16話 対決
夜になり、姿を消したクロとクバラが屋敷の離れに侵入する。広大な吹抜けの玄関ホールの正面に階段を設え、2階の回廊が取り囲むグレート・ホール建築様式だ。
(で、どうするんだ?)
(俺も見たことは無いが、オーラムは不死身だって噂だ。おそらくヴォドンの回復術だろうが……)
(不死身って言ったって、頭カチ割れば死ぬだろ。戻ってきたら回廊から飛びかかるから、それで仕舞いだ)
(分かった。それで駄目なら悪魔頼みだな)
しばらくして、数人が館に入ってくる。最も身なりがいいのがオーラムだろう。涼やかな目元の、30代半ばくらいに見える男性だ。タウロンの大臣としては異例の若さだろう。
側近は3人。プレートアーマーに身を包んだ重装の騎士が2人、細身の剣を履いた軽装の剣士が1人だ。
クロが潜んでいた回廊から、躊躇なく飛びかかる。蛮刀がオーラムの脳天30cmに迫った刹那、突風でクロの身体が柱に叩きつけられる。すぐさまオーラムの指から火球が放たれる。燃え上がる薄衣を慌てて脱ぎ捨て、クロの姿が露わになる。
「居るんだろ?クバラ」
クバラが潜んでいる方向をオーラムが一睨みすると、生成された巨大な氷柱がクバラを氷漬けにする。
「宿舎に潜んでいた凶悪な暗殺者。明日の会談を前に、いいカードを用意してくれて感謝するぞクバラ」
「そのリザードマンはお前たちに任せる。特級バウンサーの暗殺者だ、手柄の立てどころだぞ。終わったら、その氷を私の部屋へ」
オーラムは階段を登り、2階正面の主寝室に下がる。3人が剣を抜き、無駄のない動きでクロを取り囲む。
(3人ともおそろしい手練れだ……)
重騎士1人の斬撃を受け止めた瞬間、もう1人の攻撃がスケイルメイルの破片を飛び散らせながらクロの脇腹に食い込む。目を狙った剣士の突きは躱すが、こめかみをかすり右目の視界を塞いだ。
軽装の男に前蹴りを入れ距離を取りつつ銃を放つが、現れた氷の壁に阻まれる。
(アニマまで使うのか……!)
騎士たちは、休まず連携して攻撃を仕掛けてくる。致命傷だけは避けながら凌ぐクロだが10箇所近い傷を受け、追い詰められる。背にした柱にベッタリと血が付く。
「ここまで凌ぐとは!さすがだ特級バウンサー」
重騎士の1人がはじめて声をあげる。
「どうした?攻め疲れしたか?」
クロが虚勢を張ると、とどめを刺さんと再び襲いくる3人。クロが機先を制して重騎士の1人に銃を放つが、プレートアーマーに阻まれる。
背後から斬りかかる重騎士の斬撃を背で受けながらも尾で捕まえ、もう一人にぶつける。交錯して動きが止まったところに、プレートアーマーの鳩尾の隙間から蛮刀をねじ込むと、兜からゴボリと血が溢れた。
軽装の男の突きを蛮刀を持った腕で受け、そのまま貫通させ距離を詰めると腕に噛みつき、千切り砕く。
悲痛な絶叫をあげる剣士に
「我慢しろよ、男だろ」
と吐き捨てる。
仲間の死体に抑えつけられていた重騎士が立ち上がろうとしていたところに、蛮刀の一撃を加えるが握力が持たず剣が弾け飛ぶ。
(くそ、もう右手が効かねえ)
クロは再度死体ごと蹴り倒すと左手で銃を抜く。銃口で器用に相手の面甲を跳ね上げると、兜の中に銃をねじ込む。
「ま、待て!」
「なんで?」
引金を引く。騎士の手足がビクンと震え、動かなくなる。
クロがため息をつき振り返ると、片腕を食いちぎられた男がアニマを唱え鋭い氷柱を生成している。
(いかん、避けないと)
弾丸のようにクロに迫った氷柱は目の前で止まり、逆向きに再生成され相手のほうに飛んでいった。
聞き覚えのある、愛らしい歌声。クロが見上げると2階回廊に涙顔のリリが立っている。
「クロのバカ……!」
