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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第12章
156/189

守護者との戦い

 青白く光る広間。その中で侵入者を阻む、鋼の巨人。

 棺から覗くのは大きな上半身のみ。長短2対の腕を広げ、瞳の無い頭を侵入者達に向けている。

 巨人の手に武器はない。しかし青みがかった金属でできた身体そのものが武器であり、丸太を幾つも束ねた様な太い腕に殴られればひとたまりもない。

 巨人の身体は棺と、そして床と一体化しているので、動くことは出来ない。その為、腕の間合いの外にいれば危険はない。しかし目的の扉から離れない為、敵を誘き寄せ、その間に扉を通るという手段は使えない。

 また罠などの魔法的な仕掛けが多く施された遺跡の広間の扉が、そう簡単に開くとも思えない。これ見よがしに守護者が鎮座しているのだから、それを倒さなければ開かない、と思うのは自然のことだった。

 ここにいるのがただの冒険者のパーティーであれば、戦闘か撤退かを必死に考えたことだろう。もしかすると魔力が吸い取られている時点で、迷うことなく撤退していたかも知れない。

 だがアルクラドにとって、この程度の障害は、障害ですらない。鋼の巨人を見上げつつも、いつもと変わらぬ感情の読めない表情で、聖銀の剣を構えている。

 魔力を吸われる環境にありながら、魔力を払う聖銀の剣を構える。これだけで、アルクラドがこの状況をどれだけ軽く見ているかが分かるというものである。

「青き鉄の守護者よ。其方に自らの意思あらば、我の言葉に耳を傾けよ。我の歩みを阻めば、其方はこの世から消え失せる。留まる事を望むならば、そこで座視しておれ」

 意思があるか、返答があるかは関係ない。もはや儀式的なアルクラドの口上に、しかし鋼の巨人が反応した。長腕の手を握りしめ、短腕の手を床から離しアルクラドへと向けている。

 物言わぬ巨人から、明からな戦いの意思が感じられた。

 アルクラドは表情を変えず、無言で歩き出す。その姿を見ながら、シャリーも静かに魔力を巡らせる。

 そうして両者が戦闘の態勢を取った時、金属を擦り合わせた様な耳障りな音が、微かに聞こえてきた。

 ッィィィィィィ……!!

