047
スリーズは美しく手入れされた庭園の隅で項垂れていた。
庭園の中央には噴水があり、チェリーブロッサム公爵邸の灯りを反射してキラキラと光っている。
夜空には少し欠け始めた満月が輝いている。
スリーズはそれらの光から逃げるようにして、陰の中で体を縮こませていたのであった。
「スリーズ、大丈夫?」
「ゼルコバ殿、私はダメな女です。誰よりも強くなったと勘違いしてレッドドラゴンに殺されかけ、ヤエお祖母様を目標にしていると言いながら本質的な部分からは逃げていました。お手玉取りゲームは昔から知っていたのに、深く考えようとしてこなかった。私は勇者様の荷物持ちにすらなる資格はありません」
僕はスリーズの言葉を受け、どのように慰めたものか悩んだ。
ふんわり慰めるだけでは、スリーズは納得してくれないだろう。
芯の強さは祖母譲りだ。
「スリーズはヤエ公爵にそっくりだね」
「えっ、そっ、そうでしょうか?」
スリーズは露骨に嬉しそうな顔をした。
嘘をつけないタイプの人間だ。
「うん。まっすぐで、思いやりがあって、誰よりも正義感に溢れてると思う。でもヤエ公爵と少し違うなと思うのは、ユーモアのセンスかな」
「ははは、それだけは真似しようと思ってもそうなれません。私は真面目すぎるつまらない女です」
何かないか。
工夫するんだ、僕。
「スリーズ、これを見て」
「これは?」
「これはね、僕の頭の中身だよ」
僕は【鑑定】によって把握した神経回路の模倣を、手のひらの上に魔法で作り出してスリーズに見せてあげた。
「へへ、自分の頭の中を見られるなんて、少し恥ずかしいね。でも、これと同じものがスリーズの頭の中にも存在するんだよ」
「これがお祖母様の言う脳魔法の秘訣なのですね。勉強になります」
「ははは、そこがスリーズの真面目すぎるところだね。役に立つか立たないかよりも、単純に綺麗とか、面白そうとか、そういう感想でもいいんじゃないかな」
「き、綺麗です、とても、この星空のように美しい」
「なら、スリーズの頭の中にある星空も見てみたいと思わないかな?」
「えっ!?見られるんですか」
「よし、やってみよう」
僕は身につけている魔力を蓄積したものを全て外し、素寒貧の弱弱状態になってから、スリーズと両手のひらを合わせた。
「他人に頭の中を探られるのはイヤかも知らないけど……」
「ゼルコバ殿だったら全然イヤじゃありません。ぜひとも試してください!」
「それじゃあ、【鑑定】」
他人の頭の中身を視るなんて生まれて初めてだ。
もしかすると究極の個人情報と言えるかもしれない。
僕はスリーズの頭の中にある神経回路をよく観察して、それと同じものを目の前に模倣して作り出した。
第四位階魔法【鑑定】と第二位階魔法【形状変化】を使用して模倣を作り、第三位階魔法【念動】でこれを空中に浮遊させ、第一位階魔法【性質変化】で少し光らせる。
複数の魔法を同時に使用した、けっこう高度な魔法だと思う。
「うわぁ、綺麗です。これが私の頭の中にあるという神経回路なのですね」
「うん、よく見ると僕の神経回路と少し違うところもあるようだね。これをスリーズは自力で【鑑定】で認識する必要があるんだ」
「目の前に実物があるとかなりイメージしやすいです。今までは何を探せば良いのか自分でもよくわかっていなかったので、これを見ながら【鑑定】してみてもいいでしょうか?」
「もちろんだよ試してみて」
「それでは【鑑定】」
スリーズは僕が作った神経回路の模倣を見ながら【鑑定】を始めた。
