038
今日は国王陛下に謁見する日だ。
蝙蝠のような羽を生やした魔族を撃破してから、3日後である。
戦闘はドライアドにお任せだったので、僕はほとんど何もしていないけれど。
市街地での激しい戦闘の後、僕は複写式魔法契約書で父アスペラ・リョーマイケルと連絡を取り、王都にあるリョーマイケル伯爵邸に向かった。
カグヤは僕を送ってくれた後、転移でフジ山の精霊殿に帰った。
カグヤはキエノに修行をつけてくれるそうで、張り切っていた。
ヨシノとスリーズはかなり名残惜しそうにしながら、王城に戻って行った。
「ゼルコバよ、これから国王陛下に謁見する訳だが、くれぐれも粗相のないように頼むぞ」
「はい、父上。少し緊張していますが、教えていただいた作法の通りに頑張りたいと思います」
僕は父と共に馬車にのり、定刻通りに王城に向かった。
国王陛下に謁見するには厳しい作法があり、声をかけられても顔を上げてはいけない。
謁見の間では、とりあえず父の後ろに付き添って、同じように片膝をついてひっそりしていようと思う。
「あと、褒賞についての話が出ると思うが、何が欲しいか聞かれても自分の欲しいものを正直に答えてはいかんぞ。うっかり爵位なんか貰ってしまうと、出兵要請があった時に断れなくなるからな」
爵位、それは貴族社会とは切り離せない、社会的な身分や名誉を指すものだ。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵があり、名誉称号として騎士爵がある。
職業として騎士団に勤めている者のことを騎士と呼ぶが、全員が騎士爵を持っているわけではなく、ある程度出世したり功績をあげたりすると、騎士爵を授かるらしい。
また、准男爵と呼ばれる、騎士爵と男爵の中間のような存在もあるという。
「出兵要請を断れなくなるというのは絶対に避けたいですね。これは最下位の騎士爵でも同じなのでしょうか?」
「そうだ。ただし、騎士爵であれば本人と従者2名の出兵で済むが、男爵であればそれに加えて騎士10名程度、子爵であれば騎士100名程度、伯爵であれば騎士1000名程度の戦力を率いて戦地に連れていかなければならない。これは大きな負担となることだろう」
リョーマイケル伯爵家は、城塞都市リョーマで1000名の騎士を維持しているが、いざと言う時には父はこれらの騎士を率いて戦地に向かわなければならないのだ。
伯爵とはなんと言う重責だろうか。
しかも騎士爵であっても、もし出兵要請があれば自身と従者2名の出兵義務があるという。
今後、魔族との戦闘が激化する可能性があるとすると、危険な戦地に呼び出される可能性が非常に高い。
出兵要請を断る事はたぶん、出来ないのだろう。
まだ10歳の僕にとっては、あまりにも過酷すぎる職責と言える。
「なので、国王陛下から玉言を賜ったとしても、全ては私の指示に従って成したこと、ということにしておこうと思う。自分はまだ未成年だから、自分の行動は全て親がやったことも同然、としてやり過ごすのだ。金貨などを褒賞としていただくようなら、ひとまず私が受け取っておいて後でお前に全てやる。とりあえずこの場は全て父の手柄にしてしまうのが最も穏便に済むだろう」
僕は父アスペラ・リョーマイケルの気遣いと愛情を感じた。
自らは息子の手柄を掠め取ろうとする姑息な父を演じつつも、僕の盾になってくれようと言うのだ。
「はい、父上のおっしゃる通りにさせていただきたいと思います」
「うむ、それでは行くぞ」
王城に着くと、馬車は城門をそのまま通り過ぎ、城内の車回しに停車した。
父に続いて馬車から降りると、執事らしき男性とメイド数名が僕らを出迎えてくれた。
「アスペラ・リョーマイケル伯爵、ゼルコバ・リョーマイケル様、この度はお越しいただきありがとうございます。国王陛下がお待ちですので、どうぞこちらへ」
執事は僕らを先導してツカツカと歩いて行き、父がそれに続く。
僕は父の3歩ほど後ろを追う。
それにしても王城とはこのような場所だったのかと、僕はバレないようにキョロキョロしていた。
床には桜色と金色の模様が描かれた絨毯が敷き詰められており、白塗りの壁面は汚れひとつ見当たらない。
ところどころに調度品や絵画が置かれていて、どれも一級品のようだ。
そのまま進んでいくと、廊下に1人の女騎士が立っているのが見えた。
彼女は直立不動で真っ直ぐに前を見つめ、微動だにしない。
スリーズである。
スリーズはそのまま、僕らが通りすぎる際に、カッコいい敬礼で敬意を表してくれた。
スリーズは真面目な顔をしていると、絵画から飛び出して来たような美人で、精悍さも兼ね備えている。
ピンクゴールドの長髪が、白い壁面によく映えた。
そして廊下の最奥には両開きの重厚な扉があり、僕らが近づくと近衛騎士が扉を開けてくれた。
この扉の材質は不明だが、巨木の一枚板を切り出して作られたもので、全面に桜をモチーフとした彫刻が刻み込まれている。
