048
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俺の名はアーコレード・チェリーブロッサム。
チェリーリア王国の第二王子にして、史上最年少で第七位階魔法士となった、天才だ。
第七位階魔法士となるには大精霊から【精霊魔法】を受け取る必要があるが、大精霊はケチなので12人しか【精霊魔法】を授けてくれない。
そのため【精霊魔法】はいつも激しい争奪戦がおこなわれるのだが、俺は第二王子であり天才魔法士なので、皆が俺に【精霊魔法】の優先権を差し出したのだ。
才能ある俺からすれば当然のことだったが、気分は悪くない。
俺は5歳から魔法の修行を開始し、わずか1年で第六位階に達し、10年で第七位階に到達した。
ということは、生きているうちに第八位階まで到達する可能性すらあるということだ。
第八位階となれば人類未達の領域で、神となって神界に行くことが出来る。
神になれば永遠の命が手に入り、俺は伝説となる。
ということは、俺こそが勇者の生まれ変わりとも言えるし、世界樹の化身ヨシノこそ、俺に相応しい相手であるとも言える。
ヨシノと初めて会ったのは、俺が6歳の時のことだった。
ちょうど俺が第六位階に到達し、固有魔法【爆雷】を使い始めた頃だ。
ヨシノは王城にふらりと現れ、俺を恐れずにこう言った。
「幼いながらも優秀な魔法士が王族に誕生したと聞いて会いに来ました。私の名はヨシノ、あなたの名前は何ですか?」
「アーコレード」
「そう、アーコレード。よろしくね」
皆が俺を特別扱いする中で、ヨシノだけはそうしなかった。
それからヨシノはたまに魔法を教えてくれるようになった。
ヨシノの固有魔法は【雷魔法】で、俺の【爆雷】と共通点があったからだ。
俺の【爆雷】は雷に加えて爆発も同時に行うこと出来るため、単なる【雷魔法】よりも【爆雷】の方が威力が高い。
固有魔法も似ているなんて、俺とヨシノは運命の糸で結ばれているのだと思った。
いつしか、俺はどうしてもヨシノにとっての特別な存在になりたいと思うようになっていた。
俺は主席で魔法学院を卒業し、卒業と同時に第七位階魔法士となった。
第七位階魔法【精霊魔法】で召喚した精霊は、俺の固有魔法と同じ【爆雷】を使うことが出来るため、火力は2倍になる。
そして【精霊魔法】にはさらなる特典があるという。
それは結魂という魔法だ。
結魂は2名の第七位階魔法士によって行われ、互いの魂の一部を結合させる効果があるという。
なぜか現存する第七位階魔法士は誰も結魂を使おうとしないが、俺は第七位階に到達したらすぐに使おうと決めていた。
「ヨシノ、俺と結魂してくれ」
俺は生まれて初めて、他人に対して「してくれ」と言った。
通常は誰かに何かを言う時は命令すれば良いのだが、ヨシノだけは特別だから、俺は殊勝な態度で下手に出て、「してくれ」と言ったのだ。
これならば、ヨシノもイヤとは言わないだろう。
「お断りします」
「なっ!何でだよ!第七位階魔法士であるこの俺がそう言ってるんだぞ」
「真の【精霊魔法】を授かるためにはフジ山の山頂にある精霊殿にたどり着く必要がありますし、私はアーコレードと結魂する必要性を感じません」
ハンマーで後頭部をぶん殴られたような衝撃が俺を襲った。
ヨシノは俺と結魂する必要性を感じないと言う。
フジ山がどうとか言っていたような気もするが、あまり関係のない話のようだから無視して良いだろう。
ヨシノはいつしか腰を悪くして歩くことが出来なくなっていたため、わざわざ俺がヨシノを訪ねたにも関わらず、ヨシノは俺と結魂する必要性を感じないと言った。
なぜだ。
俺は怒りで頭が真っ白になったが、ヨシノであればそれを言う権利があると思い直した。
ヨシノは世界樹の化身で、王族以外で俺に媚びない唯一の存在だからだ。
