6話 城塞都市ゲルメク
食事をとっているリリとクロの元に、イサクが合流する。
「探したよ!どうしたんだい?宿に行ったらキャンセルしたっていうから!」
「お前がいなくなった途端に刺客に狙われて、5人に囲まれたよ。知ってることを喋ってもらおうか」
「そんな!僕は何も……」
「……いいさ、リリもいるし荒事にするつもりは無え。とりあえず消えろ、俺たちは別の宿に泊まる。明日朝現れなかったら抜けたと思ってくれ」
肩を落として去るイサクの背を見送ってから、クロとリリが額を寄せる。
「リリどう思った?俺は駆け引きは苦手だ」
「うん……イサクさん嘘をついてると思う」
「やっぱりか。じゃあ……」
「でもね」
「でも?なんだ?」
翌朝、北門に佇むイサクのもとにリリとクロが現れた。
「勘違いするなよ。お前は何か隠してる。心から信頼してるわけじゃねえ」
「でも、嘘をついているイサクさんは悲しそうだったし、ヴォドンの禁術を許せない気持ちは本当だと思うの。昨日話してたでしょ」
「ってわけだ。行くぞ」
イサクはなんとも言えない顔で、リリに赤い外套を渡す。
「リリちゃん、これ約束してた外套」
「わあ、ありがとう!嬉しい!
どう?似合ってる?」
マント型の外套を羽織り、一回転してみせるリリ。
『ステキだぞリリ!』
『よく調和しとるわい』
(おい可愛すぎるだろ、お人形かよ)
三者三様に思うなか、普段饒舌なイサクだけ返す言葉が見つからなかった。
城塞都市ゲルメクへ向かう道は、植物もまばらな切り立った岩山を越える険しいものだった。
頂上に近づくにつれ、リリの小さな身体が吹き飛ばされそうな強風が吹き荒れた。滑落防止に、クロがリリと自分の身体をロープでつないだ。リリがそのロープの端をイサクのベルトに結わえるのを、クロは何も言わず見ていた。
しかし、頂上からの雲と草原を眼下に見下ろす光景は、リリの心を震わすに十分なものだった。にじむ涙を拭っているリリに、クロが声をかける。
「いい景色だな。どうした、泣くほど綺麗か」
「うん、綺麗なのはもちろんなんだけど。元いた世界にもいろんな景色があったはずなのに、何も見ないでこっちに来ちゃったなって思ったら悲しくなってきちゃって」
「俺が帰る方法を見つけてやるよ、必ずな」
そう言ってリリの肩に手を置くクロを、今度はイサクが何も言わず見つめていた。
下りはうって変わって大雨の中の下山となった。滑る足元と雨風が容赦なく体力と体温を奪う。
「リリちゃん、フードを深く被って紐を括るんだ!人間の頭部から逃げる熱は存外に大きいからね」
風雨に負けないよう叫ぶイサクの指示に従い外套のフードを被ると、なるほど想像以上に体温を奪われなくなった。
それでも、山を下り城塞都市ゲルメクの門前にたどり着いた時には、3人とも疲労困憊だった。
「ふう、さすがにくたびれたな……今日は奮発して風呂付きの宿にしようぜ」
「ああ、賛成だ……ところで、僕と君たちは同じ宿でいいのかい」
「……経費節約だ、同じ部屋でいいだろリリ?」
「うん!」
城塞都市ゲルメクは、魔物が跋扈する北方辺境の鼻先に位置する都市である。魔物に対抗するために城壁を築き、市民も近隣の村人も訓練を欠かさない。
今はタウロン連邦に属しているが、王都からの兵に頼らない質実かつ独立自治の気風にあふれた街だ。
「宿に入る前に、手配していたソードマンと合流しよう。広場で待ち合わせする約束をしていたんだ」
イサクが声をかけ、道を変える。
「分かった。で、どんなやつなんだ?」
「銀青の装飾のタワーシールドを持ったソードマンだ。名前はええと……メガンだ」
と、メモを見ながら答える。
「おいおい、腕利きを用意してるって言ってたよな?まさか知らない奴なのか?」
「ははは、まさか。腕前は保証するよ。お、彼だな。おーい」
広場の泉の前に、プレートアーマーに身を固めたソードマンがいる。ヘルメットで顔は窺えないが、彼も傍らに置いた青銀の装飾が入ったタワーシールドを軽く上げて挨拶に応える。
「メガン紹介するよ、今回パーティーを組む、こっちのリザードマンがソードマンのクロ、かわいい女の子がアニマのリリだ」
リリとクロの挨拶にも、ソードマンは声を発さず腰の剣を叩いて挨拶するのみだ。
「ねえクロ、なんであの人話さないの?」
