019
人間など恐るるに足りない。
1000体のオーク軍団を率いているオークジェネラルはそう考えていた。
主人であるオークロードのブマタンゴは、世界樹を破壊するためにモンテ・アジュガに向かった。
このため、今このアジュガローマという街を攻めているオーク軍団の最上位者は、オークジェネラルである自らであり、最も強力な戦力もまた自らであると自負していた。
ブマタンゴの第六位階魔法【黴魔法】によって発生したカビは城壁を侵食し、脆くなった部分はオークによる突進で徐々に崩れていっている。
城壁の崩壊とアジュガローマ陥落は目前であると思われた。
時刻は午後2時を過ぎた頃、なかなか城壁を崩すことができず、オークジェネラルは苛立っていた。
「オレガイク、ブヒヒヒヒィ!」
「ブーブー」
「ブモ、ブモモ!」
取り巻きのオーク達がオークジェネラルの出陣を囃し立てる。
圧倒的な万能感に包まれて、オークジェネラルは城壁を破壊するために移動を開始した。
城壁まであと100m、その時、オークジェネラルは危機を感じて鋼鉄製の盾を構えた。
ギィン!!
矢だ。
それも、攻城兵器として用いられる大型のバリスタを思わせる威力であった。
腕が痺れるほどの衝撃を受けつつも、矢を撃ってきた邪魔者の姿を探す。
するとオークジェネラルは、1キロメートルほど離れた小高い丘に、バリスタを搭載した馬車を発見した。
鬱陶しい敵め。
オークジェネラルは忌々しく思いつつも、まず先に馬車を破壊してバリスタの攻撃を止めることを優先しようと考えた。
とてもではないが、背後から高威力のバリスタに狙われていては、城壁まで辿り着けない。
邪魔な馬車までの距離は、オークジェネラルにとってはほんのわずかな距離でしかない。
大きな跳躍は、一歩ごとに馬車との距離を縮めていく。
その時であった。
アジュガローマの城壁の脆くなっている箇所の付近で、火球が空に打ち上げられ、そして空中で爆ぜた。
「ナンダ?」
新手の騎士どもが10名ほど、盾を構えて城壁の前に現れているのが見えた。
騎士は盾でお互いの守りを固めつつ、小さな木を背にしてオーク達の突進を受け止めている。
騎士どもは、背負っていた苗木を地面に植えていたようだ。
魔木の大木となれば話は別だが、苗木を何本植えようとも踏み潰してしまえばそれで終わりだ。
「ムダナコトヲ」
オークジェネラルは再び、邪魔な馬車に向かって突進していく。
凄まじい威力の矢が数発放たれるが、いずれも盾によって防ぐことができた。
直撃すれば致命傷は避けられない。
接近してしまえば、馬車を破壊して邪魔者を鏖殺できるだろう。
オークジェネラルがそう考えた次の瞬間、巨大な魔力の奔流が、オーク軍団の動きを一瞬止めた。
そして驚異的なスピードで苗木が成長していき、樹齢100年近い巨木が10本、突如にして現れた。
オーク達は知能がそれほど高くないため、突然の状況変化に戸惑いつつも、巨木に攻撃を仕掛けた。
普通の人間であれば4、5人まとめて吹き飛ばすことができる威力の突進を受けて、しかし巨木は微動だにしない。
地中に食い込んだ支持根はアンカーのように巨木を大地に繋ぎ止めており、コルク質の樹皮にわずかに傷がついただけだった。
何度だって攻撃してやる。
オーク達が怒りに身を任せて暴れ始めたその時、巨木は太枝を大きく振り回して、複数体のオークをまとめて殴り飛ばした。
ーーー
エノキ。
アサ科エノキ属の落葉高木である。
葉は互生し、秋には美しく黄葉する。
開花時期は春で、新緑が展開し始めたころに葉の付け根に淡黄色の小さな花をつける。
秋、黄葉した葉の後ろに、乾燥した小豆ほどの大きさの赤褐色の果実をつける。
果実は小鳥のエサとなり、鳥散布によって発芽する。
実生苗木は、わずかな空き地や道端などでよく見つけることができる。
このエノキの苗木を野営地の付近で発見した僕たちは、根を掘り上げて土をふるい落とし、デーツ率いる騎士団員10名の背中に紐でくくりつけた。
