18話 剣術指南
「あなたは私の命の恩人です。傷が癒えるまで、ぜひ当家にて静養してください」
そういってネロスはメガンを引き止めた。傷が癒えると
「あなたほどの剣士は当家にはいない。ぜひ剣術指南として留まっていただきたい」
と再び慰留した。毎週エレネーク家に十分すぎる額の指南料が送られていたのを知ったのは、後のことである。
メガンから窺い知れる範囲でも、ネロスは副総督として着任してから精力的に働いていた。
アンデッドドラゴン騒動で壊滅した3つの村の復興と耕作地の復旧についても、メガンが感心するほどの手腕を発揮した。
まずネロスは、周囲の村の次男三男等の相続権を持たない農民から入植者を募った。焼き尽くされた村の復興には誰もが二の足を踏むが、ネロスは復興の資材を供出するうえ最初の数年は無税にすることを約束した。
そして、忙しい合間を縫って、毎日短時間だがメガンについて剣術の稽古をした。ネロスは力も身体能力も人並みを下回るぐらいだが、メガンにとってはいい生徒だと感じられた。
基本的には師の言う事を素直に聞き、疑問があれば
「なぜここはこうするのか、こうではダメなのか」
と質問し納得すれば従った。質問は的を得ていたし、身分関係なく教わる側として気遣いしているのがメガンにも感じられた。
ある日の稽古終わり、メガンは目を輝かせて伝えた。
「ネロス卿、僭越ながら此度の村の復興についての件、まことにご英断と存じます」
「え?あ、あれね……聞いてくれるかい?マルグレテ嬢……」
「メガンとお呼びください」
「メガン、あれ王都に出す帳簿をごまかすのに大変だったんだよ!最初の条件じゃ誰も希望しないし、無理やり入植させても脱走されるしね。まあ匙加減だよ。私の後任は困るだろうな〜」
メガンは、呆気に取られた。
もしも自分が領主ならここまで割り切れていただろうか。王都に上申して叶わず、結局農地は荒れたままだったのではないだろうか。
「飢えた民草のために……」と言う答えを予想して褒め言葉を用意していた自分が恥ずかしくなった。
「け、剣も毎日励んでおられ日に日に……」
「上達なんかしてないよ!君から世辞なんか聞きたくないね。私は体面の為にやってるだけさ
『王都から着た分家のへなちょこ貴族も少しは頑張ってるじゃないか』って周りが思うだけで儲けものだよ」
「そんな……」
「統治は突き詰めれば分配だ。全員が満足するなんてあり得ない。毎日30分で印象が変わるなら、こんなに楽なことはない。まあ、汗を流すと頭がスッキリするのは発見だったね」
「しかしネロス卿、歩みは遅くとも成長しない人間は居りません。卿は確実に強くなっています。世辞ではありません。指南役として、保証いたします」
メガンは凛と立ってそう言うと、軍隊式に回れ右をして退出する。
その背中を、カールした髪を指で巻きながらいつもの笑みで見送るネロスだった。
ラハトヴァー家にあっても、メガンの日々の鍛錬は変わらない。ハマシュに鋳物の鎧を届けさせ、毎日基礎の鍛錬を欠かさない。
ある日、午前中の予定がキャンセルになり時間の空いたネロスが、メガンの鍛錬を眺めていた。
「卿、お手すきでしたら朝のうちに稽古を済ませてしまいますか?」
兜を取り、汗の湯気をたてたメガンが尋ねる。
「いやメガン、御身の鍛錬を続けてくれ給え。見ているだけで強くなりそうだ」
「は、では」
メガンは再び兜を被り、盾で岩を押す訓練を続ける。一段落したところで、ネロスが冷やした茶を差し出す。
「ひと休みしようじゃないか」
鎧を外し、庭の木陰のベンチに腰掛け語らう2人。
「メガンは本当にすごいね。でもね、私は騎士も貴族も私か子の代ぐらいまでと読んでいるんだ」
「そんな……なぜです?」
「科学……という言葉は知ってるかい?」
「……申し訳ありません」
「知らなくて当然だ、私が作った言葉だもの」
いたずらっぽく笑うネロスに、つられてメガンも笑ってしまう。