「大盾のソードマンは、そういう教育を受けているのか寡黙な奴が多いな。まあ気にするな、確かに腕は良さそうだ」
ソードマンと合流して、宿の部屋に入る。
「リリ、身体が冷えているだろ。先に風呂に入れ」
「ありがとう、そうさせて貰うわ」
リリがたっぷり水を吸った外套をハンガーに掛けていると、ソードマンが兜を脱ぐ。
軽くウェーブした、金色の長髪が現れ、クロとイサクの目が釘付けになる。
「ん?」
続いてプレートアーマーの留め具を外して胴鎧を取ると、プレートに抑えつけられていた豊かな胸元が露わになった。
「あ、あれ?」
「メガン!君、女性だったのか?」
「おいイサク!お前やっぱり知らなかったんじゃねえか!」
「いや、昔大規模パーティでのミッションで一緒になったことがあって、いい動きしてたから知り合いの知り合いにコンタクト取ってもらって……」
「何が知り合いの知り合いだ!適当なヤツだな!」
「あれ?2人とも今女性って気づいたの?リリは最初からそうだろなって思ってたよ」
3人が小競り合いしているところに、メガンが口を開く。長いまつ毛が覆う深い青色の瞳、スラリとした高身長に、落ち着いた上品な口調。
どれも育ちの良さを窺わせる。
「何か誤解があったようなら申し訳ないが、精いっぱい務めさせてもらうので宜しく頼む。ソードマンのメガンだ、はじめまして」
クロが『はじめまして、だとよ』とイサクに皮肉を言いながら挨拶に応える。
クロとイサクはそれぞれ濡れた服を乾かし、メガンは脱いだ鎧を丹念に磨いている。
「さて、俺も銃と刀に錆が回らんうちに磨かないとな」
と立ち上がった時、リリが風呂から上がってくる。
「ふ〜お先にありがとうございました!暖かいお風呂なんて久しぶり、最高〜」
湯気を上げながら無邪気に上がってきたリリ。乾ききらない髪がカラスの濡れ羽色に艶めいて、うなじや額に張り付いている。薄いスリップからは、張りのある華奢な手足が奔放に伸びている。
いつもと違う様子に、スーとトプラも周りを落ち着かない様子で飛び交っている。
「リリ!もう少し何か着ろ!な!」
「だって1枚しかない服濡れちゃったし……この部屋暖かいからこの格好で大丈夫だよ」
「リリちゃん、とりあえず僕の部屋着、濡れてないからこれ上から着て!」
とイサクのシャツを無理やり被せられたリリは、“彼シャツ”状態で左肩が落ちて肩紐が見えている状態になってしまった。
「う〜む、これはこれで悩ましいことに……」
当のリリは意に関せず、鼻歌を歌いながら浴室にあった化粧水を試している。
「さすが、ちょっといい宿だから色々置いてあったよ!ほら、これ薔薇の香りだって、嗅いでみて!」
と、うなじのあたりをイサクとクロの鼻先に順番に近づける。赤くなって小さくなった男達を見かねて、メガンが口を出す。
「クロにイサク、リリには私から言って聞かせておくから、男同士仲良く風呂でも入ってこい」
「え〜嫌だよ〜」
異口同音に抗議する2人を
「早くいけ!」
とピシャリと叱りつけると、男2人はますます小さくなって風呂場に向かう。
「リリ、こちらにおいで。髪の毛を乾かしてあげよう」
「いいの?ありがとうメガンさん!」
メガンはリリの髪を後ろからタオルで拭き、櫛で優しくとかす。
「気持ちいい〜。子供の頃ママにやってもらったの思い出すよ」
「そうだぞリリ。君はもう子供じゃない。立派なレディだ。だから、男性からどう見られているか考えて、自分を大切に出来るように行動しないといけないよ」
「うん……でもわたし、本当はまだまだ子供で居たかったの……」
「……事情がありそうだな、話してごらん」
リリはタウロンに来た顛末を、メガンに話した。先日のように取り乱すことは無かったが、やはり涙が零れた。
メガンは座っているリリの正面に回ると、目を見て話した。
「リリ、私も家を出てバウンサーになったのは、リリと同じ年の頃だった。にわかに信じがたい話だが、リリの気持ちも少しはわかるつもりだ。
私は大盾の戦士だ。少なくともこのミッションの間は、私がリリを守る。
リリが故郷に帰れることを願っているよ」
「ありがとう、メガンさん……」
リリはメガンの胸に顔を埋め、また泣いた。
風呂から上がろうと戸を開けかけたイサクの手が止まる。
「クロ、もう少し後にしたほうがよさそうだ」
「分かった、今日は色々大変だったからな。……でも明日はもっと大変だぜ」




