時戻し
「あ、うち、ここです。」
「はぁ。」
実は私の家はこの近所でも有名などでかい日本家屋だったりする。
作りも古めかしくて、周りの現代的な街並みからかなり浮いている。
ぐるりと囲まれた低い石造りの外壁の上には、美しく整えられた生垣がのぞいているし、おじいちゃんがまめに手入れしているおかげで、いつだって、その季節を彩る樹木が花をつけている。
ちょうど、庭のししおどしが時折竹を打ちつける澄んだ音が聞こえてきた。
大抵初めて見る人は、その時代錯誤的な外観にとても驚く。
時量さんは、あんなに一般的なご近所の風景に興味津々だったわりに、逆にうちを目の前にしても反応が薄い。
本当に何というか、チグハグな人だな。
私は、こっそりと時量さんを観察する。
初めの印象通り、男の人のわりに、色白で、全体的に色素が薄くて、どこか儚げな感じ。
服装は、襟のない無地のシャツに、ゆったりした感じの紺のズボン。
両方とも、ちょっとサイズが合ってなさそうで大きすぎる感じ。
おしゃれなオーバーサイズっていうよりは、なんかうちのおじいちゃんの服装によく似ていて、年齢感に合っていない。
この容姿に重ねて、うちを見てもこの反応。
(何か俗世から離れた生活とか、そういうのしてるとか?)
内心で首を傾げつつ、家の中に案内した。
「どうぞ。」
客間に通して、端に重ねてあった座布団を運んで、座卓の前に置く。
時量さんはとことこ歩いて部屋にはいると、用意した座布団にチョコンと座った。
せっかく庭が見やすい位置に座布団を敷いたのに、時量さんは、なぜか首を捻って部屋の中の様子を興味津々といった風に眺めている。
その隙に、私は台所に麦茶を取りに行く。
「お母さんが持って行こうか?」
二階からお菓子の袋を持って降りてきたお母さんと鉢合わせる。
「大丈夫。自分で待っていく、それ持っていっていいの?」
「そう、お出ししようと思って、お店の方はお時間大丈夫なのかしら?」
「他の店員さん居たし、たぶん大丈夫なんだと思うよ?」
時量さんのことは、熱中症になりそうで避難した店の店員さんということにした。
嘘ではない。
そして、その後忘れものした私を追いかけてきてくれた、と。
ここはちょっと嘘。
そもそも、お店で謎の揺れが起きて、意識を失って、その後逃げて追いかけられて今に至るなんて説明、まず家族にする気にならない。
絶対大騒ぎする。
そのあと、同席するという母の提案を押し留めて、お盆に麦茶のコップと木鉢にうつしたお菓子を載せて持っていく。
客室に戻ると、時量さんは窓ガラスを凝視していた。視線の先には石塀があるだけだ。
(もしかしてガラスに映った自分を見てる?)
「時量さん?」
「…」
「あの、時量さん?」
ビクッとして、私の方に時量さんの視線が合う。
「??…あ、私か。」
「??」
「なんでもないです。名前呼ばれることあまりなかったから、慣れないですね。」
「はぁ。」
2人とも麦茶を飲んで、しばしの沈黙。
隙間を開けてある窓からクチナシの香りが風と一緒に入ってくる。
私がこっそり香りを楽しんでいると、目の前の時量さんも、目を閉じて深呼吸するように香りを吸って、少し口元を緩ませていた。
時量さんと私は、初対面で、しかも若い男の人なのに、なぜか緊張感というものが全く湧いてこない。
お兄ちゃんと年齢が近そうだからかな?
私には4つ上の兄がいる。
さっきお母さんに確認したら今日は大学に行ってて夜まで帰らないそうなので、一安心。
(お兄ちゃんいたら絶対うるさいから。)
「あの、つかぬことを聞きますが、最近、時間を戻して、やり直したいような出来事がありましたか?」
短い沈黙を破って出てきた時量さんの発言は、ずいぶんとぶっとんだ内容だった。
私は一瞬の逡巡の後、質問の意図は脇に置いて、とりあえず内容に返答する
「特にないです。」
「…そうですか。」
会話が終わった。
(え、なんなの?)
時間屋という店名
あの大きな砂時計
砂時計に触れた時の
ひっくり返るような感覚
そして、この質問
("時を戻す"?)
時量さんは、一寸目を閉じてから、再び座卓の向かいの私の目をじっと見る。
「あの時間屋は、本来時を戻せる条件がそろった人間しか、入れないんです。」
(…えっと、もしかして、そういう怪しい類人だった?)
私は頭をよぎる猜疑心を顔にはださず、再び内容に合った答えを考える。
「でも、普通に開きましたよ、扉。」
「そうみたいですね。だから私も久谷さんの姿を見た時、時戻しのお客さんかと思ったんです。…ただ、君は大砂時計に触れていた。」
私の勝手な行動がバレていて、さらにずばり指摘されたことに冷や汗がでる。
でも目の前の時量さんの表情は穏やかで、そのことを責めているようには見えない。
私は自分の心臓を宥めつつも、謝罪の意味も込めて、姿勢を正して頭を軽く下げる。
「ごめんなさい…。あんなに大きな砂時計、珍しくてつい。…あの、時量さんもあの場に居たんですか?全然気づかなかった。」
「時戻しの揺れの前に、目が合ったと思ったのですが?」
「え?私が見たのは、おじいさんで。」
「あぁ、そのおじいさんが私です。」
「は?」
(何言ってんの?)
