035
いつもお読みいただきありがとうございます。
精霊殿の敷地内と外の世界の時間の進み方を合わせるため、満月の前後5日間の時間が進む速度を「12分の1」から「5分の1」に設定変更しました。
今後とも【樹木魔法】をよろしくお願いします。
翌朝、起床すると昨晩洗濯に出した洋服がきっちり仕上がって部屋の前に置いてあったため、着替えてからカグヤの元へと向かうことにした。
案内役として、狐面の巫女が僕とサイプレスについてくれている。
彼女もおそらく魔木の化身なのだろう。
狐面の巫女に案内されたのは、昨日宴会があった部屋であった。
「おはようございます、カグヤ様」
「昨晩はよく眠れましたか?まずは朝食を食べてから、【精霊魔法】の修行をすることにしましょう」
朝食もやはり和食だった。
味噌汁と焼き魚が僕の胃袋に沁み渡る。
卵焼きの焼き加減も絶妙で、出汁がきいていてとても美味しい。
僕はご飯を2回もおかわりしてしまった。
「ゼルお兄様、聞いてください。魔力が増えていましたの!」
キエノが興奮気味に僕にそう言った。
昨日の宴で精霊御膳をしこたま食べた僕たちは、魔力容量が増加していたのだ。
僕も昨晩寝る前に自分の魔力を【鑑定】してみたところ、なんと元々10だった魔力が20に増えていたのだ。
わずか10とは言え、元の2倍と考えると素晴らしい効果と言える。
「ああ、俺も【鑑定】してみてたまげたぜ」
サイプレスもキエノに同意した。
本来増えることのないはずの魔力容量が例え10とは言え増えたのだ。
最も、魔力容量が【極めて多い】2人にとって、10の魔力が増えたからと言ってそれほど大きな変化は感じられないはずなのだが。
「俺は魔力容量が500も増えていたぜ」
「私はなんと1000も増えたようです」
これはたまげた。
10程度の魔力増加で喜んでいた僕の感動を返してほしい。
「えっ、2人とも増えすぎじゃない?僕なんか、10しか増えなかったんだけど」
「皆さん魔力が増えたようで、良かったですね。精霊御膳フルコースを1回食べると、元の魔力容量の100%が加算されるのですよ。ちなみに黄金アケビを一個食べると、元の魔力容量の5%が加算されます」
そのように教えてくれたのは、カグヤであった。
黄金アケビ一個で5%加算だとすると、僕の魔力容量で言えば0.5しか増えないことになる。
どうりで黄金アケビを食べたのに、魔力容量が増えたのがわかりにくかったはずだ。
「ところで、魔力容量はどの程度まで上げることができるのですが?」
「人によって変化するのですが、精霊御膳を食べ続けているとだいたい元の魔力容量の10倍程度までは増加するようです」
ということは、僕の魔力容量は元々10だったため、最終的には僕の魔力容量は100まで増加するということになる。
同じように、元が500のサイプレスの魔力容量は5000となり、元が1000のキエノにおいては10000まで魔力容量が増える見込みがある。
魔力容量の格差社会に、僕は泣いた。
「なぁに、ゼルコバは陽の光を浴びている限り無限に回復する魔力があるじゃろうに、お主の方がよっぽどすごいと思うのじゃ」
ツキが僕を慰めてくれた。
ツキと僕は結魂により魂が結合しているので、僕の考えていることが伝わってしまったのかもしれない。
「さてゼルコバ、朝食が終わったらさっそく【精霊魔法】の修行をしましょう」
朝食を食べ終えた僕たちは、カグヤの後について寝殿造の御殿の外に出た。
向かうのは、灯籠がたくさんある場所だ。
ここは昨日、カグヤと会った際に通り過ぎた場所で、灯篭の火袋が色とりどりに明滅している。
「さあゼルコバよ、ここにいる精霊たちの中から、相性がよい精霊を探し出すのです。その後、【精霊魔法】によって契約を結ぶことにより、精霊が力を貸してくれるでしょう」
カグヤがそのように教えてくれたので、僕は明滅する灯篭の間を縫うように彷徨い始めた。
灯篭は全部で300基以上もあり、この中から相性の良い精霊を見つけるなんて、果たして出来るのだろうか。
僕はとりあえず、端から端まで灯篭を確認して行くことにした。
すると、僕が近づくと激しく明滅する灯篭が一基あることに気がついた。
「もしかして、キミは僕に力を貸してくれる精霊なのかな?」
さらに灯篭は明滅を繰り返し、やがて緑色の光が飛び出してきて、僕の周りを飛び回った。
僕が手を差し出すと、緑色の光は嬉しそうに手のひらに着地した。
「僕と契約してくれないかな?」
僕は精神を集中して、【精霊魔法】で精霊と契約することを思い浮かべた。
すると、僕と精霊の間に、結魂に近い感覚の結びつきが生まれたことを感じた。
『私は樹木の精霊ドライアドと申します。貴方様にお仕えすることができ、とても嬉しく思います』
