031
僕がレッドドラゴンを捕獲してモンテ・アジュガに戻ると、リョーマイケル伯爵家の騎士団が20名ほどモンテ・アジュガに来ているところだった。
僕は騎士達をびっくりさせないように、世界樹の大枝にもりんちゅ1号を降ろし、レッドドラゴンを捉えた投網を枝に固定してぶら下げておく。
太陽はまだ高い位置にあった。
「あとで迎えに来るから、それまでここでおとなしくしているんだよ」
「ギャウウ」
レッドドラゴンは反抗する気力を失ったのか、すっかり従順になった。
僕の言葉をある程度理解しているのかもしれない。
僕は魔力ロープを伝って静かに世界樹から降下すると、騎士達の元へと進んだ。
すると僕は、礼拝堂の近くにある広場に集合している騎士達の中に、父アスペラ・リョーマイケルの姿を発見した。
「父上、わざわざ来てくださったんですね!」
「おお、ゼルコバよ。話はデーツ騎士団長から聞いている。アジュガローマ陥落の危機を救い、モンテ・アジュガではツキ様と修道女達とキエノを助け出したそうだな。見事な働きだ」
「貴族の血を引く者として、領地の防衛に努めるのは当然の行いです」
「いつもながら10歳とは思えない言動だな、わっはっは」
父は僕たちの活躍に満足したのか、上機嫌だった。
「おう、坊主、帰ってきていたのか」
「ゼルお兄様、おかえりなさいませ」
「ゼルコバよ、無事に第七位階まで上がったようじゃな」
サイプレス、キエノ、ツキの3人も、僕の帰りに気がついてやってきた。
「ゼルコバ隊長、このデーツ、ただいま参上しました!」
デーツ騎士団長や、共に苗木を植えて戦った騎士達も、モンテ・アジュガに戻って来ていた。
そのままみんなでわいわいとおしゃべりを始め、修道女達もブドウの葉のお茶を配ったり、焼き菓子などを配ったりしていたところ、いつのまにか宴会へと突入していた。
ツキの顔色もだいぶ良くなり、配膳は出来ないもののあれこれ気を使って、騎士達をもてなしている。
「どれ、こんなにたくさんのお客が来てくれたので、わしも一つ料理を用意するとしよう。トネリや、食糧庫に豚肉の塩漬けやワインがあったはずだから、持ってきてくれなのじゃ」
「はーい、キエノも手伝ってくれない?」
「わかりましたわ!」
ツキはトネリに肉などを持ってくるように指示を出すと、【土魔法】で地面を操作して竈を組み、金属製の大鍋を魔法で作り出した。
【土魔法】は土に含まれている鉄を操作することもできるようだ。
軽く手を振ると竈には魔法の火が現れ、大鍋に次々と備蓄していた野菜や、野草などの具材を【念動】で放り込んでいく。
火についてふと疑問に思った僕は、師匠であるサイプレスに質問をした。
「街で暮らしている人たちも、料理をするときなどに火を使いますよね。そんな時は魔法を使うんでしょうか?」
「そうだぞ、坊主。樹木から取れる薪は貴重品だから滅多に使うことは出来ない。【性質変化】で火を作り出す魔法は、生活する上で必須の魔法とも言えるから、皆なんとかして火を作り出す魔法を習得するために努力するんだ。また、魔力容量が【極めて少ない】者でも使えるように、魔力消費量をかなり節約した魔法が多く利用されている。そういう魔法は生活魔法と呼ばれていて、魔法士が使うような威力の高い魔法とは違い、普通科の学校でも教えてくれるものだ」
これまで伯爵家で何不自由なく生活してきたため、料理というものがどのようにして作られるのかなど考えたこともなかった。
きっと、厨房では料理人達が魔法で火を作り出して料理していたことだろう。
樹木は年月を経ると魔木となってしまうため、木材や枝を薪として使用するとなると、かなりの金額となる。だから皆、火だけでも使えるように頑張って魔法を習得するのだ。
「どうしても魔法が使えない人は、どうやって火を使うんですか?」
「金持ちは魔石や魔道具を使うが、それほど金持ちじゃない者は古くなった木板を燃やすんだ」
木板、それは人々が日常的に使用している、文字を書くための薄い板だ。
木板は紙の代わりとして日常的に使われ、安価で手に入れることができる。
いらなくなった木板は処分される代わりに、火を起こす燃料として使われるのだ。
木板と呼ばれているが、その正体は木のように大きく成長する草である。
「木板は、ウッド草という種類の大型の草から作られるものだ。ウッド草の生産地は各地にあるらしい」
「そうだったんですね。ウッド草の生産地かぁ、いつか見に行きたいと思います」
