11話 ワーキャット
リリとクロは、ゲルメクから西に約20km、サロホーリ湖のほとりにあるワーキャットの集落にたどり着いた。集落の入口には、槍を構えたワーキャットが立っている。
「リリ、お前が請けた依頼だ。いつもやってる名乗りやってみな。堂々とな」
「わかった!」
同じ亜人種でも、ほぼ直立したトカゲといった様相のリザードマンと違い、ワーキャットは“人間み”が強い。基本的なシルエットは人間で、少し小柄だ。目の前にいるのは大人の男性だろうが、リリと同じくらいの背格好だ。
毛に覆われたしなやかな猫の手足、胸や腰も毛に覆われ、尾が生えている。顔つきはほぼ人間だが、いわゆる猫目に頭頂部に近い位置にある立った耳が特徴的だ。
バウンサーとしての口上を述べるべく門番の前に立つリリ。
「ギルド所属、初級バウンサーのリリにゃ。キリクさんからの行方不明者の捜索依頼を請け、この村に来たモフ」
「え?ああキリクの出した依頼か。入ってくれ」
門番の後ろに従いながら、リリが小声で聞く。
(クロ、どうだった?ちゃんと言えてた?)
(語尾が猫に引っ張られてたぞ)
(マジ?)
集落は藁葺きの簡素な建物が立ち並んでいる。全て高床式になっていて、一部は湖に張り出すように作られている。
建物に登るステップや通路も狭く細い。先導するワーキャットはするすると移動するが、リリもクロもかなり苦労しなければいけなかった。
「キリク、依頼してた件のバウンサーが来たぞ」
部屋に入ると、黒猫がこちらに背を向けて湖に釣糸を垂らしている。
「待ってくれ、今引いてるんだ」
大きくしなった竿を引くと30cmはありそうな魚が釣り上がり、そのまま器用に魚篭に飛び込ませる。
振り返った黒猫は艶のある毛並みに、しなやかな長い手足が印象的な青年だ。
「おっと、リザードマンと女の子のコンビとは珍しいな。今回依頼したキリクだ、よろしく」
「アニマのリリに、こっちはソードマンのクロ。よろしくね」
「それで、妹が行方不明だって?俺たち、人探しは得意じゃないけどな」
「いや、いる場所の目ぼしはついてるんだ。サロホーリ湖の中ほどに小島があって、最近人間たちがそこで妙なことをやってるんだ。ハタルもどうやらそこに連れ去られたらしい」
「居場所が分かってるならお前らで行けばいいじゃねーか」
「言っただろ?目的地は湖の小島だ。舟で行かないといけない。そしてオレ達ワーキャットは、本能的に濡れるのが大嫌いだ」
「泳ぐわけじゃないし、舟なら濡れないんじゃ?」
「僕たちが持っているのは簡素な小舟だ。小舟はどうしても船底に水が溜まるだろ?……絶対ゴメンだね」
「めんどくさ!じゃあ俺たちが言って妹を連れ戻したらいい訳だな?どんな奴だよ」
「それには及ばない、オレも一緒に行く」
「え……今、舟は嫌って」
「嫌だがハタルのためだ、仕方ない。舟に竿を立てて、僕は竿の上にいる。皿一枚ほどの足場があれば十分だ」
「めんどくさ!」
(キャットタワーだ……)
「キリクさん、魚は大好きですよね?でも濡れるのは嫌いなんですね」
「し、仕方ないだろ本能なんだから」
「(可愛すぎる……)あの、キリクさんすごく毛並みがキレイですよね。失礼じゃなければ触っても構いませんか?」
「え?ああ別に構わないけど」
リリが手足や腹、後頭部の毛並みを撫でだすと、キリクは目を閉じてなすがままになっている。あっという間にリリの足元に丸くなり、ゴロゴロと喉を鳴らし始めてしまった。
その様子をクロは自分のゴツゴツした鱗を撫でながら少し寂しそうに見ていたが、一向に終わる様子がないのでわざとらしい咳払いを飛ばす。
「ン!ンッ!それで、いつ出発するんだキリク?」
恍惚としていたキリク(リリも)だが、我に返ってシャキンと立ち上がる。
「オレ達は夜目が効く。ひと休みして、夕暮れとともに出よう」
そう言って、壁にかかっていた細身の剣を腰に差す。
「ほう……レイピア使いか。腕前を見せる機会が無ければいいがな」
「まったくだな」
キリクとクロが、ニヤリと笑いあう。
サロホーリ特産の魚を焼いて腹ごしらえし、夕暮れを待って小舟に乗り込む。キリクもおっかなびっくり、竿の上に登る。
「あ、待ってくれ。今回は斬り合いよりというより潜入ミッションになりそうだからな。音のするスケイルメイルは脱いでいくか」
そう言って留め具を外し、桟橋に鎧を投げるクロ。
「あれ?クロの胸やお腹って人間型なんだね。トカゲさんの鱗が生えてると思ってた。それにしてもすごい筋肉だね」
そう言って、リリが何気なくクロの分厚い胸板を撫でる。途端にクロの全身に電撃が走る。
(うおぉ......!キリクの野郎、さっきはこれの何百倍も撫で回されていたのか!クソ、俺もワーキャットに生まれてさえいれば……!)
