居候
「大変だとは思うけど、そんなの私一人で決められないし〜」
一通り私の説明を聞いたお母さんがそんな感想をこぼす。
"先ほど時量さんを送るためにお店に戻ったらお店でボヤが起きており、
時量さんは住まいも仕事も失ってしまって、行く宛も無いようで、私に原因の一端があるので責任とってうちに住んで欲しい"と。
我ながら、なかなかの演技だったと思う
時量さんには事前に口裏を合わせてもらうために説明済みだ。
時量さんは私が家族に嘘をつくことをだいぶ渋ったけど、最終的には私の熱意に諦めたのか了承してくれた。
お母さんも、常日頃から私のトラブルに慣れすぎているので、こんな突拍子も無い設定にも特に疑問は抱かなかったようだ。
けれど、さすがに突然現れた他人を居候させることには、すんなり了承してくれない。
「一粒さんに、勧めてもらって、ついここまで来てしまいましたが、長居するつもりはありません。」
ずっと静かに黙って座っていた時量さんが、お母さんに向けて話す。
「どちらかに他にお住まいが?」
「いえ、しばらく仮の宿を探して、その間に何か住み込みでさせてもらえる仕事を探そうかと。ただ、一粒さんに時々会いに伺ってもいいですか?」
「え?一粒に?まぁ、それは構いませんが、え?え?」
時量さんの発言の中に、母の乙女心センサーが燻られる部分があったのだろう。
あからさまに目をキラキラさせて、私と時量さんを見比べている。
時量さんの意図は私の様子を見るというお父さんからの指示のためだろうけど。
私は母の好奇心ビシバシの目線を無視して時量さんに突っ込む。
「住み込みの仕事って何か当てはあるんですか?」
「それは、ないですが。」
「今どきなかなか無いわよね〜」
私が頭の中でシミュレーションした時量さんの住み込みのお仕事とは
勧誘されるままホストになり、世間知らずをいいことに搾取されまくる時量さん。
どこかの宗教団体で教祖にされて謎のお札をたくさんつけられて座らせられる時量さん。
どこかの孤児院で先生をしながら借金取りに脅される時量さん。
私の妄想の中の時量さんは、全てのパターンで不幸になっていて、ゾッとする。
「やっぱりだめだよ!時量さんはせめてうちで世間慣れしてから社会にでるべきだよ!こんな感じの時量さんをこのまま街に解き放ったら絶対危ないよ!」
「一粒さん、私は成人した男ですよ。」
「…でも、確かになんだか、心配よねぇ?」
お母さんも何か感じいるものがあるのか、頬に手を当てて心配そうな面持ちで、時量さんを眺めている。
とにかくお母さんだけでは決められないという話のまま、おじいちゃんかお父さんの帰りを待つことになった。
2人が帰ってくるのは夜になるし、お母さんは今夜はうちで夕飯を食べて泊まっていくことを勧めてくれた。
時量さんも恐縮しながらも受け入れてくれた。
私が2階の自分の部屋で制服から部屋着に着替えていると、中庭に人影が見えた。
おじいちゃんが帰ってきたのかなと思って、もう一度よく見ると、客室に荷物を移しに行ったはずの時量さんだった。
昨夜、雷に打たれた御神木の近くに佇んで、見上げているようだった。
木はここから見ても、あちこちに焼け焦げがあって、大きく裂けている。
(…あの木、おじいちゃんどうするんだろ。)
着替えてる途中だったロンTの袖を通しながら階段を降りて、中庭に出るための勝手口を開けて、つっかけサンダルを履いた。
上から見た時のまま、時量さんは御神木の近くに佇んでいる。
勝手口の音で私に気づいたのか、チラと視線を向けて会釈して、また御神木に視線を戻す。
「その木、昨日の夜雷に打たれちゃったんですよ。」
「昨日?」
私は軽く頷いて、隣で同じように木を見上げる。
「この木、私が産まれた時に、おじいちゃんが私の御神木にって決めたんだって。なのに御神木がこんなんなっちゃったから、家族が今朝は大騒ぎで。ほら私トラブル体質だから。」
「…その通りでしたね。」
「…まぁ、そうですかね。でも時間屋はトラブルにカウントしてませんよ。私は何ともないし。」
時量さんは聞いていないとか、同意していないのか、返事が無いまま御神木を眺めている。
「とても、立派なムクロジの木ですね。」
「はい。」
2人で並んで御神木を見上げる。
今の季節は、ふわふわした黄緑の花をつけているんだけど、上から真ん中から辺りまで、割り箸みたいに裂け目が入っていて、花をつけたまま傾いた枝が頼りなく揺れている。
子供の頃は、秋になると御神木の下で、黒っぽい実をたくさん拾ってバケツにいれて、お兄ちゃんとおままごとをした。
ムクロジの実は、水を入れると石鹸みたいに泡立って楽しいのだ。
庭の反対側から、ザクザクと砂利を踏み鳴らす足音がした。
