041
「ゴホン、それでは世界樹が見護る当教会において、世界樹の化身ヨシノ様、リョーマイケル伯爵家ご子息ゼルコバ・リョーマイケル様の結魂式を執り行いたいと思います」
年配の司祭が聖書を手に持ち、世界樹を背にして結魂式の開始を宣言した。
あの聖書に魔法的な効果はあるのか、教会を訪れるたびに僕は疑問に思っている。
参列者はたまたまここに居合わせた運のいい信者達と、司祭数名、修道女達だ。
ヨシノは奥の控え室に連れて行かれてしまったため、司祭の前には僕だけが立っている。
「本日は多くの皆様にご臨席賜り、誠にありがとうございます。フォレスティナ様も天界より祝福してくださることでしょう。それでは新婦ヨシノ様、入場してください」
新婦なんだ。
司祭が合図すると、控え室のドアが開き、純白にサクラの刺繍が施されたドレスに身を包んだヨシノが現れた。
その美しさと貞淑さに、出席者は息をのんでため息が漏れる。
ヨシノは介添人の修道女2名にドレスのロングトレーンを持ってもらいつつ、しずしずとこちらに歩いてくる。
その顔はヴェールによって覆われているが、嬉しそうに見える。
やがてヨシノが僕の隣に到着すると、司祭は誓いの言葉を僕たちに問いかけた。
「新郎ゼルコバ・リョーマイケルあなたはここにいるヨシノを冷たい雨の日も喜びに充ちた晴天の日も共に過ごし、労りと思いやりをもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦ヨシノ、あなたもまたここにいるゼルコバ・リョーマイケルを冷たい雨の日も喜びに充ちた晴天の日も共に過ごし、労りと思いやりをもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「それでは主神フォレスティナ様の御許にお二人の結魂を認め、これを祝福します。それでは誓いのキ……」
誓いのキ……?
「ゴホン、失礼。お互いの手のひらを合わせ、結魂と唱えてください」
僕はヨシノのベールを上げると、両手の手のひらを掲げてヨシノと手のひらを合わせた
「「結魂」」
その瞬間、僕とヨシノの魂が一部結合し、胸の奥に温かい魔力が流れ込んでくるのがわかった。
『キス、してくれてもよかったんですよ』
『うわわ、なんてこと言うんだ』
『大丈夫です。念話なので、誰にも聞こえませんよ』
『からかわないでよね、もう』
後に参列者が語るところによると、結魂した新郎新婦はしばらくお互いに見つめ合っており、相思相愛であることが誰の目に見ても明らかであったという。
僕らがしばらく見つめあっていると、吹き抜けになっている世界樹の樹冠部から小鳥が飛んできて、目の前に枝を1つ落としていった。
それは世界樹の枝で、なぜかその枝だけ満開の花をつけている。
僕はその狂い咲きしたサクラの枝を拾うと、花の形状を確認した。
サクラの花は一重の淡紅白色で、赤褐色の葉が開花と同時に見られることから、ヤマザクラであると推測された。
「これが勇者リョーマが故郷を思い出したという桜の花なんだね。とても気品があって美しい花だ」
「まぁ、照れてしまいますわ」
後にこの時落ちてきた世界樹の枝は、防腐処理をして額縁に入れられて展示されることになった。
こうして、僕とヨシノの結魂式は、王都チェリートピアの教会にて、神聖な雰囲気に包まれて執り行われたのであった。
ーーー
結婚式がつつがなく終わり、僕らは大急ぎで教会を後にしてチェリーブロッサム公爵邸に出発した。
司祭達と信者達がわらわらと群がってきて、若干恐ろしかったというのもある。
おかげでお昼ご飯を食べていないので、お腹が空いてきた。
「さくら餅です。お一ついかがですか?」
「ありがとう、いただきます!」
スリーズがさくら餅を差し出してきたので、ありがたくいただくことにする。
「このさくら餅ってもしかして……」
「あぁ、それは世界樹とは別のサクラの木から採取した葉を塩漬けにした物を使用しています。ご安心ください」
