30話 バダイ渓谷の戦い2
40mを超える超大型ゴーレムの手に鷲掴みに捕えられ、もがくメガン。嘲笑うようにもういっぽうの手指で兜を弾き飛ばすと、“デコピン”の要領でメガンの頭を弾く。ゴーレムの指で弾かれるのは、大金槌で殴りつけられるのに等しい。メガンの美しい顔がみるみる腫れ上がり血塗れになる。
もがくメガンの力が抜けた頃に、いたぶるのに飽きたようにゴーレムが鷲掴みの手に力を加え握りつぶそうとする。ひしゃげたタイタン鋼の鎧がゴーレムの手からこぼれ、後方の本陣で見ていた国王達が思わず目を逸らす。
しかし、そこにメガンの肉片は混ざっていなかった。メガンはゴーレムの手に握り潰される直前、留金を外して鎧を脱ぎ、掌中を脱出していたのだ。
重装歩兵にとって相棒とも言える全身鎧。彼らが最初に覚え、繰り返し修練するのは剣の振り方や盾の構え方ではない。鎧の纏いかた、脱ぎ方、手入れの仕方である。
ゲルメク重装歩兵戦術は、鎧で敵の攻撃を受けることを前提としている。その際に、もし留め金やベルトが正しく固定出来ていなければ、前の戦いでの歪みが修繕できていなければ、それは即ち死に直結する。
脱ぐほうも同様である。負傷した際や水に落ちた際など、鎧を早く脱がないと死に直結する局面はいくらでもある。ゲルメクの騎士の訓練学校では、鎧を着たまま拘束され池に落とされ、溺れる前に脱出する訓練すらおこなわれる。
今回もメガンは、幼少の頃から何万回と繰り返した動作を繰り返した。拘束され自由が効かないところは身を捻り、自身の身が傷つくのも厭わずゴーレムの指の隙間から剣をこじ入れ、肉ごとベルトを断ち切り留金を破壊した。
掌中から脱出したメガンは、グラディウスをゴーレムの腰辺りに突き立てて落下を食い止める。体を軽くするため脚甲も脱ぎ捨て、ゴーレムの体をよじ登っていく。
ゴーレムはまさに蚊を叩く人間の如く、メガンを狙って平手打ちを浴びせる。もうもうと土埃が上がるが、鎧を脱いだメガンは身軽に躱し核のある頭頂部を目指す。
頭頂部に辿りついたメガンはグラディウスを突き立てるが、何の反応もない。ゴーレムは頭頂の核を貫けば繋がりを失い、身体は崩壊する。それはどんな大きさでも同じはずだが、このゴーレムはあまりに巨体のためグラディウスでは核に届かないのだ。
メガンが、腫れ上がった顔から血を滴らせながら剣でゴーレムの土の頭を掘り始める。ここで決着をつけないと、もう核に辿り着く機会も体力も残されていないのはメガン自身にも分かっていた。
ゴーレムが苛立ったように頭の上のメガン目掛けて拳を落とす。剣を刺し体を投げ出して躱すメガンだが、ゴーレムの一撃は自身の頭を削り飛ばし宙に投げ出されてしまう。
「……落ちるっ!」
その時バダイ渓谷に、地平線の向こうまで突き抜けるようなチェストボイスが響き渡った。リリの風のアニマの歌だ。
一陣の風が落下したメガンを掬い上げ、上昇気流で再びゴーレムの頭頂部に乗せる。先ほど、自らの拳の一撃で抉られた頭部は、核が露出している。
崖の上をオーラムの砦に急ぐリリの姿を視界の端にみとめながら、メガンは剣を逆手に持ち替える。
「リリ、感謝する!」
核を貫かれたゴーレムは身体を崩壊させながら、巨大な土石流となって魔物たちを巻き込んでいく。
メガンはバランスを取りながら、土石に巻き込まれる直前に宙空に向かって身を投げ出した。
「メガン!」
「ネロス!」
後衛の大砲隊から前線に駆けつけていたネロスが、倒れ込みながらメガンを受け止める。
「あいたたた……君に鍛えて貰ったおかげでなんとか受け止められたよ」
「ネロス、無茶なことを!怪我は無いか?」
ネロスはメガンの腫れ上がった顔の血を優しく拭いながら、いつものイタズラっぽい笑顔で応える。
