20話 再会いろいろ
リリが目を覚ますと、藁葺きの簡素な天井が見えた。
「ここどこ?ママ?お兄ちゃん?パパは?」
リリは夢で見ていた家族を探すが、視界に入った鰐頭を見て現実に帰る。
「クロ!……つっ!」
起き上がろうとして、傷の痛みに顔をしかめる。と同時に傷に手当てが施されていることにも気づいた。
クロはリリの横に寝かされている。リリと同じように傷に手当てがされている。眠っているのか、気を失っているのか、静かに目を閉じている。
起きないかと、腕を伸ばしてクロのゴツゴツした鱗を触ってみるが、何の反応もない。
「ニャ?」
聞き覚えのある声に振り返ると、小柄な女の子のワーキャットが驚いた顔で立っている。
「ハタル?じゃあここはサロホーリ?」
「ばーちゃん!リリが目を覚ましたよー!」
老婆のワーキャットが、リリの具合を見ながら話をする。
「2人が湖に沈んでるのを、ハタルが見つけて網で引き上げたんよー」
「ハタルありがとうね。ワーキャットは水が苦手なのに」
「ニャ?ああ、あんなに濡れるの嫌がる神経質はキリク兄ちゃんだけニャ
それにしてもビックリしたニャ。夜の湖にキラキラしてるとこがあったから」
(スー達だ……)
リリの周りを、4色の精霊が誇らしげに飛び交った。
「クロは……」
「リザードマンの子は傷が深くてねえ。息があるのが不思議なくらいだよ
何があったか知らないけど、あんた達はハタルを助けに行ってくれたからね。傷が癒えるまでゆっくりしてってちょうだい」
「ありがとう、おばあさん」
ハタル達が去った後、リリは頬杖をつきながらクロの顔を突ついてみる。
「クロ、早く起きてよ。退屈しちゃうよ」
ゲルメク副領事夫人となったメガンは、新婚の蜜月もそこそこに忙しい日々を過ごしていた。
執務室に入ったメガンは、うず高く積まれた書類の向こうのネロスに声をかける。
「茶を淹れたぞ、一息つかないか」
書類の山の向こうから返事だけが聞こえ、ネロスが顔を出す。2人とも立ったまま茶をすする。
「ネロスはこれだけの案件を処理していたのか……信じられないな。私が出来る仕事は引き受けよう」
「書記官が私のやり方に慣れるまでの辛抱だが、助かるよ。じゃあギルド関連の仕事をお願いしようかな。メガンもバウンサーギルドに所属していたから流れは掴みやすいだろう。分からないことは私に聞いてくれ」
「承知した」
バウンサーに関わらず、ギルドの業務は仲介と納税である。ギルドに所属する職人はランク付けされ、一定の質が保証される。
逆にギルドを通して持ち込まれた仕事は内容、報酬が精査され職人にとっても安心して請けられる仕事になる。
そして、ギルドを通した仕事は手数料とともに税金が控除され、ギルドから纏めて納められる仕組みだ。
「書類を減らしたいのは山々だけど、売上や税金をちょろまかす輩が増えるからね。あ、メガン今“お前が言うな”って思った?」
「ああ、思った」
夫婦となり数ヶ月だが、メガンはネロスの物言いに慣れてきた。そして自分の伴侶となったこの男は、人を食った物言いの裏腹、稀に見る真摯な領主であることも理解した。
ギルド担当となったメガンは、視察も兼ねてバウンサーギルドを訪れた。出納の帳簿に目を通し、懐かしさを感じながら依頼票の掲示板に目を通す。
と、ある紙の前で目が止まる。
『特級バウンサー クロ
初級バウンサー リリ
上記2名捕縛 生死問わず
報酬:金貨10枚
罪状:王政府建物に対する破壊行為、器物収奪その他
タウロン王政府』
「リリとクロじゃないか。王政府から直々の賞金首とはしばらく見ないうちに極悪人だな」
「いや、あれは冤罪、悪くても不可抗力だよ」
