033
「サイプレスさん、第七位階魔法【精霊魔法】について教えてください!」
本日も晴天。
僕の魔力は今日も絶好調だ。
「世界樹の化身様を目の前にして教えるのもなんだが、まあ良いだろう。【精霊魔法】は王都にある精霊殿で、年に一回、大精霊様が与えてくださる魔法だ。ただし、この世に12人しか【精霊魔法】は与えられないから、競争倍率が高すぎて手が出せないんだ。大抵は地位と権力と金を持っている貴族が【精霊魔法】の優先権を独占しちまうから、俺みたいな泡沫魔法士はその席に座ることは出来ないってわけだ」
サイプレスはすでに魔法使用量で言えば第七位階に達している。
しかし、第七位階魔法士となるには、第七位階魔法【精霊魔法】を大精霊様から与えられる必要があるし、上限が12人と定められているからにはいつ自分の順番が回ってくるかわからない。
しかも権力と金を持つ貴族がその席を独占しているとなれば、第七位階に達するにはほぼ不可能と言っていいだろう。
「しかも、【精霊魔法】ってのはそこまで強い魔法でもないから、無理に使えるようになる必要はないしな」
「えっ?そうなんですか?」
第七位階魔法が弱いわけがないと思っていた僕は、サイプレスの答えが少し意外だった。
「ああ、俺が知る限り【精霊魔法】でできるのは、精霊召喚という魔法だけだ。精霊召喚を使うと、自分の固有魔法を使うことが出来る精霊が現れて、自動で攻撃してくれるようになる。精霊の魔力容量は精霊召喚に使った魔力量に依存する。精霊を維持するには魔力を消費するが、召喚後に魔力を補充することもできるってところかな。というのは世間一般で知られている内容だが、どうも完全に間違いみたいだな。で、ツキ様、本物の【精霊魔法】ってやつを一つ教えていただけないでしょうか」
サイプレスはそう言うと、腕を組みつつ神妙な面持ちでニヤついているツキに教えを乞う。
「ふむ、真の【精霊魔法】がどう言ったものか、それを知りたければ大精霊様に直接教えてもらうのが良いじゃろう。ということでやってきたのはフジ山じゃ!」
「わぁぁ、ここがもっとも美しい山として知られるフジ山の山頂ですのね」
「夏でもかなり寒いね。防寒着を借りてきてよかったよ」
大精霊様に【精霊魔法】を授けてもらうということで、僕、サイプレス、ツキ、キエノの4人は、フジ山の山頂にやってきていた。
【樹木魔法】でゴンドラを作ってみんなに乗り込んでもらい、それをもりんちゅ1号で掴んで飛んできたのだ。
ちなみに、レッドドラゴンも瘴気が浄化されてすっかり良くなったので、連れてきて自然に返すことにする。
「元気でな〜」
「ドラちゃんとお別れするのは少し寂しいですわ」
「ギャウギャウ」
レッドドラゴンはキエノに甘えるように頬ずりすると、僕には目も合わさずに飛び去っていった。
それはもう、逃げるように飛び去っていった。
「さて、大精霊様に会いに行くとしよう」
「それではこっちへくるのじゃ」
ツキは僕の腕を掴むと、よたよたと歩き出した。
ツキの足は現在のところ、治療中である。
「ふむ、たしかこの辺りに……おぉ、あったあった。この門が目標なのじゃ」
ツキが示した場所には、古びた鳥居が建っていた。
先日フジ山に来た時は全く気がつかなかったが、認識阻害の魔法が作用しているためなのか、単に見落としていただけなのかは判断がつかない。
僕らはツキに言われるがまま鳥居をくぐると、そこには別世界が広がっていた。
「これはすごい」
「わぁぁ、綺麗なお花畑ですわ」
「これはたまげたぜ」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
大精霊様が座す場所は、花畑に囲まれた寝殿造の御殿であった。
敷地にはよく手入れされた樹木が多く植えられており、花という花が咲き誇っている。
そこは楽園のような空間であった。
「ようこそいらっしゃいました。人間がここを訪れるのはずいぶん久しぶりのことですので、歓迎いたします」
いつのまにか、白い上衣に緋袴を履いた女性が現れて、僕たちを出迎えてくれた。
満開の花々をモチーフにした髪飾りが、上品にシャラリと揺れる。
「大精霊様、勇者殿をお連れ致しました。どうぞ【精霊魔法】を授けてくださいますよう、よろしくお願いします」
「なるほど、事情はわかりました。立ち話もなんですからどうぞこちらへ」
朱色に塗られた扉がひとりでに開き、御殿への入場が許可されたようだ。
僕たちはキョロキョロしながら大精霊様の後について行く。
参道には灯籠が並んでおり、色とりどりに明滅していた。
「精霊達もあなた方の来訪を歓迎しているようですね」
僕らの様子を可笑しく思ったのか、大精霊様が声をかけてくれた。
「さあどうぞ、この階段を登ってください」
庭を通って御殿にたどり着くと、大精霊が僕に階段を登るように促した。
階段の前には沓脱があったので、僕は無意識でブーツを脱いで隅に寄せた。
「ん?みんなどうしたの?」
「やはり勇者様なのですね」
「坊主、なぜブーツを脱いだんだ?」
そうだった。
ここは日本ではないから、建物の中で靴を脱ぐ習慣は無い。
しかし僕にはかつて日本で暮らしていた記憶があり、建物に上がる時に靴を脱ぐのは当たり前のことだった。
日本の記憶があることについては、僕は誰にも打ち明けていない。
「皆様も、どうぞ勇者様のようにお履物を脱いでからお上がりください」
