↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大金星(ジャックポット)で異世界無双? 〜クズ賭博師、チート能力「確率操作」を全て美少女へのセクハラとイカサマに注ぎ込む〜  作者: まつたけひめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/64

第62話 ただいま、銅貨三枚亭

 カルディナを発ってから半月あまり。街道の先に見慣れた街並みが見えてきた時、アキトの足取りは自然と速くなっていた。道中、優勝賞金で仕入れた土産物を荷馬車に積み込みながら、四人はそれぞれの想いで帰路を歩んできた。


「見えてきたぞ、銅貨三枚亭!」


 アキトの声が弾む。半月ぶりに見るその看板は、記憶していたよりもずっと小さく、それでいてずっと大きな存在に感じられた。


 丘の上から見下ろす街並みの中央、看板に描かれた三枚の銅貨の意匠が、夕日を浴びて鈍く輝いている。半月前に旅立った時と何一つ変わらない、それでいてどこか懐かしい光景だった。畑の緑も、街道を行き交う人々の姿も、あの日見送られた時のまま、そこにあった。


「本当に、無事に帰ってこられましたね」


 リーゼロッテが感慨深げに呟く。長い旅路、数々の死闘、そして黒幕の影――振り返れば、あまりにも濃密な日々だった。荷馬車の手綱を握る手にも、どこか安堵の力が抜けているようだった。


「本当にな。……色々あったが、こうして無事に戻ってこられたのは、お前らのおかげだよ」


 柄にもなく素直な言葉が、口をついて出た。旅を通じて、少しずつ変わってきた自分自身の一面に、アキト自身も驚いていた。


「今更、何を改まって」


 リーゼロッテが少し驚いたように目を見開いてから、すぐに呆れたような笑みを浮かべた。


「素直に感謝するのも、たまには悪くないだろ」


「珍しいこともあるものです。……ですが、悪い気はしませんね」


 二人のやり取りに、シルヴィアも小さく微笑んだ。


「ミミ、もう我慢できないのです! 先に走っていくのです!」


「おい、待てって!」


 ミミが弾けるように駆け出し、アキトも慌てて後を追う。シルヴィアとリーゼロッテは顔を見合わせ、小さく笑いながらその後を歩いた。街道の砂埃を巻き上げながら駆けるミミの後ろ姿は、まるで子犬のように弾んでいる。


「相変わらず元気なことです」


「あれくらい元気じゃないと、逆に心配になりますよ」


 シルヴィアの言葉に、リーゼロッテも同意するように頷いた。半月ぶりの故郷の空気を、誰もが待ちわびていたのだろう。それぞれの胸に去来する感慨は違えど、この場所に帰ってきたという実感だけは、四人に共通していた。



    



 銅貨三枚亭の扉を開けると、昼下がりの店内には数人の常連客の姿があった。カウンターの奥で忙しく立ち働いていた若い女性――バロウの妹エレナが、入り口の物音に顔を上げる。木製の扉が軋む音とともに、店内に懐かしい香草茶の匂いが漂ってきた。


「あ……! お帰りなさい、アキトさん!」


 エレナの声に、店内の客たちも一斉に振り返った。手にしていたグラスを置き、驚いたように立ち上がる者までいる。


「おお、帰ってきたか! 大陸博打大会、優勝したんだってな! 街中その噂で持ちきりだぞ!」


 常連の老爺が、興奮した様子で杖を振り上げる。


「もう噂が届いてんのか、早いな」


 アキトは頭をかきながら苦笑した。カルディナからこの街まで、決して近い距離ではない。それでも、旅の商人たちの口から口へと、瞬く間に情報は伝わっていたらしい。


「当然です! 大陸中の話題ですもの! この街の誇りですよ!」


 エレナが興奮気味にカウンターから飛び出してきて、四人を出迎えた。その後ろから、常連客たちも次々と祝いの言葉をかけてくる。誰もが我先にと握手を求め、店内はたちまち賑やかな喧騒に包まれた。中には「サインをくれ」と紙切れを差し出す者までいて、アキトは苦笑しながらも一つ一つ丁寧に応じていった。


「まさか博打で名前を書くことになるとはな」


「立派な有名人になったということです。誇っていいと思いますよ」


 リーゼロッテがからかうように言うと、周囲からどっと笑いが起きた。慣れない扱いに戸惑うアキトの姿は、常連客たちにとって新鮮な見世物のようだった。


 常連客たちの歓迎が一段落した頃、店の奥から聞き覚えのある声が響いた。


「なんだこの騒ぎは。……って、アキトじゃないか!」


 バロウが厨房から顔を出し、目を丸くしている。妹のエレナに店を任せて以来、たまに手伝いに顔を出しているらしい。エプロン姿のまま、慌てて駆け寄ってくるその様子には、以前の疲れきった表情はどこにもなかった。