「絶対君よりは無事だと思うよ。ご覧、魔物は君が倒したゴーレムにかなり巻き込まれたし、ギバールもすぐ復活して大暴れ中、まさにアンデッドヒーローだね。我が軍の勝利は目前だ」
メガンがネロスの肩に縋って、肩を震わせている。
「私、大盾の戦士なのに皆に守ってもらって……情けない」
「君はじゅうぶん皆を守ったよ。君を守るのは、世界でただ一人僕の仕事さ。傷もひどい、手当をしよう」
渓谷でメガンたちが奮闘している間、リリとクロ、イサク、キリクとハタルは崖の上を迂回しオーラムの砦へと向かっていた。ここまで敵との遭遇は皆無だ。
「搦手とはいえ、あまりにすんなり行き過ぎてないか?」
不安げに問うキリクにクロが応える。
「ああ、どうぞいらっしゃいと誘われてるようだな」
「オーラムなら2〜300人来てもどうってことないだろうし、警戒が薄いんじゃない?」
「リリちゃん暢気だなあ、僕らはたった5人だよ」
喋っているうちに、オーラムの砦が見えてくる。森の中に身を隠して窺うが、見張りの姿も見当たらない。
砦は見張り櫓や回廊を備えた石造りで、軍事拠点として特に変哲のない、軍で言うと500人規模の城塞でだ。
「全然見張りとかの姿が見えないけど……ワナかな?」
「オレが見てこよう」
キリクが石壁をスルスルと登り城壁の上まで行くが、合点のいかない顔で帰ってくる。
「なんだよキリク、上に登れたんなら中の様子を窺ってから戻ってこいよ」
クレームを入れるクロをジロッと睨んで報告する。
「出来るならやってる。見えない壁があって城門の上に登れなかった。
中に兵士や見張りがいる様子はなかった」
「防御障壁か……!この広い範囲に?リリちゃん、地のアニマで石壁を動かせるか試してみてくれるかい?」
「分かった!」
リリが唸るが、城壁はびくともしない。
「ダメだぁ!石壁も動かないし、下の地面を掘ろうとしても反応しないよ」
「やはりか。この砦全体がオーラムのヴォドンで守られているんだ、守備兵も要らないわけだよ。キリクが覗いた中の様子も、幻術で実際とは異なる可能性もあるね。」
「どうする?苦笑いしながら本陣に戻るか?俺、バウンサーでヤバそうな依頼はそうやって断ってきたぜ」
と、現実的な対応を提案したクロを皆が冷たい目で見ているところに、ハタルが声をかける。
「正門とかの閂はどうしようもニャーだけど、裏口とかの錠前だったらハタルが開けられるかもしれないニャ」
「確かに!すごいよハタル」
リリがハタルの手を取り肉球をプニプニと押す。そして、砦の周りを半周すると鍵穴のついた潜り戸がある。ハタルは自分のヒゲと腰のピッキング道具を使って、解錠を試みる。
そして5分後、小気味よい金属音がして錠が開く。
「やったニャ!」
喜び勇んで砦内に入るハタル。
「おい、気をつけろよ……」
と追いかけたキリクにドシャッと湿った嫌な音が聞こえた。頭部を縦に割られ血の泡を吹いて倒れているハタルと、凶悪な笑みを浮かべている人間の女が立っている。
「ハタル!」
イサクが大慌てで回復術をかける。瞑想とソレイリアの死を乗り越え高まったイサクの霊力が、瀕死のハタルの傷をみるみる癒していく。
「シャアアァ……!」
怒りに駆られたキリクが全身の毛を逆立てて女に斬りかかるが、雷鳴のような突きを躱しざま腕を振ると、キリクの胸元が切れ血が迸る。
女がキリクを睨めつける。
「猫ども!お前ら王都で私の妹を殺した奴らだな!?寸刻みにして妹の弔いにしてくれるわ!」
キリクが、加勢しようと構えるクロとリリを制する。
「こいつはオレに用事があるようだ、リリたちは先に行け。それにオレも、妹を殺そうとしたコイツに用事があるんでな!」
言いながらキリクは、四足歩行に近い低い態勢に構える。対して女は複眼の目と頬まで裂けた口を開いてつんざくような奇声をあげた。