「おい!リザードマン揺らすな!転覆したら殺すからな!」
「うるせえ!やれるもんならやってみろ、この猫野郎!」
キリクが竿の上で毛を逆立ててシャアアアと唸る。
「ちょっと2人とも、仲良くしてよ!キリクもシャアしちゃ駄目!」
そんなこんなで、湖の中ほどまで漕ぎ出した一行。
「わっ、だいぶ水溜まってきたね!」
「リリ、俺は漕いでるから、そこの桶で水を汲み出してくれ」
「わかった!」
と言って、おもむろにワンピースのスカートを股下までたくしあげるリリ。目前50cmで躍動するリリの足腰にクロのオール捌きが乱れ、小舟が大きく揺れる。
「おいリザードマン!(以下略)」
「うるせえ猫野郎!(以下略)」
「もー2人とも!(以下略)」
と大騒ぎしながら、島への潜入(?)に成功する。
島はほぼ円形では周囲2〜3km程度だろうか、森林に覆われているが中心部の林が切りひらかれ石造りのかなり大きな建物が建造されている。
なるほど、よほど近づかないと周囲からは建物の存在が気づかれにくい地形だ。
リリたちが建物に近づくと、篝火が焚かれ多くの兵士が忙しく走り回っている。
「何かあったみたいだな?」
「歩哨を何人か倒して忍び込もうと思ってたのに、やりづらくなったな……」
と、背後を気にしながらこちらに逃げてくる者がいる。
「リザードマンだ!」
クロが手招きして、隠れている茂みに招き入れる。
「あぁ!こんなところで同胞に会えるなんて!」
「俺たちは別の奴を連れ戻す依頼で来たんだが、こりゃいったいどういう状況だ?」
「俺にも分からないよ、俺は行商をしてたらとっ捕まってここに連れて来られたんだ。色んな亜人種や魔物も捕らえられてるみたいだ」
「で、なんで抜け出してこれたんだ?」
「最近来たワーキャットの女の子が、どうやってか錠前を外して……俺は同じ牢にいたから逃げてこれたんだ」
「ハタルだ……
そのワーキャットは今どこに?」
「分からないけど、他の牢も開けるんだって言って走っていったよ」
「あのバカ……すまない、クロ、リリ!危険だがコソコソ潜入する暇は無さそうだ!」
「結局大立ち回りかよ……」
建物に近づく一行。
「キリク、夜目は効くんだよね?」
リリが水の精霊語を詠唱する。兵士の持つ松明や壁の篝火が、ジュッと音を立て、ことごとく消えていく。
(ナイス!リリ!)
暗闇の中で戸惑う兵士たちの脇を、キリクの先導で抜け、地下牢に降りていく。
すでにいくつかの牢は開け放たれ無人になっている。薄暗い地下牢の篝火のもとに、細身のしなやかなシルエットが見える。
「……ハタルか?」
「キリク兄!?遅いから、ハタル自分で開けて出てきちゃったニャ」
そう言ってキリクに抱きついたワーキャットは、人間で言うと12〜13歳だろうか。三毛色の小柄な少女だ。
「にゃ……可愛すぎる……」
ハタルの幼い言葉の愛らしさに、リリが感動で打ち震えている。
「待ってニャ、あと一つ牢を開けてあげてから逃げるニャ」
そう言うと、ハタルは頬のヒゲを1本抜くと錠前に突っ込む。
「ん?なんかその牢の中変な匂いが……待て待てハタル!」
「え?」
とハタルが振り返ると同時に牢が開く。
「その牢、魔物が閉じ込められてるぞ!」