「ゼルお兄様は精霊様のお作法も知ってらっしゃったのですね。さすがお兄様ですわ」
「へー、そういうもんなんだな」
階段を登ると屏風が立てられており、板敷の床には畳が敷いてあった。
大精霊様はにこにこしながら畳に正座すると、僕らが座るのを待つ。
僕はもうどうにでもなれと思って正座するが、サイプレスとキエノはうまく座ることができないようだ。
「お兄様のようにきれいに座ることができませんわ」
「どうぞ、足を崩してお好きなようにお座りくださいませ」
「無作法ですみませんが、そうさせてもらうぜ」
キエノは女の子座り、サイプレスはあぐら、僕は正座だ。
ツキは足が悪いので、座椅子に座った。
「さて、それでは【精霊魔法】を授かる者の名前を教えてください」
「はい、ゼルコバ・リョーマイケルと申します。あと、こちらのサイプレスさんも第七位階に達しているのですが、【精霊魔法】を授けていただくことは可能でしょうか」
「おいおい、坊主」
サイプレスはバツが悪そうに顎ひげをいじった。
弟子のついでに【精霊魔法】を授かろうというのは、厚かましいと思ったのかもしれない。
「わかりました。お二人の実績に基づいて判断させていただきたいと思います。まずはゼルコバ、あなたは自力でフジ山に登頂しましたので、【精霊魔法・初伝】を受け取る資格があります。さらに守護者であるレッドドラゴンを打ち倒した実力を認め、【精霊魔法・中伝】を受け取る資格があります。また、瘴気によって侵蝕されたレッドドラゴンを浄化して救った功績を認め、【精霊魔法・奥伝】を受け取る資格があります」
「ありがとうございます!」
【精霊魔法】を授けてもらえるようなので、僕は小さく握り拳を作って喜んだ。
【精霊魔法】は複数の段階に分かれているようだ。
「そしてサイプレス、あなたは自力でフジ山の山頂にたどり着いたわけではありませんので、【精霊魔法・初伝】を受け取る資格はありません。しかし、レッドドラゴンの左眼を穿つほどの実力を認め、【精霊魔法・中伝】を受け取る資格があります。ですので、ぜひ自力でフジ山の山頂に辿り着き、再びこの場所を訪れてください。そうすれば、【精霊魔法・初伝】と【精霊魔法・中伝】を授けましょう」
「っ!それはまことですか!?」
サイプレスは驚きに目を見開いて、大精霊に問い返した。
【精霊魔法】を授かることが出来ないので残念だったのかなと思ったが、意外にも嬉しそうだ。
「サイプレスさん、すみません、僕だけ【精霊魔法】を授けていただくなんて……」
「気にするな、坊主。おかげで人生の目標が新たに定まったぜ」
サイプレスは確実に、自力でのフジ山登頂を目指すだろう。
今回は僕が【樹木魔法】で作ったゴンドラに乗ってきただけなので、自力での登頂として認められないという判定だったようだ。
ところで、僕は気になったことがあったので、大精霊に質問をした。
「大精霊様、【精霊魔法】は選ばれた12人にしか与えられない特別な魔法だと聞いたのですが、僕は【精霊魔法】を受け取ることが出来るのでしょうか?」
「それなら心配には及びませんよ。そもそも、【精霊魔法】に人数制限などありません。各地区に存在する精霊殿を訪れれば、魔力使用量を満たし第七位階に到達しているもの全員に【精霊魔法】を授けていますので」
大精霊はそう言うが、だとするとサイプレスから聞いた話との辻褄が合わない。
「そうだったのですか?それでは王都にあるという精霊殿に行けば、サイプレスさんも【精霊魔法】を授けてもらうことが出来るのでしょうか?」
「王都にあるのは精霊殿ではなく、分霊殿です。王都は地区の割り振りから言って、このフジ山精霊殿の管轄内に含まれています。与えているのも、【精霊魔法・体験版】なので、ほとんど習得する意味はないでしょう。真の第七位階魔法は、【精霊魔法・初伝】【精霊魔法・中伝】【精霊魔法・奥伝】【精霊魔法・皆伝】【精霊魔法・秘伝】の、計5つに分かれていますが、それぞれが強力な魔法で、体験版とは比べものにならない強さですよ」
なんと、これまで人間が【精霊魔法】だと思っていたものは、実は全くの別物だったようだ。
「【精霊魔法・体験版】は、精霊殿を目指す魔法士があまりにも少ないので、私の100分の1の魔力をさらに12等分して貸与しているに過ぎません。真の【精霊魔法】を目指すためのモチベーション向上につながると考えていたのですが、あまり効果が無いようであれば廃止も検討した方が良いかもしれませんね」
「ちょっちょっちょ、ちょっと待ってくださーい。廃止はしなくても良いと思います!」
「そうでしょうか。勇者様がそうおっしゃるのであれば、廃止するのはやめましょう」
危なかった。
僕の何気ない一言で、これまで第七位階魔法士として活躍してきたお歴々の面子が潰れるところだった。
僕は自分が対面している存在がただならぬものであると、再認識した。
「それではゼルコバに第七位階魔法【精霊魔法・初伝】【精霊魔法・中伝】【精霊魔法・奥伝】を授けます」
ポワッ
次の瞬間、僕は自分の中に新たな魔法が刻み込まれるのを感じ取った。
「おめでとう、ゼルコバ。ここに真の第七位階魔法士が、新たに誕生しました。さぁ、宴を開きましょう」
大精霊のその言葉を待っていたかのように、色とりどりの御前が大量に運ばれてきたのであった。




