052
ーーー
私の名はスリーズ・チェリーブロッサム。
勇者ゼルコバ殿の荷物待ちにすらなる資格がない、落ちこぼれ近衛騎士だ。
私は剣聖と呼ばれるチェリーリア王国最強の魔法士であるヤエ・チェリーブロッサムの孫で、私は祖母に憧れて魔法と剣の道に生きて来た。
しかし私はこれまで自分なりに努力を重ねてきたつもりであったが、フジ山でレッドドラゴンに殺されかけているところをゼルコバ殿に救われたことにより、自分の魔法と剣を見つめ直す必要があると痛感した。
私の祖母は私が成人する頃にはすでに目を患って引退しており、私が祖母に剣を教えてもらったのは12歳の時、王都の魔法学院の入学祝いにミスリル剣をプレゼントしてもらった時の一度だけだ。
私はその時祖母からミスリル剣の扱いを教わり、言われた通りに魔力を剣に流して巨岩を一太刀で斬り裂いた。
それを見た祖母は驚き、私のことを天才だと褒めてくれた。
当時の私はそれが嬉しくて有頂天になったものだが、魔法学院や騎士団で魔法や剣の鍛錬を積んでいるうちに、いつしかその時私が成し遂げた岩を斬り裂く魔法は失われていき、私の中には自分は天才であるという驕りのみが残っていた。
祖母の剣の腕前は超一流であると語り継がれており、風のように素早い動きで戦場を駆け回り、魔力を込めたミスリル剣で強敵を斬り裂いたという昔話を、時折り年配の騎士より伝え聞くばかりだ。
私はそのうち、ミスリル剣に大量の魔力を蓄積して一気に解放することによって岩を割ることができるようになったため、今自分が振るっている剣こそが正しい技術であると思い込んでいたのだ。
しかしそれは間違いであったことが今日判明し、正しいミスリル剣の使い方を命懸けの決闘の最中に思い出す必要があった。
私はゼルコバ殿と共に決闘場に立ち、魔族となったアーコレードと蝙蝠羽の魔族モニリニアと対峙している。
アーコレードはゼルコバ殿と対決しているため、必然的に私の相手はモニリニアである。
モニリニアには王都襲撃事件の時に辛酸を舐めさせられており、昨日までの私であれば到底勝つことはできない強敵だ。
「うふふぅ、手品の冥霊トリックよ、メカ・レッドドラゴンを出しなさいぃ」
モニリニアは第七位階魔法【冥霊魔法】により召喚した冥霊を使役しており、私にとっては格上の相手であると言える。
さらにモニリニアは自らが操る冥霊のチカラによって機械仕掛けのレッドドラゴンを呼び出し、私の形勢はますます不利だ。
「ギャウウゥ!」
「何!?レッドドラゴン!」
「ふふふぅ、驚いたでしょう。私は手品の冥霊トリックと契約しておりますのでぇ、無生物を魔水晶に収納したり出現させたりすることができるのですよぉ」
モニリニアが呼び出した機械仕掛けのレッドドラゴンは全身を禍々しい金属で作られており、その両目は不気味に赤く染まっている。
口からは瘴気が漏れ、その巨躯は目の前にいる私を捻り潰すのに十分な怪力に満ちている。
この土壇場で、私はメカ・レッドドラゴンの魔法障壁と硬い装甲を斬り裂くことが出来なければ、決闘に敗れて殺されてしまうことだろう。
まず私はありったけの魔力をミスリル剣に流し、自身の体内にある魔力を限界ギリギリまで少なくすることにした。
体内の魔力を少なくして【鑑定】の精度を上げ、自身の脳内にある神経回路を詳細に把握することが、逆転に繋がる唯一の手掛かりだ。
「うふふぅ、ミスリル剣に魔力を込めているということは、大魔力による一撃でメカ・レッドドラゴンを破壊するつもりのようですねぇ。しかしご安心ください。アナタの必殺技はこのモニリニアの魔水晶が吸収し、そっくりそのままアナタにお返ししてあげますからねぇ」
モニリニアは魔法を吸収して相手に跳ね返す水晶を多数操っているため、魔法による遠距離攻撃は極力避ける必要がある。
私が魔力をミスリル剣に魔力を移動させている間も、敵は激しい攻撃を繰り出している。
