1話 バウンサーギルド
王都タウロンのバウンサーギルドは、割のいいミッションとパーティーメンバーを探すソードマン、アニマ、ヴォドンで、昼夜を問わず溢れている。
ソードマンたちは一様にエールを傾けながら、各々の得物のブレードやマスケット銃、弩弓にいかに敵の血を吸わせていたかを口々に放言している。
アニマ達は精霊に少しでも好かれようと、髪や肌の手入れに余念がない。
ヴォドンはバウンサー達のなかではおとなしいが、他職の者は容易に心を許さない。傷を治すだけでなく、死体を操るヴォドンも紛れ込んでいるのだ。
荒くれ者と山師の巣ともいえるバウンサーギルドに、まったく似つかわしくない人物が現れた。
14、5歳の少女だ。ボブカットに整えられた艶のある黒髪に、やや緊張の見える大きく丸い瞳。薄い体を、街娘が着るようなワンピースに包み、カウンターへ向かう。
「バウンサーの登録をお願いします。これ、王様からの紹介状です」
この場に似つかわしくない風体でただでさえ場の注目を集めていた彼女だが、さらに2つの点で注目を集めることになった。
1つめは、彼女の声の美しさ。年齢相応の幼さを残しながら、鈴が鳴るような快い響きを放つ。それでいて、よく通る声だ。
2つめは、王の紹介状を持っていること。バウンサーギルドに登録するには、登録済みバウンサーのパーティーに加わって実績を積み、紹介してもらうのが通常だ。王の封蝋付き書状など、一般人が見ること自体稀である。
毎日、海千山千の荒くれどもの相手をしているギルドカウンターの受付嬢も、戸惑いながら書状を確認する。
「じ……じゃあこの書類に目を通して、ここに誓いのサインをして」
と羊皮紙を差し出す。ペンを手に取り、サインしようとした少女の手が止まる。
「どうしたの?やっぱり止めておく?」
「いいえ、そんなことありません……」
言葉と裏腹に、ペンを持つ手は一向に進まない。受付嬢がため息をついた時、カウンターの端に”ズチャッ”と重たく湿った物を無造作に置く音がする。
血だらけの獅子の生首がカウンターに置かれている。
「リザードマンのクロだ……」
「キマイラの首だ、まさかあれを1人で?」
放言していた周りのソードマン達が声をひそめる。獅子の首を差し出した主の腕は、ゴツゴツとしたダークグレーの鱗に覆われている。
身の丈2mを超える、直立したトカゲ。タウロン南西の辺境に住む亜人種族、リザードマンである。顔はワニに近い。縦長の瞳孔に、平たい口吻からは無数の牙が飛び出している。
身体の鱗と繋がっているかのようなスケイルメイルの胴鎧に、無骨な蛮刀。それに銃身を切り詰めたマスケット銃を、まるでピストルのように腰から下げている。
キマイラ討伐の報酬精算を待つ間、クロはタバコに火をつける。そして、何気なく見やったカウンター反対側の少女に目を奪われ、くわえたタバコを取り落とした。
(なんだあの生き物……めちゃくちゃかわいいな、おい……)
14、5歳の少女がペンを持ったまま固まって脂汗を流している。いや、固まってはいるが口元は忙しく動いている。精霊語だ。
アニマの術に疎いクロにさえ、少女の周りを飛び交っている精霊が見える。
周りのアニマも気づいたのだろう。口々に噂している。
「水の上級精霊がブンブン飛び交ってるぞ……」
「術も使っていないのに……なんて複雑な精霊語だ、あの娘精霊と『雑談』してないか?」
少女の周りを飛び交う精霊が、口やかましく文句を言っている。
『ねえリリ、ここはひどい匂いだよ。リリの髪に移っちゃう、早く出よう』
『ちょっと、スー静かにして!
