27話 復活
国王直轄部隊の長となったメガンを残し、“リリアン遊撃隊”はネロスとともにゲルメクに戻ってきた。オーラムは北の辺境に消えた。このゲルメクを前線基地とすべく準備を整えるようネロスは命を受けたのだ。
形は軍属となったリリたちだが、相変わらずバウンサーギルドの酒場でエールを飲みながらたむろしている。リリはミルクという名の馬乳酒だ。
「クロ、オーラムについていた悪魔は、私が夢で話したのと同じ悪魔だったよ」
「ああ、そして俺の故郷の村を皆殺しにしたのもオーラム、見事に目的が一致したな」
そう言って2人は杯を合わせる。
「……ところでクロ、まだわたしに紹介してない人居るよね?」
乾杯から豪快にエールを呷ったクロが噎せかえる。
「リリには敵わないな……お前ら、大声あげるなよ。イシェル出てきてくれ」
クロの背後にコウモリの翼に一本角の黒い悪魔が現れ、キリクとイサクは息を呑んだ。
「リマニで死んだ悪魔使いクバラについてた悪魔イシェルだ。なぜか知らんが、しばらく俺のところにいるそうだ」
「おい、もしかしてこいつ、サロホーリでもずっといたのか?」
「ああ……」
「まあまあキリク、悪魔が害を為すかは使う人間次第だよ。よろしくねイシェルさん」
「よろしくな、ザマンの紐付きの歌姫」
「え?」
「お、おい!」
クロが制止するが、出来るわけもなくイシェルは語りだす。
「お前、悪魔ザマンと契約しただろ。この世界に転送されて、お前が支払うべき対価が有耶無耶になっちまったんだよ。いわばお前は借金持ちだ。もし俺や他の悪魔に願っても、新規契約はお断りだからそのつもりでな」
リリはイシェルの無遠慮な宣告を聞き一瞬身を固くしたが、下を向いてブツブツと考えはじめた。
(やっぱりあれは契約……私の命が代償のはずが転移で有耶無耶に、でも私の願いは叶えられたと言えるの?解釈しだいではママたちも……)
リリはキッと前を向き告げる。
「ありがとうイシェルさん、無料で教えてくれるなんて親切ね。やっぱり私、悪魔ザマンともう一度話さなくちゃ。そのためにまず、オーラムを倒そう!
あ、クロ!その尻尾何に使ったのか聞かないけど、次にムチャしたら怒るからね」
一気に言い放って馬乳酒を呷るリリ。
小さくなったクロに、同じく小さくなったイシェルが耳打ちする。
(お前のオンナ、大したヤツだな)
(俺のオンナじゃねーよ)
「あれぇ?」
と、カウンターにおかわりを取りに行ったリリが頓狂な声をあげる。
「これイサクさんだよね?」
リリが依頼票の掲示板から千切ってきたのは手配書だ。
『ソレイリア:ヴォドン高僧殺人未遂、強盗
ヴォドン・イサク:同逃走幇助、共犯の疑いあり
生死問わず、金貨3枚
王都より北方へ逃走と情報あり』
「あいつチャラチャラしてるから女に騙されたんだろ!俺たちのほうが賞金高いな!」
クロがよく分からないマウントを取るが、リリは考え込んでいる。
「ハタル、盗賊ギルドの筋から彼らの行方を探してみてくれる?」
「わかったニャ」
「お、おいどうするつもりだリリ?」
「このタイミングでイサクさんが北方にいて、私がこの手配書を読んだ。これはもう精霊の導きとしか思えないわ!イサクさんを探し、ともにこの国を救うのよ!」
そう言ってリリは馬乳酒を呷る。
「こ、これは……」
「酔ってるな……」
「もうすぐひっくり返るニャ」
というハタルの予言どおり、後ろにひっくり返ったリリをクロがキャッチする。
『私たちにそんな力無いんだけどねー』
ルズヤたちが呆れながら、倒れたリリの頭の上を飛び回っている。
そこにネロスが慌てた様子で入ってくる。
「“リリアン遊撃隊”は居るかい?アンデッドの先遣隊が北の村に迫ってる、出動だ!」
「マジかよ!早くねぇか?」
「やはり、予てから拠点でアンデッドの“生産”に勤しんでいたようだね」
「ちなみに貴族様、隊長が酔いつぶれてるんだが……」
「おーい、この中に酔い覚ましの術が使えるヴォドンは居るかい?相場の1.5倍出そう!」
