059
翌日、王都リョーマイケル伯爵邸に宿泊した僕は魔法学院に登校した。
なんならフジ山の精霊殿から登校することも可能なのだが、フジ山の精霊殿内はカグヤが時間をいじっているため、満月の前後5日間以外は一泊すると大変なことになる。
そのため、僕は普段は王都リョーマイケル伯爵邸に宿泊し、満月が近くなると精霊殿に向かうことにしていた。
「おおお、おはようございます。それでは魔法実習を始めたいと思います」
1限目は魔法実習だ。
魔法実習は魔法学院の校庭で行われるが、2年生と3年生も同じく校庭で授業を受けている。
しかし授業は魔法学院の壁面近くに設置された的に向かって魔法を放つのが主なので、お互いに邪魔にはならない。
校舎が北側に建っているので、東面を1年生が使い、南面を2年生が使い、西面を3年生が使う。
上級生ともなると第六位階に達し【固有魔法】を使う学生も多くなるので、西面は焦げたり傷んだりしていて、補修がされている。
1年生が使う東面は、魔法の威力がそれほど高くないために、損傷は少ない。
僕たちFクラスは担任のポドカルパス先生の近くに集合していた。
皆、支給された運動着に着替えている。
「そそそ、それでは初めて魔法を使う人も多いかと思いますが、ゼルコバ君とツバキさんはすでに第六位階に達しているので退屈でしょう。上級生たちの授業に混ぜてもらうことも可能ですが、どうしますか?」
「僕は基礎から魔法を復習したいので、ポドカルパス先生に教えていただきたいです」
「私もゼルコバ君と同じ考えです」
「わわわ、わかりました。それではまず第一位階魔法【性質変化】から学んでいきましょう。ゼルコバ君、ツバキさん、アシスタントをお願いします」
「「はい」」
ポドカルパスはサイプレスが教えてくれたように、第一位階魔法【性質変化】の解説を始めた。
すでに魔法を使ったことのある者はすぐに火や水を出すことができたが、半数以上のクラスメイトは初めて魔法を使うので、苦戦していた。
すでに第一位階魔法【性質変化】を習得している学生がサポートし、1限目が終わる頃には皆【性質変化】を習得することができたのだった。
僕にとっての新しい情報は、今のところは見つかっていない。
途中でAクラスの方から爆発音と悲鳴が聞こえたような気がしたが、多分気のせいだろう。
「ゼゼゼ、ゼルコバ君、ツバキさん、ちょっといいですか?」
「はい、先生」
「こここ、これを見てください」
1限目が終わる直前、ポドカルパスは僕とツバキに声をかけてきた。
ポドカルパスの両手のひらには【性質変化】で生み出した炎が見られ、両者は全く同じもののように見えた。
「先生、これは?」
「こここ、この二つの炎はほとんど同じもののように見えますが、実は決定的に異なる点があります。その違いを見極めることができるでしょうか?」
「えっ!?どういうことでしょうか?」
「おおお、お二人とも魔法の才能があり、知力も高いようです。しばらくこれの違いを考えてみてください。それでは次の授業に向かいましょう」
「ああ!先生!気になるー!」
突如としてポドカルパスは課題を出してきた。
全く同じように見える二つの炎の、一体どこに違いがあると言うのだろうか。
僕は2限目の座学の授業中、ずっとそればかり考えていたのであった。
ーーー
お昼休み。
「ショウゲツ様、あーん」
「あ、ありがとうシルベストリス」
「ショウゲツ様、あーん」
「あ、ありがとうクロマ」
僕とツバキがお昼ご飯を食べにクラス代表室に向かうと、すでに部屋の中ではラブコメ王道展開が繰り広げられていた。
正直言って全く羨ましくない。
僕は昨日、せめてお昼ご飯だけは一緒に食べたいとショウゲツに懇願され、快諾していたのであった。
「ゼルコバ君はお弁当なんですね」
「うん、料理人が作って持たせてくれるんだ。ツバキさんはどうしてるの?」
「うちは貧乏なので、自分で作ります」
そう言ってツバキはカバンから古いパンとチーズを取り出して齧り始めた。
とんでもない地雷が思わぬところに埋設されていたものだ。
「あ、あのー、もしよければ明日から2人分のお弁当持ってこようか?」
「えっ!?そ、そんな、悪いです」
ツバキは僕のお弁当提案にかなり心が揺れているようだ。
お弁当はリョーマイケル伯爵家の料理人に頼めば何人分だろうと用意してもらえる。
流石に昼食が古いパンとチーズだけではかわいそうだし、成長期なので栄養のあるものを食べてもらいたい。
後一押しあれば倒れそうだぞ。
「あ、そうだ。今度冒険者登録しようと思うんだけど、よかったらツバキさん、僕とパーティーを組んでくれないかな?ツバキさん強そうだし」
「ぼ、冒険者ですか!?それなら私、ゼルコバ君の力になれると思います!」
「ありがとう!それなら同じパーティーメンバー同士ってことで、お弁当くらいご馳走様させてよ」
「え、ええ〜、そ、そういうことならありがたくご馳走になってもいいですか?」
ツバキはお弁当の件で恥ずかしい思いをしたのか、顔を赤くして汗ををかいているようだったが、冒険者の話をした途端に落ち着いて笑顔になった。
僕はコトヒラ山の大精霊スウトクに課された試練によりAランク冒険者になる必要があるため、試練達成のためにも冒険者仲間は絶対に必要だ。
「狩りなんて久しぶりだな〜。1人では狩りに行かないように厳しく言われているので、王都ではお肉が食べられなくて困っていたんです」
意外なことにツバキはとんでもない肉食系女子だったようだ。
狩りに想いを馳せてときめいている貴族令嬢なんて、ツバキくらいのものだろう。
もしかして捕獲した獲物を捌くこともできるのか!?
「えっ!?ゼルコバ君、冒険者になるの?いいなぁ……」
「よかったらショウゲツ君も一緒に来ない?」
「うーん、ありがたいお誘いなんだけど、俺はゼルコバ君とパーティーを組めるほどの実力はないと思う。お荷物になるから、遠慮しておくよ」
ショウゲツは僕に気を使ってくれたようだが、かなり寂しそうだ。
2人の美少女に挟まれたショウゲツはあまりにも可哀想なので、少しでも元気を出してもらいたい。
「そっか……あ!それなら、一緒に放課後に魔法の訓練しない?」
「ほ、放課後に訓練!?絶対参加したい!」
「ショウゲツ様が参加するなら私も参加しますわ」
「あっ、私も、私も参加しますわ!」
「私も、ゼルコバ君のパーティーメンバーとして参加させてください!」
ちなみにBクラス代表とCクラス代表は各自のクラスでお昼ご飯を食べているので、今ここにはいない。
たぶんショウゲツと2人のご令嬢の邪魔をしてはいけないと思って、遠慮したのだろう。
なんなら僕とツバキも遠慮したかったのだが、ショウゲツが屠殺場に送られる家畜のような潤んだ瞳で懇願してきたため、やむなくここでお昼ご飯を食べているのだ。
「じゃあ僕は担任の先生に放課後の校庭使用許可が取れるかどうか聞いてみるね」
「ありがとうゼルコバ君、俺も担任に確認して、絶対に許可を取ってくる!」
ショウゲツは地獄に垂れた一筋の糸のように、僕からの誘いに希望を見出しているようだった。
モテる男は大変なんだな。
僕はショウゲツに同情しつつも、他人事のように考えていたのであった。




