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その後、僕は10回連続でお手玉を取られ続けた。
ヤエは余裕の笑みを浮かべ、僕は手も足も出ない。
しかしさすがに10回も挑戦し続けていると、ある程度わかってくることもある。
まず、ヤエは何らかの魔法を使っていること。
速度を上昇させる魔法として考えられるのは第五位階魔法【強化】があり、試しに僕も【強化】を腕に使ってみたがヤエのスピードには追いつかない。
次に、ヤエの腕の動きは10回中10回とも全く同じ軌道を通っていたこと。
いくら達人であっても、寸分違わず全く同じ動きを繰り返すというのはやや不自然だ。
言うなれば、同じ動画を繰り返し視聴させられているような感覚を受ける。
魔法によって同じ動作を再現する方法があるのだろうか。
しかしそれがわかったところで、僕の速度がヤエに届くことはなかった。
お互いの手が届く距離というのは、剣で言えば必殺の間合いに違いない。
つまり僕は、かれこれ10回ほどヤエに斬り殺されているわけだ。
「ヤエ公爵、降参します。貴女様の用いている魔法を教えていただけないでしょうか?」
「あら、もう降参なのかしら。それでは昔話をしながらヒントをあげましょう」
そういうと、ヤエは微笑みながら僕に強さの秘訣を教えてくれたのであった。
ーーー
あれはまだ私が30歳になる少し前のこと、生まれながらの魔力容量が【極めて少ない】私は、しかしそれでも魔法の道を諦めずに、第六位階まで到達していた。
魔力容量について具体的に言うと、魔力を1消費する火球を50発も撃てば、私の魔力は底をつきる。
ただ、魔力回復速度は【極めて早い】おかげで、魔力容量が少なくても第六位階まで到達することができたのだ。
私の固有魔法【癒しの風】は、多少の外傷を治癒することと、身体に風を纏うことで素早く動くことができるようになる能力であった。
これが例えば炎や雷のような強力な攻撃力を持もつものであればもう少しマシだったのだろうが、私はせめてお荷物にならないようにとがむしゃらに任務に励んでいた。
その日、我々チェリーリア王国近衛騎士団は、私を含めて5名という少人数でコウヤ山を訪れていた。
コウヤ山は聖地としての信仰を集めており、毎年多くの巡礼者がこの場所を訪れるが、巡礼者を狙った悪質な盗賊団が出没するという情報が入ったためだ。
私はこの前年に娘を出産しており、その任務は産後初めてのものだった。
体力は何とか出産前と同じ程度に回復し、幼い娘と夫を王都チェリートピアに残しての任務であった。
コウヤ山を訪れる巡礼者は山に向かう山道を通り、
山の中腹にある精霊殿にお供え物をして下山する。
この精霊殿にはコウヤ山の大精霊様が祀られているという。
後に知ったことだが、その精霊殿は本当は分霊殿と呼ばれる場所であった。
私は一人で参拝に来た女巡礼者を装い、木々が生い茂る参道を歩いていた。
周囲に聳え立つ樹木は樹齢数百年の魔木ばかりだが、参道を歩いている分には魔木を怒らせて攻撃されるようなことはない。
比較的安全に大精霊にお参りできるのも、コウヤ山に多くの参拝者が訪れる理由であろう。
私も魔力消費量を満たして第七位階に到達していれば、【精霊魔法】を授けてもらえるかもしれないと期待していただろうが、残念ながら今の所その見込みは無い。
私が分霊殿にほど近い森の奥深くに足を踏み入れたところ、例の盗賊団が現れた。
魔木の大木の影からぞろぞろと現れた悪漢どもは10人程度で、皆布製の靴を履いている。
魔木の森を駆け回っている盗賊団は、樹木の根を痛めると攻撃されることをご存じのようだ。
