22話 作戦会議
それから10日間をかけ、ハタルとキリクはラハトヴァー家の邸宅にたどり着いた。
「言われたとおり、一度リマニに入って船に乗ってから戻ってきたニャ」
万一尾行が付いていた時のために、連邦外のリマニを経由して帰投するよう、ネロスは指示していたのだ。
「ハタル、キリク、大義だった。素晴らしい成果だ。聞きたいこともあるから、2〜3日ゆっくり静養してくれ。すぐに腕のいいヴォドンも手配しよう」
それから3日間ほど、ネロスはハタルの持ち帰った書簡を読みふけっては、時々ハタルとキリクに何かを尋ねるという日々が続いた。
オーラムについての調査書をまとめ上げたネロスは、書類の束を叩きながら嬉しそうにメガンに報告する。
「いやあメガン、聞いてくれよ!
オーラムは噂以上だね。アンデッド使役にキメラ合成等の禁術研究、秘密裏に武器製造、密輸に暗殺、悪魔使役、やってない犯罪がないくらいだね!
そして、やはり彼は異世界から召喚されたリリを自分の脅威として恐れているようだね。
メガン、手配書はまだ掲示されているんだよね」
「ええ、残ってるわ」
「やはり王政府の手には落ちていないのだろう。もしかしたから何らかの方法で異世界に戻ってしまったのかもしれないが、いったいどこに……」
「リリとクロならサロホーリで寝てるニャ」
「はぁ!?」
横から口を挟んだハタルを、全員が凝視する。
「ハタル!なんでそんな大事なこと言わないんだよ!」
「だって皆リリを探してるなんて言ってなかったニャ」
非難するキリクに、ハタルがあっけらかんと返す。
「……けど、それなら話が早いね。リリ達にゲルメクに来てもらって……いや、今彼らを村の外に出すのは危険だな。
メガン、サロホーリ湖は風光明媚な土地だ。プチ新婚旅行と行こうか」
「それすごくステキだわ、ネロス」
しなだれかかるメガンの様子を見て、赤くなったキリクが慌ててハタルの目をふさぐ。
「ニャッ、兄ちゃんずるい!ハタルもイチャイチャ見たいニャ!」
2日後、サロホーリ湖畔の村にメガン達が到着した。キリクにとっては数ヶ月ぶりの凱旋だ。バウンサーの稼ぎにネロスの潜入ミッションの報酬もあり、誇らしげな顔で土産を配っている。
メガンがリリ達が逗留している部屋の戸を開けると、一瞬の間があってからリリが飛び込んでくる。
「メガンさん!」
「リリ、久しぶりだな。色々あったようだが、ひとまずは元気そうで何よりだ。クロは……元気そう、とまでは言えない様子だな」
クロはやっと歩けるようになったところで、まだまだ本調子とは言い難い。
「メガンさん、前からキレイだったけど、もっとキレイになったから一瞬分からなかったよ!それにすっごく良い匂い……
何かあった?」
「ははは、リリありがとう。実はしばらく会わないうちに結婚してな」
「結婚!?こ、これはちゃんと話聞かないと!ハタル、メガンさんはすっごく食べる人だから、ありったけの魚持ってきて!」
「分かったニャ!」
一同で食卓を囲みながら、これまでの顛末を交換する。メガンとキリク、そしてネロスとの出会い。オーラムとの因縁。ネロスとのくだりは顔を赤くしてはぐらかそうとしたメガンだが、リリ達が許してはくれない。
「それで!どちらから先に告白したんですか!それ重要ですよ!」
「そうニャ!」
口ごもるメガンを制して、ネロスが話す。
「私からだよ。メガンが作ったポトフを一口食べた時に、なんだかすごく愛しさが溢れてきてね」
「キャー!ニャー!」
「メガンは一度取り乱して逃げ出してしまったんだが、戻ってきて僕の気持ちを受け入れてくれたよ」
「受け入れて!それからどうなったんですか!」
「もう勘弁してくれないか……」
「ごめんなさい!でもステキ……私にもいつか王子様が迎えに来てくれるのかしら?」
少女らしく無邪気に憧れるリリを、クロが横目で見る。