さくら餅に使うサクラの葉の塩漬けは、日本ではオオシマザクラという種類のサクラの木から採取した葉を使用していた。
異世界ではどんな種類のサクラの葉を使用しているか不明だが、ほのかにサクラの良い香りがし、甘くて美味しい。
チェリーブロッサム公爵邸への移動は馬車に乗っていれば良いだけなので、移動はとても楽ちんだ。
王都の路面は石畳によって舗装されており、ヨシノとスリーズが乗ってきた馬車の性能も優れているので、揺れはほとんど気にならない。
座席のクッションもふかふかで、何時間でも乗っていられる。
「そういえばヤエ公爵ってスリーズのお祖母様なんだよね。どんな人なの?」
「ヤエお祖母様は、一言でいえば私の人生の目標であり、憧れであり、私が目指す騎士の原型です。今は引退していますが、かつては東奔西走して魔物や悪党どもを次から次へと成敗していました。実はこのミスリル剣はお祖母様からいただいたもので、膨大な魔力を練り上げて剣に纏わせて敵を一刀両断する技は、お祖母様の必殺技でした」
そういうと、スリーズはいつも身につけている細身の剣を手に取って、愛おしそうに撫でた。
その剣てミスリル製だったんだ。
「まさに女傑って感じだね」
「はい。ですが気さくな方で、いつも冗談を言って場を和ませてくれます。剣の指導となると鬼のように厳しいらしいですけど」
「ははは、スリーズはヤエ公爵のことが大好きなんだね」
「はい!」
僕はさくら餅を食べ終えてしばらくうとうとしていたところ、いつのまにかチェリーブロッサム公爵邸に到着していた。
「ゼルコバ殿、到着しました。ようこそチェリーブロッサム公爵邸へ」
「うとうとしていたらあっという間に着いちゃったね。公爵邸の後ろに見えるのは王城かな?」
「はい、チェリーブロッサム公爵邸は王城に隣接していますからね」
チェリーブロッサム公爵邸の背後に見えるのは、国王陛下がいらっしゃる王城の壁面であった。
王城の一部と言っても差し支えないほど、チェリーブロッサム公爵邸は王城の近くに築かれたお屋敷である。
「おかえりなさいませ、スリーズお嬢様」
馬車から降りると、出迎えてくれたのは執事であった。
メイドが数名付いてきて、荷物を運んでくれる。
僕は手土産として父が持たせてくれたワインをメイドに手渡した。
ワインはモンテ・アジュガで作られたもので、貴族の贈答品として使われるくらいだから、美味しいワインなのだろう。
「ヤエ様があちらでお待ちです」
「わかった。ゼルコバ殿、お祖母様をぜひ紹介させてください」
「ありがとう、スリーズ。僕もぜひヤエ公爵にご挨拶させていただきたいと思う」
僕らが屋敷の中を案内されて向かったのは、陽当たりの良い応接間であった。
リョーマイケル伯爵邸と同じく贅を尽くした作りとなっており、わずかに赤みがかった材質のテーブルは、サクラ材の大木を切り出して作られたもののようだ。
そういえば以前ツキに、人間がケヤキの木を伐採して木材として使用することに抵抗はないのかと聞いたことがある。
ツキとしては、伐採されて木材として利用されるのもまた、樹木としての生き様であるとして、全く問題ないと言っていた。
ヨシノはどう考えているかわからないが、サクラ材のテーブルを見ても無反応なので、何とも思っていないかもしれない。
ただしツキ曰く、自分が伐採されそうになったら全力で抵抗するという。
このサクラの銘木も、きっと伐採される際には杣人と死闘を繰り広げたことだろう。
「ようこそいらっしゃいました、勇者ゼルコバ様。私がチェリーブロッサム公爵家の当主、ヤエ・チェリーブロッサムでございます。どうぞこちらへおかけください」
「はい、本日はお招きありがとうございます。リョーマイケル伯爵家三男のゼルコバ・リョーマイケルと申します。勇者として恥ずかしくないように、鍛錬を積んでいきたいと考えております。失礼いたします」
僕はヤエの正面に座った。
