7話 大盾の剣士
北方辺境に面する城塞都市ゲルメクと周辺農村の自治区の歴史は、魔物との闘争の歴史である。
中央とは比べ物にならないほど魔物の襲撃を受けてきた人々は、貴族から農民までペンを剣に、鍬を槍に持ち替えて戦い、街を守ってきた。
しかし、数ヶ月前に現れたアンデッドの群れには、これまでの戦いが通用しなかった。
いくら切っても叩いても、痛みも恐怖も感じず襲いかかってくる。殺戮と破壊への執着も、生身の魔物の比ではなかった。
魔物の群れに決死の抵抗をしても、最後に現れるアンデッドドラゴンが魔物と村人ごと村を焼き尽くした。
3つの村が焼かれ越冬の食料不足の危機が迫ったとき、ついにタウロン王都に救援を申し出たが援軍は遅々として来なかった。
無理を承知でバウンサーに依頼を出したところ、引き受けたのはイサク1人だったという次第である。
翌朝イサク一行は、ゲルメクから次に狙われるであろう村に向かって移動していた。
「イサク、次に狙われるのはこの村で間違いないのか?」
「今までの3村も単純に近い順に襲われている。次はこの村で十中八九間違いない」
「なあイサク、俺とリリはまだ全面的にお前を信じてる訳じゃねえ。そしてこの依頼は俺もギルドで見たが、どう考えても割に合わねえ。お前がこの仕事を受けた理由はなんだ?」
「ヴォドンの禁術を使う奴が嫌いだから、じゃ駄目かな?」
「ねえイサクさん、あなたが普段演じてる軽薄な優男イサクなら、嫌いな禁術使いを命をかけて倒しになんていかないの。
でもわたしもクロも、本当のあなたは別にいるのをこの旅で知ってしまった。
もう2時間ほどで、命がけの戦いが始まる。この中の誰かが死ぬかもしれない。その時に何に生命を張ったか知っておきたいの」
「分かったよ……6年前のメーヴェルリム戦役を知っているかい?
タウロンが最後に行なった海外侵略戦争だ。12歳の僕も、父と一緒に従軍していた。天才ヴォドンだなんて言われてね。
王都の発表では“大いなる成果とともに帰還”ってなってたが、実際は大違いだ。泥沼の消耗戦の末、領土のひとつも奪えずに撤退したのさ。
そこでタウロンが取ったのが、敵味方関係なく死者を操って闘わせる戦法さ。僕が尊敬していた父は、禁術使いだった。
僕も命令されるままに、死者の魂を起こし続けた。苦痛と怨嗟の声に耳を塞ぎながらね。
タウロン随一の剣豪ギバールもあの遠征で生命を落としたのは知ってるかい?彼も僕が起こして、何度も何度も戦わせたんだ。
誇り高い勇敢な死を迎えた英雄が、2回目3回目に死ぬ時には泣いて僕を呪っていたよ。
言った通り、遠征は失敗して無残に逃げ帰ってきた。できる限り兵士の魂は幽世に送ってきたが、それでも多くの魂が異国の地で彷徨っている。
ヴォドンの技の力と深さは、どれだけ多くの魂と触れてきたか、自己の魂をどれだけ深く内観したかで決まる。
僕がこの年齢で、こんなに多くの魂に触れた理由がこれさ。そして、自分の魂に深く潜ろうとするとメーヴェルリム戦役の壁に当たってそれ以上潜れない。
僕のヴォドンは、もうこれ以上伸びないんだ。天才とはよく言ったものだよ。
……おそらくアンデッドドラゴンを操っている禁術使いは、メーヴェルリム戦役の生き残りだ。タウロン王室では、秘密裏にまだ禁術研究をさせているとも聞くしね。
僕自身が苦しめた死者の魂が、呼びかけてくるんだ。あいつを止めろってね。情けないが、僕自身の崇高な目的や意思なんかじゃ無いんだよ。
ただ魂の呼びかけに従っているだけさ」
「……イサクさん間違ってたらごめんなさい。でも“魂の求めるままに”ってヴォドンのあるべき姿である気がするわ」
「俺もよく分からねえ。でも禁術使いは俺が殺す。お前が魔物の魂と一緒に幽世に送ってやれ」
メガンは面甲を下ろしたまま、ただ無言で歩き続けている。
一行は村に到着した。村人たちも次に狙われるのは自分たちだと分かっているのだろう。悲壮な顔で、迎撃の準備をしている。
イサクが作法に則り、依頼票とチョーカーを見せ仁義を切る。
「ギルド上級バウンサーのイサクだ。アンデッドドラゴン討伐の依頼を受けこの村に来た。状況を教えてくれ」
