040
結魂式を挙げるため、僕たちは王都チェリートピアの中心地にある、教会に向かうことにした。
教会にはヨシノの本体である世界樹もあるというから、一度は訪れておきたい場所だ。
王都リョーマイケル伯爵邸はチェリートピアの北側に位置しており、王城も北側にある。
そのため、僕はヨシノとスリーズが乗ってきた馬車に乗せてもらい、中心地にある教会に向かうことにした。
結魂式を挙げたらそのままチェリーブロッサム公爵邸に向かうつもりなので、父アスペラ・リョーマイケルにはその旨を伝え、夕方にチェリーブロッサム公爵邸で合流しようということになった。
いちおう、スリーズに確認したところ、父アスペラも晩餐会に参加出来るそうなので、問題はない。
馬車に乗り込むと、ヨシノが僕に話しかけてきた。
「ところでゼルコバ様、勇者様の伝説についてご存じでしょうか?」
「勇者の伝説?興味があるから教えて欲しいな!」
僕も勇者と呼ばれる存在なので、伝説とやらには興味がある。
教会に到着するまでにはしばらく時間がかかるため、ヨシノに勇者伝説を語ってもらうことにした。
「勇者様の伝説、それは遡ること数千年、かつてチェリーリア王国に魔王率いる魔族の軍勢が攻め込んで来た時のこと、世界樹の化身達を従えた勇者リョーマ様により、チェリーリア王国は救われたことがあります」
「勇者リョーマ!?それって実在した人物なの?」
「はい、間違いなく。そして勇者リョーマ様はゼルコバ様のご先祖様でもあるのですよ」
「えっ、リョーマイケル伯爵家ってもしかして……」
「はい、勇者リョーマ様が興した家なので、リョーマイケル伯爵家なのです。もっとも、イケル、の部分がどういう意味を持っているのかは謎とされているのですが」
「それはたぶんリョーマとマイケルを合体させてリョーマイケルになったんだと思うよ」
僕は前世の記憶から、何となくそうだろうなと思って発言した。
「まぁ!それは存じ上げませんでした!ちなみにマイケルとはどういう意味なのでしょうか」
「確か大天使ミカエルから派生した名前の呼び方の一つだったと思うな」
「大天使ミカエル様、そんな存在がおられたとは知りませんでした。まさしく勇者様に相応しいお名前だったのですね……」
ヨシノは感心しているが、たぶん勇者リョーマとしては駄洒落のつもりだったか、もしくは語呂がいいからとかそんな理由でつけたんじゃないかと思う。
さらにいえば、勇者リョーマは高確率で日本出身だ。
「もしかしてフジ山って名前をつけたのも勇者リョーマだったりするの?」
「なぜそれをご存じなのですか!?それは勇者愛好家の中でもごく限られた人にしか知られていない情報です」
「知っていたわけではないけれど、何となくそんな気がしたんだ」
勇者愛好家という人達がいるらしい。
彼らとはあまりお近づきになりたくないような気がする。
「勇者リョーマ様は【樹木魔法】の使い手で、人類で唯一、第八位階に到達した人物でもありました」
「第八位階だって?ということは勇者は第八位階魔法を使うことができたんだね。でも、第八位階魔法ってどんな魔法なの?」
僕がそう尋ねると、ヨシノは目を瞑ってこう言った。
「第八位階魔法【神化】はその名の通り神となる魔法です。発動してしばらくは神としての権能を使用して戦うことも可能ですが、時間経過によって現世での肉体を失い、やがてフォレスティナ様のいらっしゃる天界に旅立つことになります」
「天界に旅立つってことは、死ぬってことなのかな?」
「死ぬわけではありません。文字通り、天界という場所に移動するという意味です。ただし、再び地上に戻ってくることは叶わないとされていますが」
なんと、第八位階魔法【神化】は神になって権能を使用することができるという強力な効果を持つ代わりに、代償として天界に旅立ってしまい、二度と帰って来れないという。
「あれ?ということは、ヨシノさんは第八位階魔法を使ったことがないんだね?」
「はい、先日はゼルコバ様が救援に駆けつけてくれなければ危うく【神化】を発動するところでしたが、間一髪のところで免れました」
「そうだったんだ。【神化】を使っていたら、今頃こうしてお話することは出来なかっただろうね。間に合ってよかった」
「はい、本当に。ですので、この命はゼルコバ様のために捧げる、というのは救っていただいた恩返しでもあるのです。今世の私の寿命はあの時終わっていたものとしてお考えください」
「そうだったんだね、改めてよろしくね、ヨシノさん」
「私のことはヨシノ、とお呼びください」
「そっか、えっと、よろしくね、ヨシノ」
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「おや、そろそろ到着するようですね」
窓の外を見ていたスリーズがそう呟いた。
なんか、ヨシノが僕のところに嫁いできたみたいな感じに聞こえたような気もする。
そうこうしているうちに目的地の教会に到着した。
