湯を沸かす時に点けた炎がずっと燃え続けているのはどう言う理屈だろうか。
その魔法を僕はまだ知らない。
「これは生活魔法ですよ。攻撃に使うファイアーボールなどは長時間持続することはありませんが、瞬間的な爆発を伴って燃焼します。一方で生活魔法で使う炎は、爆発すると危険ですし、一度使うと長時間消えないようになっているのです」
「へー、生活魔法かぁ。そう言えばポドカルパス先生は生活魔法の担当だって言ってたけど、この間の二つの炎の違い、ツバキさんはわかった?」
魔法実習の時にポドカルパスに出された課題について、僕はまだ解決できていない。
ただし、ポドカルパスが生活魔法の担当だということと、先ほどツバキに教えてもらった長時間持続する炎の話が、何か関係がありそうな気がする。
「実は私もまだよくわかっていないんです。一つ目の炎が攻撃魔法で、二つ目の炎が生活魔法だとかですかね?」
「ちなみに生活魔法の炎ってどうやって使うの?」
「それはですね、生活魔法ではまず【性質変化】で魔力を燃料に変化させます。その後、燃料に着火させるイメージで魔法を使うことによって、長時間持続する炎を作ることができます」
なるほど、僕は今まで魔法で炎を作る時、魔力を【性質変化】で直接炎に変化させていた。
生活魔法で炎を出す場合には、魔力を炎にするのではなく、長時間燃える燃料に変化させていたのだ。
理屈がわかれば実践あるのみだ。
「【性質変化】魔力燃料、そして着火!」
すると僕がイメージした通り、魔力は魔力燃料に変化して、とろとろと燃え始めた。
いつもなら魔力の供給を止めると消えてしまうはずの炎が、長時間持続している。
火力も一定なので、料理などに使いやすい。
これは便利な魔法だ。
「うーん、ポドカルパス先生が生活魔法で炎を出したとすると、魔力燃料を燃やしていたことになるよね。明らかに燃え方が違うから、それならすぐにわかると思うんだけど」
「ゼルコバ君の言う通りですね。生活魔法では火力や燃え方が明らかに違います」
攻撃魔法の炎と生活魔法の炎は、比べてみると明らかに燃え方が違う。
どちらも同じ量の魔力で生み出したのにも関わらず、どうしてこのような違いが現れるのだろうか。
「あっ、そうだ。エネルギー変換効率が違うかもしれないね。実験してみよう」
「エネルギー変換効率?ってなんでしょうか」
「僕は先ほど同じ量の魔力を使って二つの炎を作り出したけど、どちらの炎の方がより多くの熱を発することが出来るのかってこと。まずこの鍋に同じ量の水を注ぎいれます」
「ふむふむ」
僕は魔導書コクーンから片手鍋2つと水が入った桶を取り出した。
魔導書に魔法化して収納したものは時間が停止しているため、腐ることも無い。飲める水だ。
僕は同量の水を2つの鍋に注ぎ入れると、一つの鍋を手から出した炎で加熱し、もう一つの鍋を生活魔法の炎で加熱し始めた。
攻撃魔法で作った炎の方が、見かけ上は強力そうに見える。
激しく燃え盛り、威力が高い。
しかし実際にお湯を沸かしてみるとそのエネルギー変換効率は歴然とした差があり、攻撃魔法による炎ではお湯が沸騰しないにも関わらず、生活魔法の炎では鍋はぐらぐらと沸騰し、さらに炎は燃え続けている。
「間違いない、ここに必ずヒントがある。ツバキさん、生活魔法の炎の隣で、攻撃魔法の炎を出してくれないだろうか」
「わかりました」
僕は身につけている魔力を蓄えたすべての装備を外して、地面に置いた。
素寒貧のクソ雑魚弱弱状態となった僕は、生活魔法の炎の燃え方を確認するため、主に目に集中して脳魔法を発動する。
「第四位階魔法【鑑定】」
魔力容量が少ない方が鑑定の精度が上がる。
これを教えてくれたヤエ公爵には足を向けて寝ることができない。
ツバキが出している攻撃魔法の炎と、今なお燃え続ける生活魔法の炎は何がどう違うのか。
見極めろ!