「外国の言葉を私が無理やりタウロン語に訳したものだよ。
そうだね、例えば馬の代わりに薪をくべて走る馬車が出来る。ひとりでに布が織れる機織り機が出来る。そして、鎧を貫いて1分に10発撃てる銃が出来る」
「道具を工夫して良くなるのが、“科学”という訳ですか?」
「間違いではないが、人や動物の力に頼らなくなるのが決定的な違いだね。でたらめじゃない。僕が留学した外国では、これに近いものが出来ようとしていた」
「それで、剣を振るう騎士などは無用の長物になると?」
「ああ、それだけじゃない。世界が全部変わる。機織りひとつとってもそうだ。職人の手仕事は要らなくなる。ひとつの機織り機から、同じものが毎日何百枚と作られるようになる。平民も貴族と同じように毎日着替えるようになる。機織り機を持ってる者は、土地も無いのに貴族より大金持ちになる
これが戦場ならどうなるか。メガンが5人斬る間に、昨日初めて銃を持った少年が50人撃ち殺すようになる」
「おそろしい……時代が変わっても、私は剣と盾で戦う戦場がいい」
「メガンの気持ちは分かるよ。100年後の戦場は今と比べものにならない地獄になるだろうね。
でもね。もしかしたら“科学”が戦場のない世界を作るかもしれない、とも思ってるんだ」
メガンが目を見開いてネロスの顔を覗き込む。
「ネロス卿、それはメガンには余りに絵空事に聞こえます」
「ふふ、私もそう思うよ。でも僕の想像の先にはその可能性も少しだけ残ってるんだ」
メガンは茶を飲み干し立ち上がる。
「卿の聡明さには舌を巻くばかりです。私には到底考えが及びませぬ」
そう言うと再び兜をつけ、訓練に戻る。
「あれ……なんか怒らせちゃったかな?」
ネロスがゲルメクに着任してから、そしてメガンがラハトヴァー邸に逗留してから1ヶ月が経った。
メガンには、館の主には言えない秘密の習慣があった。メガンは客人として、部屋で1人食事を取っていた。
使用人とともにさせるのは忍びないとネロスが配慮し、ネロスと食事をとるのはメガンが固辞したのだ。
質・量とも一般的な女性には十分だったが、残念ながらリザードマンのクロも恐れ入る健啖家のメガンには全く足りなかった。
幸い厨房には使用人用の食材がたっぷりあったので、夜中に自分で夜食を作って食べるのが毎日の習慣になっていたのだ。
ある夜深夜まで書類仕事をしていたネロスが、厨房のほうで大きな物音がしたのに気づいた。
すわ、侵入者かとおっかなびっくり見に行くと、落とした鍋を拾い集めるメガンと遭遇した次第である。
「ネ、ネロス卿……!」
「やあメガン。いいね、夜食かい?……お鍋吹いてるよ」
「あ!」
いつものようにカールした髪を指で巻きながら、鍋を混ぜるメガンを見ていたが、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「私も1杯貰えるかな」
メガンは耳まで真っ赤な顔をして、ネロスにポトフとパンを差し出す。
厨房の使用人用の簡素な椅子とテーブルにこの家の主が座っているのは、不思議な光景だった。
「いただきまーす……うん!美味しい!」
メガンはますます赤くなりながらも、少し微笑んだ。
「メガンも食べなよ、作ってもらった私が言うのもなんだけど」
申し訳なさそうに、しかしもりもりと食べているメガンを、ネロスは楽しそうに見ている。
「そうだよね。メガンは毎日あれだけの鍛錬を積んでいるんだから、普通の量じゃ足りないのは当然だ。使用人に伝えておくよ」
「恐縮です……」
と言いながらも、もりもり食べ続けるメガンを見るネロスの顔が少し真剣になる。
「メガン、僕のことは変わり者だと思うだろう?」
「いえ、そんな……はい、否定はできません」
「今から言うことは風変わりに聞こえるかもしれない。でも、私にとっては至極当然なことだ」
「はあ……」
「メガン、私は君を愛している」




