19話 謀反
「メガン、私は君を愛している」
「ご、ごご、ご冗談を!」
メガンがスプーンを取り落として叫ぶが、ネロスは真顔のままだ。
「私は冗談みたいなことは言うが、冗談は言わない。
君は聡明で美しく、頑なで上品だ。そしてとてつもなく強い。素晴らしい女性だ。それは知っていたことだ。
だがたった今、君と君が作ったポトフを食べて分かってしまった。君と一緒に居て、君が笑うと私は幸せになる。
私は君を愛している」
一気に話したネロスが目を伏せて返答を待っていると、メガンの椀にボタポタと水が落ちた。
顔を上げると、メガンが顔をクシャクシャにして涙を流している。
「私、立場を弁えずになんという出過ぎた真似を!
申し訳ありません、失礼します!」
弾かれたように厨房を飛び出すメガン。あとには湯気を立てるポトフとネロスだけが残された。
「あれ……これは振られたのかな」
メガンは急いで自室に戻りタイタン鋼の鎧を着込み、先祖伝来の大盾を携えグラディウスを下げる。全身鎧を持って運ぶことは出来ない。他にも荷物はあるが、本当に大事なものはこれだけだ。
一介の没落貴族の娘、ならず者のバウンサーに過ぎない私が、騎士気取りで出過ぎた真似をして貴族の子息を惑わせてしまった。許しがたい愚行だ。
非礼は後で如何様にも詫びよう。一刻も早くここを立ち去らなければ……
その一心で正門の潜り戸を抜け、館の周りの森を急ぎ歩いていると松明を掲げた40〜50人の一団に出会う。
「ハマシュ!?こんな時間にこんなところで何をしている?」
「お嬢様!?お戻りになられたのですか?実は、お嬢様がもう1ヶ月も副総督の館からお戻りにならないことをロギアスに相談したら、おおごとになってしまい……」
「バカな、剣術指南役として逗留している旨伝えたであろう!」
「とはいってもお嬢様ほどの器量、もしや手籠めにされているのではと……」
「私がどこの誰に手籠めにされるというのだ!」
「それはそうですが……」
「ハマシュ、姫が手籠めにされるわけなかろう!」
そうやって口を挟んだのは、エレネーク家の元重装歩兵団長、ロギアスだ。エレネーク家取り潰し後は、傭兵団を率いている猛将だ。
「しかし好都合だ。エレネーク家臣団の主だった者も集まっている。姫も武装を整えておられる。
このまま夜襲を仕掛けてタウロンの傀儡を追い出し、エレネーク家を復興させようではないか!」
集まった家臣団も鬨の声を上げ、ラハトヴァー邸に進軍していく。
「待て!落ち着け!貴様ら話を聞かんか!」
「ははは、タウロンのへなちょこ貴族ごとき我らで十分!姫は後ろで控えていてくだされ!」
一行は固く閉ざされた門の前まで進む。
「ロギアス隊長!くぐり戸の錠が開いています!」
「なんと!皆、天も我らに味方しているぞ!」
メガンが泣きながら出奔したくぐり戸が開けっ放しだったのだ。兜越しに頭を抱える。
一行が邸内に殺到すると、なんとネロスが1人で目の前にいる。メガンを追ってきたのだろう。
「ネロス卿……!違うのですこれは」
思わず弁明したメガンがハッと口を押さえるが、もう遅い。
「ネロス?」「あの男が?」
飛びかかろうとする家臣達を制し、ハマシュが一歩前に出て剣を抜く。
「ネロス・ラハトヴァー卿、幼少より見守ってきたマルグレテ姫の無念、老体ながらこのハマシュが晴らさせていただきますぞ」
(いかん、ハマシュのやつ完全に自分に酔っている。なにが姫の無念だ。しかしネロス卿も私と1ヶ月修練してきたのだ、ハマシュ程度なら……)
ネロスも剣を抜き、震える手で斬りかかる。ハマシュが弾くと、ネロスの剣はあまりにきれいな放物線を描き飛んでいった。
(私の……修練……)
愕然とするメガンに、ネロスの情けない悲鳴が追い打ちをかける。
「痛っ!」
とどめを刺そうとするハマシュを、メガンが大盾で殴りつけ、返す刀……いや盾でロギアスも殴りつけ一喝する。
「やめんか馬鹿者ども!ネロス卿は手傷を負った私を介抱してくださった恩人、そして私がおし…おした…まあいい!恩人だぞ!