ヨシノの本体の世界樹があるという、王都チェリートピアの教会だ。
流石に王都の教会だけあって、まずその大きさに圧倒される。
教会の外壁は石造りで美しい彫刻が施されており、
言葉で説明されなくとも特別な場所であることが理解できる。
教会の周囲には等間隔で騎士が配置されており、不審者がいないかどうか目を光らせているようだ。
ヨシノは馬車から降りると受付に向かい、係の人に何かを伝えたようだ。
すると、教会は大騒ぎとなり、詰めている司祭が大勢飛び出してきた。
「ヨ、ヨシノ様、ご結魂されるということですが、それは真でしょうか!?」
「はい、こちらのゼルコバ・リョーマイケル様と結魂するつもりなので、せっかくならここで結魂式を挙げたいと思うのです。場所を貸していただけないでしょうか?」
「なんてことだ!今日は記念すべき日になるぞ!皆さん、大急ぎで準備しますよ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
ヨシノが司祭にそう伝えると、上から下まで大騒ぎで結魂式の準備が始まった。
こんなに大事になるとは思っていなかったが、結魂式の準備をする彼らの表情は真剣そのものなので、もはや止めようと思って止まるものでもない。
「準備に時間がかかるそうなので、もしよければ先にこちらへどうぞ」
ヨシノに案内されて教会に入ると、中は巨大な礼拝堂となっていた。
モンテ・アジュガの礼拝堂はこれよりかなり規模が小さいが、要するにフォレスティナ様に祈りを捧げる空間と考えれば、同じような構成となっている。
一点だけ違うのは、王都教会の礼拝堂の最奥は吹き抜けとなっていて、それはもう巨大な樹木が鎮座していることだ。
「あれがヨシノの本体、世界樹なんだね」
「はい、勇者リョーマ様のおっしゃるところによると、私の花を見ると故郷を思い出すそうです」
それはサクラの巨木であった。
かつて僕が暮らしていた日本では、サクラには11種の野生種があり、野生種を掛け合わせて作られた園芸品種は数百種もあった。
それらのうちヨシノがどの品種に当たるのかは花を見なければわからないが、とにかくサクラには違いない。
「それにしても、勇者リョーマと会ったことがあるような言い方だね?」
「はい、実は私はかつて同じ場所にあった世界樹のひこばえとしてこの世に生まれ、勇者様と先代の世界樹が第八位階魔法【神化】を使用して天界に旅立った後、この場所で再び世界樹となったのです。ですので、本体から継承した記憶が一部私の中に存在します」
ひこばえ、それは樹木の根元から生えてくる若芽ののことで、母体となる樹木と同じ遺伝子を持つクローンだ。
ヨシノは先代勇者と共に魔王と戦った世界樹の、分身であると言ってもいい。
勇者と先代世界樹は【神化】により天界へと旅立ったが、ひこばえである今のヨシノはこの場に留まり、再び第八位階まで到達して世界樹となったのだ。
「近づいて触ってみてもいいかな?」
「もちろんです」
世界樹の周囲には柵がまわされ立ち入り禁止になっており、ヨシノとスリーズは柵の手前で立ち止まった。
僕は柵を潜って、慎重に世界樹に近づき、その根元の樹皮に手で触れた。
ざらざらとした感触だ。
外観上は特に問題があるように見えないが、そう言えばヨシノは初めて会った時、持病の腰痛があると言っていたので、魔力を流して診察する。
「(【鑑定】と【樹木魔法】を合わせて発動。さらに【精霊魔法】ドライアド、世界樹に異常がないかどうかチェックしてくれ)」
『お任せください』
僕は【鑑定】と【樹木魔法】と【精霊魔法】を同時発動して、ドライアドと協力して世界樹の健康状態を確認していく。
そうすると、より詳細に樹木の診察ができるからだ。
診察をすると、枝に一部、てんぐ巣病らしき枝を発見した。
てんぐ巣病はカビの一種が原因で発生する伝染病で、感染した枝には小枝が密生して、遠くから見ると天狗の巣があるように見える。
てんぐ巣病に感染した枝はやがて枯枝となるため、出来れば早めに切除して殺菌処理をした方がいい。
そう言えば、いくつか枯枝があるようなので、もしかするとてんぐ巣病被害は慢性的に受けていたのかもしれない。
しかしてんぐ巣病被害によりヨシノの腰が悪くなるのは考えにくい。
枝による被害で世界樹の化身が体調不良を訴えるとしたら、身体の上部であろうと推測されるからだ。
世界樹の化身は本体である世界樹と同調しており、例えば足が悪いツキの世界樹の根元にはシロアリ被害が見られた。
そのため、腰が悪いというヨシノの場合にも、世界樹と相関がある位置に何か原因があるはずだ。
なので、幹、もしくは地際部分に注目して鑑定を続けると、僕は世界樹の内部に腐朽もしくは空洞があることを発見した。
さらに、種類はわからないが子実体もその付近に発生している。
子実体とは要するにキノコのことで、樹木を腐朽させている菌類が胞子を形成・飛散させるために作るものだ。
