28話 リリアン遊撃隊
ゲルメクを出発したリリアン遊撃隊は住民が避難した村を越え、アンデッドの先遣隊を迎え撃つべく北の荒野へ向かう。
「バウンサーの時なら絶対に選ばない仕事だな」
自嘲するクロの前に、アンデッドの一群が現れた。3mを超える巨躯に筋骨隆々の体、額から生えた角。東洋では鬼と呼ばれる、魔物に近い暴力性と人間に対する敵対心を持つ亜人種。オーガだ。
オーガがざっと40体に、飛竜1匹、グリフォン2匹。いずれもアンデッド化している。
「先遣隊っていう量じゃないな……!」
青ざめながらクロとキリクが剣を抜く。
「キリク、アンデッドと戦った経験は?」
「戦うどころか、見るのも今日が初めてだよ」
「よし、アンデッドと戦うコツを教えてやる。アンデッドは切っても刺しても怯まない。力で吹っ飛ばすか、頭とか背骨とかすぐ動きを止められる場所を狙わないと相打ちで死ぬ。それだけ覚えておけば完璧だ」
「完璧か?自分が死ぬイメージだけは明確になったよ」
「兄ちゃんのレイピアは相性最悪ニャ」
「ハタルのナイフもな!隠れてろ!」
駆け出そうとした前衛2人の前の地面が沸き立ち、思わず足を止める。リリが可憐な姿に似つかわぬ低いダミ声で地のアニマを詠う。そのまま倍音発声で、超高音ハイFの火のアニマを同時に詠う。
魔物の群れの足元が瞬時にマグマの池となり、オーガたちを飲み込む。地と火のアニマの複合術だ。
アンデッド・オーガは、炎に包まれ為す術もなくマグマに沈んでいく。残ったのは数体のオーガと、翼を持つドラゴン、グリフォンだけだ。
「なんてアニマだ……」
涼しい顔で地獄のような風景を出現させたリリに、頼もしさを越えて畏怖すら感じるクロだった。
リリも、元の世界で培った発声法と生来のアニマの才能だけに頼っていたわけではない。旅の道すがら小さくアニマを発動し、どれだけ精妙に使役できるか、どれだけ素早く呼び出せるか、色々な組合せで同時に詠う方法などを研鑽していたのだ。
しかしリリは、たとえ魔物であっても生き物を傷つけるためにアニマを使うことはできればしたくなかった。痛みを感じない、そして幽世に帰るべきアンデッド相手だから放った術法である。
「よし、リリのおかげでかなり減った!片付けるぞ!」
クロとキリクが残ったオーガに襲いかかる。しかし元来、武装した兵士でも3〜4人でやっと対等と言われるオーガ、しかも痛みも恐れも感じないアンデッドである。
手練の2人でも、やっと一匹づつを倒して引き上げてくる。
「すまんリリ、“残りは任せろ”的な感じで飛び出したけど、もう少し弱らせてくれんか?」
「任せといて、え〜と……」
その時、後方にいたドラゴンが胸を膨らませアバラの隙間からドロリとした油を漏れ流している。
「ファイアブレスだ!」
「え!ウソ!スー、スーお願い!」
慌てて水のアニマを詠い、水の障壁を張る。残ったオーガもろとも焼き尽くす勢いのファイアブレスを受け止め、気化した蒸気がもうもうと立ち込める。
「あっちい!メガンがいてくれたらなあ……」
「泣き言言わない!ほら、今のでオーガは全滅だよ!わっ!次は鷲が!」
飛びかかってきたグリフォンの鉤爪をクロが蛮刀で受け、マスケットで右目を撃つ。致命傷には至らないと見るや、鉤爪を受けているクロの蛮刀の平地を踏み台に駆け上がったキリクが、グリフォンの眼窩から小さな脳を串刺しにした。
「あと2体!」
あとは竜とグリフォン1体だと態勢を整えた刹那、グリフォンがなにかに反応し、明後日のほうに飛び去る。
「な、なんだ?」
「大変、あっちに旅人風の人たちが!助けなきゃ!」
「リリ、先に俺たちが助かるかどうかって状況だぞ!」
竜に追われながら旅人のほうへ向かうリリたち。
「これ、俺たちが助けを求めに向かってるんじゃねーか?」
「そうとも言えるニャ」
リリを抱えて必死に走るクロの横を、四足で走るハタルとキリクが追い抜いていく。
「ズルいぞ猫ども!」
旅人たちの元に向かったリリ達の眼前に広がっていたのは、あまりに凄惨で理解を超える状況だった。
