29話 バダイ渓谷の戦い1
オーラムの先遣隊を打ち破り、新た隊員を加えたリリアン遊撃隊が帰還してまもなく、国王率いるタウロン連邦軍がゲルメクに到着した。
キリクが予想したとおり、骸骨剣士ギバールが加勢した顛末を説明するのは困難を極めた。
メーヴェルリム戦役でのギバールとイサクの因縁、イサクとリリ達の出会い、父が残したギバールの遺骨、イサクの苦行とソレイリアとの逃避行と別れ、そしてギバールの復活。
イサクは王と重臣に淡々と詳らかに話したが、なにしろ横で当のギバールがメガンが髑髏の歯が浮くようなセリフでメガンを延々と口説いているのだ。イサクの魂の目覚めも説得力を失ってしまう。
「王よ、いかが思われますか」
重臣の1人が困り果てた様子で伺うと、セトルベルは言いにくそうに吐露した。
「まあ思い出すと、ギバールはこんな感じの男だったな……」
「確かに……」
重臣たちも同調する。
「ギバール!お主が生前にちょっかいをかけたご婦人からの苦情は儂の耳にも届いておる!この戦いが終わったらひとつひとつ申し開きを聞かせて貰うぞ!」
王が一喝すると、メガンに迫っていたギバールが跳ね跳ぶように平伏し、髑髏の額に汗をかかんばかりに動揺している。
「王よ、それはなにぶん昔のことでおまけに幽世に渡っている間に記憶が曖昧に……」
「分かった分かった、お主は確かに大陸一の剣豪ギバールじゃ」
王が呆れ笑いしながら認めたが、メガンが悲鳴にも似た講義の声をあげる。
「納得いきませぬ!
少女の頃憧れた剣豪ギバールがこんな不埒な殿方とは、頭は理解しても心が納得できません!剣士殿、一手お手合わせ願う!」
と、メガンがグラディウスを抜き払うと、平伏していたギバールが立ち上がる。明らかに先ほどとは纏う空気が変わる。
「メガン殿、将が居並ぶ中でも明らかに手練とお見受けしておりました。望むところでござる。拙者、見てのとおり既に死んでいる身。当てるつもりで参られよ」
「承知……!」
メガンが大盾を前に出しグラディウスを腰だめに構える。対するギバールが両手持ちの大剣を大上段に構えると、メガンは押し潰されそうな重圧を感じた。
メガンが盾を構え突進する。盾で相手の攻撃を制し距離を詰め、グラディウスで急所を突くのがゲルメク重装歩兵戦闘術の骨子だ。だがメガンに限っては、初手の盾突進が必殺の一撃になり得る威力を秘めている。
ギバールは大上段に構えたまま突進を躱すと、矢継ぎ早に斬撃を繰り出す。メガンは防御で精一杯だ。
(なんという速さと重さ……!反撃に転じる隙が無い、だが!)
メガンが盾で大剣の一撃を弾きギバールの腕を跳ね上げると、懐に入り突きを繰り出す。ギバールは籠手でスリッピングすると大外刈りでメガンを叩きつけ、眼前に剣を突きつける。
「参った!見事だ……清々しいまでの正統派タウロン軍格闘剣術だ。試すような真似をして、失礼した。」
ギバールの骨の腕を借りて起きながら、メガンが負けを認める。そう、ギバールの技術は上段からの打ち込み、防具に当ててのスリッピング、接近戦での組み打ち、どれも新兵が剣を握って最初の3ヶ月にひたすら繰り返す基本動作である。
それを恐ろしい威力と練度で再現しているにすぎないのだ。それだけに、メガンはギバールの練り上げてきた歳月に尊敬の念を覚えた。
「お主こそ、見事な腕前。戦場で背中を任せることもあるやもしれぬ。よろしく頼む」
メガンがギバールの目のない眼窩を、信頼に満ちた目で見つめかえした。
その日の晩はゲルメク郊外の宿営地にて、全将兵に壮行の肉と酒が振る舞われた。リリたちも兵士たちの一隅で相伴にあずかっている。
「リリたち、こんなところにいたのか。遊撃隊は国王直轄の部隊だぞ。司令部の幕営で食べたらよかろう」
メガンが酒肴を担いできて腰を下ろす。
「俺はリザードマンのバウンサーだぜ。貴族様と酒を飲んだって味がしねえよ」
「いよいよ明日出陣か……こんなにたくさんの兵士の人たちを見てると、戦争にいくんだなって実感が湧いてきたよ……」