 微かだった音が、部屋を埋め尽くすほどの大きさになる。心が締め付けられる様な音に、シャリーは慌てて耳を塞ぐ。

 しかし音は止まない。

 身体の内で鳴っているかの様に、塞いだその耳の奥で音が大きく響き渡っている。

 カチカチカチッ……

 不意に新たな音が生まれた。正しく身体の内側で鳴ったそれは、震えた身体が歯を打ち鳴らす音であった。

 何故こんなにも身体が震えるのか、と不思議に思いながらもシャリーが視線を上げると、棺の中から大量の何かが飛び出してくるのが目に映った。

 おぼろげで透けて見える人の様な形をした何か。

 それらはひとりでに浮き上がり、苦悶に満ちた表情で鋼の巨人の周りを漂っている。その口は、怨嗟の声を叫びながら、大きく開かれている。

 死霊レイス

 生者に仇を為す、地に留まり続けた死者の魂の成れの果てであった。

 50を超える死霊レイスの群れ。それが絶えず叫び声を上げていた。どこともなく響くその怨嗟の声は、広間を埋め尽くし、聞く者の心を縛っていた。

 巨大な鋼の巨人と、大量の死霊レイス達。

 実体を持つものと持たないもの。その2つが、この広間を守る守護者達だったのである。


 アルクラドとシャリーを見咎めた死霊レイス達は、鋼の巨人の元を離れ、広間の中を飛び回り出した。

 2人の傍へ行き、その周りで怨嗟の声を叫び続ける。そして何かを渇望するかの様に、命ある者へ手を伸ばすのである。

 死霊レイス達は2人にまとわりつき、叫びながら触れることの出来ない手を伸ばす。ただそれだけを繰り返していた。

 身体を傷つけられるわけでもなく、魔力を吸い取られるわけでもない。

 しかし苦痛と恨みに満ちた死霊レイスの叫びは、聞く者に言い知れぬ恐怖を与え、心を縛る。透けたその手は、途轍もない悪寒を伴って生者の身体に入り込む。

 死霊レイスが与えるのは、精神的な苦痛。心を挫き、掻き乱し、身体を縛るのである。そして最後は、耐え難い責め苦によって生者の心を壊すのである。

 50を超える死霊レイスだけでも非常に厄介な相手だが、この広間にはもう1つの守護者がいる。心しか壊せない死霊レイスに代わって、文字通り身体を壊す鋼の巨人である。

 広間が侵入者の魔力を吸い取り、死霊レイスが心を壊し、巨人が身体を砕く。

 誰1人として扉の先へ通す気はない。

 そんな意思がありありと伝わってくる様な、余りにも堅固な守護であった。

 しかしそんな中にあって、やはりアルクラドは平然としていた。

 そもそも恐怖という感情を備えているかも怪しい彼が、死霊レイスの叫びで心を縛られ、乱されるなど、あるはずもなかった。

 腕を砕かれ、また身体中を槍で串刺しにされても眉1つ動かさない彼が、ただの悪寒程度で身体を縛られるなど、あるはずもなかった。そもそも悪寒を感じているかも怪しい。

 自身の周囲にまとわりつく死霊レイスを2度ほど見た後は、まるでそこに居ないかの様に、鋼の巨人だけに目を向けていた。

 その様子にシャリーは呆れた様な笑みを浮かべる。

 アルクラドが恐怖に身体を震わせる姿など想像も付かないが、20、30の死霊レイスに囲まれても平然としているのは、何とも不自然に感じられたのだ。

 しかし笑みは浮かべつつも、シャリーの身体は震えている。全く動けないわけではないが、少なからず死霊レイスの叫びの影響を受けているのである。

 シャリーはギュッと目を瞑り、乱れていた魔力を再び巡らせる。心を静め、恐怖を悪寒を、意識の外へと追いやる。

「眩き光よ……あめより注ぐ命の源、闇払う明けの火輪ひのわよ……命の理外れし者を、命の巡りへ還し給え……闇に棲まう者達を、光の下へ導き給え……魂送の光サント・ルークスッ!」

 不死なる魔物の一種である死霊レイスは、他の不死なるものと同様に、太陽の光によって滅される。その為、光の魔法による攻撃は、陽の光ほどではなくとも、不死なるものを消滅へと導くのである。

 そしてそれは吸血鬼ヴァンパイアも例外ではなく、本来ならばこの場で光魔法を使うのは望ましくない。たとえ幾体もの死霊レイスを打ち払う為だとしても。

 しかしアルクラドはただの吸血鬼ヴァンパイアではない。真夏の強い陽射しを直に浴びても顔をしかめる程度で済む、他とは一線を画す不死者なのである。

 光の魔法程度では何の痛痒も感じず、故にこの場の死霊レイスを一掃する手としては最適であった。

「…………?」

 しかし魔法を放った瞬間、シャリーが眉をひそめる。自身の周りを照らした眩い光。しかしシャリーはこの広間を埋め尽くすつもりで魔法を放ったのである。込めた魔力に対して、発動した魔法の規模が余りにも小さかったのである。

 数体の死霊レイスが消え去ったものの、広間は依然として身の毛もよだつ叫びで満たされている。

 何故だ、と思うシャリーは、すぐに魔力が吸われたということに思い至った。

 この広間は、身体からだけでなく、放たれようとする魔法からも魔力を吸い取っているのだった。それは身体から吸い取られるのとは、比べ物にならない量であった。

 これでは駄目だ、とシャリーは更に魔力を込める。先程の2倍、3倍の魔力を込め、再び光の魔法を放った。

 強く光が、シャリーの周りを照らす。

 目を覆いたくなる様な眩い光は、シャリーの周囲の死霊レイスを全て消し去り、アルクラドの周りを漂っていた死霊レイスもほとんど消滅させていた。

 おおよそ望んだ通りの結果となったが、シャリーは杖を握りしめながら大きく息を吐いていた。

 魔力が枯渇したわけではない。しかし大魔法並みの魔力を使って、ようやく中規模、小規模の魔法を発動させられたのである。この先も魔法を使うことを考えれば、決して楽観視できない魔力の消費量だった。

 そんなことを考えながら、シャリーはアルクラドへと視線を向ける。

 未だ3体の死霊レイスに付きまとわれているアルクラドは、やはりその存在が無いかの様に振る舞い、ただ真っすぐに鋼の巨人へと向かって歩いていた。

 頭の中が埋め尽くされるほど響いていた死霊レイスの叫びも、今はとても小さく感じられ、アルクラドから相手にもされていない死霊レイスが、何だか哀れに感じられるのであった。


 死霊レイスを引き連れながら巨人の元へ歩くアルクラド。彼が間合いに入ると、鋼の巨人はその左の長腕を、床を擦りながら薙ぎ払った。

 丸太を束ねた様な腕が、しなりながらアルクラドへと迫る。

 唸りをあげ迫り来る巨大な腕を、アルクラドは聖銀の剣から伸ばした魔力の刃で切り払った。左腕が壁に激突し轟音を響かせるのと同時に、右腕がアルクラドに振り下ろされる。しかしそれもすぐさま切り払われ、床を激しく打ち鳴らすに終わった。