グリフォンが食い散らかしたのであろう、10人分はあろうかという人間の肉片。血の海の真ん中で光る防御障壁を張り、無傷の女性の亡骸を抱えているヴォドン……イサクだ。
そして傍らに佇む女性形の悪魔。
なによりも理解を超えるのが、グリフォンの鉤爪を受け止めているのが、鎧を纏い両手持ちの大剣を携えた白骨死体だということである。
「バラバラ死体の山に血の海に悪魔に骸骨剣士に、腕の中には美女か……イサクの野郎、人生の全ての厄介ごとが集まってきてるな」
「でも、凄まじい霊力だよ。クロにも分かるでしょ。イサクさんは何かを見つけたんだよ」
クロに横抱きにされたまま、リリは確信に満ちた表情だ。
「ああ、分かる……危ねぇ!」
背後から迫ったドラゴンの噛みつきをすんでのところで躱すクロ。
「感傷に浸ってたらこっちが死体になる、まず竜を片付けねえと!」
その時、骸骨剣士が下からの切り上げでグリフォンの上半身を両断すると、竜の前に立ちはだかる。
竜が油脂を吹きこぼしながら胸郭を膨らませ、ファイアブレスを吐こうとする。骸骨剣士はまるで斬撃でも受け止めるように大剣を立てると、十字の鍔の辺りから光を発し炎から守る。
「これは……ヴォドンか?」
「原理はそうだろうけど、これは術というより魂そのものというか……」
ともに光に護られながら、クロとリリが唸る。炎を凌ぐと骸骨剣士は大上段に構え、飛び上がって竜の頭部を両断する。切られた竜は光に包まれ消滅していく。
「あの剣は破壊してるんじゃない!アンデッドの魂を直接幽世に送ってるんだわ!」
「そんなのアリか?なんかズルい気がするけど……まあ助かったからいいか……」
巨大なアンデッドドラゴンの体が消滅していくのを見ながら、クロは至って現実的な感想を洩らした。
敵を撃退し、イサクの防御障壁も消えていく。なにか言おうとするキリクとイサクを制して、リリがイサクの元に向かう。
「イサクさん、村に戻ろう。ソレイリアさんを弔うんでしょう?私たちにも手伝わせて」
「リリ……」
「服がボロボロだね、今度はわたしがプレゼントするよ」
村外れの墓場にソレイリアを埋葬し丁重に弔ったあと、リリ達はイサクとささやかな食卓を囲んだ。
「イサクさんのほうも大変そうだけど、私の話からするね。大臣のオーラムが魔物やアンデッドを引き連れてこの国を滅ぼそうとしてる。一緒に戦ってほしいの」
「もちろんだ、ここでリリ達に再開したのも精霊の導き、ソレイリアの望みでもあるだろう」
「ありがとう!じゃあひとつずつ片付けていくね!え〜と、まずそちらの剣士様はどなた?」
イサクが答えるより早く、骸骨が立ち上がり話し始めた。どういう仕組みで発声しているのかは皆目見当がつかなかったが、その声は確かにその場の全員に聞こえた。
「かわいいアニマのお嬢さん、それに哀れな未熟者の剣士たち、幽世から駆けつけたゆえ、本来の眉目秀麗な姿では無いのが口惜しいところだが……私は大陸一と謳われた伝説の剣豪ギバールだ。
イサクとは昔から少々縁があってね。彼の魂の光に導かれ、悪から民を救うため復活したのだよ。
私が顕現したからにはもう安心したまえ!」
「……思ってたのと違うニャ」
「イサクが重々しくなったと思ったのに、別の軽薄な奴が出てきたな……」
「言ってる内容は正義の救世主なのに……」
「と、とにかくギバールさん、一緒に闘ってくれるのね!頼もしいわ」
と握手を求めるリリの手を取り、気取った仕草で甲に口づけしてみせるギバールを、クロとキリクがなんとも言えない顔で見つめる。
「あと、そちらのセクシーな悪魔さんは……」
「アタシは悪魔カデン。ソレイリアについていたんだけど死んじまったからね。まったく美しい渇望だったよ……」
「おいイシェル、カデンと代わってくれっていう願いはありか?」
女性形の裸体を翼で覆った姿のカデンを見て軽口を叩いたクロを、リリが杯で殴りつけた。
「変なやつばかりでまた賑やかになったニャ」
「メガンや王様たちに説明するのが思いやられるな……」
と、キリクがぼやく。