ヤエはまっすぐに前を見つめているが、その視線は僕とぶつかることはない。
彼女は重度の白内障で、瞳の中の水晶体は完全に白濁していたのである。
彼女の視力はほとんど失われていると言っていい。
「スリーズ、ヨシノ様と一緒にドレスに着替えてきなさい。晩餐会にふさわしい、可愛らしいものがいいだろうね」
「もう、お祖母様ったら。私はいつまでも子供ではないのですよ」
「私の中のスリーズは永遠に幼い頃のままだからね」
スリーズはヨシノと共に別室に行ってしまった。
応接間には僕とヤエだけが取り残されている。
何を話せばいいかわからないが、視力についての会話は厳禁だ。
僕はどうして良いかわからず、運ばれてきた紅茶を飲む。
たぶんいいやつだろう。
「この紅茶は香り高くて素晴らしい味わいですね。とても美味しいです」
「私がこの目で見て選んだ銘柄ですからね。間違いないでしょう」
「ぶっ!失礼……」
ヤエの突然の自虐ネタに、僕は思わずむせてしまった。
場を持たせるために、とりあえず出されたものを褒めようとしただけなのに、恐るべき斬り返しだ。
「娘二人はお色直しに行ってしまったし、もしよければゲームに付き合っていただけないかしら?」
「ゲーム?もちろん喜んで」
「あらそう、無理やりやらせたみたいで悪いわねぇ」
ぜんぜん悪いと思っていない顔でニヤニヤしながらヤエが取り出したのは、一つのお手玉であった。
お手玉とは、小豆や米粒を布製の袋の中に入れたもので、複数のお手玉を投げたりキャッチして遊ぶものだ。
「これをテーブルの上に置いて、手を伸ばして先に取った方が勝ち。簡単でしょ?」
「は、はぁ」
「それじゃあ、私がこのお皿の上にお手玉を置くから、お互いの両手が膝に乗ったらゲーム開始ね。お手玉を取る時にお皿を弾き飛ばしたら反則だからね」
「わかりました」
飲んでいた紅茶は下げられ、サクラ材のテーブルの上には、木製のお皿の上にお手玉一つが置かれた状態だ。
僕とヤエは向かい合って座っており、お互いに手を伸ばせばお手玉が取れるギリギリの距離にある。
僕は椅子に浅く腰掛けて、少しでもお手玉に体を近づけた。
「それでは、スタート」
お手玉をテーブルに置いたヤエの両手が膝の上に乗ったのでゲーム開始となったが、僕は動かなかった。
ヤエの出方を見るためだ。
一方でヤエも動かない。
どうやら僕の様子を見ているようである。
「えっと、それではお手玉を取ってしまいますよ?」
「いつでもどうぞ。たぶん無理だろうけどね」
ヤエは挑戦的な表情で僕にそう言った。
であれば遠慮はいらない。
僕は素早く手を伸ばして、お手玉を取りに行く。
「(取った!ってあれ?)」
「へへへ、私の勝ち」
いつのまにか、お手玉はヤエの手のひらの上にあった。
僕が手を伸ばした瞬間に、後の先を取ってお手玉を取ったというのだろうか。
だとすれば、凄まじいスピードである。
「も、もう一回お願いします」
「いいでしょう。じゃあお手玉をこのお皿の上に乗せて、と」
ヤエの手が膝の上に乗った瞬間、僕は迷わずお手玉を取りに行った。
そして今度はお手玉ではなく、ヤエの動きをよく視ることにする。
僕が動き始めてもヤエは動かない。
僕の手はそのままお手玉に迫る。
お手玉まで僕の手があと数cmというところまで迫った時、それは起こった。
ヤエの右腕が目で追えないほどの素早さで動くと、圧倒的な速度と正確さでお手玉を掴んでいったのだ。
お手玉を乗せているお皿はピクリとも動かず、お手玉だけが一瞬にして消え去ったのだ。
「……も、もう一回お願いします」
「いいねぇ。楽しくなってきたでしょ?」
なるほど、僕はこのままでは百回挑戦して百回とも負けるだろう。
これは単にお手玉を相手より速く取るだけのゲームなのだが、ヤエがどのような方法を用いて神技的速度を出しているのか解き明かさなければ、僕は今晩眠れそうにない。
陽はまだ高く、晩餐会まではたっぷりと時間がある。
こうして僕の挑戦は始まったのだった。




