25話 舞踏会(後編)
「逆賊オーラム、貴様の悪行許しがたい!王自ら成敗してくれる、そこに直れ!」
茂みから飛び出し剣を抜いた王に、オーラムは引きつった笑いを浮かべる。
「これはこれは……国王セトルベルが今晩命を落とす理由までは考えていなかったな……」
「王を守れ!」
叫ぶネロスに応じ、潜んでいたメガン、キリク、ハタルが現れる。
樹上から王に襲いかかった蜘蛛女の一撃を、メガンが大盾で防ぐ。メガンはイブニングドレスの裾を裂き、盾の裏からグラディウスを抜き構える。
「王、お守り申す!」
同時に、リリを捕らえていた蜘蛛女が、リリの喉にナイフを突き立てるが、首周りを覆う岩に阻まれる。捕まっていた間に、リリは腹話術の要領で口を開けずに地のアニマを詠唱していたのだ。
「リリから離れろ!」
飛び出したキリクの突きを蜘蛛女が樹上に飛んで躱すと、ハタルが投げナイフで追撃する。
「猫ども、妹を殺した奴らだな?寸刻みにして殺してくれる」
「こいつらか、毒の牙でじわじわ肉を溶かして殺してやろうぞ」
ハタルのナイフが片目に刺さったまま痛がる様子もなく呪いの言葉を吐くと、相槌をうちながらもう一体が現れる。
「2匹いるニャ……!」
メガンが相対する蜘蛛女は、足と同じくらいの長さの腕を2対持つ異様な姿である。4本のナイフで猛然と斬りかかってくる。
なんとか凌ぎ盾で押し込むが、長い腕が回り込んできて肩と腿に刃が食い込む。
(クソ、鎧があれば……)
メガンが蜘蛛女と戦っている間に、オーラムは王を亡き者にせんと、無詠唱で次々とアニマを放つ。リリが対抗するアニマを詠い打ち消していくが、次第に追いつかなくなる。
「ふはは、どうしたリリ!頑張らないと国王が死んでしまうぞ!」
勝ち誇り叫ぶオーラムに、樹上から飛びかかった影が蛮刀で袈裟切りに深々と斬り込む。
「クロ!来てくれたんだね!」
クロはそれには応えず、キリク達と相対する蜘蛛女の1人に猛然と向かうと斬りかかる。両手のナイフで受け鍔迫りとなる。
裂けた口から内向きの毒牙を剥き出した蜘蛛女が見たのは、自身の顔面を飲み込まんばかりに顎を開いた鰐の口内だった。毒牙ごと顔面を噛み砕かれ、絶命する。
クロは止まらない。さらにもう一体に猛然と迫る。蜘蛛女がクロに意識を向けた瞬間、猫足で音もなく踏み込んだキリクの突きが心臓を貫いた。
いっぽうメガンは、再度4本腕の攻撃を盾で受け止める。長い腕を回り込ませ盾の裏を攻撃した蜘蛛女だが、メガンはすでにそこに居らず、ナイフは空をきる。
メガンは地面に突き立てた大盾の上に飛び乗っていたのだ。思わず見上げた蜘蛛女の顔面を、裂いたドレスから伸びた長い足で蹴り飛ばし、倒れた胸にグラディウスを突き立てる。
「面妖な……!」
胴まで左右に断たれながらも再生しつつあるオーラムに、国王が畏怖する。
「リリ、再生するぞ!」
リリが地のアニマでオーラムの足元を割り、生き埋めにする。
「せ、成敗したか?」
「いや、奴はこのぐらいじゃ死なねえ。だが再生にはそれなりに時間がかかるはずだ」
尋ねる国王に、クロは全く遠慮の無い口調だ。リリが駆け寄ってクロに抱きつく。
「クロ、やっぱり来てくれたんだね!……あれ?なんだかつい最近同じ匂いと感触に触れたような……それに尻尾どうしたの?」
遠慮なく尻のあたりを撫で回すリリから、慌てて離れるクロ。
「それにしても……見違えたぞリリ、綺麗だぜ」
「恐縮です、サー」
リリは少しおどけながら、カーテシーをして見せる。
ネロスが王の前に跪き報告する。
「王よ、逆賊オーラムは陛下に代わり我が郎党が討ち果たしてございます。しかし、き奴は呪われし不死の身体。陛下、早く安全なところへ」
(おいあの貴族様、美味しいところだけ持ってってないか?それに俺はいつからアイツの郎党になったんだ?)
(細かいことは気にしないの。クロが王に跪いて奏上する役したい?)