驚いてそちらに目を向けて確かめると、大きめの杭とロープを持ったおじいちゃんが、こっちに歩いてきていた。
「おじいちゃん!いつの間に帰ってたの?」
「さっきな。車で裏口からそのまま来たんだ。一粒無事だったみたいだな。」
「まぁ、普通に学校行ってきただけだし。」
おじいちゃんが、時量さんの姿に気付いて『おや?』と目を見張る。
「そちらはどなたさんかな?」
「えーっと、この人は、説明すると長いんだけど、今日私がお邪魔したお店の店員さんで、不運にもお店にボヤが起きて、仕事と住まいを失った時量さん。」
「なんだって?」
私が一息で話したとんでもない設定に、いつも堂々としたおじいちゃんも、珍しく軽く困惑する。
「つまり、私の不運に巻き込まれて、仕事も住まいも無くなった可哀想な青年である時量至さん。」
「とんでもないこともあるもんだな。行くとかはあるのかい?」
「いや、今から探すつもりです。」
そりゃあー!とか、はぁー!とか言いながらおじいちゃんは工具箱から工具を出して、御神木の近くの地面に持っていた杭を軽く刺している。
「おじいちゃんそれどうするの?」
「このままじゃ危ないからな。あらかた危なそうな枝は切ったが、とりあえず誰も近寄らないように囲いを作る。」
杭は結構な太さで、おじいちゃん一人で支えながら打ち込むのは大変そうだ。
「手伝おうか?」
「あー、一粒じゃあちょっと力がな。時量さんですっけ?少し手伝ってもらえないですか?」
「もちろんです。」
時量さんはおじいちゃんの指示通り、杭を押さえる役をして、その上からおじいちゃんが木槌で杭を打ち込んでいく。
腕まくりして杭を抑える時量さんの腕は、意外と筋肉の線が浮き出ていて、おじいちゃんの木槌の振動にも全く身体がぶれていない。
儚げな印象とは違って意外と力があるようで、驚いた。
「助かったよ時量さん!」
「いいえ、お役に立てて、嬉しいです。」
時量さんは今日見た中で、一番嬉しそうな顔をしておじいちゃんを見ていた。
ほんのり顔が上気して、瞳が光っている。
(…解せないんですけど。)
拗ねる私に気づかず、おじいちゃんが時量さんに話しかける。
「時量って名字、もしかして、あすこの三坂神社の親戚すじかい?」
「いや、そんなことは、聞いたことはありません。」
おじいちゃんは急に妙な質問をしたが、時量さんにも心当たりがないようだ。
「俺は、あそこの木も長年仕事で診させてもらってる関係で、昔何かの折りに家系図を見せてもらったことがあるんだが、分家図の端に時量とあった気がするんだが。」
「家系に関しては、店のこと以外は知らなくて。お役に立てずすみません。」
「いやいや、ただ気になっただけだから謝らんでいいよ。珍しい名字だったから合っていると思うんだけどなぁ。」
うーむとおじいちゃんは一寸思案した後に、時量さんに笑顔を向ける。
「良かったら時量さん、しばらくうちに泊まっていきなさい。うちは部屋が余ってるし、時間がある時に、たまに私の仕事を手伝ってくれると助かる。」
「おじいちゃん!いいの?!」
「これも何かの縁だ。たぶん一粒も何か助けられたんだろうし、困った時はお互い様だ。」
そのままおじいちゃんが、お母さんや、帰宅したらお父さんも説得してくれて、晴れて時量さんはうちの居候になった。
私は最初からそうして欲しかったので大賛成だ。
唯一ゴネたのは大学生のお兄ちゃん。
最も帰宅の遅かったお兄ちゃんは、家族の囲う食卓に一緒に座っている時量さんを見て
「誰だ?!い、一粒の彼氏か?!」
と大騒ぎした。
時量さんが、丁寧に挨拶し、一部始終説明したが、それでもしつこく色々と質問していた。
「年齢は!」
「二十二歳、くらいだと思います。」
「くらいってどういうことだよ。」
「あまり歳を重ねると年齢をはっきり数えてなくて」
「仕事は?」
「砂時計を作っていました。」
「え?砂時計だけ?」
「はい、砂時計だけ。」
「食っていけるのかそれ?」
「贅沢をしなければ、問題ありませんでした。」
「彼女は?」
「恋人、ということですかね?特に機会に恵まれず、いませんね。」
「……なんか、そんなモテそうな顔して、中身は枯れたじいさんみたいなやつだな、おまえ。」
「ゲホゲホ!!!!」
「なんだよ、一粒、咽せて窒息するなよ?おまえ、時量だっけ?俺は久谷大地な。もっと若さというものを教えてやるよ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
妙にするどい洞察をしたので一瞬焦ったが、警戒心は強いのに人懐こいという相反する特性を持つ兄は、一瞬で時量さんに懐いたようだった。簡単なやつめ。
とりあえずこんな感じで時量さんはうちの居候となった。