 巨人は手首から先の無くなった長腕を振り上げ、再びアルクラド目掛けて振り下ろした。足を数歩前に進めたアルクラドは、再び巨人の腕を打ち払った。

 その瞬間。

 腕から切り離された巨大な手のひらが、アルクラドを握り締めた。手の中にすっかり収まったアルクラドは、そのまま巨人の方へと投げ飛ばされる。そして、それを待ち構えていた短腕が、激しくアルクラドを打ち付けた。

 硬く耳障りな音と共に、壁に向けて一直線に吹き飛ぶアルクラド。しかし激突することはなく、音も無く壁に足をつき、フワリと床に降り立った。

 鋼の巨人に、何が起こったのか不思議そうな目を向けるアルクラド。シャリーもアルクラドの無事に小さく息を吐き、巨人へと向き直る。2人の視線のその先では、切り離された巨人の手が、ひとりでに動いていた。

 5本の指を動かし、蜘蛛の様に床を這う巨人の手。身体の元に辿り着くと、手と腕の切り口同士を合わせた。そして僅かに青く光ったかと思えば、手は元通り腕にくっついてしまったのだ。

 その時、広間から巨人に向けて大量の魔力が流れ込んでいた。通路にいた石像達と同じく、鋼の巨人も魔力で蘇る厄介な相手であった。

「ふむ……」

 アルクラドは小さく呟き、考え込む素振りを見せる。それも束の間、手のひらに小さな炎を生み出した。紅く燃える魔法の炎は、魔力を奪われる中にあって、その勢いを増し、広間の空気を熱していく。

 瞬く間に人を包み込む大きさになった炎を、アルクラドは鋼の巨人に向けて放った。

 迫り来る火球を、長腕を前に突きだし、短腕を身体の前で交差させて、防ごうとする巨人。しかしアルクラドの生み出した炎は、その防御を容易く突き破り、巨人の胴体へと迫った。

 巨人の腕は4本ともが、炎の余りの熱にドロドロと溶け落ち、太い胴体は半ばまで抉れていた。

 しかし再び青い光を放つと、溶けた腕も抉れた胴体も、元通りに戻ってしまった。アルクラドほどでないにしても、驚くべき再生能力であった。

 そんな敵を前にして、倒せるかどうかなどという不安は、もちろんアルクラドにはない。シャリーもその点に関しては、何の心配もしていない。アルクラドがその力を少しでも解き放てば、鋼の巨人が再生する間もなく、消滅させてしまえるのだから。

 しかしアルクラドがそうするとなると、別の心配が浮かび上がってくる。

 遺跡が耐えられるのか、どうか。

 鋼の巨人を倒したはいいが、遺跡が崩壊してしまったのでは意味がない。シャリーが生き残れるかという問題もあるが、依頼は確実に失敗となってしまうだろう。

 その点はアルクラドも分かっているのか、すぐさま強力な魔法を使おうとはしなかった。

 再び何かを考える素振りを見せたアルクラドは聖銀の剣を仕舞い、代わりに龍鱗の剣を引き抜いた。そして艶やかな漆黒の刃に魔力を込めていく。

 青白く光る空間を(ドラゴン)の威が埋め尽くしていくのと同時に、魔力の刃が形作られていく。

 僅かに透けた、紅く昏い魔力の刃。

 それが自らの背丈ほどに伸びたところでアルクラドは巨人に向かって歩き出した。振り下ろされる長腕を躱し、迫る短腕を打ち払う。4本の腕を掻い潜りその懐に入ったアルクラドは、巨人の胸へと剣を突き刺した。

 巨人の抉れた胴体が再生する時、アルクラドには見えていたのだ。その再生を司る核ともいうべき輝きを。

 それを目がけて突き出した剣は、甲高い音を響かせながら巨人の胸を貫いた。しかし巨人はすぐさま腕を振るい、アルクラドを払いのけた。

 アルクラドが狙ったその核は、巨人の身体の中でその位置を変え、迫る剣を避けたのだ。そして魔力の刃も、深く身体に刺さるにつれて魔力を奪われ、その形を崩していった。その速度は思う以上に速く、たとえ核が移動しなくても届かないであろうほどだった。

 さて、どうするか。

 アルクラドは再び、巨人を倒す為の手立てに考えを巡らせるのであった。

お読みいただきありがとうございます。

案外強く厄介な守護者、次で決着となります。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、龍鱗剣の活躍の番か、と思ったがお預けでした。 一体どうやって倒すのか期待です
[一言] 上半身だけの鋼の巨人でキングダークを連想した。 最後は爆発ですかね。
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