「リリは初めての戦場か。一緒にアンデッドドラゴン討伐をしたのが遠い昔のように思えるな。あの時と同じく、リリは私とタウロンの将兵が守る。怖いかもしれんが、案ずるな」
とメガンが優しくリリの肩に手を置く。と、横のクロの尻をキリクがレイピアの鞘の先で突く。
(クロも何か気の利いたことを言え)
と、キリクが目で訴えている。クロがリリに向かって口をパクパクしていると
「じゃあ、クロのことはわたしがアニマで守ってあげるから安心して!」
と、先にバシッと肩を叩かれてしまう。視界の端でハタルとイサクが頭を抱えているのを見ながら、ぬるいエールを啜るしかないクロだった。
連邦軍の斥候の報告によれば、オーラムの砦はゲルメクからなんと徒歩で一日かからない距離にあるとのことだった。無尽蔵のアニマによる、1年中晴れることのない深い霧とヴォドンによる幻術で、城塞都市の目と鼻の先に潜んでいたのだ。
力による国土の侵略を決めたオーラムには、もう秘匿する必要も無い。
アンデッド化したオーク、ゴブリン、オーガを中心に、ヒドラやジャイアント・マンティス、それにオーラムが禁術で生み出した禍々しい亜人種の軍勢を荒野に展開し、まずは人類の前線基地たるゲルメクを目指し進軍していた。
タウロン連邦軍はゲルメクから約半日の谷あいに展開し、腐臭と獣臭を放ちながら押し寄せる数万の魔物の群れを待ち受けた。
まず後方の高台に位置したネロス率いる大砲隊が斉射し、200ほどの魔物を吹き飛ばした。後の世に言うバダイ渓谷の戦いが開戦した。
タウロン連邦軍はアンデッド対策として兵士1小隊にヴォドンとアニマが1人づつ付く編成としている。剣撃で行動不能としたアンデッドを、ヴォドンが解呪し復活を食い止める作戦である。
当初こそ功を奏していたものの、兵士が消耗してくるに従いジワジワと隊列が乱れてくる。トドメに、アンデッドドラゴンが敵味方もろとも焼き尽くすファイアブレスを撒き散らす。
戦線が瓦解しかけた時、メガンが水のアニマを帯びた盾突進で炎を押し返し、骸骨剣士ギバールが竜の頭を貫く。そのまま敵の只中に突っ込むと、メガンは鉄球フレイル、ギバールは大剣で暴風のごとく敵を刈り払っていく。
そして、ギバールが剣撃を浴びせたアンデッドは、光に包まれ消滅していく。四方から迫る敵を薙ぎ倒しながら鎧の背を合わせ、メガンが尋ねる。
「ギバール殿、その剣はいったい!?」
「これは“幽世の剣”。イサクの魂を辿り現世に戻りし時、我が手にあったものだ。ところでメガン殿、拙者にもう胃は無いがこの戦が終わったら是非王都で食事でも……グッ!」
メガンが鉄球フレイルをギバールの兜にぶつけながら、再び振り回し始める。彼らの鬼神のごとき活躍で再び押し返したタウロン連邦軍だが、前線で起き上がった小山のような魔物に、数十人が押し潰される。
「ゴーレムだ!デカ過ぎる……!」
ゴーレムは土や岩などの無機物に禁術ヴォドンで仮初めの魂を与え使役する魔物である。通常は大型のものでも体高4〜5m程度だが、今メガン達の眼前にいるのは40mを超える。超弩級のゴーレムだ。
ゴーレムはメガンに向かって2mはある岩塊の拳を叩きつけてくる。ギバールがメガンを押しのけ大剣で迎え撃つ。拳の半分以上切り込むが、そのまま鎧ごとプレス機のように圧縮される。
「ギバール殿!」
「……拙者は問題ない、メガン殿頭頂部にある核を貫くのだ」
あちこち砕けた全身骨格となったギバールが呻くように伝える。土と泥で切られた拳を再生させたゴーレムが、メガンの体を鷲掴みにする。
明らかにメガンを認識して狙っている様子だ。術者のオーラムの意識が反映されているのだろう。表情のない顔を近づけメガンを睨めつけると、握る手に少し力を加える。
ネロスの大砲隊が巨人の胴に砲弾を打ち込むが、ゴーレムは蚊にでも刺されたように打たれた場所を穿ると、荒っぽく砲弾を投げ返した。
「ネロス!」
メガンは締め付けられる自分の身も構わず、自らの砲弾を打ち込まれた夫達の身を案じた。