「よう、バロウ。世話になったな」


「世話になったのはこっちの方だ。お前が黄金杯商会をぶっ潰してくれなかったら、俺たち兄妹は今頃どうなってたか」


 バロウは感慨深げにそう言うと、アキトの肩を力強く叩いた。かつて黄金杯商会の被害者として救われた過去を持つ彼にとって、アキトはまさに恩人だった。


「大陸博打大会優勝、噂には聞いてたが、まさか本当だったとはな。この街の連中、みんなお前の話で持ちきりだったんだぞ」


「そりゃ照れるな」


 アキトが頭をかくと、店内にどっと笑いが起きた。優勝の実感が、少しずつ現実味を帯びてくるようだった。慣れない称賛の視線に、思わず視線を逸らすアキトの姿は、これまでの傲岸不遜な博徒とは違う、どこか人間味のある一面を垣間見せていた。


「留守中、店はどうだった」


 アキトの問いに、エレナは胸を張って答えた。


「バッチリです! 売上も落とすことなく、むしろ皆さんが優勝を祈願して来店してくれる方が増えたくらいで」


「そりゃ頼もしいな」


 リーゼロッテがすぐさま帳簿を確認したそうな顔をしていたが、今はその欲求をぐっと抑えているようだった。旅の疲れよりも、店の経営状況の方が気にかかる様子は、いかにも彼女らしかった。


「後でちゃんと帳簿は見せてもらいますからね」


「はい、もちろんです! いつでもどうぞ!」


 エレナが元気よく答えると、周囲からくすくすと笑い声が漏れた。旅の垢を落とす間もなく仕事の話を始めようとするリーゼロッテの生真面目さは、この店の誰もが知るところだった。



    



 その夜、久しぶりに四人だけで囲む食卓は、いつも以上に賑やかだった。エレナが腕によりをかけて作った料理が、所狭しとテーブルに並んでいる。香ばしく焼き上げた鶏肉の香草焼き、根菜の煮込み、そして焼き立てのパン――どれもこれも、旅先の宿で食べた食事とは比べ物にならないほど、体に染み渡るような温かさがあった。


「かんぱーい、なのです!」


 ミミが真っ先にジョッキを掲げ、四人は改めて無事の帰還を祝った。グラスがぶつかり合う軽やかな音が、静かな夜の食堂に響く。窓の外には満天の星が広がり、旅先では味わえなかった、この街ならではの静けさが四人を包み込んでいた。


「バロウとエレナにも、店を任せて本当によかったです。二人がいなかったら、これほど順調な留守は難しかったでしょう」


「あの二人には頭が上がらねえな。今度、たっぷり礼をしねえと」


 アキトがしみじみと呟くと、シルヴィアも小さく頷いた。


「彼らもまた、あなたに救われた者たちだ。恩返しのつもりで頑張ってくれたのだろう」


「しかし、実感が湧かねえな。あんだけ大騒ぎしてきたってのに、この店に戻ったら、なんだかいつも通りって感じがする」


「それが日常というものです。……とはいえ、いつまでも呑気にはしていられませんが」


 リーゼロッテが表情を引き締める。ジョッキを置く仕草にも、どこか切り替えの早さが滲んでいた。


「あの似顔絵の写し、街の情報屋にも配っておきましょう。それに、私の伝手を使って、大陸各地の商人にも情報を流します。手がかりは多いに越したことはありません」


「頼むわ。俺は……まあ、しばらくはのんびりさせてもらうけどな」


 優勝の栄光と、まだ見ぬ敵への緊張。相反する感情を抱えながらも、アキトの声には、いつも通りの飄々とした余裕があった。


「珍しく素直ですね」


「これでも、それなりに疲れてんだよ」


 軽口を叩き合いながらも、四人の間には確かな連帯感が漂っていた。長い旅を経て、互いへの信頼はより一層深まっているようだった。シルヴィアが静かに杯を傾けながら、窓の外に広がる星空を見上げる。ミミはすでに満腹になったのか、椅子の上でうとうとと舟を漕ぎ始めていた。


「この子は本当に、食べたらすぐ眠くなるな」


 アキトが苦笑しながら、ミミの寝顔を覗き込む。あどけないその表情に、旅の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。


「旅の疲れも溜まっていたのでしょう。今夜くらいは、好きなだけ寝かせてあげましょう」


 リーゼロッテがそっとミミの肩に毛布をかけてやる。その優しい仕草に、アキトとシルヴィアは目を見合わせて小さく笑った。



    



 数日が経ち、店の日常は完全に元通りになっていた。アキトはカウンターの奥で、いつものように客とのポーカー勝負に興じている。窓から差し込む昼下がりの光が、カードを弾く指先を柔らかく照らしていた。


「くそ、また負けた! お前、本当に大会で優勝したのか信じらんねえよ」


「本気出したら勝ちすぎちまうからな。手加減してんだよ、これでも」


 軽口とともに、店内には笑い声が響く。負けた客は悔しそうにしながらも、どこか楽しげにチップを支払っていた。この店の日常に、優勝の看板はあまり意味を持たない。ただの博打好きの店主と、気の置けない客たちのやり取りが、いつも通りに続いているだけだ。