「それはさておきリリ」
真剣な口調に変わったネロスに、座の空気が変わる。
「やはり今回の件、偶然も必然も全てリリを中心に動いていると考えざるを得ない。私は合理主義者だが、ここに居る一同はリリという渦の中心に引き寄せられたようにも思える。
そして、オーラムは救国の英雄であるリリを亡き者にせんとしている。なぜか?彼が国を覆そうとしている逆賊だからだ。ハタルとキリクの潜入で、これまでの悪事もおおよそ掴めている」
「オーラム悪いやつニャ。奥方も7人いるニャ」
それまで黙って聞いてきたクロが口を挟む。
「ヤツに妻がたくさんいるのは、ただスケベな訳じゃねえ。おそらくヤツには悪魔がついている。悪魔との取引に使う代償を“ストック”するために妻子を多く抱えているんだ」
「なんてことを……!」
メガンが絶句して、ネロスに身を寄せる。
「それが本当だとしたらゾッとしないな。本当に悪魔と呼ばれるべきは、悪魔を使う人間のほうだとも言えるね」
「リマニで会った悪魔使いも酷い有様だったぜ……」
言いながら調査報告書を興味なさげに流し見していたクロだが、あるページでめくる手が止まる。目を見開きながら数ページ先とを何往復かしたあと、ため息をついて資料を投げる。
「で、どうするつもりだ貴族様?」
「ああ、悪魔のごときオーラムの悪事の証拠を突きつけても、なにぶん相手は外務大臣だ。証拠は隠滅されて、僕らは悪魔だか禁術だかで消されて終わりだろうね。
そこでオーラム自ら尻尾を出すように仕向ける。2週間後に王都で舞踏会があり、私たち夫婦も出席する。そこにリリも出席してもらう。
殺したくて仕方がないリリを目にしたオーラムは、必ず尻尾を出すはずだ」
「舞踏会?行きたーい!でもそんな偉い人の集まりにわたし出れるの?」
「ネロスお得意の書類の改竄でしょ」
メガンがため息をつきながら答える。
「さすが我が妻、分かってるじゃないか!リリはメガンの妹ということにしよう。エレネーク家は取り潰しで記録が途絶えているから、ごまかしやすい。黒髪だと異国人っぽいから、栗毛のかつらとかで軽く変装して……」
「俺は反対だ。リリを囮にするのは危険すぎる」
クロの一言で場の雰囲気が凍るが、メガンが穏やかに尋ねる。
「クロの言うとおり、リリの危険が大きい作戦になるだろう。無理にとは言わない。リリはどうだ?」
「……私はやるべきだと思う。リマニでオーラムにやられて思った。私とクロがアニマや剣で頑張っても、どうにかなる相手じゃない。
逃げまわっていても、いつかは捕まって殺されちゃう。
難しいことは分からないけど、メガンさんやネロスさんが私たちの出来ない事で協力してくれるんなら、それに賭けるべきだと思う。
クロはどう思う?」
「……リリがやる気なら止めるつもりは無え。だが、俺は今回は下りる。そもそも、体もまだ全然動かねえし、貴族の舞踏会にリザードマンの俺は出番無しだろ」
そう言って、クロはよろけながら部屋を出ていく。
「……クロの言うとおりだ。
では我々は舞踏会作戦に向けた準備を進めて行くぞ
まずリリは今日から我が家に泊まり込みだ」
「え?なんで?」
「立ち振舞い、貴族の子女の会話作法、ダンス、エレネーク家の歴史、両親祖父母の情報、タウロンの主だった王族貴族、全て2週間で叩き込まないといけない。忙しいぞ!
城壁外周の家で、クロと一緒に稽古した頃を思い出すな!楽しみだ!」
「あ……これ嫌な予感がする」
翌朝、エレネーク家からリリの悲鳴が響いた。
「メガンさん!止めて、腰が千切れちゃう!」
「コルセットだ!あと3cmは絞るぞ!舞踏会の日はこれで丸一日笑顔で過ごすんだ、笑顔と言っても歯は見せるな、笑う時は扇子で口元を隠して……」
「か、帰りたい……サロホーリで猫を吸って過ごしたい……」