メカ・レッドドラゴンは鋭い爪のついた腕を振るって私を狙い、モニリニアは魔水晶を私目掛けて撃ち込んでくる。
私は敵の攻撃を躱しきれず、魔水晶が私を打ち付ける。
モニリニアの操る魔水晶は何発か食らっても良いが、メカ・レッドドラゴンの攻撃だけは確実に避けなければならない。
私は必死に逃げ回り、ミスリル剣に魔力を移動させていった。
そして私の体内にある魔力がついに残りわずかとなったその時に、確信を持って神経回路の存在を認識することが出来た。
「(視えた!【強化】!)」
私は咄嗟に第五位階魔法【強化】を発動した。
すると体感時間は引き延ばされ、メカ・レッドドラゴンとモニリニアの攻撃の隙間に体を滑り込ませ、なんとかその場を凌ぐ。
「ほぅ、今のを避けるとはなかなか良い動きです。しかし次はそうは行きませんよぉ!」
なおも敵の猛攻は続き、私はじりじりと壁際に追いやられていった。
ゼルコバ殿の召喚した精霊の祝福により傷は徐々に癒えつつあるが、これ以上攻撃を受けるのはまずい。
打開策が必要であり、それこそがかつて私が成し遂げた巨岩を斬り裂く剣の再現だ。
ヤエお祖母様は、脳魔法を応用することで、同じ動きを完璧に再現することが可能であると言っていた。
そうであれば、かつて自分に出来たはずの動きを、もう一度思い出すだけだ。
あの時お祖母様はこうも言っていた。
ミスリル剣に大量に魔力を込めた時に剣が光ることがあるが、それは魔力の粒がバラバラに動いているためだという。
魔力の粒を揃えて、正しく剣に魔力を込めれば、剣は光ることがない。
それを聞いた当時の私は魔法を習い始めたばかりで、先入観というものが全くなかった。
言われた通り、見た通りのことを、そのまま実行しただけだ。
それから魔法学院で魔法の使い方を教わり、騎士団で剣の使い方を学んでいくうちに、いつしか私のミスリル剣は強く発光するようになっていた。
発光するミスリル剣をどうにかしようと思ったこともあったが、魔力の粒というのは認識することが出来ないし、誰も同じような事を言っていなかったので、いつしか私の頭からは大切な祖母の言葉が失われていったのだ。
全ての雑念を捨て、今はただあの時の素直さを思い出せばいい。
ゼルコバ殿は言っていた。
役に立つか立たないかよりも、綺麗とか面白そうだとかいう気持ちで魔法を使っても良いのだと。
かつての私は間違いなく、役に立てようと思って魔法を使っていたのではなく、祖母の教えてくれた魔法が何よりも美しいと思っていただけだ。
それを素直に受け入れて、その通りにやれば岩だって斬れる。
私はかつての自分を思い出し、再び脳魔法を使用した。
決闘場の壁は私のすぐ後ろにあり、目の前にはメカ・レッドドラゴンの爪とモニリニアの魔水晶が複数迫っている。
逃げ場はもうない。
覚悟を決めろ。
「(あの魔法は綺麗だったな)」
私はただ無心で、剣を振り下ろした。
手応えは何もない。
無音だ。
愛用しているミスリル剣をふと見ると、先ほどまで激しく発光していた剣はいつしか光ることを止めていた。
引き延ばされた体感時間が、再び元に戻る。
「ふふふぅ、これで終わりですねぇ。さぁ、アーコレードに加勢して、勇者を殺して終わりにしましょうかぁ」
「ギャオオオオオオン!」
「な、なにぃ!?」
ドサッ、と音がして、メカ・レッドドラゴンの右腕は半ばからずり落ちた。
その切断面は美しく滑らかで、かつて幼き日に見た真っ二つになった巨岩のそれと同じであった。
「で、出来た……」
「ありえない!メカ・レッドドラゴンは魔王様謹製の最強メカですよぉ。その装甲は冥鉄鋼により作られており、耐久力は完ペキであったはずぅ」
「完璧なものなどこの世にないだろう、モニリニア」
私のミスリル剣は静まり、とても私の魔力のほとんどが蓄積されているとは思えない静謐さであった。
この剣に名前をつけるとすれば、静剣。
