9話 別れ
戦いが終わった。イサクの回復術で治癒しているものの、リリの左脇腹はワンピースも外套も引き裂かれ血まみれになっている。髪は額の血で固まり、吐血で服は胸元まで汚れている。
イサクは、クロとメガンの傷を治療している。クロの胸には、スケイルメイルごと引き裂かれた傷が2本大きく走っている。
「あとは勝手に塞がる、メガンを見てやってくれ」
傷の奥がくっついた段階で、クロは治療を切り上げさせる。メガンは顔を歪めて鎧を外し、荒い呼吸で脇腹を押さえている。
「アバラが折れているな。横になれ」
イサクがゆっくり寝かせ、脇腹に手を当て真言を唱える。
「イサクさんごめんなさい、せっかく買ってくれた外套に大穴が空いちゃった」
リリが大穴から出た脇腹をぷにぷにつつきながら謝る。
「そんなのいいよ。無事で本当によかった」
「イサク、かたじけない。もう大丈夫だ。……あのヴォドンはまだ息があるぞ」
「そうだ、知り合いかもしれねえぞ。行ってこいよ」
促され、イサクが倒れているヴォドンの元に歩み寄る。
「……父さん」
「そんな、まさか!イサクか?
……大きくなったな、気づかなかったよ」
「なぜこんなことを?」
「戦役のあともずっと王政府の機関で禁術の研究をしていたんだ……
わしには、引き返す勇気も自分の魂と向き合う勇気もなかった……
イサクはちゃんと引き返せたようだな、嬉しいよ……」
「無責任なことを言わないでくれ!僕がどんな気持ちで今まで……」
「……すまない
幽世の神は残酷だな。死ぬ間際にこんな無様な姿を息子に見せるとは……これが魂を弄んだ者の運命か」
「……」
「ああ、もう目が見えない。イサク、これを……」
震える手でペンダントを外し、イサクに渡そうとする。イサクが受け取るか決めかねる間に、掲げた腕から力が抜け地に落ちる。
イサクがリリ達の元に戻ってくる。
「どうだった、知り合いだったか?」
「ああ、知り合いだったよ。
みんな怪我もひどい。先に村に戻っておいてくれないか。
僕は竜もオーク達も、あのヴォドンも幽世に導いてから戻るよ」
「イサクさん、私も何か手伝えること……」
と言いかけるリリを、メガンが制する。
「分かった、そうしよう。ここからはヴォドンの務めだな、宜しく頼む」
「リリ行くぜ」
合点がいかない顔のリリの背中が小さくなった頃、日が傾き始めた荒野にイサクの慟哭の声が響いた。
一行は村に戻り、アンデッドドラゴン討伐を報告した。歓喜するより先に、3人のあまりの惨状に村人は息を呑んだ。
特に年端もいかない少女であるリリが、風穴の開いた血で染まった服で帰還したことは村の年寄りたちを涙させ、ただちに新品のワンピース3着と外套が用意された。
翌日はささやかな労いの宴が開かれたが、イサクは幽世送りの儀式に忙しく、村に戻ってきたのは日が暮れた頃だった。
「イサクさん遅いよ、早く早く」
リリがイサクの腕を取り、宴席へと引っ張っていく。村人から貰った素朴なワンピースに着替えたリリの姿に目を細めたイサクだが
「皆、話があるんだ。少し人のいないところに来れるかい」
村の若者達と飲み比べをして騒いでいるクロにメガンが声をかけ、村外れに連れ出す。
「僕はこのままパーティを外れて姿を消す。僕の分の報酬は3人で分けてくれ」
「そんな、なんで……?」
「僕はある人物から、リリをゲルメクまで連れてくるように依頼を受けていた。リリとクロが暗殺者に狙われたのは僕のせいだ、本当にすまない」
リリもクロも黙っている。
「暗殺は失敗し、ゲルメクで僕は“リリを殺すか死ぬように仕向けろ”と指示された。だが僕は、アンデッドドラゴンとの戦いで傷を負ったリリを治した」
「お前に指示を出したのは誰だ?」
「素性は知らないが、おそらくタウロン王宮に連なる者だろう。竜を操っていたヴォドンも、王政府で禁術を研究していたと言っていた
……おそらく僕がこの依頼を請けた時にターゲットになったんだろう。
指令に背いた僕と一緒に居たら、皆にも危害が及ぶ。
……あとは個人的にやりたいこともあるしね」
腕を組んで考え込んでいたメガンが、口を開く。
「リリは王室に召喚されてこの世界に来たと言っていたな。王宮は様々な権力と思惑が跋扈する世界だ。リリの存在が、王宮の誰かにとっては邪魔だったのかも知れんな」
「リリが救国の英雄なら、現王室を傾けようとしている者にとっては邪魔以外の何者でも無いだろうからね」
「なんだよ!結局リリは貴族どもの内輪揉めに巻き込まれただけじゃねえか!
リリ!救国の英雄なんかやめちまえよ、国なんか誰が治めても似たり寄ったりだぜ」
「ふふふ、まったく耳が痛いな」
メガンが自嘲的に笑う。
「……イサクさん、また会えるよね」
「僕らバウンサーは、ミッションによって組んだり離れたりするものさ。きっとどこかのギルドで会えるよ。その時は、僕にご馳走させてくれ」
そう言うと、出会った時と同じようにイサクはリリの手を取り甲にそっと口づけした。今度はスーもトプラも何も言わず、ただ瞬いていた。
翌朝、リリ達も村人に見送られ出立する。
「村長さん、皆さんお世話になりました。お洋服もありがとう」
「何を言います、リリちゃん、クロさん、それにマルグレテ姫……」
「私はバウンサーのメガンだ」
「……失礼、皆さんは村の恩人です。どうかお身体に気をつけて」
「はい!皆さんもお元気で!」
リリが村人と抱擁を交わして別れを惜しむ。
「しかし、リリは誰とでもすぐ仲良くなるよな!感心するよ!」
「クロも村の若い人と飲み比べして、全員潰してたじゃん」
「俺は小難しい話は嫌いだからな!酒かゲンコツで話せるヤツ専門だな!で、リリこれからどうする?王都に戻るか?他の街にも行ってみるか?」
「それなんだが、2人とももし都合が悪くなければゲルメクの私の家に滞在しないか?」
「それは構わんが……どうしたんだ?」
「クロ、君は私が出会ったなかでも有数の手練れのソードマンだ。よかったら、しばらく私の稽古に付き合ってほしい」
「メガンさんのお家!行ってみたい行ってみたい!」
目を輝かせるリリとは対照的に、クロは気乗りしない様子だ。
「俺は実戦で鍛えるタイプなんだよなあ……」