トプラ、字読める?タウロン語でリリってどうやって書くの?』
『儂らがそんなくだらないもの知るわけなかろう』
少女の足元の精霊がのんびりした口調で応える。
『も〜、みんな頼りにならないんだから!』
「お嬢さん、お困りかな?」
背後からかけられた声にリリが振り向くと、眼前にはスケイルメイルの装甲板しか見えない。真上近くまで見上げ、ようやくリリを見下ろしているリザードマンの縦長の瞳孔と目が合う。
『ひぇっ!』
怖がったスーがリリの背に隠れる。
あっけに取られたように巨大な鰐顔を眺めていたリリだったが、ややあってクロに向かって手招きする。
顔を近づけたクロの耳(リリはそこが耳なのか確信できなかったが)に口を寄せ、周囲を気にしながら耳打ちする。
「わたし、この国に来たばかりで文字の読み書きが出来ないの。タウロン語で『リリ』ってどう書くか教えてくれる?」
クロは直接鼓膜を揺さぶった囁き声に目眩を感じながら、リリの掌を取り指で何度も『リリ』の文字を綴ってやる。大きな爪で掌を傷つけないように気をつけながら。
「ありがとう!」
弾けるような笑顔をクロに向け、羊皮紙に名を記し受付嬢に差し出す。
「えーと……リリさんね。最初は初級バウンサーから始まるから、このチョーカーと同じ色、赤枠の依頼だけを請けられるわ。
成功しても失敗しても必ずギルドに報告にくること。実績を積んでランクを上げれば、もっと高報酬の依頼も請けられるからね」
渡されたチョーカーを着けながらリリが尋ねる。
「分かりました、ところでなぜチョーカーなんですか?」
「……腕輪とかだと、手足が吹っ飛んだら誰か分からなくなっちゃうでしょ。
まあ、そうならないように、最初は先輩バウンサーに付いて学ぶことをお勧めするわ」
そう言われてみると、確かに周りのバウンサーのなかには片目がつぶれたもの、片手を失っている者も見受けられる。
ともあれ、リリは壁一面に張り出された依頼票の前で、顎に指をつけて初ミッションを吟味することにした。
『ねえ、なるべくリリの手足が吹っ飛ばない依頼にしようよ』
『もちろんそのつもりよスー。あ、これなんかどうかな”ガノー平原で肌荒れ用の薬草アラスエ草の採取”……でもどれがその草か分からないや』
『その草なら儂がわかるぞ』
『本当?トプラ、さすが土の精霊ね!じゃあ記念すべき初ミッションはこれに……』
と、取ろうとした紙を横からトカゲの腕が引ったくる。クロだ。
「ふむ、一日で行って帰って来れる距離だし、報酬も悪くない。初ミッションにはちょうどいいが、ガノー平原は魔物の生息地だ。バウンサー登録の祝いに、特別に俺が無料でついて行ってやる!」
一気に喋って先輩面でふんぞり返ったクロだが、その姿勢のまま不安げにリリを横目で見やる。
「本当?ありがとうリザードマンの親切なお兄さん!」
快活なリリの返答に、クロは喜びを押し殺すのが精一杯だ。
「後輩には親切にしないとな!クロだ。よろしくな!」
「わたしリリです、あらためてよろしくお願いします!」
リリは90度に頭を下げる。リリの緩くカールした髪をスーが引っ張った。
『リリ大丈夫なのか?あんな恐ろしげなヤツの言うことを信じて。街の外に出た途端取って食われるぞ』
『大丈夫よスー、悪い人の声じゃないもの』
『だってほら、ガッツポーズしてるよ!絶対なんか企んでるよ!』
水の精霊スーの言うように、クロは壁に向かって隠しきれないガッツポーズを繰り返している。
(うおぉ!可愛すぎる!なんだあの生き物!お手々もお顔も超ちっちゃい!うおぉ!)
翌日のガノー平原で、リリに対する印象が色んな意味で大きく変わることになるのを、クロはまだ知る由もない。




