2話 初ミッション
その日リリはバウンサーギルド2階の宿に泊まり、翌朝南門の前でクロと待ち合わせた。
「おはよう!よく寝れたか?」
「ええぐっすり!
……クロは少し眠そうだね」
「そ、そうか?」
口出ししないが、スーとトプラは知っていた。昨夜クロはリリの部屋の前で、ちょっかいをかけようと忍んできたバウンサーどもをぶん殴りながら夜を明かしたのだ。
『思ったより悪いヤツじゃないかもしれないね』
『そうじゃな、もう少し様子を見よう』
街の門を抜けると、青々とした草原と森林が広がっている。近くの丘で羊に草を喰ませている牧童の姿がある。
「うわ〜きれい!わたし街の外に出たのはじめて!」
「ここから2時間ほど歩けば村があって、ガノー平原はそのすぐ先だ。村に着いたら休憩と昼食にしよう」
「分かった!あ、お花だ!」
『トプラ、あのお花なんて名前?』
リリが精霊語で何事か呟きながら、白い小さな花が咲いている斜面に駆けていく。
「おいおい、ピクニックじゃないぞ。気を引き締めろ」
(お花見てチョコチョコ駆けていくって可愛すぎんだろ!なんだあの生き物!)
2時間ほど歩くと、クロの言ったとおり小さな村があらわれた。村の入り口に簡素な槍を持った守衛が2人控えている。クロが依頼票と黒いチョーカーを見せ、作法どおりの仁義を切る。
「ギルド所属特級バウンサーのクロだ。薬草採取のためこの先のガノー平原に向かっている。休憩のための軒先と、井戸で水を汲ませてほしい」
若い守衛が戸惑った表情を浮かべ年嵩の男の顔を窺う。年嵩の男が首を振ると、槍を交差して道を閉ざしてみせた。
「やれやれ、行こうリリ。水は小川で汲める」
あっさり諦めて、迂回して歩き出すクロにリリが抗議する。
「え……ちゃんと名乗って何も悪いことしてないのに、村に入れてもくれないなんておかしいよ!」
「俺の姿じゃよくある話だ、いちいち腹も立たないよ。それに散々無法を働いたバウンサーも多いんだ。慎重になるのも無理ないね」
「でも……」
「リリもそう見られる稼業に足を突っ込んだんだ。覚悟はしとくべきだね」
村の近くの森のなかで水を汲み、昼食をとっていると、近づいてくる者の気配を感じる。クロが傍らに置いていた蛮刀を引き寄せる。
弾かれたように立ち上がり、近くの藪に向かい蛮刀を抜き打つ。刈り払われた草の向こうで首に刃を突きつけられているのは、先ほどの若い守衛だ。
「ま、待ってくれ……!ひとこと謝りたくて抜け出してきたんだ」
クロが刀を納める。
「リリ、茶碗が余ってるだろ」
「さっきはすまない、うちの村は王都に近いしバウンサーが立ち寄ることも多い。商売もできるし普段は大歓迎なんだが最近は事情が違ってな」
「というと?」
「まずガノー平原だ。少し前までは運が悪ければグラスランドウルフに出くわすぐらいだったんだが、最近は多すぎる。別の魔物に遭った者もいるって噂だ」
「リリ、初ミッションからついてるな!」
クロが笑い飛ばしてリリの小さな背中を力強く叩く。リリはあやうくお茶を吹き出しそうになる。
「あと、村に悪魔使いが来た」
クロの顔が真顔に変わり、陶器の茶碗を握りつぶす。
「いつだ」
「2週間ほど前だ。子どもが2人攫われた」
「術を使ったところを見たものはいるか」
「いない。ヴォドン風の気味の悪い男だった。その男が来た翌日、村長の息子が泉で溺れ死んだ。そして別の村人の幼い子が2人、悪魔使いとともに姿を消した。
その村人を問い詰めたら、村長の息子にいびられたので悪魔使いに仕返しを願ったそうだ。
そいつの子は悪魔の対価に連れて行かれたんだろう。結局そいつも自ら命を絶った。軽々しい復讐心で、瞬きする間に4人死んだ」
「……そうか、悪かったな」
「ねえ、どういうこと?」
「リリにはまたゆっくり話すよ。そろそろ行くぞ。日暮れまでには王都に戻ったほうがよさそうだ」