「よろしくね、ドライアド。僕の名前はゼルコバだよ」
ドライアドは念話の要領で僕に話しかけると、僕の体の中に飛び込んで消えて行った。
「どうやら成功したようですね。他にも契約可能な精霊がいないかどうか探してみてください」
僕は再び歩き出すと、キエノとサイプレスとの周囲に、複数の妖精が飛び回っているのが見えた。
「2人とも、この精霊達に気に入られたみたいだね」
「お兄様、この子たちが私のことを気に入ってくれたみたいなのですが、【精霊魔法】が使えないので契約を結ぶことができないのです」
「俺も同じだ。これは絶対に【精霊魔法】を授けてもらってからもう一度ここに来る必要があるな」
「ふふふ、2人ともその勢いですよ。キエノについているのは風の精霊ティターニア、太陽の精霊アポロン、雨の精霊スジャータですね。サイプレスについている精霊は、闇の精霊シャドーと時空の精霊クロノスのようです」
キエノとサイプレスは、カグヤから精霊の名前を教えてもらうと、さらにやる気が湧いてきたようだった。
「風と太陽と雨の精霊ですって!まるでお天気のようでとても素敵ですわ」
「闇と時空の精霊か、どんな魔法が使えるのか今から楽しみだぜ」
2人とも嬉しそうだが、サイプレスはフジ山を自力で登山して再び精霊殿の鳥居までたどり着くという試練を越えなければならないし、キエノに至っては魔力消費量が第七位階に到達するにはまだかなり時間がかかるだろう。
とりあえず、僕は他に契約できそうな精霊がいないかどうか探し始めた。
「キュウ!」
その時、魔球根のユリネがムクっと目を覚まして、トコトコとどこかへ歩き出した。
ユリネは僕が声をかけないと、基本的には僕の右腕に絡みついて寝ているというのに、どうしたのだろうか。
ユリネが向かったのは、一基の灯籠であった。
淡くピンク色に明滅する火袋から精霊の光が飛び出してきて、ユリネと僕の周りをくるくると飛び回る。
「えっと、キミも僕と契約してくれるのかな?それじゃあ【精霊魔法】」
『ワタチは花の精霊エフェメラルでち!可愛いものがだーい好き!よろしくでち』
そう言うと、エフェメラルは魔球根のユリネに吸い込まれていった。
契約したのって僕なんだけど、まあいいか。
「ゼルコバは樹木の精霊ドライアドと花の精霊エフェメラルと契約したのですね」
「はい、樹木と花なので、僕にぴったりの精霊と契約することができました。ありがとうございます!」
「それはよかったですね。サイプレスも【精霊魔法】が使えれば良かったのですが」
「坊主、すまねぇが、3日ほど休みをもらえないだろうか。今の俺なら【隠密】を駆使すれば3日もあればフジ山の山頂から麓に走って行って、また戻ってこれると思うんだ」
「サイプレスさん、3日間のお休みをとってもらってもちろん大丈夫ですよ!」
サイプレスの顔はやる気が満ちており、過酷な試練に挑戦するつもりのようだ。
ちなみにフジ山の標高は富士山と同じ程度なので、熟練の魔法士であれば3日もあれば往復できるはずだ。
ただし、通常は魔木の樹海を慎重に移動する必要があり、またレッドドラゴンが襲撃してくる可能性があるため、駆け足で登山することなど不可能だ。
【隠密】を使えるサイプレスだからこそ、この日数での試練達成が可能なのである。
「それは良い心がけです。麓まで送って差し上げましょうか?」
「ありがたいお言葉ですが、道がわからなくなるので自分の足で下山するぜ」
「サイプレスさん、【精霊魔法】習得に向けて頑張ってください!」
「おう!それじゃあさっそく行ってくるぜ。ところで大精霊様、確認なんですが、どこから登り始めれば【精霊魔法】習得を認めてもらえますか?」
「樹海の端まで行けば良いでしょう。厳密に定めているわけではないので、あなたの判断に任せます」
「わかったぜ」
そう言うと、サイプレスはそのまま鳥居をくぐって行ってしまった。
【精霊魔法】が習得できるとなれば居ても立っても居られないという様子だった。
「うー、私も早く第七位階に到達したいですが、毎日魔法のお勉強をしても何年もかかってしまいそうですわ……」
一方で、キエノは難しい顔で悩んでいる様子だった。
まだキエノは魔法を使い始めてから日が浅いから、第四位階までしか到達していない。
わずか数日で第四位階まで到達できたのはすごい才能だが、第七位階まで到達するのには何年かかかるだろう。
「大精霊様、速やかに位階を上げる方法などないものでしょうか。私も早くお兄様に追いつきたいのです!」
キエノは必死に訴えるが、そんなに都合の良い方法はないだろう。
毎日魔法を使って、魔力消費量を満たさなければ位階を上げることはできないからだ。