そのヨシノに、俺の実力を認めさせることが必要だ。
そしてヨシノが俺の実力を認めたその時には、今度はヨシノの方から俺に結魂を申し込んで来るはずだ。
その日から俺は、ありとあらゆる武勲を立てて行った。
東に手強い魔物が現れたと聞けば騎士を引き連れて討伐し、西に盗賊団が現れたと聞けば騎士を引き連れて討伐した。
俺の武功は日に日に高まり、その度に勲章が増えていく。
勲章を眺めるのは悪くない。
これこそが俺の成した伝説の証なのだから。
隣国との戦争こそ残念ながら経験していないが、そのチャンスさえあればヨシノは俺に桜花勲章を差し出すだろうし、今度こそ結魂の申し込みがあるはずだ。
俺がヨシノとの結魂の道筋を整えている最中に、王都が魔物に襲撃されるという事件が起こった。
なんと敵は悪臭を放つ黒い霧と、金属の塊を発射する装置を使って、城壁を一部使用不可能にしたと言うのだ。
そのため父王陛下は市街地の一部を立ち入り禁止区域とし、騎士を動員して必死に魔物の侵入を食い止めていると言う。
王都チェリートピア最大の危機と言えるし、この局面で俺という優れた魔法士の重要性は際立っている。
しかし魔物との市街戦はかなり危険だ。
少なくとも、信頼できる盾役の騎士が揃っている状態でないと、魔法士である俺まで危険に晒されてしまう。
そのため苦渋の決断ではあったものの出撃を見送り、フジ山に遠征しているマグノリア将軍の帰還を待ってから、将軍と合流して魔物を撃破することに決めた。
マグノリア将軍は盾を使わせれば当代一の凄腕で、俺と同じ第七位階魔法士であるので信頼できる。
将来は第八位階に届くであろうこの俺が、おめおめと殺されてしまっては国家の損失だ。
俺は決して臆病風に吹かれたのではなく、合理的な判断から苦しい決断を下したわけだ。
ところが、あと数日もすれば俺の出番が回ってくると思って待機していたところ、魔物は呆気なく追い払われてしまった。
結局のところ、そんなに強い魔物はいなかったと言うことなのだろう。
ヨシノも出撃したらしいし、そのおかげもあったに違いない。
流石は世界樹の化身ヨシノだ。
俺の中でヨシノの評価はさらに高まった。
桜花勲章を受け取るチャンスを逃したのは惜しかったが、次の機会はいくらでもあるだろう。
そうたかをくくっていた時に、あのクソガキが現れた。
その日、魔物の王都襲撃で奮闘したと言う者に勲章と褒賞を与えると言うことで、謁見の間に招集がかかった。
実際は大した戦いではなかったのだろうが、下々の頑張りを労うためにも、勲章と褒賞の授与は大切なことだ。
俺は寛大な心で招集に応じ、謁見の間に向かっていた。
その時、珍しく歩いているヨシノの姿を王城で見つけた。
「おい、ヨシノ。お前、歩けるようになったんだな」
「アーコレード、そうなのです、歩けるようになりました。あぁ、でもどうしよう、あまりの大役に緊張してきました」
「緊張?ヨシノが?珍しいな」
「はい、勲章の授与だなんてしばらく以来なので、上手くできるかどうか心配なのです。粗相があってはいけないし」
「なに、お前は普段通りにすればいいさ。ヨシノの美しさを持ってすれば、些細な粗相など気にならないだろう」
その時俺は、ヨシノが勲章を与えられるために緊張しているのだろうと思った。
王都襲撃事件の最大の功労者は、世界樹の化身であるヨシノだったのだ。
そのため父王陛下は、ヨシノに勲章を与えることにしたのだろう。
王族まで招集しての勲章授与と褒賞の下賜も、それなら納得できる。
「そうでしょうか。ゼルコバ様に喜んでいただけると良いのだけど、こんな物に興味がないなんて言われたら、私もう生きていけないかも……」
「あっ、おいヨシノ!」
ヨシノはそのままぶつぶつ呟きながら歩いて行ってしまった。
それにしてもゼルコバって誰だ?
