15話 悪魔使い
無事に任務を終え、護衛船は港に引き返している。
「クロ、護衛船ミッション色々と思ってたのと違ってビックリしたね」
「ホントだな!俺も、まだまだ知らない世界があることを痛感したぜ」
話していると、海賊船が並走して湾に戻っている。先ほどまでマスケットを撃ち合い手斧を投げ合っていても、“仕事”が終われば我関せずだ。
「あ、リリすまん。ちょっとアイツらに話が」
と言って、クロが海賊船のほうに呼びかけている。
しばしあって、クロが上機嫌で帰ってくる。
「いや〜海賊側もやってみたいから、交渉したら次の襲撃に参加できることになったよ。もちろんギャラありで。
『選べ!荷を渡すかサメの餌か?』ってさっきめちゃくちゃ言ってみたかったんだよな〜
リリ、悪いけどギルドで報酬受け取って宿に帰っといてくれるか?
夕方には帰る……あ、いや海賊の奴らに飲みに誘われたら、一杯だけ飲んで帰るかも」
リリのみならず、周りの水夫たちがドン引きしている。
「あいつ、落ちたリリちゃん受け止めて泣いてるとこ抱きしめてたよな?」
「あのムードから、なんで海賊と飲みに行く気持ちになるの?絶対1杯で終わらんパターンやん」
「無いわ〜」
その時、リリの懐で白い精霊が瞬く。
『はじめましてリリ、わたしは風の精霊ルズヤよ。あなたの歌声気に入ったから、しばらくそばにいさせて貰うわ』
『よろしくルズヤ。賑やかで楽しくなってきたわね』
『あ、あれ?スーもトプラもアテスもいるの?4人同じ人間のところにいるなんて何百年ぶり?』
『リリの歌は最高だからね!』
『うむ』
『だな!』
『ありがとうみんな。ルズヤ、さっそくひとつお願いしてもいい?』
『なあに?』
『あのリザードマンを風で煽って海に突き落とせる?』
『リリ怒っとるのう……』
『頼まれなくてもやるつもりだったわ!』
言うが早いが、クロのところだけに突風が吹き、もんどり打って甲板から転落する。
「さあ、港に急ぎましょう!」
真顔のリリが水夫に発破をかけ、護衛船はクロを置いて滑るように進む。
「鎧で沈む……助けて……」
夕方ギルドの酒場で、馬乳酒を飲んだリリが酔いつぶれている。
『またリリの肌が荒れちゃうよ……』
『スー、お前リリの肌に潤いを与える術とかできないか?』
『あ、カナヅチ君が戻ってきたわよ。2〜3杯呑んでるわね、あのダメ旦那』
(リリちゃ~ん、積荷に入ってたスミレの化粧水1瓶貰ってきたよ〜)
寝ているリリに小声で言うと勘定を払い、抱きかかえて部屋に引き上げていく。
『男って……なんなのアテス!』
『オ、オレに言うなよ!』
リリをベッドに寝かせたクロが潮風を浴びた蛮刀の手入れをしていると、ノックの音が聞こえる。刀を掴んで慎重に扉を開けると、黒いフードを被った小柄な男がいる。
「クロだな?ギルドを通さない高額ミッションがあるんだがどうだ?」
「その手の話で得したこと無えんだ。他を当たってくれ」
「伝え方が悪かったな。
サロホーリの研究所を爆破したお尋ね者のクロと、異世界から召喚された救国の英雄リリに依頼だ」
クロが目を見開く。相手からリリが見えない位置にさりげなく移動する。
「断る余地は無さそうだな。ここでこのまま聞く」
「王宮アニマで外務大臣でもあるオーラム。奴が明日、このリマニを訪れる。
秘密会談ゆえに、供は数人の側近程度。警備の手薄を狙って、ヤツを殺す」
廊下の周囲を窺ってから(入れ)と促す。蛮刀に手をかけたまま、あらためて相手を観察するクロ。
身長160cmないくらいの小男だ。マントとローブではっきりとは見えないが、片目、片腕、片足が欠損している異様な容貌だ。片足には簡素な義足をはめている。