僕の場合は魔力量が固定されているために、魔力を無限に使い放題してあっという間に位階を上げることができたが、この方法はキエノには使うことはできない。
「キエノの覚悟はよくわかりました。私も協力してあげましょう」
「ありがとうございます!」
「ただし、厳しい修行にも頑張ってついてこなければなりませんよ。精霊御膳は残さず食べること、これが条件です」
「そんなに美味しい条件でしたら全く問題ありませんわ!ぜひともよろしくお願いします」
どうやらありがたいことに、カグヤはキエノに魔法の指導をしてくれることにしたようだ。
大精霊であれば、人間には想像もつかない方法で位階を上げることができるのかもしれない。
「まず、この精霊殿の敷地内と外の世界は隔離されていますので、時の進む速度を変更することができます。ちなみに今は12倍速で時が流れるように設定しています。そして、満月の日の前後2日間を含めた計5日の時間の速度を、5分の1にしています。これを20分の1まで遅くすることができますので、わずか5日間で100日分の修行ができると言うわけです」
「まぁ、それはすごいですわ!100日も修行すれば第七位階まで到達することが出来るでしょうか?」
「精霊御膳をたくさん食べて魔力容量を増やせば可能ですよ。頑張ってお食べなさい」
「ありがとうございます、大精霊様!」
キエノとカグヤが修行方法について熱く語り合っているが、僕は聞き捨てならない情報について確認する必要があった。
「カグヤ様、一つお伺いしたいのですが、現在は12倍速で時が流れているとすると、丸一日ここで過ごすと外の世界では12日が経過しているということになるのでしょうか?」
「その通りですよ、ゼルコバ。サイプレスは3日で戻ると言っていたので、6時間もすれば帰ってくるでしょう」
「ちなみに、どうしてそのようになさっているのですが?」
「なぜって、外に出た時にお月様が大きく見えた方が気分が良いでしょう?新月でお月様が隠れていると悲しいので、その間は時間が早く進むようにしているのです」
気分の問題だった!
大精霊の考えることを人間の常識に当てはめるべきではないということが教訓となったが、これによって問題が発生している。
「(王様から呼び出しがかかっている可能性が高いぞ!)」
父アスペラ・リョーマイケルは王都に向かって王様に面会し、今回のことを報告すると言っていた。
王都までは4、5日かかるそうだから、呼び出しまではまだ時間がかかるだろうと思っていたのだが、流石に12日も経ってしまったら呼び出しがかかっている可能性が高い。
「どうしたのですか、ゼルコバ。顔色が良くないですよ?」
「まずいことになりました、すぐに王都に向かわないと。あっ、そうだ複写式魔法契約書を確認しないと!」
僕は慌ててジャケットの内ポケットから複写式魔法契約書を取り出して確認するが、そこには何も書かれていない。
「それは複写式魔法契約書ですか?それなら精霊殿の敷地内は圏外なので、一度鳥居の外に出て確認した方がいいですね」
「っ!ちょっと行ってきます!」
僕は急いで鳥居をくぐって外に出ると、その瞬間複写式魔法契約書に文字が現れた。
急いで王都に来るように記載されており、非常にまずい。
とりあえず僕は複写式魔法契約書に、第七位階魔法習得に時間がかかって返事が遅れたことを謝罪し、すぐに王都に向かうことを記入した。
「カグヤ様、急用ができたので、僕は急いで王都に向かいます!」
「あらあら、それは大変ですね。王都までなら送ってあげましょうか?」
「えっ、いいんですか!?ぜひともお願いしたいです」
「もちろん大丈夫ですよ。王都には分霊殿があるので、転移で移動することができますから」
「転移ですか!それも【精霊魔法】なのでしょうか」
「その通りです。ですから、急用が済んだら速やかに魔法の修行を再会しなければなりませんよ」
「はい!ぜひともそうさせていただきます!」
「それではさっそく向かいましょう。キエノはここに残って、魔木の巫女達と一緒に魔法の修行をするように」
「はい!お兄様のご武運をお祈りしますわ」
「ははは、戦いに行くわけじゃなくて、王様に会いに行くだけだよ」
キエノよ、そんな不吉なことを言わないでおくれ。
「ツキは悪いんだけど、キエノについていてもらえないかな?」
「承知したのじゃ。安心して行ってくるがよい」
僕は王都で問題が発生しないことを祈りつつ、カグヤ様に王都まで転移で連れて行ってもらうことにしたのだった。
王様が待ちくたびれてなければいいのだけど。
「それでは参りましょう、【精霊魔法】転移」
次の瞬間、何かに引っ張られるような感覚があり、僕の視界は急激に変化したのであった。