「アスペラ・リョーマイケル伯爵、ならびにゼルコバ・リョーマイケル様、ご到着!」
「アスペラ・リョーマイケルでございます。ゼルコバ・リョーマイケルと共に、国王陛下に拝謁するため、参上いたしました」
「入るがよい」
「はっ!」
僕は無言で父の後に続く。
目線は斜め下、父の尻を凝視するような感じで固定する。
謁見の間には多くの人々が詰めかけており、皆一言も発さずに静かにしている。
「アスペラ・リョーマイケル伯爵、ならびにそのご子息ゼルコバ・リョーマイケルよ。よくぞ参った。ワシがチェリーリア王国の国王、プルヌス・チェリーブロッサム3世である。この度はヨシノ様に協力し、魔族を追い払った功績を讃え、勲章と褒賞を与えようと思う。ヨシノ様、よろしくお願いします」
国王陛下がそう宣言した瞬間、参列者からどよめきの声が上がった。
「ヨシノ様が自ら勲章を授与するのか!?」
「そんなまさか、陛下の戴冠式でも代理の司祭が冠を被せていたではないか」
「ヨシノ様は歩くことが出来ないはずでは?」
参列者がざわざわしている中、謁見の間の奥から誰かが歩いてくる気配を感じた。
たぶんヨシノが来ているのだろうが、僕の首は斜め下で固定されているため、目視する事は叶わない。
「ゼルコバよ、面を上げよ」
国王陛下から頭を上げるように声がかかる。
いきなり勲章が授与されることになるとは、想定外だ。
しかもヨシノらしき人物が近づいてくる気配が迫ってくる。
どうすればいいんだっ!?
「よいのですプルヌス、私が跪けばいいだけのこと」
ヨシノがそう発言したために、会場のざわめきはさらに激しさを増す。
どうやらヨシノは国王陛下からヨシノ様と呼ばれて敬われているが、そのヨシノが跪こうとしているため、参列者がざわざわしているのだ。
僕の頭も大混乱だ。
「静粛に!」
宰相らしきおじさんが静かにするように声を上げると、ざわめきはピタリとおさまった。
「ゼルコバ様」
「ひゃ、ひゃい!」
僕はたまらずに顔を上げた。
ヨシノの儚げながらも凛とした美しい顔が、すぐ近くにある。
長い銀髪はわずかに桜色に染まり、肌は新雪のように白い。
「どうかこの勲章をお受け取りください、桜花勲章です。この度は私たちをお救いくださり、誠にありがとうございました」
そう言うと、ヨシノは僕の左胸に黄金に輝く勲章を取り付け、謁見の間の国王陛下に最も近い位置にあった空席に着座した。
その付近には、司祭らしきおじさんたちが着席しており、向かい側の席にはじゃらじゃらと勲章をつけた男性や軍の関係者らしき年配の人物が着席している。
僕はすでに顔を上げてしまっているが、再び顔を斜め下に戻す。
「よろしい。それでは次に褒賞の授与に移る。ゼルコバよ何か欲しいものはあるかな?」
きたっ!この質問だ。
僕は頭の中で反芻していた文言を捻り出そうとするが、なかなか言葉が出てこない。
と、その時、じゃらじゃらと勲章をたくさんつけた男性の言葉が僕の返事を遮った。
「お待ちください陛下!まだこの者は陛下と王国に忠誠を誓っておりません!まずはその命を王国に捧げ、絶対服従を誓うのが道理ではないでしょうか?」
誰だかわからないけど、なかなか過激な発言をする人物だ。
僕が勲章をいただいたお礼を言うのを忘れていたのは確かだが、絶対服従などは絶対に誓いたくない。
「やめないか、アーコレード。お前こそ不敬だぞ」
さらに、別の男性の声が過激な発言をした男性を嗜める。
「うるさいぞ、クラマ!俺はあの小僧に身の程をわきまえるように忠告してやっただけだ!」
「おい、なんて事を言うんだ!誰かコイツを退場させてくれ!」
おそらく2人とも、国王陛下に近い席に着席していたため、位の高い人物なのだろう。
アーコレードとクラマという2人の男性の口論はヒートアップしており、論功行賞の場は大いに乱れている。
「だいたいいつも陛下や兄貴は甘すぎるんだ。だから家臣がつけ上がって気風が乱れる!」
「なに!俺のことはまだしも、陛下を批判するとは不敬だぞ!」
彼らの発言から推測するに、クラマという男性は陛下の息子だと推測され、アーコレードという男性はその弟だと思われる。
公式の場にも関わらず言い争いを始めてしまった彼らに呆れて僕が顔を上げると、国王陛下と目があってしまった。
陛下は疲れた目で僕をじっと見つめると、にこっと微笑んでわずかに頷いた。
その顔には皺が刻み込まれており、国を統べるという重責を一身に受け止めている苦労が忍ばれた。
ただ目があっただけなのに、僕の心には不思議と安らかな気持ちが生まれた。
「ゼルコバ・リョーマイケルへの褒賞は、後日書面を持って通達するものとする」
結局その場はお開きとなり、僕は勲章だけ貰ってリョーマイケル伯爵邸に帰ることになった。
なんとか無事に陛下への謁見を乗り切ることができたが、僕は激しい疲労を感じた。




