13話 港湾都市リマニ
リリとクロは10日間歩いて、大陸の南端、港湾都市リマニを見下ろせる丘にたどり着いた。白で統一された建物と、青い海、行き交う巨大な帆船が一望できる。
「なんてきれいな街……この世界の海も初めて見た」
「ずっと野宿続きだったからリリも疲れただろ。今日は風呂付きの宿にしようぜ」
リリとクロは今や賞金首である。ここまでの道中、極力街や村を避けて旅をしてきた。
「私たちの手配書回ってたりしないの?」
「リマニは海外との貿易港で莫大な利益を上げている街だから、タウロン連邦にも属していない、完全な独立都市国家だ。
そして俺達みたいなお尋ね者も、異国人もタウロン人もマフィアも海賊も出入り自由。あらゆるモノとヒト、そしてカネが集まる刺激的な街だぜ」
街に足を踏み入れる2人。
店舗や露店がぎっしりと立ち並び、荷車や商人が行き交っている。
「すごい!街全体が市場みたい」
「実際そうなんだろうな。あつかっている商品ごとに、通りや地域でジャンル分けされてるらしいぜ。
今いるのは香辛料通りだな……あれ?リリ?」
クロが目を離した隙に、リリは1本脇に入った衣類の通りを物色している。
「おいおいリリ、この街ではぐれたら見つからねーぞ」
「ゴメン、この服じゃ暑くなってきたから、何か買おうと思って……」
「確かにだいぶ南に下ったからな。よし!俺が買ってやるよ!」
「ホント?ありがとうクロ!」
リリが太い腕に抱きつくと、クロは武者震いした。
宿を取り、風呂に入ったリリが新しい服で出てきて、一回転してみせる。
「どう、クロ?」
「水夫の作業着なのに、リリが着ると違った感じに見えるな……
よく似合ってる、かわいいよ」
「ふふ、ありがとう。そのまま学校にいけそうだよ」
リリが選んだのは、セーラー服だった。この世界でも、ほぼ同じ形の服が水夫の作業着として使われていたのだ。
白のセーラー服に膝上の濃紺のスカートを合わせ、赤のスカーフを巻いている。
『リリ!その格好なら水のアニマ5割増しだ!』
スーを筆頭に、精霊たちもぶんぶん飛び回っている。
「さ、なにはともあれ腹ごしらえと仕事だな」
宿で場所を聞き、2人はバウンサーギルドに向かう。
「国が違ってもギルドは共通なの?」
「タウロン連邦に属していない都市国家があといくつかあるが、この大陸では一緒だな。ギルドは職人や商売人の組合だからな。国なんて曖昧なモンより信用できるぜ」
「へ〜、クロは国とか貴族とか嫌いだよね」
「嫌いなわけじゃない、アテにならないってだけだ」
リマニのバウンサーギルドは、タウロン王都とだいたい同じくらいの規模だ。だが活気が違う。
張り出されている依頼は倍ほどあるし、パーティリーダーや周旋人が手当たり次第にテーブルを回って人を集めている。
「俺もここのギルドは初めてだが、王都は全然違う雰囲気だな!護衛とか海賊の討伐とか、大規模ミッションが多いのか……おいおい、海賊討伐と海賊の助っ人募集が隣同士で貼ってあるぞ」
「で、どうする?クロ」
「う〜ん、俺も勝手が分からないから一旦いちばん数の多い『商船の護衛』にしてみるか。岬を抜けるまでみたいだし……」
「私、帆船なんて初めて!楽しみ!」
「竜でもワーキャットでも帆船でもワクワクできるところがリリの良いところだな!これにするか!」
しかし、翌日出航のはずの商船は港に停泊していた。外海が荒れていて、天候回復を待つのだそうだ。
「港はこんなに静かなのにねー」
「湾の入口に石積みの波止があるだろ?あれのおかげで港は荒れないんだよ。
まあ、待機賃も出てるし、のんびりしようぜ。俺はそこの防風林で寝てくるよ」
船員も護衛も、待機賃を払ってでも拘束しておかないと別の仕事に消えてしまう。そのくらいはまだしも、略奪に天候の急変、為替や市場の乱高下の危険がつきまとう。
海運はつい最近まで、現代では考えられないリスキーなギャンブルだったのだ。保険という仕組みが海運から発展したのも、必然と言えよう。
クロが昼寝に消え1人海を眺めていたリリは、ふと元の世界と家族のことに思いを馳せた。
当たり前に過ごしてきた、家族と学校と歌の日々。それが一瞬で消え失せ、この不思議な世界で生きるために命がけの仕事をしている。
それを当然に受け入れ懸命に生きている自分自身が何よりも不思議だった。
もしわたしが歌手になりたいと悪魔に願わなければ、元の世界の当たり前の日々が、パパやママやお兄ちゃんと過ごす日々が続いていたのだろうか。
タウロンに来て何百回と考えた問いがまた頭に去来して涙が流れそうになった時、船の上から美しい歌声が聞こえてきた。
リリが護衛する船の甲板からだ。
引き寄せられるように舷梯を渡り甲板に上がる。
少年だ。沖に向かって歌っている。
チェストボイス(地声)で、遠くに突き抜けるような歌声だ。リリには、ブルガリアンヴォイスや、マオリのワイアタに近いように聞こえた。そして、息を継いでいない。もう1分以上発声し続けている。
ようやく歌声が途切れ少年がほうっと一息ついた時、リリのことに気づき振り向く。
浅黒い肌に軽くカールした髪、人の良さそうな垂れた眉。リリと同じ年頃に見えた。異国人だろうか、欧米人然とした風貌が多いタウロン人に対して、アラブとか東南アジアっぽいな、とリリは感じた。
「すごく素敵な歌、何の歌?」
リリが話しかけると、垂れた眉をますます下げて
「タウロン、少し、分かる」
と、すまなそうに答えた。リリは笑顔になって
「あなたの国、言葉、教えて」
とゆっくり発音した。
リリとクロは、出航するまで船主が用意した安宿暮らしだ。ベッドの上でスリップ姿のリリが足をバタバタしている。
「その子、ロスコーっていうんだけど貿易商人の息子でね。仕事を覚えるために船に乗ってるんだって。
結局夕方までロスコーにプロセラの言葉を教わってね。向こうもタウロン語が少し分かるから話が早かったわ!もう日常会話はだいたいOKよ!」
「楽しそうで良かったじゃないか。でも明日は船が出るかもしれないぞ」
「船長さんに聞いたら、明日もまだ荒れてるから動かないって!明日は歌を習おうと思ってさ」
「そうか、じゃあ明日も待ちぼうけだな。もう寝るか、おやすみリリ」
「おやすみクロ、あ、ロスコーが素敵な服だって褒めてくれてさ。服、ありがとね」
「……」