リリが何も言わずクロの右腕に刺さっている剣を抜く。思わず悲鳴をあげるクロに
「我慢しなさいよ、男でしょ。
口開けて、これヴォドンから買った血止めの薬」
と言って、片膝をつくクロの口に薬を流し込む。
「リリ、その氷溶かしてやってくれ。仲間が凍らされてる」
リリが炎のアニマで溶かすと、青い顔のクバラが崩れ落ちる。
「クバラさんね」
「なんで知ってる?……リリ、昨日起きてたのか!」
「全部聞いてたよ。わたしを置いていって、こんなに傷だらけになって、バカクロ」
「すまん……」
そう言ってクロを胸に抱くリリを、クバラが何とも言えない表情で見つめている。
主寝室の扉が空き、オーラムが現れる。
「救国の英雄まで現れ手間が省ける。それに護衛3人が皆殺しで、外交のカードも増えた。クバラ、お前は本当に役に立つ男だな」
リリは抱きついているクロの肩越しに、オーラムを睨みつけている。
「先生……」
「リリ、タウロン語を教えてやったのが昨日のことのようだが、しばらく見ないうちにずいぶん下品な連中と付き合うようになったな」
リリが倍音唱法で風と炎のアニマを詠う。炎の竜巻がオーラムを襲うが、水をまとった竜巻で打ち消される。
「詠唱もしてないのに……!」
「私は今晩ここで寝るのだ。あまり荒らしてくれるな」
言いながら、クロとリリの身体をカマイタチがきり裂き、折り重なるように倒れる。
「私は4属性全ての精霊を“支配”している。力を借りるだけのお前とは根本的に違うのだ。さてクバラ……」
オーラムが向き直ると、クバラが虚空に向かって呟く。
(イシェル、残った腕をやる。オーラムの頭を潰してくれ)
背後に悪魔が一瞬浮かび上がりクバラの片腕を根元から持ち去ると、オーラムの頭が一瞬で血煙に変わる。
「グウゥ、やったぞ」
しかし、呻くクバラの眼前でオーラムの頭部は見る見る再生していく。
「ヴォドン禁術と高位回復術の複合だ。もう私を殺せるものなど存在しない」
(イシェル、足をや……)
刹那、風のアニマでクバラの残った脚が切断される。
「クバラ、悪魔に渡す脚が無くなってしまったな。まず妻と子を差し出し、手足を差し出し、もう命しか渡すものが無いな。その命で、私を殺してくれともう一度願ってみるか?」
リリはカマイタチで切られ苦しげにもがいているが、クロはもうピクリとも動かない。
オーラムは、どのアニマでとどめを刺そうか考えている。
クバラは芋虫のように這いずり血涙を流し歯噛みしながら、最後の契約を告げた。
(イシェル、俺の命をやる。あの2人をどこか遠くに逃がせ)
クロとリリの姿が光に包まれ消え失せる。
「まさか……!クバラめ」
この夜はじめて、オーラムの余裕の笑みが消えた。
クバラは夢の中で、五体満足の身体に戻っていた。振り返ると、悪魔に捧げた妻子が当時のままの姿で立っている。
「すまなかった、エシム、ココ。
でも最期に人として終われたよ」
悪魔イシェルがコウモリの翼で近づいてくる。
『行こうかクバラ。お前の渇望、美味かったぜ』
イシェルが爪を振り下ろし、クバラの生涯は閉じた。
リリが目を覚ますと、海の上にいた。傷が水に染みて激しく痛んだが、それどころではなかった。
鎧を着たクロが水底に沈んでいったのだ。
リリは潜ると、クロの鎧を外していく。水深は3m無いくらいか、そんなに深くないから岸は近いのかもしれない、とリリは考えた。
なんとか鎧を脱がせ水面に引っ張り上げようとするが、140kgのクロの身体が持ち上がるわけもない。
(クロ!起きて、お願い!)
願いもむなしく、リリも意識を失い水底に沈んでいく。慌てた4色の精霊が、水面を明るく照らした。