と、横で同じく依頼票を眺めていたバウンサーがメガンの独り言に答える。レイピアを下げた小柄なワーキャットだ。
「あ!いつぞやの黒猫!」
思わずメガンが叫ぶ。
「誰だ?お前なんか知らないぞ?」
「山頂から無事に崖を駆け降りたようだな。息災で何よりだ」
ネロスの影響か、少し意地の悪い言い方をしたメガンを上から下まで見回すキリク。
「まさか、あの時の大盾の騎士?女だったのか!」
踵を返して逃げようとするキリクの首根っこを掴み、吊り上げるメガン。
「何か知っているようだな。聞かせてくれるか」
「分かった分かった!話すから下ろせ!」
エールを飲みながら、キリクがサロホーリ湖秘密施設での顛末をメガンに話す。
「ふーむ、あの2人が自ら悪事に手を染めるとは思えなかったが、そういうわけか。
その秘密施設とやらも気になるが、リリとクロはどこにいるんだろうか。まだ王政府の手には落ちていないんだろうが……」
「なあ、知ってることは話したぜ。俺もう行ってもいいか?」
「ああ、助かった。キリクも良からぬことに巻き込まれないようにゆめゆめ気をつけるのだぞ」
「アンタを敵に回して懲りたよ。今や真っ当なバウンサーだぜ」
「そうか、達者でな。また会おう」
「……会いたくねーよ」
ニヤリと笑ってキリクが立ち去る。
「今日はお疲れ様だったねメガン。久しぶりのバウンサーギルドはどうだった?懐かしい顔には会えたかい?」
寝室で髪を梳かすメガンに、デザートワインを勧めながらネロスが話す。
「ええ、何人かはね。それよりネロス、気になることが……」
メガンのシリアスな気配を感じ、ネロスが顔を引き締める。
「ふむ、聞こう」
「その2人組のことは、前に話してくれたことがあったね。メガンがそう言うなら、ならず者では無いんだろう。
秘密施設の件は私も噂程度に聞いたことはある。首謀者もあらかた目ぼしはついているんだが……
よし!書類仕事にも飽きてきたところだ。1ヶ月ほど調べてみるか、うってつけのエージェントがいるから依頼しよう」
「潜入調査なら、私も頼めそうな知り合いがいるわ」
「いいね。調べがついたら……君の社交界お披露目ついでに、王都に新婚旅行に行こうか!」
デザートワインを飲み干したメガンが、うっとりした顔でネロスの首に両腕を回す。ネロスが持っている盃を奪いサイドテーブルに置く。
「誰かの悪事の証拠を持って乗り込むってことでしょ?ただの新婚旅行じゃ終わらなそうね」
「刺激的で君好みだろ?」
「ええとっても。愛してるわネロス」
「私もだよメ……ぐむっ……」
ネロスが愛を囁き終わらないうちに、メガンの唇が口を塞いだ。
数日後、ラハトヴァー邸のホールにひときわ小柄なワーキャットが佇み、見慣れない貴族の屋敷の調度品を興味深げに見回している。ハタルだ。
「彼女がネロスの雇った密偵?まだ子どものように見えるけど……」
「確かにまだ歳は若いが、潜入、調査、解錠、逃走どれをとっても超一流のシーフだ。天性の才能だろうね」
「私の依頼したバウンサーも、もうすぐくるはずよ」
ノックに応じて執事がドアを開けると、いかにも剽悍な黒猫が入る。キリクである。
「ニャ!?」
「ハタル!?」
「なんだ、君たち知り合いだったのかい?」
「知り合いもなにも、ハタルはオレの妹だ!」
「なおさらちょうどいい。
依頼するのは、外務大臣で宮廷アニマでもあるオーラムの調査だ。
公務の日程はここに全部調べてある。
オーラムは王国最強のアニマだ。彼の周りを嗅ぎ回っていると、必ず勘付かれる。留守を狙って、彼の悪事の証拠を掴め」
「御意ニャ」
「キリク兄ちゃん、荷物持ちに連れてってあげるけど、どんくさいから捕まらないように気をつけるニャ」
「なっ……!」