まず攻撃魔法の炎を見る。
ツバキの手のひらの上で【性質変化】された魔力が炎に変化し、熱と光を発している。いつもの見慣れた光景だ。
一方で生活魔法の炎はどうか。
生活魔法では【性質変化】で燃料とした魔力の塊から炎が立ち上っており、必要最小限の魔力消費で炎が維持されている。
時折り炎の中でキラリと煌めく粒が舞い、これが弾けることで炎が維持されているようだ。
「(あの粒はなんだ?)」
さらに僕は【鑑定】の精度を1段階引き上げると、体感時間はそれに伴って引き伸ばされ、視力も格段に良くなった。
粒は一定の時間ごとに魔力燃料から放出され、炎の中を舞い踊ると、ある時弾けて炎となる。
その粒は超極小で、肉眼では決して判別不可能な大きさだが、脳魔法により向上した視力により、僕はその粒を判別することができていた。
「わかった。魔力燃料は魔力の粒が隙間なく整列していて、炎の維持に必要な量の魔力の粒が最小限消費されるから、エネルギー変換効率が高いんだ。それに比べて、攻撃魔法の炎は魔力の粒がぶつかりあいながらてんでバラバラに動いているのを、【形状変化】で無理やり球状に押し込めているに過ぎない。したがって、何かにぶつかると魔力の粒が飛び出して爆発を伴うが、その際に多くのエネルギーが失われてしまうため、エネルギー変換効率が悪いんだ」
「???」
ツバキの頭の上にはてなマークがいくつも見える。
それもそのはず、エネルギー変換効率なんて概念はこの世界には無い。
「ツバキさんありがとう、魔法を解除していいよ」
「は、はぁ。ゼルコバ君は何かコツを掴んだんですね?」
「理屈はわかった。あとは実践あるのみだ」
僕は先ほど掴んだ感覚を忘れないように脳内でイメージをしっかりと固め、そして魔力を操作して【性質変化】で手のひらから炎を出した。
イメージとしては、僕自身が魔力燃料になったつもりで、魔法の維持に必要な最小限の量の魔力で炎を生み出すのだ。
僕が普段ファイアーボールを使う時に消費する魔力が1だとすると、その百分の一か千分の一の精度で魔力を操る必要がある。
しかしこれさえ習得できれば、実質的に僕の魔力は百倍か千倍に増えたも同然となり、ファイアーボールの使い勝手が大きく変わることは間違いない。
「【性質変化】ファイアーボール」
僕の手のひらの上には、普段見慣れた大きさの火球が出現していた。
しかしこれの発動に際して消費した魔力は、おそらく数百分の一程度だ。
なんなら魔力を消費した感覚すらないが、昼間は僕の魔力は無限に回復するので確認することは出来ない。
また夜に実験しよう。
「凄い、綺麗です!」
「え?そうかな?」
ごく僅かな量の魔力で生み出したファイアーボールは、普通のファイアーボールと比べて内部が透けて見えている。
ファイアーボールの中には魔力の粒が等間隔で整列しており、せめぎ合ったりぶつかったりしていない。
僕はふとあることを思い出して、魔力ロープを発生させた。
「【形状変化】魔力ロープ」
僕が生み出した魔力ロープをよく観察すると、やはりこれも魔力の粒はきちんと整列していて乱れたところは一切ない。
なんと、僕はすでに答えを手にしていたのであった。
「わわ、ゼルコバ君はいろんな魔法が使えるんですね!」
「僕なんてまだまだだよ」
心の底から、魔法の道は奥が深いと感心した僕であった。




