10話 エレネーク家にて
ゲルメクのバウンサーギルドで村長の署名が入った依頼書を提示して成功報酬を受け取り、3等分する。
「ゲルメクでも報酬受け取れるんだね」
「タウロン連邦内なら、どこでも大丈夫だぜ」
「へ〜わりとシステマチックになってるんだね」
「では、私の家に案内しよう。狭いところで済まないが……」
城塞都市ゲルメクは、3重の防壁に囲まれた街である。最内の壁の内側には領主や貴族が、2枚めの壁の内側には一般市民が居住する。そして最も外側の市域には、細々と農業や牧畜を営む農民と、貧民が居住している。
基本的に農作物、畜産物は周辺農村に依存しているのだが、細々とでも城塞内で農耕牧畜を営んでいるのは、農村の生産が途絶えた場合の“予備”である。現に、今回のアンデッドドラゴン騒動で3つの村の生産が途絶した。
メガンの家は最も外側の市域の、南側の日当たりの良い地域にあった。こぢんまりした木造の平屋だ。横の牧草地では初老の男性が10頭ばかりの羊に草を喰ませていて、メガンの姿を見ると大きく手を振った。
「ハマシュ、突然すまない。客人だ」
メガンが羊を飼っていた男性に声をかける。
「いえいえ、お客様なんか久しぶりです。どうぞこちらへ……
私はお嬢様の身の回りのお世話をしているハマシュと申します」
「お嬢様……」
「クロに、こっちはアニマのリリだ。しばらく滞在させてもらう。宜しく頼む」
リリは目を丸くしているが、クロは武人然とした挨拶をし、刀をハマシュに預ける。
「ハマシュ、せっかくの客人だ。羊を1頭潰そうか」
「かしこまりました」
豊かな金髪を後ろで縛り、前掛けをして準備をしているメガンを見て、リリが声をかける。
「あ、お料理?わたしも手伝っていい?」
「かたじけない、助かる」
30分後、食卓で待つクロのところに、リリが真っ青な顔で大量の肉と内臓を持ってきた。
「お、おい大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「だ、大丈夫、生きてる状態から料理するの初めてだったから、ちょっとショッキングだっただけ……
これを切って金串に刺すんだって。クロ一緒にやろー」
「おう、やろうやろう」
リリとクロがおおかた串を打ち終えたころ、メガンが葉野菜とパンを持って食卓につく。
「うちの庭先で採れた野菜だ。これで肉を包んで食べると美味いぞ。
今日は天気もいい。外で焼きながら食べよう」
焼き網の上にハマシュが串焼きを乗せ、甲斐甲斐しく給仕してくれる。
「ハマシュさんは一緒に食べないんですか?」
「私はあとでいただきますから、皆さん召し上がってください」
リリが尋ねると、ハマシュはにっこり笑って答える。
「リリ、ハマシュには彼の仕事があるんだ。あまり困らせるもんじゃないぜ」
「そんなつもりじゃ……ごめんなさい」
「メガン、あの超高級な鎧にお前やハマシュの物腰、元は名のある貴族の出か?」
「エレネーク家は、代々ゲルメク領主に仕えた武門だ。12年前タウロン連邦に併合される時、反対派だった当家は取り潰しにあってな。
昨日助けた村も、元は当家の領地だ。少なからず運命を感じたよ。
没落後、わずかに残った財産でこの土地を買って細々と暮らしているわけだ。
沢山いた使用人にも暇を出した。
ハマシュにももっといい勤め先を用意してやりたかったんだがな……」
ハマシュは何も言わず、串を回している。
「それであの鎧にあの剣技か、幼少の頃から鍛えられた姫騎士ってわけだな」
「ハハハ、私はもう24歳の貧乏バウンサーだぞ。姫騎士はやめてくれ。ハマシュにも、最近やっと姫呼ばわりを止めさせたところなんだ。お嬢様という年齢でも無いがな」
「メガンさん、ご両親は?」
「しばらくは一緒にここで暮らしていたんだがな、慣れない貧乏暮らしで数年と経たず病気で亡くなってしまったよ。
今は、先祖から受け継いだ大盾とハマシュだけが家族のようなものだな。
……おいおいリリ、君が泣いてどうする」
メガンが身を乗り出して、リリの涙を拭いてやる。
「うぅ……ハマシュさん、やっぱり一緒にご飯食べようよ」
「……ハマシュ、客人のご希望だ。そこはもういいから座りたまえ」
言われたハマシュが前掛けを取りメガンの横に腰掛けると、リリが涙を拭いて微笑んだ。
「じゃあ、わたしもうお腹いっぱいだから、ハマシュさんの分焼いてあげるね!