何人かのヴォドンの手が競うように上がる。
「そんな術あったのか……おいお前ら!名前聞いといていいか?」
その頃イサクとソレイリアは、岩山を越え北方の辺境へ足を踏み入れていた。依然として追跡の手は緩むことがない。イサクの催眠の術で眠らせ逃れたりしていたものの、追手はますます増え手練れも多くなる。
ゲルメクから更に北上した荒野で、2人はバウンサーのソードマン5人と手練のヴォドン3人に囲まれた。イサクの術は悉く追手のヴォドンに打ち消され、追い詰められる。
「カデン、アタシが子を産む力を渡したらこいつらを追っ払ってくれる?」
ソレイリアが訊ねると、悪魔は少し悲しそうに、だが率直に答えた。
「ソレイリア、アンタは15の時から子どもが産める体じゃないよ」
「あの豚野郎……」
ソレイリアが宙に向かって呪詛の言葉を吐いたあと、イサクが言葉を継いだ。
「カデン、僕が子を為す力ならどうだい?」
「後生だから止めておくれよイサク!」
ソレイリアが泣きそうな声で咎める。
「こ奴ら、どうやら悪魔まで憑いておるぞ!どこまでも呪われた奴らだ、ここで必ず幽世へ送るのだ」
リーダーらしきヴォドンが叫び、ソードマンが襲いかかる。
イサクがソレイリアを腕の中に庇い来たるべき痛みと死を覚悟したが、代わりに2人に降りかかったのは追手たちの血肉だった。
固く瞑った目を開けると、鷲の上半身に獅子の下半身の巨大な魔物が、ソードマンたちを引き裂いている。
グリフォンだ。目が白く濁り身体はところどころ崩れ、アンデッド化している。
イサクたちは既にオーラムによる魔物の版図に入っていたのだ。
アンデッドグリフォンは哀れな追手たちを啄み終わると、イサクとソレイリアに向かって咆哮をあげた。
イサクは防御障壁の真言を唱えるが、間に合わない。ソレイリアを庇い鉤爪で背中を深く引き裂かれ、父の形見のネックレスも吹き飛ぶ。
しかしイサクは悲鳴もあげず、真言を唱え続けた。2人の周りに防御障壁が形成される。仰向けに倒れ、まわりにみるみる血溜まりができた。
「バカ!アタシが怪我したってヴォドンで治せるのに!なんで!」
「もし治す前に君が死んだら、誰が僕の空っぽを埋めるんだい?障壁は君に付けている。僕が食われてる間に逃げろ」
「バカでズルいイサク!アンタはひとつも空っぽじゃないのに!カデン、アタシの全てを……」
「止せ!やめろ!」
ソレイリアは涙でぐしゃぐしゃの顔でイサクに抱きつき、口づけした。
「イサク、愛してる。空っぽの私の魂を、ただ一人照らしてくれた優しい光」
「カデン、アタシの全てをあげる。イサクを助けて」
「叶えたげる。ソレイリアの魂が求める、真の崇高な渇望。それが聞けたのは、悪魔にとって至上の喜びだよ」
イサクの致命の傷が一瞬で完治した。そればかりでは無い。ヴォドンの力が、これまでにないほど満ち溢れているのを感じる。
「ソレイリア、なんてことを!今回復術を……」
泣きながら真言を唱えようとするイサクを、ソレイリアが弱々しく腕を上げて制する。
「イサク、そんなことしてもカデンに渡したものは返ってこないよ……」
「愛してる、ソレイリア……ソレイリア……」
グリフォンが防御障壁を叩くのも意に介さず、イサクは冷たくなっていくソレイリアを抱きしめ続けた。
とうとう障壁が破られグリフォンが爪をふり上げたが、イサクは防御の真言を唱える気にもなれず自分の血溜まりに涙を落として魔物を見上げるばかりだ。
しかし、ソレイリアとの再会を与えてくれるはずのグリフォンの鉤爪は、地中から生まれ出た骸骨の腕に握られた大剣に阻まれた。
そのまま地中から、見覚えのある甲冑を纏った骸骨剣士が立ち上がり、グリフォンの爪を切り落とす。
「その甲冑、まさか……英雄ギバール?」
「6年ぶりだなイサク。君の父上がペンダントのロケットに私の骨を入れていたんだ。そして君の魂の光に導かれ、私は帰ってきた」
ギバールが骸骨の手をイサクに伸ばす。
「もう一度、ともに戦おう。魂の求めるままに」