 ミミは看板娘として、以前にも増して人気を集めていた。優勝の英雄譚を聞きつけた旅人たちが、わざわざこの店を目当てに訪れることも増えている。


「ご主人様、今日もお客さんいっぱいなのです!」


「そりゃありがたい話だ」


 カウンターの向こうでは、シルヴィアが店の警備を兼ねて目を光らせていた。時折、酔客の喧嘩を鮮やかに収める姿は、すでに街の名物の一つになりつつある。彼女に絡もうとした酔漢が、一瞬で床に伸びる光景を目にした新規の客が、目を丸くして固まっていた。


「アキト、少しいいですか」


 リーゼロッテが帳簿を片手に、静かに近づいてきた。その表情には、これまでとは違う真剣な色が浮かんでいる。店内の喧騒から少し離れた場所を選んで、彼女は声を潜めた。


「なんだ、改まって」


「情報屋から、一つ報告が届きました。……大陸南方の港町で、右手に火傷の痕がある男が目撃されたそうです」


 アキトの目つきが、一瞬にして鋭くなった。カードを弄んでいた指先が、ぴたりと止まる。



    



「詳しいことは?」


「まだ断片的な情報だけです。ただ、目撃者の話では、その男は複数の護衛を連れ、高級な身なりをしていたとか。……ただの一般人とは思えません」


 リーゼロッテが帳簿の間に挟んでいた一枚の紙を取り出す。情報屋がまとめた簡潔な報告書だった。几帳面な文字で、目撃日時や場所、周辺の状況までが細かく書き記されている。


「この報告、信憑性はどれくらいなんだ」


「情報屋の中でも、比較的信頼できる筋からのものです。ただし、あくまで又聞きの情報である点には注意が必要でしょう。断定するにはまだ早すぎます」


「まあ、そりゃそうだよな」


 アキトは頷きながら、報告書をリーゼロッテに返した。慎重な判断こそが、これまで幾度もの窮地を切り抜けてきた彼女の真骨頂だ。


「南方の港町、か。ガイウスの故郷とも近い場所だな」


「ええ。単なる偶然かもしれませんが、無視できる情報ではありません」


 アキトはしばし黙り込み、それから静かに息を吐いた。窓の外では、夕暮れ時の街の喧騒が遠く聞こえている。


「ガイウスの奴、今頃どこで何してるんだろうな。……もし本当に近くにいるなら、連絡が取れるといいんだが」


「彼の消息については、私も情報屋に依頼を出しています。何か分かり次第、報告が来るはずです」


「頼りになるな、相変わらず」


 アキトの言葉に、リーゼロッテは小さく肩をすくめてみせた。彼女のこうした先回りの気配りは、これまで何度もアキトたちを窮地から救ってきた。今回もまた、その几帳面さが役立つ時が来るのかもしれない。


「なあ、リーゼロッテ。俺たちは、これからどうすりゃいいと思う」


 珍しく弱気な響きを含んだ問いかけだった。優勝の栄光の裏で、まだ見ぬ敵の存在が、確実に重くのしかかり始めている。


「あなたの気持ち次第です。このまま店の経営に専念するもよし、手がかりを追って南方に向かうもよし。……ただ、一つだけ言えることがあります」


「なんだ」


「あなたが本気で追う気になれば、私たちは迷わずついていきます。それだけです」


 その言葉には、迷いのかけらもなかった。アキトは小さく笑った。窓越しに差し込む夕日が、リーゼロッテの横顔を柔らかく照らしている。長い付き合いの中で、こういう瞬間にこそ、彼女の本質が垣間見える気がした。


「相変わらず、頼もしいこと言うじゃねえか」


「これでも、あなたの相棒兼財布担当ですから」


 その言葉には、これまで積み重ねてきた信頼の重みが確かに込められていた。窓の外では、夕日が街並みを橙色に染め上げていた。銅貨三枚から始まった旅は、大陸中を巻き込む大きな物語へと姿を変えつつある。だが、四人の絆だけは、あの日と変わらず、静かに、確かに続いていた。カウンターの向こうから、ミミの弾んだ声と、シルヴィアの落ち着いた相槌が聞こえてくる。いつも通りの、それでいてかけがえのない日常の音だった。


「よし、決めた」


 アキトが立ち上がり、窓の外を見据える。その横顔には、これまでの飄々とした様子とは違う、確かな覚悟が宿っていた。夕暮れの光が、逆光となってその姿を一層際立たせている。


「まずはこの店の日常を、もうしばらく大事にする。……だが、情報収集だけは絶対に緩めるな。奴が本気で動き出す前に、こっちも準備を整えておかねえとな」


「承知しました」


 リーゼロッテが頷き、シルヴィアとミミもそれぞれの形で応じた。誰の顔にも、これから訪れるであろう困難への覚悟と、それを乗り越えられるという確かな自信が浮かんでいた。銅貨三枚亭の灯りが、今日も街の一角を温かく照らしている。新たな旅の始まりは、まだ少し先だが、その足音は確かに近づいてきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。