あ、あれぇ!?」
立ち上がってテーブルを見たリリは思わず頓狂な声をあげる。メガンの前にはリリの5倍以上、巨体のクロの2倍以上の串が山と積まれている。
「メガン、よく食べてるなとは思ってたけど、メチャクチャ食ってるな!」
「戦士は、食事と休養と鍛錬が重要だぞ。クロは体格の割に少食だな。明日からの鍛錬のためにもう少し食べておいたほうがいいんじゃないか?
リリ、私の分もあと10本乗せてくれ」
「……俺明日から何やらされるんだろ」
「リリ、クロおはよう!今日も天気がいいぞ」
日が昇りきらないうちに、メガンに叩き起こされる。
「クロ、昼食までに基礎鍛錬を終わらせてしまおう。昼からはぜひ手合わせを頼む!」
寝ぼけ眼のクロが、メガンの為すがままに甲冑をつけられている。
「私の戦闘用の鎧は軽量のタイタン鋼だが、これは鍛錬用の鋳鉄製、言ってしまえばただの重りだ。
……待ってくれ、君は大きいからベルトで調整する、よし出来た!」
「ではリリ、城壁の外周10kmほどを走ってくる。ハマシュが羊を放牧しているから、よかったら手伝ってやってくれ。では行こうかクロ!」
同じく鋳鉄製の鎧を身に着けたメガンが声をかけ、クロが心底嫌そうな眠そうな顔で走り出す。
「遅いぞクロ!そうそう、北側は貧民窟だから、薬物中毒者が襲ってきたら殴りながら走るんだ。決して止まるなよ」
小一時間して、リリがハマシュに習いながら羊の乳を搾っていると、鎧を鳴らしながら2人が帰ってくる。
「よし、水を飲んだら次だ」
「リリ……助けて、殺される」
リリに助けを求めるクロの襟首を掴み、井戸に引っ張っていくメガン。
午前はそのあと基礎鍛錬と称して、盾を構えて大岩を押す訓練、3本を束ねた剣での素振り、砂袋を頭上に投げ上げて受け止める訓練等々が“鎧をつけたまま”行われた。
その間ハマシュとリリは絞った羊乳でチーズを仕込み、昼食のパンを焼きスープを作った。
「リリさんお茶を入れました、ひと休みしてください」
「ハマシュさんありがとう」
クロとメガンの訓練を見ながら、2人で茶をすすり素朴なビスケットを齧る。
「クロさん、しごかれていますね」
「ホント、ボロ雑巾みたいになってる。あ、見て、もう立ててない。産まれたての仔馬みたい」
リリの物言いに、ハマシュが笑いを押し殺している。
昼食を挟んで、昼からは木剣と木盾での組手が行われた。リリとハマシュは市場に買い物に出かけ、ハマシュが街の名所を案内してくれた。
昼下がり、稽古を終えたメガンとリリは裏庭の井戸で水浴びをした。夕食のテーブルについたメガンは涼しい顔をしているが、クロは白目を剥いている。
「リリ、俺はバウンサーになって、今日がいちばん命の危険を感じたよ……」
「何を言うクロ!初日からあんなに出来る人は見たことがない!身体が適応するから、明日からはもっと楽なはずだ」
「組手も、さすが特級バウンサーだな!当て勘、躱し勘というか……絶妙に嫌なところで距離を詰められたり引かれたりするから、こちらのやりたいことが出来なかった」
「メガンの剣はスピードもパワーもあるが、体系化された剣術がベースになっているから割と予測しやすいんだ。それを潰すような動きをしてやれば、攻略できる」
「なるほど!明日からも宜しく頼む!」
「し、しまった……」
そんな日がしばらく続いた7日目、市街から帰ってきたリリがニヤニヤと鼻を膨らませている。
「どうしたリリ、やけに楽しそうだな」
「メガンさん分かっちゃいます?実は今日ギルドに行ったらいい依頼があって……」
横からトカゲの腕が伸びて、依頼票をひったくる。
「なになに……
『行方不明になったワーキャットの妹捜索の依頼』
銀貨5枚?リリこれ安すぎるぜ!」
「だって猫ちゃんだよ?」
「それにしてもよ。
……いやリリ一緒に行こう、明日の朝には発とう!
メガン、すまんがパートナーとのミッションが優先だ、訓練はいったん今日までということで」
「なんかクロ、急にやる気になってない?」
「承知した。クロ、リリ1週間楽しかった、ありがとう。ミッションが終わってゲルメクに戻るなら、我が家と思って使ってくれ」
後ろを向いて安堵のため息をついているクロを、リリが白い目で見ている。