その答えはすぐにわかった。
リョーマイケル伯爵に連れられて謁見の間に入って来たクソガキ、それがゼルコバ・リョーマイケルだった。
クソガキは勇者を僭称し、なんとヨシノから直接、桜花勲章を授与されたのだ。
しかもヨシノは跪いて、甲斐甲斐しくクソガキに勲章をつけてやっている。
その栄誉は俺が受け取るはずだったもの。
人のモノを横取りするなんて、絶対に許せない。
「お待ちください陛下!まだこの者は陛下と王国に忠誠を誓っておりません!まずはその命を王国に捧げ、絶対服従を誓うのが道理ではないでしょうか?」
俺ははらわたが煮え繰り返っていたが、何とか理性を保ちつつ父王陛下に苦情を言った。
絶対服従を誓ったら、俺が死ぬまで擦り潰してやる。
「やめないか、アーコレード。お前こそ不敬だぞ」
第一王子のクラマが口を挟んできた。
大した魔法の才能も無いくせに、先に生まれたからという理由でクラマは偉そうに振る舞う。
そんなクラマが、俺は前から嫌いだった。
「うるさいぞ、クラマ!俺はあの小僧に身の程をわきまえるように忠告してやっただけだ!」
「おい、なんて事を言うんだ!誰かコイツを退場させてくれ!」
その後はクラマと掴み合いの口論になり、褒賞は延期されることになった。
自室に戻った俺のはらわたはまだ煮え繰り返っていたが、少し冷静になるべきだ。
まず、明日朝一でヨシノに会いに行こうと思う。
王都襲撃の際に俺が出撃しなかったのは、決して臆病風に吹かれたのではなく、合理的な理由があったからだと伝えよう。
そして、何かの手違いでゼルコバとかいうクソガキに授与された桜花勲章は、本当は俺の物なのだと言うことを認めさせよう。
翌朝、俺がヨシノに会いに王城の一室に向かうと、すでにヨシノはどこかに行っていた。
部屋の片付けをしていたメイドに事情を訊ねると、ヨシノは旅に出たのだという。
メイドに少し強めに問いただすと、旅に出る前にケッコン式を挙げるかもしれないから、教会に行けばヨシノと会えるかもしれないと白状した。
ヨシノが旅に出るだと?
そんなことは初耳であった。
しかし、ヨシノは歩けるようになったことで、前から行きたかったところでもあったのかもしれない。
メイドはヨシノがケッコン式を挙げるかもしれない、と言った。
となると相手は誰か。
俺に決まっている。
俺は教会に急足で向かい、入り口を封鎖する騎士の制止を振り切って中に入った。
世界樹の前にはヨシノが一人で立っており、まるで俺を待っているかのように見える。
「ヨシノ、待たせたな」
「アーコレード?別にあなたのことを待ってなどいませんが」
先ほどのヨシノの佇まいは、どう見ても恋人を待ち焦がれているかのようだった。
とすれば、旅に出る前に俺が駆けつけるのを待っていたということだ。
なんと健気で可愛らしいことだろう。
俺は結魂と結婚どちらでも構わなかったので、ヨシノにケッコンする意思があることを伝えたいと思った。
「なぁ、ヨシノ、旅に出るって聞いたぜ。その前にその、けっ、ケッコンしてやってもいいぜ!?」
「ですからアーコレード、何度も言うようにそれは出来ません」
またしても、俺の後頭部をハンマーでぶん殴られたような衝撃が走る。
なぜこの女は俺の思う通りにならないんだ。
「なっ、何でだよ!ヨシノとケッコンするために頑張って第七位階に到達したんだ!【精霊魔法】だって使える!その俺がこう言っているんだから、従うべきだろう!」