(……絶対ご免だな)
不平を言うクロをリリが宥めている後ろで、大地が煮え湯のように沸き立ち、オーラムが迫り上がってくる。
最高級のイブニングコートは原型を留めていないが、身体には傷ひとつ無く再生している。
「セトルベル!“穏便”に王権を奪い地下牢あたりで生かしてやるつもりだったものを!もうこの大陸など治める必要も無い、民も土も草も全て焼き尽くし灰燼に帰してくれよう!」
「悪魔ザマンよ」
オーラムが呼びかけると、背後に捻じくれた3本角の巨大な赤い悪魔が現れた。
「あの悪魔は、あの時の……!」
リリが狼狽する。
「オーラム、君が私を呼ぶのは10年ぶりだな。……この国の王に、異界の歌詠いの少女。そして悪魔イシェルを連れた男。ふふ、今夜この場所が運命の糸の縺れ目と云うわけか」
「ザマン、妻と子を好きなだけ持っていけ。私を北の辺境に転移させろ!」
「よかろう」
虚空に扉が開き、オーラムが呪いの言葉とともに消える。
「また会おう亡国の民ども」
夜が明け、国王が急遽招集した“オーラム対策会議”にネロスとメガンも列席している。
「オーラムは悪魔の力で、魔物の巣窟である北の辺境へ逃亡しました。もう人間の私兵などあてにせず、アンデッドと魔物の軍勢を組織して攻め入ってくるつもりでしょう」
「庭園で討ったあの異形の者たちも、奴の禁術の成果という訳か、おぞましい……もしや既に北の辺境に奴の拠点が築かれているやもしれんな」
「仰せのとおりです陛下。今から始まるのは、人や亜人種同士とは全く異なる戦です。魔物やアンデッドに対抗するため、軍を再編成することを具申いたします」
列席していた将軍が唸る。
「こんな時、ギバールが存命であれば……!」
「メーヴェルリム戦役で命を落とした大陸一の剣豪ギバールですか……私の年齢では書物の中の人物です」
「ギバールは剣技もさることながら、魔物やアンデッド狩りに特に秀でておってな。辺境で人間の版図を拡げたのも、ギバールの功績が大きい」
「諸侯よ、居らん者のことを話しても仕方ない。今は出来る限りの対策を講じようぞ」
「御意!」
ネロスとメガンが会議に出席している頃、クロたちは王の危機を救った功績者として王宮の一室に逗留していた。
リリアン嬢ことリリは別室が与えられていたが“皆と一緒がいい”と移動してきて、今はクロのベッドでいつものスリップ姿でぐっすり眠っている。
「手柄をネロスに取られたのは釈然としねーが、美味い飯に美味い酒、最高級の葉巻があれば全てを許せるな!」
用意された美食美酒を平らげ、クロは満足げに葉巻をふかしている。
「ホントだニャ!この肉、サロホーリの魚と同じぐらい美味いニャ」
「ハタル!はしたないから、がっつくなよ!」
そう言ってワインを一口飲んだキリクの手が震え涙がこぼれる。
「なんだこのワイン、芳醇で馥郁として、それでいてしゃっきりぽんとした爽やかな味わい……これは本当にワインか?」
その時、侍従がドアを開け
「皆様、おかわりがご入用でしたら何なりと……」
「これと同じ物をもう1本!あと村への土産用に包んでくれ!」
「承知しました、何本か見繕ってご用意いたします」
恭しく下がる侍従にハタルが声をかける。
「すまんニャ、兄ちゃんは図々しい田舎者ニャ」
2時間ほどしてネロスとメガンが戻り、会議の顛末を報告する。リリも起き出してきて加わる。
「……という訳で、タウロン軍は対魔物に再編して北方に向かい進軍することになった。ラハトヴァー家も、メガンを将として王直轄の部隊に所属する。
そしてここからはお願いなんだが、君たちも共に戦ってくれるか?」
しばし間があって、リリはクロとハタルが自分の答を待っていることに気づいた。……キリクはワインの飲み過ぎで寝ている。
「もちろんだよ!あ、でもネロスさん、私たちはある程度自由に動けるように頼んでおいてくれる?」
「もちろんそのつもりだよ」
「よし!じゃあ“リリアン遊撃隊”結成だね!」
「良いネーミングじゃねーか隊長!じゃあ俺は切込み隊長だな!」
「ハタルは偵察隊長ニャ」
「いいね!じゃあキリクは?」
「……兄ちゃんは一般兵ニャ」




