17話 へなちょこ貴族
リリとクロがオーラムに手酷い敗北を喫する数日前、メガン・エレネークはあるミッションを請けていた。
山を越えて王都からゲルメクに赴く貴族の警護。面白くは無いが、危険は少なく割のいい仕事だ。
この時はまだ、このミッションが自らの運命を大きく変えることになるとは、知る由もない。
サロホーリのワーキャット・キリクは、先日会ったリザードマン・クロの勧めに従いバウンサーの登録をすることにした。
ゲルメクのバウンサーギルドで登録し、初級バウンサーとしての仕事を始めた。2、3件ミッションをこなしてみたものの、いかんせん初級では稼げるミッションが少ない。
駆け出しの頃は、バウンサー同士で横の繋がりを作って稼げるミッションに参加させてもらうことも肝要である。レイピアの腕には自信があったが、キリクは生来寡黙でそうした交流が苦手であった。
故郷にいくらかでも金貨銀貨を持って帰ってやるつもりだったが、滞在費でほとんど消えてしまう。サロホーリに帰って漁の生活に戻ろうかと考え出した頃、ギルドを出て路地を歩くキリクに声をかける者があった。
「お兄さんの腕を見込んで、ギルドを通さない高額案件があるんだけどね……」
メガンは、タウロン領内エギムの街に入る。この街から山越えし、ゲルメクに入るまでの警護をする任務だ。
「バウンサーども、これからラハトヴァー家ネロス卿は、副総督としてゲルメクに赴任される。
道中、ラハトヴァー家を快く思わない者が卿の命を狙っているとの情報もある。くれぐれも警護を宜しく頼む」
兜の下で、メガンは苦々しく舌打ちした。ラハトヴァーといえば、ゲルメク併合の際取り潰されたエレネーク家領の後釜に座った家門である。
メガンは大盾に刻まれたエレネーク家の紋章を隠し気味に持ち、今日一日が早く無事に過ぎることを願うばかりだった。
メガンの願いとは裏腹に、山道に入ってからの歩みは遅々として進まなかった。馬に乗れない急峻な山道になってからの、ネロスの歩みがとにかく遅い。
ネロスはメガンと同じか少し下の年齢に見える。武門の子弟なら、毎日狩りに訓練にと走り回っているはずだ。
なのに、少し歩いては足が痛い腰が痛いと休憩を求め、部下に不平不満を漏らす。見ると、足や腕も毎日剣を振っている者の肉のつき方には見えない。
天下に聞こえた武門ラハトヴァー家も地に落ちたな、と嘲る一方で、自分の家はそんな彼らに取って代わられたのだと、より情けなく感じたメガンであった。
山頂付近はいつにもまして強風が吹き荒れ、おまけに雹混じりの雨まで降る悪天候だった。
「痛たた……精霊達まで私のゲルメク入りを拒んでいるようだね」
ネロスが自嘲混じりに呟いた時、雹に紛れて一行を取り囲む影が現れる。メガンが素早く人数を確認する。
刺客の数は5人。こちらはネロス卿と、剣を持っている従者は4人と護衛のバウンサーが5人。
従者がどれほど役に立つかは分からんが問題なさそうだ、とメガンが考えた瞬間、バウンサーのうち2人が隣にいた者を刺し殺し反転する。寝返りだ。
一瞬にして形勢が逆転し、一行は防戦一方となる。暗殺者の1人がネロスに迫ると、腰からピストルを抜き撃ち倒す。
(呆れたものだ!武門の将が剣も抜かずに銃とは!あれでは美学も何も無いリザードマンと同じではないか!)