「げへへ、ようねーちゃん。有り金全部置いていきな。ま、生きて返すことはないけどなぁ」
「貴様らが近年この界隈に蔓延る盗賊団だな。私はチェリーリア王国近衛騎士団、ヤエ・チェリーブロッサムである。大人しく投降せよ、抵抗すれば斬るぞ」
私は変装を解いて名乗りを上げた。
危険な囮役を他の女騎士に命じるわけにはいかなかったのも、この任務を引き受けた理由の一つだ。
「近衛騎士団だと?一人で何ができる、お前ら、やっちまえ!」
「「「「「へい、お頭」」」」」
お頭と呼ばれた盗賊が声をかけると、悪漢達が私を取り囲んでナイフで切り掛かってきた。
しかし私は盗賊達の攻撃を軽々と躱して、腕や手足を切り付ける。
「ぎゃあ!」
「こいつ、生意気な!」
そして私は懐に忍ばせた極小サイズの複写式魔法契約書に、口紅を拭った指を押しつけた。
こうすることで離れた仲間に接敵したことを伝えることができ、あと数分もすればここに仲間の騎士達が到着することだろう。
素人に毛が生えたような程度の立ち回りしか出来ない盗賊共が相手であれば、このまま1時間でも舞い続けられる。
本作戦に誤算があったとすれば、ここが精霊の領域であること勘案しなかった点であろう。
全て作戦通り順調に進行している。
私が冷静に盗賊達と戦闘をしていたところ、突然ソレは姿を現した。
「ガォゴァァァァ!!!」
「ひっ」
「なんだぁ!?」
「ギャ、ギャァァァァ!腕が喰い千切られたぁ!」
辺りにはいつのまにか濃い霧が立ち込めており、4足歩行の猛獣が近くにいるような気配がした。
その時、私はソレが濃霧に紛れて忍び寄り、盗賊のうち一人の首筋を噛みちぎる姿を確認した。
「(夢幻虎、ファンタズマ・ミストタイガー!!なぜこんなに浅いところに現れたのだ!)」
ソレは伝説とされている、ファンタズマ・ミストタイガーと呼ばれる虎型の魔物であった。
ファンタズマ・ミストタイガーは本来、分霊殿のさらに奥、コウヤ山の深部を縄張りとしているとされており、この場所に居ていい存在ではなかった。
もしかすると、これまで盗賊達がなぶり殺してきた犠牲者の血の匂いに釣られて深部から移動し、私が斬りつけた盗賊達の流した血によって興奮して襲いかかってきたのかもしれない。
「くそっ!何が起こっている!?」
「ギャァァ!」
次々と食い殺されていく盗賊達。
やがて、わずかものの数秒で盗賊達は全滅していた。
そしてファンタズマ・ミストタイガーは次なる標的を私に定めたらしく、凄まじい悪寒が私の背筋に走った。
「(来る!)」
咄嗟に体勢を低くして、参道から転がり落ちたのが幸いだった。
必殺の一撃を何とか躱したのは良かったが、参道から滑落した際に私は左足首を強くひねってしまった。
激しい痛みが私を襲う。
もしかしたら骨が折れてしまったかもしれないが、とにかくこの場から離れるしかない。
私は血のついた剣をその場に捨て、濃霧の漂う魔木の森を彷徨い始めた。
しばらく進むと霧が晴れてきたので、ファンタズマ・ミストタイガーは遠ざかったのだろう。
しかし方角がわからない。
木々は鬱蒼と生い茂り、太陽の位置を確認することは出来ない。
山で遭難した際に、安易に降ろうとするのは下作である。
なぜなら沢筋には崖や急斜面が多数あり、そのまま進むと行き止まりにぶつかってしまうことがあるからだ。
やむなく私はコウヤ山の深部に向かうことは知りつつも、痛めた足を引きずって登山することにした。
登って行けばいつかは参道に復帰できるだろう。
私は固有魔法【癒しの風】で左足の治療をしつつ、絶望的な遭難からの生還を目指して進み始めた。