とても静かで美しい剣だ。
「ふざけるなぁ!メカ・レッドドラゴン、ブレスを使いなさいぃ!」
右腕を失ったメカ・レッドドラゴンは数歩後退り、モニリニアが前に出て魔水晶による攻撃をより一層激しくした。
魔水晶を弾きつつ、私は考える。
「(魔力の粒とは一体なんだろう?)」
お祖母様は言っていた。
ミスリル剣が光るのは、魔力の粒がバラバラに動いているからだと。
今この瞬間にも、メカ・レッドドラゴンはブレスを放つために大量の魔力を口腔に集め、練り上げている。
魔力の粒を見てみたい。
私は無心でモニリニアの魔水晶を弾きつつも、意識はメカ・レッドドラゴンに集中させた。
体内の魔力は限りなくゼロに近いが、これでいい。
「(【鑑定】)」
時間がゆっくりと流れていく。
メカ・レッドドラゴンが練っている魔力は膨大だ。
魔力の粒を観察するにはまたとない機会だ。
極限状態の中で、私の視覚はかつてないほどに研ぎ澄まされている。
目を凝らせば遥か彼方にある砂粒さえ、個別に認識出来るだろう。
その視力で、メカ・レッドドラゴンの口腔を視る。
「(せめぎ合っている)」
その時私は間違いなく、魔力の粒を認識した。
魔力の粒はメカ・レッドドラゴンの口腔で圧縮されて、悲鳴を上げているようだ。
「(可哀想に)」
圧縮される魔力の粒を見て、なぜか私は憐憫の情を感じた。
魔力の密度が高まると発光するのは、てんでバラバラに動き回る魔力の粒が互いに反発して外に飛び出しているからだ。
バラバラに動き回る魔力の粒を圧縮して無理やり魔法に変換して解き放つというのは、明らかに無駄が多い。
対して、私のミスリル剣に込められた魔力はきちんと整列しており、静かに収まっている。
静かな魔力を静かなまま飛ばしたらどうなるのだろうか。
それがこの土壇場でやるべきことなのかどうかはわからない。
ただ、私は直感に従って静剣を振り下ろし、それほど多くない量の魔力を固有魔法【聖炎】に変換して、メカ・レッドドラゴンに向けて放った。
結果を確認することもなく、私は即座にブレスの攻撃範囲から離れることにした。
脳魔法を使うのは必要最小限にすべしとの教えを守り、私が放った魔法の結果を確認することもなく移動しようと思ったのだ。
「ゴアアアァ!」
メカ・レッドドラゴンは既にブレスを吐き出したようだ。
モニリニアはブレスに巻き込まれないように飛んで逃げた。
しかし私の足はすでに動かなくなっている。
私は脳魔法を使いすぎてしまったのだ。
「(ゼルコバ殿、ごめんなさい。やはり私はあなたの仲間にはなれませんでした)」
私は次の瞬間にはブレスの直撃を受けて、骨も残らず消し炭になってしまうことだろう。
短い人生ではあったが、最後には満足のいく美しい魔力の粒を視ることができた。
私は慢心創痍で死を待つが、なかなか終わりの時は訪れない。
なぜだろうか。
「なあああにぃぃぃ!!ブ、ブレスが斬られただとぉぉ!!?」
「えっ?」
私がしばし呆然としていると、モニリニアの叫声が頭上から聞こえた。
「(ブレスが斬られた?なんのことだ?)」
私はおもむろに右を見た。
石張りの床面が高熱により熔け、ガラス質の光沢を放っている。
私は次に左を見た。
こちらも同じく高熱によって熔けている。
無事なのは自身の正面だけだ。
「グォォォ……」
メカ・レッドドラゴンは情けない声をあげ、そのまま地面に倒れて動かなくなってしまった。
よく見るとその頭部は口腔から頭蓋にかけて切断されており、倒伏と共にメカ・レッドドラゴンの顔面は真っ二つに両断されていたことがわかった。
「(あの魔法がこんな威力に?)」
にわかには信じられなかったが、私が静剣から放った【聖炎】はメカ・レッドドラゴンのブレスを斬り裂き、そのまま頭部を両断したようであった。
私はこれを静炎と名付け、先ほどの感覚を生涯忘れないようにしようと心に誓った。