時折り目を瞑ってじっくりと自らの内部を探っているようだ。
本当はこの模倣をスリーズの頭の中に僕が作ってしまうのが1番手っ取り早いのだが、位置が少しでもズレるとどのような影響があるかわからない。
もしかすると脳に悪影響を与える恐れもあるから、他人の脳に干渉するのはやめた方がいいだろう。
「おっ!」
「おっ?」
「おおっ!」
「おおっ?」
「視えたかも知れません」
「すごいじゃん!」
どうやらスリーズはコツを掴みかけているようだ。
全く手探りだった先ほどまでと違い、実物の模倣を見ながらなので、イメージがしやすいのかもしれない。
「でももう少しはっきり視えるようにしたいです。なんだかボヤけているような気がします」
「でも手応えがあるなら、かなり前進したんじゃない?後は魔力をわざと減らしてから【鑑定】すると、さらに精度が上がるからよく視えるようになるらしいよ」
「そうだったのですね!ううー、早く試してみたいです」
「元気が出たみたいでよかった。さあ、公爵邸に戻ろう。スリーズはこの魔法をしっかり習得するんだ。そうしたら僕らと一緒に旅に出よう」
「旅、ですか?私も一緒に行ってもいいんですか?」
「もちろんさ、まずはフジ山の精霊殿で、大精霊のカグヤ様に修行をつけてもらわないといけない。その次はコウヤ山の大精霊様にも会いに行かないとね。ヤエ公爵がかつてお世話になったらしいし、大精霊様が超強い必殺技を教えてくれるらしいんだ」
「超強い必殺技ですと!?それはぜひ私にも教えてもらいたいです」
「だからスリーズ、一緒に行こう。キミは荷物持ちじゃなくて、仲間だよ」
「……仲間?良いのですか、こんなダメな女なのに」
「スリーズはダメな女なんかじゃない。絶対に出来る!」
「絶対に出来る?」
「そう、絶対に出来る!」
「絶対に出来る!うぉぉ、勇気が湧いてきました!これが勇者様の導きなのか」
「導きって、そんな大層なものじゃないけど」
「さぁ、戻りましょう。勝手に飛び出してみんなに迷惑をかけてしまいました。お祖母様にも謝らないと」
「うん、そうしよう」
素直なのがスリーズの良いところだ。
スリーズが元気を取り戻したところで、僕たちは立ち上がって公爵邸に向かって歩き始めた。
スリーズは大事そうに、僕が作ってあげた神経回路の模倣を抱えている。
後で部屋に持って帰って、これを見ながら【鑑定】を続けるのだという。
嬉しそうなのでまぁいいか。
「ん?あれはなんだろう?」
「明らかに何かの異常ですね」
僕らが公爵邸に戻ると、屋敷全体が檻のような物に囲われていた。
その檻は屋敷がすっぽりと収まるほどの巨大な鳥籠のようにも見え、一箇所だけ扉を開け、僕らを誘い込もうとしているように見えた。
『もしもし、ヨシノ?何か公爵邸が檻のようなモノに囲われてるんだけど、そちらは大丈夫?』
『ゼルコバ様、モニリニアという蝙蝠羽の生えた男が生きていたようで、襲撃を受けています』
『襲撃?怪我人はいるの?』
『いえ、今のところはおりませんが、私は景品になってしまったので身動きが取れません』
『け、景品?どういうこと!?』
ヨシノは景品になったため身動きが取れないという。
何らかの特殊な魔法による攻撃に違いないが、状況がよくわからない。
『さらに、アーコレードが魔族に変身して敵に与しています。アーコレードはゼルコバ様との決闘を望んでいるそうです』
何やってんだアイツ。
魔族に変身して僕と決闘だと?