目の前のこの人は、ずっと意味わからないことを言ってるけど、今の発言が最も理に適わない。
だって、目の前のこの人は、明らかに20代くらいの男の人で。
おじいさんに見間違えるはずもない。
でもあり得ないはずの言い分なのに、私はどこかでこの人の言ってることが"真実"、あるいは"現実"だと認識している。
確かにあの時、私は、あの店の中で、今まで体感したことのない不可思議な体験をした。
何を言葉にすべきか分からずに、私が口を開けたり閉じたりしていると、時量さんが、それを察したように再び口を開く。
「本来は私、七二歳だったんですよ。時戻しに巻き込まれたのか、おそらく今は外見年齢的には二十歳そこそこという感じでしょうけど、亡くなった先代まで戻ってきてしまうし、店ごと時戻ったのでしょう。」
「な…、にそれ…。」
全然理解が追いつかないけど、一つだけ腑に落ちたことがあった。
(時量さん、やっぱりさっき庭じゃなくて、自分の姿を見てたんだ。)
きっとものすごく衝撃的だったに違いない。
五十近く若返った自分がそこに居たのだから。
「なぜ一粒さんは消滅しなかったんでしょう。」
首を傾げられても、こんな難解な出来事、私に答えられるわけがない。
トキモドシ、時戻し、時間を戻す。
七二歳?
じゃあ最初の助けようとしてくれたおじいさんが時量さん?
目の前の時量さんを凝視する。確かに、言われてみれば朧げな映像記憶の中のおじいさんと時量さんはとても似ている。
「しょ、消滅…?」
淡々と話す時量さんの話しの中に、とても危険なワードが入っていた気がして念のため確認しておく。
「私の年齢からして、少なくも五十年近く時戻しが起きたようだから。久谷さんは高校生と言っていたし、赤ん坊の前の、それこそ細胞単位に分裂してもおかしくないと思うけど、どう見ても初めて見た時と、変わっていないようだから、なぜなんだろう。」
あらゆるトラブルに見舞われてきた私でも、細胞単位に分裂するかもしれなかったのは、たぶん初めてだ。
「…あの、私すごく、トラブル体質なんです。昔からよく事故とかに巻き込まれて。」
時量さんは『あぁ』と、合点がいったように頷く。
「名刺三枚持っていましたもんね。轢かれた車の。」
「いや轢かれてないですよ、未事故ですよ。」
あぁ、そうでしたね、と頷く時量さんは天然なのか雑なのか。
「それで、すごく不運ではあるけど、いつもギリギリ助かるから結構幸運ではあるんです。だから、よく分からないけど分裂?しなかったのも私が原因かもしれないです。」
「君が原因…。」
時量さんは何かを探るように私をじっと見つめる。
時量さんがじっと見てフリーズするのには段々この短い時間で慣れてきた。
「確かに、そうかもしれない。」
私の何を見て納得できたのか、さっぱり分からないけれど、時量さんはゆっくり立ち上がった。
「でも君は、時戻しを望んでいたわけじゃない。これ以上は私だけで考えても分からないかもしれない。私は店に戻るよ。」
「あ、そうなんですか?えーっと、どうします?」
「?」
ハテナを浮かべる時量さんに対して、私もなぜ自分が呼び止めたのか、よく分からなかった。
とにかく思いつく疑問をそのまま口に出してみる。
「いや、よく分からないけど、私はなんともないけど、時量さんは若返って何か困らないんですか?」
「…どうなんでしょう?」
首を傾げる私に、時量さんも首を傾げて答える。
(どうなんでしょうと、言われても…でも、)
「じゃあ、何かの縁ですし、困ったら連絡を…」
と制服のスカートのポケットからスマホを出すけど、
「それは、電話ですよね?私が持っていないから無理じゃないかな。」
と言われてみればその通りな答え。
この人がスマホぽちぽちしてる姿想像できないし。
「じゃあ私がまた時間屋に行って、」
「それは難しいかもしれないです。時間屋は本来時戻しの運命を持つものしか見えないし入れない。」
「えぇー…、じゃあどうしよ…」
2人で困ったなと途方に暮れる。
いや途方に暮れたのは私だけかな?
時量さんは何を考えているのか、ぼうっと遠くを見ていた。
「…私が、一粒さんに会いに行きますよ。」
「え、ほんとに?」
意外な答えに、私の答える声が無意識に弾む。
(え?なんで、私喜んでる?)
いやいや、と一人で首を振る。
「時間屋から君の家の道は、たぶん覚えたし、きっと、外にはまた出れる気がします。」
「外に、出れる?出れない時もあるんですか?」
「時間屋の店主は外に出ないんです。出られないかどうかは知らなかったけど、出ない決まりなんですよ。時戻しの客がいつくるか分からないから、ずっと店で次の客のための砂時計を作っています。」
絶句。
え、じゃあ今は初めてのおつかいならぬ、初めての外出?
だからあんなキョロキョロしてたの?
「うそーー!!!危ないじゃないですか!それなのにあんな猛烈ダッシュの私を走って追いかけて来たんですか?!」
「交通ルールは知っていましたよ。本は結構無駄にたくさん読んでますから。」
(あ、笑った…)
私はこんな絶滅危惧種ばりに世間慣れしてない時量さんを、1人で帰らせる気にはなれず、半ば強引に時間屋に戻る時量さんを送っていくことにした。