それを闇討ちなどと、騎士の誇りも忘れたか!」
殴られたロギアスが頭を押さえながら
「おお……大盾を持ち上げるのが精一杯だった姫が、なんとご立派に……」
と感激している。
「奥で卿と話してくる!お前たち、そこでおとなしくしておれ!」
手首をおさえてしょげかえったネロスを伴い館に入るメガンを、呆然と見送る一同だった。
玄関脇のシューズクローゼット(と言っても10畳はある)に入るとメガンは鎧下を引き裂いて包帯を作り、ネロスの手首を固定する。
「よかった、捻挫程度のようです。
まさかこんなことに……!ネロス卿、お詫びして済むものではありませんが、どうか彼らの命だけはお助けいただけませんでしょうか」
ネロスは、涙ながらに懇願するメガンと手に巻かれた包帯を交互に見ながら、小さくため息をついて話し始めた。
「メガン、私のあまりの不甲斐なさに呆れただろう?」
「……いえ!そんな」
「いいんだ。私は賊が乗り込んできたって、剣を抜いて立ち向かう人間じゃなかった。多分メガン、君にいいところを見せようと思ったんだ。
それがこの体たらくだ。無様なところを見せてしまった。向いていないことはやるもんじゃないね」
「……私もですネロス卿。大喰らいの有様を見られて、弁えず出過ぎた真似をして、挙句の果てに謀反人の首領に祀り上げられて」
「うん、私たちは今日、みっともないところを晒しあった。でも、泣いている君、慌てている君を見てもっと好きになった。
もう一度言うよ。愛している、メガン」
「私もです。お慕いしております、ネロス様」
ネロスの胸にメガンが飛び込む。豊かな金髪を撫でながら、ネロスが呟く。
「ははは、鎧が硬くて痛いな。
よし、いつもの私に戻ってきたぞ。今晩中に全部片付けてしまおう」
2階のバルコニーに、ネロスとメガンが現れる。その頃にはラハトヴァー家の家臣も駆けつけてきて小競り合いの様相を呈していたが、一斉に静まる。
「聴け!家臣達、そしてエレネーク家の者ども達よ!
私、ネロス・ラハトヴァーはマルグレテ・エレネークを妻とする!」
兜を取り落とし唖然とするメガンに、ネロスがキスをする。
「なっ……!」
両家の家臣が大いにどよめく。
長いキスを離し、ネロスがいたずらっぽく微笑む。
(これが私の、最善の解決法さ)
「これにて両家はひとつとなった!もう争う理由はない、双方退け!
そしてエレネーク家の者ども、我が妻と諸君らの見上げた忠義に免じて、今晩の狼藉は不問と致す!
領地についても良しなに計らおう」
(我が妻……!)
メガンは驚くやら気恥ずかしいやら嬉しいやらで、ネロスに力いっぱい抱きついた。家臣達から拍手と冷やかしの歓声が上がる。
しかし、盾の一撃でオーク5匹を吹き飛ばすメガンが“力いっぱい”抱きついたのである。ネロスの顔が青くなり手から力が抜けた時、歓声が悲鳴に変わった。
「ネロス様!わ、私またやってしまった!」
1ヶ月後、ネロスとメガンの結婚式が開かれた。
「綺麗ですぞ、お嬢様……」
「ダーキン様と奥様にもお見せしたかった……」
体中の水分が無くなるのでは言うぐらいずっと泣いているハマシュとロギアスの肩に、メガンが優しく手を置く。
お色直しのため下がった部屋でメガンが尋ねる。
「大丈夫なの?没落貴族の娘なんかと結婚して。それにエレネーク家の領地も」
「聞いてくれよメガン!王都に出す帳簿を改竄するのは大変だったよ!
まず君はアンデッドドラゴンを1人で討伐した英雄として1代貴族に取立て。今回エレネーク家に与えた領地も竜に焼かれた村々だ。あ、数年は無税ね。
まあ私は、こっちの貴族たちの税のちょろまかしは全部把握してるから、ほかの土地も取り上げようと思えばいつでも出来るけどね!よかったら……」
話し続けるネロスの口を、メガンがキスでふさぐ。
「ネロス、そういう時は『愛があれば大丈夫』って言うのよ」