そんなことをサイプレスに教わっているうちに、トネリとキエノが塩漬け肉などの食材を持ってきた。
肉などを適当な大きさに切ってから、どんどんと鍋に放り込む。
隠し味にモンテ・アジュガ産のブドウで作ったワインをドボドボと注ぐと、ツキはニヤリと笑ってキエノに声をかけた。
「ふむ、後は煮込めば完成なのじゃが、少し水の量が少ないようじゃ。キエノや、水を出してくれんかのぅ」
「はい、お任せください!」
キエノは張り切って大鍋に近づくと、両手を胸の高さに構えて魔力を練り始めた。
すると、キエノの手のひらから水が生まれ、大鍋の中に注がれていった。
「あれ?キエノ、聖なる水差しが無くても水を出せるようになったの?」
「はい、サイプレスさんに修行をつけていただいたおかげで、私も魔法が使えるようになりました!」
キエノは嬉しそうに、水が出せるようになったことを自慢してきた。
水を出すためには、空気中の水蒸気を集めて水の塊を作り出さなければならない。
単に【性質変化】で魔力に水の性質を持たせるだけでは、飲み水として利用できないからだ。
つまり、水を出すというのは、意外と高度な魔法だ。
「えっ!もしかして今日僕がいない間に練習して、水を出せるようになったの?すごいな!」
「えへへ、もっと褒めてください」
「そうだろう、坊主。キエノのお嬢ちゃんはな、すごい才能を持ってるんだ」
「そうか、ゼルコバのみならず、キエノも魔法の才能が……」
胸を張るキエノとは対照的に、アスペラはその様子を見て考え込んでいた。
オークの大群が街を襲うなど、前代未聞の大事件だ。
さらに、フジ山ではレッドドラゴンの異常行動により、噴火が確認されている。
今後、さらに大きな災いに巻き込まれていく可能性もあるだろう。
「ゼルコバ、キエノ、2人ともこっちに来なさい」
「「はい」」
父アスペラがいつになく真剣な表情をしている。
「これまでは2人にわざわざ危険な道を進ませる必要はないと思っていたが、これからは国を巻き込んだ大きな災いに巻き込まれる可能性がある。サイプレス殿、貴殿の目から見て、ゼルコバとキエノは魔法の才能があるだろうか」
様子を伺っていたサイプレスだったが、アスペラ伯爵から訪ねられたために、正直に発言することにした。
「俺の目から見て、ゼルコバ様はすでに一流の魔法士の域に達しつつあります。キエノお嬢様についても、素晴らしい才能と聖属性の適性をお持ちですので、いずれ聖女と呼ばれる魔法士になる可能性もあります。お二人とも、将来は歴史に名を残す魔法士となるでしょう」
サイプレスの言葉を聞いたアスペラは、覚悟を決めたように断言した。
「2人とも、これよりお前達は魔法の道を極めることに人生を捧げよ。魔法の鍛錬をつみ、領地と王国の防衛のために覚悟を決めるのだ!」
「「はいっ!」」
「差し当たってはゼルコバよ、明日から我がリョーマイケル伯爵家騎士団はフジ山に向かい、レッドドラゴン討伐のために王国軍に加勢することとなった。お前も共に来なさい」
「はいっ、わかりまし……あっ!」
僕はうっかり重要なことを伝え忘れていたことを思い出した。
レッドドラゴンはすでに僕が捕獲済みであるので、出兵する必要はないのだ。
「ん?どうしたのだゼルコバよ」
「あの〜、たいへん申し上げ難いことなのですが、ご報告がありまして」
「なんだ、何か問題でもあったのか?気にするな、もはやお前に関して、大抵のことでは驚かんぞ」
「あ、それでは、新しいペットというか、魔物を捕らえたのでお見せしてもよろしいでしょうか?」
「もったいぶるでない、ゼルコバがそういうならきっと珍しい魔物なのだろうな。お父さんに見せてみなさい」
先ほどまでの威厳あるリョーマイケル伯爵としての顔ではなく、優しげな父親としての表情でゼルコバに語りかけるアスペラ・リョーマイケルであった。
「じゃあ、あの、ちょうどフジ山まで遠征しまして、レッドドラゴンを捕らえたのでご確認ください。たぶん異常行動をしていた個体かなと思いまして……」
しかし、ゼルコバが世界樹の大枝にくくりつけていたレッドドラゴンを見た瞬間、穏やかな笑顔のままアスペラはピクリとも動かなくなった。
「なんじゃ、ゼルコバよ。そなた、意外と悪食じゃのう」
「いや、食べないから!!」
「キュゥゥゥゥ」
レッドドラゴンは投網に捕えられたまま、涙を流していた。
どうやら、人間の言葉を理解できるのは間違いなさそうだ。