その子実体は半背着生といって、樹木の表面にべったりとくっついた状態でありながらも、端の部分が捲れ上がって傘のように広がっている。
日本で言えばサルノコシカケに近い種類のようだが、僕の知る種類ではなかった。
異世界キノコである。
他にも、地際部分を中心に複数種類の子実体が見られ、世界樹の根株腐朽と内部腐朽は進行中であることがわかった。
「(【樹木魔法】元気になーれ)」
現在の僕の魔法ではすでに樹木の内部に侵入している菌類を除去することはできないので、とりあえず活力増進と、修復可能な外傷だけは【樹木魔法】で治療しておく。
これはツキと同じように、継続的な観察と治療が必要なようだ。
来てよかった。
僕はそう安堵して振り返ると、ヨシノが誰かと言い争っているのが見えた。
それは昨日、国王陛下への謁見の時に僕に過激な要求をしていた人物、勲章をじゃらじゃらとつけたアーコレードであった。
ヨシノの眉間に皺が寄っていることから、あまり良くない事態のようなので、僕は急いで駆けつける。
「なぁ、ヨシノ、旅に出るって聞いたぜ。その前にその、けっ、ケッコンしてやってもいいぜ!?」
「ですからアーコレード、何度も言うようにそれは出来ません」
「なっ、何でだよ!ヨシノとケッコンするために頑張って第七位階に到達したんだ!【精霊魔法】だって使える!その俺がこう言っているんだから、従うべきだろう!」
「確かに、第七位階に到達するためには多くの時間を費やす必要がありますので、その頑張りは認めましょう。しかし結魂は出来ません」
アーコレードはなんと第七位階魔法士だったのである。
しかし、ヨシノの言葉から推測するに、アーコレードは【精霊魔法・体験版】しか使えないのだろう。
結魂したければ【精霊魔法・初伝】を習得する必要があるが、そのためにはフジ山にある鳥居まで辿り着き、カグヤに【精霊魔法】を授けてもらうしかない。
どうやらアーコレードはその試練を達成していないようだ。
だから、アーコレードとヨシノが結魂することは現時点ではあり得ないのだ。
それにしても、アーコレードの態度が終始上から目線なので、聞いていてあまり気分が良くない。
「じゃあなんでケッコン式の準備をしているんだ。俺以外でここに第七位階に到達した人間がいるって言うのか?……まさか、スリーズ?てめぇ、さてはこっそり第七位階に到達してやがったのか?」
「いや、私ではないぞ」
「じゃあ誰だって言うんだよ」
「それはこちらのゼルコバ様です。私の命はゼルコバ様に捧げることにしましたので、私からお願いして結魂式を挙げることになったのです」
「なっ!!てめぇ!俺のヨシノに手を出しやがったのか?」
ヨシノはお前の所有物じゃないぞー。
「私は誰のものでもありませんよ、アーコレード。さて、そろそろ結魂式の準備が整ったようなので、誰か彼を外に連れ出してください。大切な結魂式を台無しにされては困ります」
ヨシノがそう言うと、若手の司祭が騎士を数名連れてやってきた。
司祭と騎士は申し訳なさそうにしつつも、アーコレードに退場を促す。
「なっ、ここから出て行けだと!?俺を誰だと思っていやがる!」
「すみません、アーコレード様。しかし結魂式は我々司祭にとって他の何よりも優先すべきこと。ご容赦ください」
「不敬だぞ、貴様!捨て置けない無礼だ!」
その瞬間、あろうことがアーコレードは若い司祭に向かって剣を抜いて振り下ろす。
「うわぁぁぁ!おやめくださいっ!」
これは無視できないので、僕はすでに手のひらに握り込んでいたケヤキの種に魔力を込め、親指で弾き飛ばした。
『ドライアド、お願い』
『御意』
その瞬間、ケヤキの種から成長した樹木にドライアドが宿り、ミニドライアドとなってアーコレードに突撃する。
ポキリ
アーコレードが振り下ろした剣は、ミニドライアドの中指と人差し指に挟まれ、その中程で真っ二つに折れてしまった。
目では追えないほどの速度で剣を受けたミニドライアドは、そのまま手首を返して剣をへし折ったのだ。
惚れ惚れするほどの技の冴えである。
「なっ!ミスリル剣が折れただと!?しかもクソガキ、その【精霊魔法】は何だ?俺のとは全く別物のようだ」
「これが真の【精霊魔法】ですよ。これであなたがその域に達していないことが、よく理解できたでしょう」
「ぐぅ……」
数人の騎士が協力して、項垂れたアーコレードを引きずっていく。
アーコレード目は血走り、激昂している様子だが、暴れる様子はない。
「おい、クソガキ!覚えてやがれ!俺はお前を絶対に許さねぇからな!」
バタン!
教会の扉が閉められると、そのまま閂をして誰も入場できないようになった。
ここまですればアーコレードも諦めるだろう。
「さぁ、ゼルコバ様。昨日に引き続きアーコレードに水をさされてしまいましたが、気持ちを切り替えて結魂式を挙げることとしましょう」
「そ、そうだね」
アーコレードのヨシノに対する執着を、このとき僕は完全に見誤っていたのであった。