「確かに、第七位階に到達するためには多くの時間を費やす必要がありますので、その頑張りは認めましょう。しかし結魂は出来ません」
ヨシノは俺とは結魂出来ないとあらためて言ってくる。
だとすると、第七位階に到達したものがこの場に他にいるはずだが、近くにいるのはスリーズくらいしか見当たらない。
「じゃあなんでケッコン式の準備をしているんだ。俺以外でここに第七位階に到達した人間がいるって言うのか?……まさか、スリーズ?てめぇ、さてはこっそり第七位階に到達してやがったのか?」
「いや、私ではないぞ」
「じゃあ誰だって言うんだよ」
「それはこちらのゼルコバ様です。私の命はゼルコバ様に捧げることにしましたので、私からお願いして結魂式を挙げることになったのです」
「なっ!!てめぇ!俺のヨシノに手を出しやがったのか?」
突如として現れたのは、昨日謁見の間で無礼な態度をとっていたクソガキであった。
またしてもこのクソガキが、俺とヨシノの邪魔をする。
「私は誰のものでもありませんよ、アーコレード。さて、そろそろ結魂式の準備が整ったようなので、誰か彼を外に連れ出してください。大切な結魂式を台無しにされては困ります」
ヨシノはクソガキに操られているに違いない。
クソガキは洗脳の固有魔法の使い手なんだろう。
そんな悪い奴と関わり合いになってはいけない。
お前は騙されているだけなんだ、ヨシノ、目を覚ませ。
思考を巡らせてヨシノを取り戻す方法を考えていた俺に、若い司祭が教会から出ていくように言ってきた。
「アーコレード様、大変恐縮なのですが、ヨシノ様もああおっしゃっておられますし、ここはご移動いただければ幸いなのですが」
「なっ、ここから出て行けだと!?俺を誰だと思っていやがる!」
「すみません、アーコレード様。しかし結魂式は我々司祭にとって他の何よりも優先すべきこと。ご容赦ください」
「不敬だぞ、貴様!捨て置けない無礼だ!」
俺は思考を中断されたことに怒り、司祭が貴族ですら無いくせに第二王子である俺に指示を出したことにさらに怒った。
「うわぁぁぁ!おやめくださいっ!」
そのまま俺は剣を抜き、司祭を斬り捨てるつもりであったが、何かが飛んできて俺の剣を止め、あろうことが折ってしまった。
特注のミスリル製の剣が折れるなど、聞いたことがない。
俺の剣を折った存在は小さな人型をしており、精霊のように見えた。
まさか、あのクソガキが【精霊魔法】を使ったのだろうか。
天才の俺ですら第七位階に到達するために10年かかったというのに、あのクソガキはどう考えても10歳かそこらだ。
赤子の頃から魔法を使い続けていなければ、その年で第七位階に到達することは不可能なはずだ。
「なっ!剣が折れただと!?しかもクソガキ、その【精霊魔法】は何だ?俺のとは全く別物のようだ」
「これが真の【精霊魔法】ですよ。これであなたがその域に達していないことが、よく理解できたでしょう」
「ぐぅ……」
俺は天才魔法士で、勇者の再来で、ヨシノの結魂相手であったはずなのに、その全てはクソガキに奪われてしまった。
俺は精一杯努力して真面目に生きているのに、世界は俺を認めようとしない。
なぜこうも俺は報われないんだ。
みんなその偽物に騙されているだけなんだ。
そう、全てはクソガキ、ゼルコバ・リョーマイケルの邪悪な陰謀によるものだ。
「おい、クソガキ!覚えてやがれ!俺はお前を絶対に許さねぇからな!」
俺がヨシノを守ってやらないといけないんだ。