中には国王陛下もいらっしゃるし、完全に国家反逆罪だぞ。
あ、わかった。
アーコレードがやろうとしている決闘の景品が、ヨシノだと言うことだな。
そして景品にされたヨシノは、何らかの制限を受けて身動きが取れなくなっているのだ。
全く、人を物のように扱うなんて、アーコレードの思いつきそうなことだ。
『わかった。すぐ行くけど、応援を呼んでから向かうよ』
『お待ちしております』
僕はヨシノとの念話を解除して、今度はフジ山の精霊殿にいるツキと念話することにした。
応援を呼んでおくことにしよう。
『もしもし、ツキ?ちょっと魔族から襲撃されていて、王族と世界樹の化身のヨシノが人質に取られてるんだけど、サイプレスさんと一緒にこっちに来られないかな?』
『おぉん?ゼルコバよ、魔族の襲撃じゃと?それはまた物騒な話じゃな。ちょうど晩御飯を食べていたところなので、皆揃っておる。よし、すぐ向かおう。ん、キエノも行くって言っておるが、どうするのじゃ?』
『え?キエノも来たいって?危ないんじゃないかな?』
『キエノはかなり強いぞ。戦力になると思うのじゃ』
『そっか、ならサイプレスさんとキエノと一緒に応援に来てくれると助かるかな』
『わかった、しばし待つのじゃ。よし、いつでも召喚して良いぞ』
『了解。それでは第七位階魔法【精霊魔法】ツキ召喚!』
僕は第七位階魔法【精霊魔法】を使って、ツキを召喚した。
ついでにツキが触れている物や人も一緒にこちらに呼ぶことが出来るため、サイプレスとキエノが一緒に現れた。
サイプレスは爪楊枝を咥えている。
「ツキ!サイプレスさん!キエノ!なんか久しぶりだね!」
「おう、坊主、少し見ないうちにさらに強くなったようだな。俺も第七位階に無事、到達したぜ」
「それは素晴らしい、おめでとうございます。あとキエノも、その格好はどうしたの?」
キエノは緋袴に白い上衣を纏い、天女様が身につけるようなヒラヒラした布を羽織っていた。羽衣というらしい。
さらに手には錫杖を持ち、錫杖に嵌め込まれた3つの宝石は、緑、黄、青に明滅している。
「お久しゅうございます、ゼルお兄様。キエノはこの日を心待ちにしておりました」
「キエノはカグヤ様の厳しい修行を乗り越えたのじゃよ。すでに100日修行を終え、第七位階に到達して、カグヤ様より【精霊魔法・初伝】を授かっておる」
「ええ!?もう第七位階に?すごいじゃないか、キエノ!ってことはキエノも自力でフジ山を登山したってこと?」
「はい。私の固有魔法により空を飛ぶことができましたので、1日で行って帰って来ることが出来ました。ドラちゃんにも会えましたし、良かったです」
空を飛ぶのは良いとして、空中でレッドドラゴンに遭遇したら普通は絶望するんだけど、キエノとしては全く問題なかったようだ。
「えっと、とても心強いよ。頼りにしてるよ、キエノ」
「はい!」
「それで坊主、この明らかに罠とわかる屋敷に、これから入って行こうって話だな?」
「そうなんです。サイプレスさんはすみませんが、僕とスリーズと一緒に、【隠密】で隠れつつ公爵邸の中に入ってもらえませんか。人質が複数人いて、特に陛下やそのご家族は必ず救出しなければなりません。サイプレスさんは密かに人質の安全確保をお願いします。敵の魔族は僕とスリーズで引きつけ、可能であれば撃破します」
「申し遅れましたが、王国近衛騎士のスリーズ・チェリーブロッサムです。私からも、どうぞよろしくお願いします」
「わかった。俺の【隠密】も精霊のチカラを借りることでさらに強化されたし、俺は坊主の影に潜ってついていくことにするぜ」
影に潜る、だと?
そんなカッコいい魔法があっていいのか!?
「それで、ツキとキエノは外で待機していて欲しいんだ。もし僕らが中に閉じ込められてしまった場合には、ツキに念話で連絡して、外から攻撃してもらうこともあるかもしれない」
「わかったのじゃ」
「お兄様、帰ったら私と結魂式を挙げましょうね」
「わ、わかった」
キエノは僕と結魂式を挙げることにこだわりがあるらしい。
少し背筋がぞくっとしたが、結魂はあくまでも【精霊魔法】の一種だ。
「それじゃあ、人質救出作戦、よろしくお願いします!」
「「「了解」」」