その後、未明から移動を開始した僕たちは、昼過ぎにはアジュガローマに到着することができた。
オーク軍団を迂回するように回り込んでから、サイプレスの固有魔法【隠密】によって存在感を消した騎士達は、城壁の脆くなっている箇所を目指して徒歩で進んでいく。
脆くなっている箇所にはオークが体当たりを続けており、今にも崩れ落ちそうだがなんとか持ち堪えていた。
「坊主、一体だけ盾と剣を装備しているオークがいるだろう。あれがオークジェネラルだ。オークロードはこの付近にいないようだな。これはチャンスだ」
僕たちは馬車を小高い丘に移動すると、射手のアロウがバリスタを装填し、発射準備を完了させる。
馬車に搭載できるほどの小型バリスタでありながら、僕の魔力で【強化】され、攻城兵器に匹敵するほどに高められている。
「オークジェネラルが動いたぞ」
「ウィロウ、すぐに馬車を動かせるようにしておいて。アロウ、オークジェネラルに攻撃だ」
「はいな」
「撃ちます。発射!」
矢は惜しくも防がれてしまったが、オークジェネラルは激昂して駆け寄ってきた。
その時、合図のファイアーボールが空中で爆ぜた。
「ちょうどいいタイミングだね。さぁ、オークジェネラルを引きつけて、良いタイミングで僕の作戦を実行するとしよう」
エノキの苗木を背負った騎士達は、【隠密】状態のまま城壁に接近して、剣で穴を掘った。
穴に苗木を植え込んで、土を被せる前にケヤキの指輪を一つずつ苗木の根元に置いていく。
ケヤキの指輪は僕がモモチから購入したもので、アーティファクト化させることで、およそ100の魔力を蓄積させておくことができる。
さらに、遠隔操作することも可能で、植え付け完了したエノキの苗木を、指輪に蓄えた魔力を解放することで一気に樹齢100年の巨木へと成長させた。
エノキの巨木は次の瞬間には魔力を自動で回復させ、強力な魔木としてオーク達の前に立ちはだかる。
巨大な生垣の完成であった。
もちろん、人間には攻撃をしないように、魔木に指示を出しておくことも忘れない。
「(魔木の魔力は自動で回復するようだ。一本当たりの魔力容量はおよそ1000だ。うん、間違いなくオークでは突破できない)」
しばらくすると、オークが魔木に攻撃をし始めたが、エノキの巨木は全くびくともせず、太枝を大きくしならせてオークを殴り飛ばしていく。
生きた城壁(自動反撃機能付き)の防衛力は素晴らしく、かと言って城壁の他の部分は脆くなっていないので、オーク達はどうすることもできない。
さらに、指示を出すことができるオークロードは戦場にいないし、オークジェネラルは僕たちが引きつけているため、オーク達は次にどのように行動すれば良いかわからず、立ち尽くす個体が見られるようになった。
そうなれば、アジュガローマの城壁に備え付けてあるバリスタや、アジュガローマ支部の騎士達からの弓による攻撃の恰好の的でしかない。
強力な魔木の巨木の登場により、戦況は一変して攻撃側の不利となった。
「さぁ坊主、ここで俺たちがオークジェネラルを仕留めればこちらの勝利だ。気合い入れろ!」
「はい!」
馬車はオークジェネラルを戦場から引き離しつつ、バリスタによる攻撃も継続している。
しかし相手の方が走力で上回っており、このままだと追いつかれてしまうだろう。
ここでオークジェネラルを倒せるかどうかに、戦況の行方がかかっていると言ってもいい。
「サイプレスさん、どうしますか?」
「よし、坊主。お前に一つ試練をやろう。オークジェネラルを一人で倒してこい」
「ええ〜!?それは無理では!?」
「無理じゃねぇ。俺が後ろで援護するから、大丈夫だ。坊主の魔力容量は少ないが、まだ日は高く、魔力は無限に回復する。【強化】を上手く使えば、オークジェネラルなんて簡単に倒せる。これを越えないと、次のオークロードには絶対勝てないぞ」
そう言われた僕は、覚悟を決めることにした。
「はい!オークジェネラルの討伐、やってみます!」