「楽しそうな姿のヤツが楽しそうな話を持ちかけてきたものだな。だが、2つ疑問がある。
1つめ、なぜお前が大臣を殺そうとするか
2つめ、なぜ俺たちがそれに加担しないといけないか」
「2つめの質問から答えたほうが話が早いだろう。リリの暗殺を企てたのはオーラムだ」
「なぜだ」
「オーラムは密かに現王権の転覆を目論んでいる。リリが救国の英雄なら、オーラムにとっては邪魔な存在だ」
「そもそもリリが救国の英雄ってのは本当なのか?アニマの才能はすごいが、ただの女の子だぞ?」
「リリは悪魔使いの取引によって召喚された。悪魔の力は絶対だ。悪魔が救国の英雄として呼んだのなら、リリには必ずその力がある。
もう一度言う。悪魔は絶対だ」
歴戦のクロが、相手の異様な迫力に気圧される。
「ず、ずいぶん詳しいんだな……」
「当たり前だ。リリは俺が呼んだ。この片目片腕片足を代償にして、俺の悪魔と取引してな」
男の後ろに角の生えた黒い影が浮かび上がり、クロが後退りする。
「……次元召喚は極めて高度な術だ。俺の他にも数人の悪魔使いが手足を捧げてリリを呼んだ」
「だがオーラムはもう捧げる物の無くなった俺を放逐しやがった!死んだ働きアリが巣から捨てられるみたいに、王宮の裏口から放り出されたよ」
「これが1つめの理由だ。俺はオーラムに復讐したい。全てを捨ててもな。だが俺だけだと、護衛に阻まれてヤツの元にたどり着けない。
……どうだ?お前とリリにとってもメリットのある話だろ」
「……一晩考えさせてくれ。今日は俺もリリも疲れてる」
「……明日また来る。まだ名乗っていなかったな、俺の名はクバラだ」
男が去る。クロは寝息を立てているリリの布団を直してやり、半月を見ながら大きなため息をついた。
翌朝、リリが目を覚ますとクロが朝食の用意をしている。
「おはようリリ、昨日の積荷の中にスミレの化粧水があったから貰ってきたぞ」
「わぁありがとう、いい匂い!海賊行為で奪ってきた品なのが玉にキズね」
「まあそう言うなよ、朝メシ作ったぞ」
朝食を取りながらクロが話す。
「あのさあリリ、昨日帰りにいい依頼を見つけてさ。ただ、けっこう斬りあい撃ち合いになりそうだし、アニマが活躍する場面は無さそうだから、アレだったら2、3日この街でのんびりして待っといてくれたら、と思うんだが」
「へ〜どんなミッション?依頼票は?」
「え〜と……まだ取ってないけど、とにかく危険なミッションだから!」
「そっか分かった。いつ出るの?」
「おそらく今日夕方には」
「了解。気をつけてね。あ、クロ」
「え?」
「今日のクロ優しすぎるよ」
そう言うとリリは出ていったきり、クロが出発する時間になっても帰らなかった。
連発銃に火薬を詰め、研ぎ上げた蛮刀を下げスケイルメイルを着込む。ドアがノックされる。
「入ってくれ。どういう段取りだ?」
クバラによれば、オーラムは今日の午後リマニに入る。今晩閣僚との晩餐会に出席し、明日午前領主との会談に臨むらしい。
「オーラムの宿泊先は、領主の館の離れだ。離れの中にはリマニの兵はいない。離れに入ったところを狙う」
「どうやって忍び込むんだ?」
「これを使え」
そう言ってクバラは、薄衣のローブを手渡す。
「風の精霊の力が宿ったローブだ。着用者の姿を消し、宙に浮かせる力がある。お前も見覚えがあるはずだ」
「……?あ!」
アンデッドドラゴンを使役していたヴォドンが着ていたものだ。
「世界に数枚しかない貴重なものだぞ。お前が銃で穴を開けるから、修復が大変だったんだ」
「クバラはどうするんだ?」
「儂も姿を消す。悪魔に頼むのさ」
そう言ってクバラが掲げた残った片腕は、小指薬指が欠損していた。