それからどれほどの距離を移動したのか、三日三晩飲まず食わずで歩き続けた私は、ついに力尽きて座り込んでしまった。
ちょうど都合よく開けた場所があり、門のような柱がなぜか立っていたので、それに背をもたれかけてひっそりと目を閉じた。
もうここで死んでしまおうか。
そんな思いが頭をよぎる。
しかし生まれたばかりの娘を置いて、ここで死ぬわけにはいかない。
「(私はこんなところで死ぬわけにはいかんのだ!)」
私は再び気力を取り戻し立ちあがろうとしたが、足がふらついて転倒してしまった。
その時、上半身が門のような柱を超えて、内側へと転がり込んだ。
「(なっ!ここは?)」
そこは色とりどりの花々が咲き誇る、楽園のような場所であった。
先ほどまで遭難していたコウヤ山の鬱蒼とした森とは、全く異なる場所である。
「おや、ようこそ。ここはコウヤ山の精霊殿だよ」
「あ、貴方は?」
「私はコウヤ山の大精霊、クウカイ。足を負傷しているようだね。まずは治療が先決だ」
その男は大きな狐耳と狐の尾を持つ獣人のように見えたが、コウヤ山の大精霊クウカイであると言う。
その話が真実だとすると、私はコウヤ山を三日三晩彷徨い歩いているうちに、コウヤ山の深部にある精霊殿にたどり着いてしまったのだ。
私はクウカイに案内されて花畑を通り過ぎ、明滅する石の燭台が多数ある場所をぬけて、木造の御殿に案内された。
「誰か、水と薬と食べ物を」
クウカイがそう言うと、お面を被った下女達がどこからともなく現れて、水やら食糧を差し出してくれた。
下女達は緋色のスカートに白い衣を見につけ、お面を被っている。
お面には様々な種類があるが、似ているお面もある。
下女が持ってきてくれた水を舐め、少量のお粥を口に運ぶ。
空っぽの胃袋に薄味のお粥が沁み渡る。
「足の骨が少しズレているようだ。戻さないと変にくっついてしまう。修正しようと思うけど、痛みを我慢できるかな?」
「お願いします」
「キミは名前は?」
「申し遅れました、ヤエ・チェリーブロッサムと申します」
「それじゃあいくよ、ヤエ」
「ぐっ……」
クウカイ様は私の足が治るまでここにいて良いとおっしゃった。
申し訳ないと思った私だったが、お言葉に甘えてここにいさせてもらうことにした。
「本当は、この精霊殿まで自力でたどり着いた褒美に【精霊魔法・初伝】を授けてあげたいところなんだけど、ヤエは魔力消費量が第七位階に到達していないみたいだから、残念だけどそれは出来ないね」
「申し訳ありません。私の実力が及ばず……」
「しかしこのまま外に出るとたちまちビャッコのエサになってしまうだろう」
「ビャッコ?」
「ああ、ファンタズマ・ミストタイガーのことさ。可愛い名前だろう」
ファンタズマ・ミストタイガーのビャッコはコウヤ山の深部を縄張りにしているため、足が完治したとしても下山中に襲われれば私は確実に死ぬだろう。
「ということで、私がキミに稽古をつけてあげようと思う。挑戦してみるかい?」
「っ!?是非ともよろしくお願いします!」
大精霊に直接指導してもらえる機会など、望んで得られる幸運ではない。
こうして私は足が治るまでの期間、大精霊クウカイに魔法の指導を受けることになった。
「よし、ヤエ、それではゲームをしよう。このお手玉を先に取った方が勝ちだよ」
「お、お手玉……?」
私はクウカイとお手玉を取り合うゲームをし、何度やってもお手玉に触れることすらできずに敗北した。
その日はそれで終わり、精霊御膳というフルコースの贅沢な食事をしこたま食べて、風呂に入って布団で寝た。
楽園がもしこの世にあるとすれば、このような場所のことだろう。
心の底からそう思った。