メガンは人数の不利をものともせずに、1人を大盾で殴り谷底に突き落とし、2人の心臓をグラディウスで貫く。恐れをなし逃走する者もいるが、しなやかな黒い影がメガンの横をすり抜け、ネロスに向かって突きを放つ。
慌ててメガンが横から払うが、切り返した突きが鎧の隙間から正確に食い込む。
「グッ!」
振り払う大盾の一撃をバク転で避け、距離を取る暗殺者。細身の剣を下段に構え、スタンスを大きく取り低く構える。
(レイピア使いか……)
「卿、従者殿、手練れです!お下がりください」
「シャッ!」
気合一閃、レイピア使いが尋常でない速度で距離を詰め突きを放つ。なんとかいなして横薙ぎの一撃を放つが、また腕の付け根の隙間を狙われる。なんとか身体を捻り、装甲で弾くメガン。
装甲兵にとって、刺突を主とするレイピアは天敵である。……が、それは理論上である。実際は激しい動きのなかで正確に装甲の隙間を狙える剣士など皆無だ。
そしてこの暗殺者は、稀に見るその技量を持っている。余程のセンスと、そして正しい修練を積まないと到達できない領域だ。
なぜこんなところで、つまらない暗殺などに安っぽく命を張っているのだ、とメガンは叱りつけたい気持ちになった。
ともあれ、胸の傷も浅くはない。勝負を長引かせるわけにはいかない。
突きを大盾で受け流すと距離を詰め、水のアニマを詠う。
エネレーク家伝来の、水の精霊が宿った大盾。メガンのアニマで表面が凍りつき、レイピアの刃を固定する。額が当たる距離まで詰める。
(ワーキャットか……いい腕をしているのに惜しい。命あればまた会おう)
グラディウスで斬るふりをして平で殴りつけると、盾を振って谷底に突き落とす。人間ならまず助からないが、あのワーキャットの身体能力なら死なずに下りることも可能だろう。
メガンは谷底に転がり落ちる暗殺者を少し目で追ったあと、ネロスにむかって跪く。
「卿、御身を狙う不逞の輩、全て打ち倒して御座います」
メガンは口上を述べたあと(間違えた)と思った。これでは騎士ではないか。久々に貴族と接して妙なテンションになってしまった。
ネロスもしばらく呆気に取られたあと
「お、おお大義であった。見事な業前だ、あとで別に褒美を取らそう」
と応える。
崖から突き落とされたレイピア使いの暗殺者は、メガンの予想通り4足を使って崖を駆け降り、大きな怪我もなく麓までたどり着いた。
支給されたフードを脱ぎ捨てると地面に叩きつける。
「クソッ!騙された、何が高額案件だ!犯罪じゃねーか!」
怒りと後悔にまみれ山頂に見上げるのは、サロホーリのキリクである。
「しかし、あの騎士強かったな、なんで逃がしてくれたんだろ」
いっぽうメガンは、レイピアで受けた傷を包帯で応急処置をして下山したものの、思いのほか傷が深く岩山に点々と血の跡を残しながら下山することとなった。
下山するまでは持ちこたえたものの、ゲルメクの城門をくぐった途端、とうとう貧血で倒れてしまった。
メガンが目覚めた時、ふかふかのベッドに豪奢な細工の入った天井板が目に入った。生まれ育った屋敷にそっくりだと思った。
少女の頃、メガンが目覚めベッドで朝食を取っている時に様子をのぞいてくれる母親の顔が優しかったことを思い出した。
「お母様……」
少女の頃のように母を呼んでみたが、胸の傷の痛みに現実に引き戻される。
(そうだ、私は……!)
レイピア使いから傷を受け、城門で倒れたことを思い出す。胸の傷には完璧な手当てがしてある。
ノックの音がし、思わずベッドに潜り込む。ネロスだ。
「やあ、レディの寝室に失礼するよ。傷はどうだい?勇猛果敢なる戦いぶりには感服したよ。私も武門だが幼少から剣はからきしでね」
旅装を解き、仕立てのいいスモーキングジャケットを着たネロスはフワッとした茶色の巻毛に穏やかな笑みを浮かべている。
一般的には美男子と言っていい顔立ちだろうが、貴族としての威圧感、武官としての迫力が足りないと、メガンには感じられた。
「あの盾の紋章、ゲルメクの名門コーンウィル家の紋章だね?なぜバウンサーに身をやつしているかは存じないが、あの剣技もさもありなんと言ったところだ」
「何を言う!私はエレネーク家14代当主ダーキンの娘マルグレテだ!コーンウィルと取り違えるなど二度と……」
微笑んだまま目を見つめているネロスの表情を見て、メガンはハッと口を噤んだ。
「ネロス卿、もしやわざと……」
ネロスは片膝をついてメガンの剣ダコだらけの手を取ると、甲に上品に口づけした。
「お会いできて光栄です。
エレネーク家マルグレテ嬢」