「魔物どもは3kmほど先の荒野をこちらに向かっているらしい。
……だが、あんたらたった4人でどうするつもりだ?しかも1人は小さな女の子じゃないか」
クロが巨大な身体をヌッと前に出し、村人が思わずたじろぐ。
「ははは!やっぱりそう思うよな!でも心配するな、この村には近づかせねえ。すぐ発つから、水を一口貰えるか」
村でしばしの休息を取っていると、少し身なりの良い年老いた村人が近づいてくる。
「あの……もしやその盾の紋章、エレネーク家の……」
メガンが素早く面甲を下ろし、凛とした声で言い放つ。
「安心しろ、この村は私が守る」
深々と頭を下げる老人を尻目に、一行は無言で出立する。リリがふと振り返ると、村の古い門には真新しい紋章が掲げられていた。
荒野を30分ほど歩くと、40〜50匹ほどのアンデッドオークの一団に出会う。頭を割られている者、四肢を欠損している者、腸がこぼれている者も多いが、意に介さず歩いている。
「ひえっ!」
壮絶な行進に思わずリリがたじろぐ。
「さあ始まりだな」
と蛮刀に手をかけたクロを制し、メガンが大盾を大地に突き立てる。
「まずは私が行こう。クロは後衛を守ってやってくれ」
「分かった。ゲルメク重装歩兵戦闘術、とくと見せてもらおう」
「……博識なリザードマンだな」
言うが早いが、メガンは盾を構えオークを薙ぎ倒しながら群れの中心まで真っ直ぐ突っ込んでいく。
当然四方八方から斬りつけられるが、盾はもちろん斬撃を受けた甲冑の背はびくともしない。
そのまま盾を横薙ぎに払うと10体ほどのオークが肉片とともに吹き飛んでいく。
メガンは腰から2股の鉄球フレイルを取り出すと、手近の一匹の頭に振り下ろす。そのまま頭の上で振り回すと、オークの肉と骨を削り取っていく。
一匹の首に鎖が絡まり回転が止まるが、女性とは思えぬ膂力でオークごと振り回して放り投げ、押し寄せる敵を薙ぎ倒した。
フレイルを手放したメガンは太短い両刃のグラディウスを抜き、突きを放っていく。突きは全てオークゾンビの脊椎を破壊し、行動不能に陥らせる。
「すげえすげえ!」
クロも近づいてきたオークの頭を蛮刀で割りながら、驚嘆している。
ものの10数分でアンデッドオーク達はピクピク蠢く肉片と化した。銀の鎧を血肉に赤黒く染めたメガンが悠然とこちらに戻ってくる。
「竜だ!」
イサクが指さした方角から、竜が飛んでくる。体長は約15m、長い首に細身で緑暗色の体躯は、ところどころ朽ちている。轟音とともに着陸すると、振動と巨大な翼の巻き起こす風でイサクとリリはもんどり打って倒れてしまう。
「イサク!飛ぶヤツじゃねーか!お前の情報はホントに適当だな!」
言いながらクロが竜の首に取り付き、蛮刀を突き立てる。深々と刃が刺さったまま竜が首を振り、取り付いているクロを大地に叩きつける。
「グハッ!」
そのまま前足の爪でクロを踏み裂かんとする。すかさずリリが地の精霊術を詠い、石礫の散弾をぶつける。
ヒドラの頭を挽肉にした散弾も、蚊に刺されたくらいにしか感じないのか、竜は白く濁った目でリリを睨めつける。
長い首が上を向き、胸部を大きく膨らませる。あばら骨の間の朽ちた肉の隙間から、炎と、溶岩のような溶けた肉が吹き落ちる。
「ファイヤブレスだ!伏せろ!」
アンデッドドラゴンの臓腑が生み出す発火性の油脂を含んだ呼気は、鋼鉄の強度を持つ牙の摩擦によって発生した火花によって発火し、炎の息となってリリたちを襲う。
弾かれたように走ったメガンが立ちはだかり、短い精霊語の詠唱とともに大盾を地面に打ち立てる。
盾の周りに水のバリアが展開され、リリとイサクを灼熱のブレスから守る。ブレスで気化した水が水蒸気となり、もうもうと立ちのぼる。
「メガンさん!今の……アニマ?」
「リリ、私がお前を守ると言っただろ。水の精霊を帯びたエレネーク家の盾は、自らを守るためではない。ともに戦う民を守るためにあるんだ」
回復したクロも、蛮刀を拾い体勢を整える。
「メガン、俺が刺した首も、傷が塞がってる。回復術がかかってるんだ、こいつは手こずるぞ」