ガノー平原はそこから30分ほどの距離だった。ほとんど人の手が入っていない草原は膝から腰ぐらいまでの高さに茂っている。
『トプラ!どれがアラスエ草?』
『見渡す限り全部じゃな』
「ホント?取り放題じゃん!」
「待て待てリリ”薬草に適する柔らかい黄緑色の新芽”とあるぞ。選んで採らないとダメだな」
「オッケー、こんなヤツね!確かに香りが違う!」
というリリの手には、芳香を放つ黄緑色の細長い葉が握られている。
1時間ほどでカゴがいっぱいになった。
「ふー、腰が痛いや」
「ふふ、俺もだ。そろそろ終わりにしようか……っ!」
『リリ!何かに囲まれてる!』
リリには風が草原を揺らしたとしか感じられなかったが、クロも精霊たちも同時に異変を察知したようだ。
「リリ、俺のそばに!」
言うが早いが、クロが駆け蛮刀でリリの横の草を払う。
いや、リリは最初草を払ったしか認識出来なかったが、斬りつけられた狼が悲鳴をあげる。
グラスランドウルフ。ガノー平原の草むらにすっぽり隠れる体高、草に紛れる暗緑色の毛色。迷い込んだ獲物を気配もなく取り囲んで狩る、草原のギャングだ。
統率された動きで一斉に飛びかかる狼。クロがマスケット銃を抜き、機先を制し1頭を撃ち倒す。
銃の破裂音に怯んだところを、蛮刀で暴風のように斬り払っていく。飛びかかってきた敵はマスケットの柄を棍棒代わりに撃ち倒す。
10頭以上のグラスランドウルフを全く問題にしないクロ。
「すごい……これが特級バウンサー!」
リリが呆気に取られているとクロが叫ぶ。
「すまんリリ!1頭そっちに行ったぞ!」
『スー!お願い!』
リリが精霊語で呟くと、前方60cmの地点に水の高圧噴射が扇形に生成される。
現代でも業務用の高圧洗浄機は強固な塗膜を剥離するのに使われるほど強力だ。その水圧を顔面に受けた狼のダメージは、推して知るべしである。
もんどり打った狼に、クロが蛮刀でとどめを刺す。
「やるなリリ!俺はアニマは詳しくないが、かなり精妙に制御された術だったな」
「うふ、ありがとう。
……クロ!まだ何かいる!」
今度はリリだけが、何かが草を掻き分け這い寄る音を聞き取った。風でも狼でもない、巨大な何かが。
クロの足首に噛みついたそいつは、140kgを超える体を逆さに吊り上げ、”5つ”の鎌首をもたげた。
「ヒドラだ!」
5つ首の大蛇、ヒドラ。もたげた鎌首だけでも4m近くある。全長は15mを超えるだろう。
吊り上げられながらも、噛みかかる頭を冷静に斬り伏せるクロ。しかし別の頭に剣を持つ手を封じられてしまう。
万力のような力で顎を引き剥がしにかかるが、その時クロの目に入ったのは残る2頭に狙われるリリの姿だった。
「リリ!逃げろ!」
まさに蛇に睨まれた蛙と言える状況にクロが叫ぶが、リリは恐れる様子もない。
それどころか、小さな身体に不釣り合いな地の底から響くようなダミ声で、地の精霊トプラに語りかける精霊語を詠唱している。
そして通奏低音のごとき地の精霊語に混じって、高い笛のような音で水の精霊スーに語りかける精霊語を詠唱している。
驚きのあまり、ヒドラの顎を引き剥がすクロの動きが止まる。
リリは今、”2つの音を同時に発声”している。
リリが両手を掲げる。右手から散弾銃のごとき石礫でヒドラの頭を吹き飛ばし、右手からは先ほどを凌ぐ高圧水カッターでヒドラの頭を切断する。
我に返ったクロが残る頭を力任せに引きちぎる。リリに話しかけようとするが動きが止まる。
草の海に腰まで沈み、精霊の光をまとわせながら自らが屠ったヒドラの屍を悠然と見下ろす少女。
その横顔に今まで感じたのとは違う、しかし畏怖すら感じる美しさを感じ、魅入られたクロは話しかけることも出来なかった。
「リリ……いったい何者なんだ?」




